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2015年10月31日 (土)

標題考

19世紀欧州の音楽シーンを象徴する概念に「絶対音楽」「標題音楽」がある。この2つの概念は相反する概念で、当時の音楽業界を2分した論争があったとされている。

この2つの概念の定義など私の手には余るが、愛するブラームスが前者「絶対音楽」陣営の重鎮だったことだけはいつも心に留めている。絶対音楽などと言うとものものしいが、超平たく申せば「標題音楽」じゃあない音楽だ。つまりブラームスは標題音楽ではない作品を発表し続けた作曲家だったと位置づけられている。大まかな話である。

「標題音楽」とは「標題」を伴う音楽だ。となるとsymphnie(交響曲)konzerto(協奏曲)intermezzo(間奏曲)は標題には当たらないという結論にたどり着く。これらの表現はブラームス作品の根幹だからだ。楽曲の曲種、ジャンル名はここでいう「標題」には当たらないということなのだ。曲種名、ジャンル名とは別に作品に付与された詞書きが「標題」と呼ばれていると解さざるを得ない。「田園」のような単語とは限らない。文章であることもしばしばだ。

また、作曲家本人の関知しないところで誰かが勝手にニックネームを奉ってしまったケースもここでいう「標題」には当たらない。1番を「第10」、2番を「ブラームスの田園」、3番を「ブラームスのエロイカ」と呼ぶケースもあるが、ブラームスの交響曲は標題音楽とは考えられていない。

一方、ブラームスの創作の一つの柱を形成する歌曲にはしばしばタイトルが付いている。しかしそれらが標題音楽と見なされることはない。テキストが元々タイトルを持っていて、ブラームスはただ付曲しただけの位置づけだからだ。

上記を総合すると、標題とは「作曲家本人が自らの作品に対して付与する詞書き」と解されよう。その目的は「作品の理解や普及を助けるため」と目される。ブラームスの生きた時代にはその意味の「標題音楽」がかなり栄えていた。ブラームスの若い頃の作品には一歩間違えれば「標題音楽」に走りかねない気配も散見される。どっちに転ぶ目もあったのに「絶対音楽」を選んだのがブラームスなのだ。

ブラームスは自分が言いたいことは音楽だけで完結することを美徳としていた節がある。タイトルや詞書きの助けを借りねば言いたいことを表現出来ないのは作曲技術の未熟とさえ考えていた可能性を想定したい。形式、楽器編成、和声構造等のあらゆる種類の制約の中で、自らの音楽的主張を盛り込みきってこその作曲であると考えていたのではあるまいか。無論そうした技術・作曲技法は、芸術と継ぎ目無く融合していなければ話にならぬのは、不可避の前提であった。

ブラームスは特に器楽作品において標題を伴わぬ作品を連発した。しかしながらブラームスは自らの音楽を「絶対音楽」と考えていたとは必ずしも断言できない。標題を付与せぬ姿勢が一貫していることすなわち「絶対音楽」という短絡は実は何だか危ない気がする。ブラームスはそんなものには興味がなかった可能性も低くないと思う。

つまり、ヴァイオリンソナタ第一番を、人々が「雨の歌」と呼よんだところで、それは人々の都合でしかない。

2015年10月30日 (金)

ヴィオラ版雨の歌

ヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78のヴィオラ版を収録したCDを見つけた。ニ長調に移調されたチェロ版にはしばしばお目にかかっていたが、ヴィオラ版は初めてだ。我が家の楽譜はチェロ版のオクターブ上だからニ長調になっている。本日入手したCDもどうやら二長調だ。

普通編曲物と言えば、怖い物見たさが先に立つことが多いが、本日のは違う。ヴィオラで演奏されたらさぞやと思う。

実際にそういう演奏だ。ヴィオラの持つしっとり感が思いの外腹に染み込んでくる。

他に歌曲が2つ。「まどろみはいよいよ浅く」op105-2と「セレナーデ」op106-1がヴィオラとピアノで演奏される。

2015年10月29日 (木)

雨の歌女子会

入会資格は、「私のためにブラームスのヴァイオリンソナタ第一番を弾いてくれている女性演奏家」である。現在会員は以下の通り。

  1. アンネ・ゾフィー・ムター 会長
  2. ヴィクトリア・ムローヴァ 副会長
  3. チョン・キョンファ 宴会班
  4. ジョコンダ・デヴィート 相談役
  5. ソニア・ヴィーダー・アサートン この中では唯一のチェリスト。
  6. メラ・テネンバウム ピリオド楽器かも。
  7. イザベル・ヴァン・クーレン FAEソナタ全曲版のご利益。
  8. 加藤知子 学生時代にメンデルスゾーンを伴奏させていただいたご縁で。
  9. バーバラ・ウエストファル 唯一のヴィオラ奏者。チェロソナタも収録している。
  10. イザベル・ファウスト
  11. パメラ・フランク
  12. エリザベート・バティアシュヴィリ
  13. 漆原啓子
  14. ローラ・ボベスコ

演奏の好みでなら4.番7番8番あたり。6番は低音中音域の温かみでは随一だが何かとユニーク。会長には2種の録音がある。ムローヴァ副会長は、ハイテンポマスターだ。

世の中何かと女子の時代。

2015年10月28日 (水)

イタリアンショック

いやはや、たまげた。私はショップに出かけた際、ブラームスのヴァイオリンソナタのCDが陳列されているあたりを一通り眺める癖がついている。最近ちょっとない発見をした。即買いだった。

バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータニ短調の終曲。というより「シャコンヌ」と申した方が早い。ブラームスが右手を脱臼したクララのためにピアノ左手用に編曲したことでも知られている。ピアノ伴奏が隅々まで普及したロマン派時代には、「無伴奏」という形態自体がある種のストレスだったと見えて、わざわざピアノ伴奏を付与する試みが見られた。ロベルト・シューマンによるピアノ伴奏付与したCDは既に入手済みだったが、このほど「シャコンヌ」のピアノ伴奏付編曲のメンデルスゾーン版を収録したCDを発見した。

メンデルスゾーンは忘れられていたバッハの再発見に道を開いた人物。マタイの蘇演の指揮者だ。バッハ協会設立の当事者でもある。つまり当時最高のバッハの権威だ。その人の編曲によるピアノ伴奏付与には本当に興味深い。

ヴァイオリニストは、あのシャコンヌをまるまる弾いている上に、メンデルスゾーンのピアノ伴奏がかぶっている。あのシャコンヌに伴奏を施すとはいい度胸をしている。現代では考えられぬ仕打ちだが、どうしてどうして真剣だ。

演奏はヴァイオリンがルドヴィコ・トラムマ、ピアノ、フラメッタ・ファッチーニ。おそらく二人ともイタリア人だ。

そうそう、そのシャコンヌの前にブラームスのヴァイオリンソナタ第1番ト長調が収録されている。よりによってイタリア人の試みとは恐れ入る。バッハとメンデルスゾーンの関係なら、よく知られてもいる。だからシャコンヌの後にはメンデルスゾーンのヴァイオリンソナタが収録されている。バッハ-メンデルスゾーンのコンビにブラームスを持ってくるとは、大した見識だ。

2015年10月27日 (火)

ナチュラルの代わり

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章。「3つのD」で立ち上がった第1主題はオクターブ下の「D」に向かって梯子を降りる。「ドシソレー」という具合だ。この部分「レドシソレ」は、その後第1楽章全体にちりばめられた梯子。全部で16回観察できる。上下両端がオクターブというのが譲れぬ特色だ。

両端がオクターブであることにこだわらず、最後の音が省略された4音圧縮型にまで、注意を広げるといろいろと興味深いと申し上げて、再現部直前の4小節を例に挙げたところだ。

本日はもう一つの見せ場。

33小節目、ピアノの右手に「シッシシー」がある。「シラソミ」がそれに続く。その後、オクターブ下の「H」にたどり着けば分類B型になるはずだ。「H」に到達するはずの34小節目冒頭には「Eis」が置かれている。最後の「E」から4度降りて「H」に行くはずが、期待を裏切って半音上昇するということだ。

「H」の代わりにおかれている「Eis」は「ミにシャープ」だ。ピアノの鍵盤で申すなら実音「F」である。同時に鳴るのは「A」と「D」なので、「Eis」と合わせて事実上「Dm」の和音になる。なのにこれを「Fナチュラル」とせずに「Eシャープ」と記譜するセンスがブラームスらしいところだ。

36小節から始まる第二主題「con anima」を準備する繊細な手順の一角をなす。ヴァイオリンの重音と、シンコペートされたピアノ右手が織りなす微妙なハーモニーの移ろいが、第二主題の晴れ晴れ感を一層引き立てるしくみである。

2015年10月26日 (月)

圧縮

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章冒頭の第1主題は「レッレレー」で始まる。それに続いてオクターブ下の「D」に梯子を降りる。その降り方にヴァリエーションがあると、記事「オクターブの中身」で話題にした。両端をオクターブで固定した中、その内側の3個の音の組み合わせて、微妙な空気感を醸し出していると述べた。

冒頭のパターンでは、「レッレレードシソレー」だ。今回話題の音列はこのうちの後半「レドシソレ」の5音を指す。

この5音の構成から、何らかの事情でどれか1音を削除して、4つの音に圧縮せなばならないとしたら、いったいどの音を削除するべきだろうか。

答えを先に申せば、それは最後尾の音、上記で言うなら「レ」だ。両端がオクターブというルールがあるから、仮に削除しても「レ」のはずという推定が成り立つからだ。

削除後は「レドシソ」という4音が得られる。音階に沿って2度下降した後、3度下降を添えればいい。

展開部の末尾近く、150小節目くらいから、急き立てるようこの4音圧縮形が畳み掛ける。156小節目でそのまますんなりと再現部となる準備だ。

2015年10月25日 (日)

オクターブの中身

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章の冒頭、第1主題はいわゆる「3つのD」が、「レッレレー」と歌い出されて始まる。第3楽章の冒頭に存在する歌曲「雨の歌」の旋律に由来する。本日はその「レッレレー」に続く「ドシソレー」にまつわる話だ。

「3つのD」で始まった旋律は、オクターブ下の「D」に向かって8分音符の梯子を「ドシソレー」と降りる。「1音→半音→長三度→完全4度」という降り幅である。上下両端をオクターブと固定して、その内側がそういう構造になっている。こうしたオクターブの梯子が第1楽章中にどれだけあるのか調べてみた。

  1. 002 Vn D→C→H→G→D A型 第一主題提示の後段。これをA型と認定する。
  2. 021 Pf D→C→H→G→D A型 第一主題の確保
  3. 022 Pf D→C→H→G→D A型
  4. 030 Pf E→D→C→A→E B型 2度目の降り幅が1音に変化。これをB型とする。
  5. 055 Pf Fis→E→D→H→Fis B型
  6. 057 Vn E→D→C→A→E B型
  7. 083 Pf D→C→H→G→D A型 展開部冒頭。
  8. 100 Vn Es→Des→C→As→Es A型
  9. 141 Vn D→C→B→G→D B型
  10. 149 Vn D→C→B→G→D B型
  11. 151 Vn D→C→B→G→D B型
  12. 152 Vn G→Fis→E→Cis→G C型 いきなり半音降下。最後は増4降下。
  13. 156 Vn D→C→H→G→D A型 再現部。冒頭の「レッレ」を欠く。
  14. 193 Vn H→A→G→E→H B型
  15. 195 Vn A→G→F→D→A B型
  16. 224 Vn D→C→H→G→D A型
  17. 228 Vn F→E→D→H→F C型

以上全部で17か所。ピアノの左手には現れない。ダイナミクスは上記16番目が「pp」になっている以外は全てほぼ「p」だ。141小節以降は、再現部をほのめかす同主短調の「じらし」だ。たった2回あるC型は効果的な場所「再現部の準備」「コーダの末尾」にある。

「D」で開始されるA型、つまり冒頭の形は赤文字にしておいた。冒頭の一群の後、展開部再現部の冒頭に存在し、あとはコーダの末尾に1回という整合性のある配置がブラームスらしい。

オクターブの中身3つの音は、両端の音と合わせて、微妙な調性感を醸し出す。冒頭主題をほのめかしながら、周囲の空気を自在に操るブラームスである。

2015年10月24日 (土)

ピアノに光を

人によっては新しくもなんともないのかもしれない。「ヴァイオリンソナタ」という通称につれられて、ついヴァイオリンに力点を置いて聞いてしまう。ヴァイオリンがきれいな旋律を担当し、ピアノが伴奏に徹するような作品だったらそれでも何ら問題はないのだが、ブラームスの場合は事情が違う。両者対等がうたわれているから、ピアノにも同等の注意を払いながら聞きたい。

ところが、全曲を通じてこれを意識するのが難しい。気が付くとヴァイオリンを聴いてしまっている。楽譜を手元において、見ながら聞くと少しは効果がある。ピアノのパートだけに集中しているくらいでちょうどいい感じがする。慣れるとピアノの音の並びに集中していても、ヴァイオリンの音がちょうどよくブレンドされるようになる。

何度も聞いた作品に別の光が当たるから、相当お得である。

2015年10月23日 (金)

ピアニストの群像

そもそも「ヴァイオリンソナタ」という通称が適当ではない。本来は「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」だ。ピアノが先である。これは古典派の伝統だ。ヴァイオリンとピアノの二重奏ソナタにおいて、ヴァイオリンはピアノの添え物だった時代の名残だ。ブラームスの師匠筋のシューマンは、「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」としている。ロマン派の時代になって、「ヴァイオリン」を先に書くケースが増えていたのを、ブラームスは決然と古典派の原則を踏襲した。

名は体を表す。楽曲内における両者の位置づけが対等であることの予告でさえある。ヴァイオリンがきれいな旋律を奏でて、ピアノはその引き立て役という構図が勇敢に否定されている。「伴奏」という単語は厳に慎まねばならない。

と言いつつ、ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章を題材にした今回の調査の結果を公表する際、その一覧表には行きがかり上ヴァイオリニストしか記載しなかった。迂闊であった。罪滅ぼしに、本日はピアニストたちを一覧化する。姓のアルファベット順に記し、相棒のヴァイオリニストと録音年を付記した。

  1. Affanassiev,Valery/Gidon Kremer 1987
  2. Anderszewski,Piotr/Viktoria Mullova 1995
  3. Angelich,NIcholas/Renaud Capucon 2005
  4. Aschkenazy,Vladimir/Itzark Perlman 1983
  5. Balsam,Artur/Szymon Goldberg 1953
  6. Barenboim,Daniel/Pinchas Zukerman 1974
  7. Bauer,Fritz/David Oistrakh 1972
  8. Bay,Emauel/Jascha Heifetz 1936
  9. Beroff,Michel/Augstin Dumay 1978
  10. Brautigam,Ronald/Isabelle van Keullen 1997
  11. Canino,Bruno/Salvatore Accardo 1997
  12. Casadesus,Robert/Zino Francescatti 1952
  13. Chernyavska,Marina/Elisabeth Batiashvili 1999
  14. Cherny,Alena/Ilya Grubert 2010
  15. Cooker,Paul/Yehudi Menuhin 1983
  16. Cooper Imogen/Sonia Wieder-Atharton 2006
  17. Deutsch,Helmut/Gerhart Hetzel 1992
  18. Eguchi,Akira/Tomoko Kato 2010
  19. Fachini,Flametta/Ludovico Tramma 2009
  20. Fischer,Edwin/Gioconda de Vito 1954
  21. Frankl,Peter/Kyung-Wha Chung 1995
  22. Gililov,Pavel/Mischa Maisky 1996
  23. Golan,Itmar/Shlomo MIntz 2003
  24. Goldstein,Yulia/Boris Goldstein 1987
  25. Graffnman,Gary/Henryk Szeryng 1971
  26. Hamaghuchi,Masumi/Thomas Brandis 2003
  27. Hough,Stephan/Robert Mann 1993
  28. Horszowsky,Mieczyslaw/Josef Szigetti 1951
  29. Ichino,Ayumi/Toru Yasunaga 1989
  30. Ito,Kei/Tgugio Tokunaga 1996
  31. Iwasaki,Shuku/Lola Bobesco 1983
  32. Kapp,Richard/Mela Tenenbaum 2004
  33. Katchen,Julius/Josef Suk 1967
  34. Liu,Xuesu/Daniel Gaede 2011
  35. Lortie,Louis/Augstin Dumay 2014
  36. Ludwig,Guenter/Alois Kottmann 1997
  37. Masselos,Wiliam/Toshiya Eto 1977
  38. Melnikov,Alexander/Isabell Faust 2007
  39. Mytnik,Andrei/Leonid Kogan 1955
  40. Naumuff,Emille/Patrice Fontanarosa 2008
  41. Neriki,Shigeo/Janos Starker 1990
  42. Oborin,Lev/David Oistrakh 1957
  43. Orkis,Lambert/Anne Sophie Mutter 2009
  44. Panenka,Yan/Keiko Urushibara 1992
  45. Peterson,John David/Lenny Schranz 2006
  46. Pires,Maria Joao/Augstin Dumay 1991
  47. Planes,Alain/Jean-Jacques Kantorow 1975
  48. Pommier,Jean-Bernard/Jaime Laredo 1983
  49. Richter,Sviatslav/OLeg Kagan 1988
  50. Roge,Pascal/Pierre Amoyal 1990
  51. Rubinstein,Artur/Henryk Szeryng 1960
  52. Ruvolo,Christian/Barbara Westphal 2010
  53. Sasaki,Saiko/Rainer Schmidt 1995
  54. Schmidt,Annerose/Heinz Schunk 1987
  55. Sebok,Gyorgy/Artur Grumiaux 1976
  56. Serkin,Peter/Pamera Frank 1996
  57. Serkin,Rudolf/Adolf Busch 1936
  58. Sinaiski,Evgueni/Thomas Albaertus Irnberger 2007
  59. Solti,Georg/Georg Kuenkampff 1947
  60. Stancul,asminka/Werner Hink 2002
  61. Sung,Hugh/Aaron Rosand 1993
  62. Takahashi,YUji/Iwao Furusawa 2005
  63. Tsachor,Uriel/Andrew Hardy 1997
  64. Vogt,Lars/CHristian Tetzlaff 2002
  65. Weissenberg,Alexis/Anne Sophi Mutter 1982
  66. Wuehrer,Friedrich/Wolfgang Schneiderhan 1952
  67. Zak,Jonathan/Simca Heled 2010
  68. Zakin,Alexsander/Isac Stern 1960

見ての通り、ブラームスのコンチェルトを録音している人も多い。CDを売る立場から申せば、知名度、話題性が高い方がいいに決まっている。オリジナルはともあれ、ひとまず「ヴァイオリンソナタ」と銘打って売られる以上、知名度や話題性で「ヴァイオリニスト>ピアニスト」というケースも目につくが、実に楽しいリストだ。

2015年10月22日 (木)

pp grazioso e teneramente

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章70小節目に存在する指定。同楽章中のオアシス。前打音からのオクターブジャンプが可憐だ。

楽句中に現れる「teneramente」は、「愛らしく」を意味する貴重な用語。至高のインテルメッツォop118-2の冒頭に「Andante teneramente」として現れることで名高い。「teneramente」の全用例を当たる。同楽章の再現部では「teneramente」が抜けた「pp grazioso」となっている。一回目だけに「teneramente」が置かれているということだ。

同楽章70小節目の「teneramente」は、弦楽器にあてられた唯一の例だ。古今のヴァイオリニストたちの弾き方が個性的で本当に楽しい。

2015年10月21日 (水)

タイムアタック

ヴァイオリンソナタ第1番第一楽章第二主題「con anima」が始まるまでの所要時間について、早い順に10番目まで列挙する。

  1. 067:95 Oleg Kagan/Sviatslaw Richter
  2. 073:20 Rainer Schmidt/Saiko Sasaki
  3. 073:93 Jascha Heifetz/Emanuel Bay
  4. 074:80 Adolf Busch/Rudolf Serkin
  5. 075:57 Pamera Frank/Peter Serkin
  6. 076:93 Patrice Fontanarosa/Emile Naumoff
  7. 077:31 Viktoria Mullova/Piotr Anderszewski
  8. 077:37 David Oistrakh/Lev Oborin
  9. 078:17 Szymon Goldberg/Artur Balsam
  10. 078:42 Isabelle Faust/Alexander Melnikov

1着はオレグカガン。唯一の70秒切りだ。概して昔の演奏が上位を占める。今世紀の演奏はフォンタナローザとファウストだけだ。4着と5着に入ったのはルドルフとペーターの親子騎手だ。

ちなみに遅い方も列挙する。

  1. 108.23 Gidon Kremer/Valery Afainassiev
  2. 107.17 Shlomo Mintz/Itamar Golan
  3. 104.58 Tsugio Tokunaga/Kei Ito
  4. 104;58 Mischa Maisky(Vc)/Pavel Gililov
  5. 099:14 Ilya Grubert/ALena Cherny
  6. 098;79 Daniel Gaede/Xueu Liu
  7. 096:07 Renaud Capucon/Nicholas Angelich
  8. 095:71 Keiko Urusshibara/Jan Pnenka
  9. 095:59 Lenny Schranz(Va)/John David Peterson
  10. 094:40 Pinchas Zukerman/Daniel Brenboim

1990年代以降に集中する。10位のズーカマンだけがわずかに1974年の録音だ。遅い録音は、最近のものが多いと言えそうだ。

2015年10月20日 (火)

こんな偶然

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章36小節におけるテンポ変動を、我が家所有のCDの演奏時間から割り出す作業をしていた。CDには録音年月日が載っているので、演奏家の誕生日がわかれば、録音時の年齢が明らかとなる。年齢不詳の4名以外を演奏年齢の若い順に列挙する。同年齢の場合、録音年の早い順とした。

  1. 19歳 AnneSophie Mutter 1982
  2. 20歳 Elisabeth Batiashvili 1999
  3. 22歳 Thomas Albertus Irnberger 2007
  4. 28歳 Pinchas Zukerman 1974
  5. 29歳  Augstin Dumay 1978    
  6. 29歳 Keiko Urushibara 1992
  7. 29歳  Pamera Frank 1996
  8. 29歳  Renaud Capucon 2005
  9. 30歳 Jeanjacques Kantorow1975
  10. 31歳 Leonid Kogan 1955
  11. 31歳  Rainer Schmidt 1995
  12. 31歳  Isabelle van Keulen 1997
  13. 34歳 Jascha Heifetz 1936
  14. 35歳 Isabelle Faust 2007
  15. 36歳  Viktoria Mullova 1995
  16. 36歳 Christian Tetzlaff 2002
  17. 37歳 Wolfgang Schneiderhan 1952
  18. 38歳 Josef Suk 1967
  19. 38歳 Itzhak Parlman 1983
  20. 38歳  Tooru Yasunaga 1989
  21. 40歳 Isac Stern 1960
  22. 40歳 Gidon Kremer 1987
  23. 41歳 Pierre Amoyal 1990
  24. 42歳 Henryk Szeryng  1960
  25. 42歳 Jaime Laredo 1983
  26. 42歳  Oleg Kagtan 1988
  27. 42歳 Augustin Dumay 1991
  28. 44歳 Szymon Goldberg 1953
  29. 45歳 Adolf Busch 1936 
  30. 45歳 Sonia wieder-Atharton(Vc) 2006
  31. 46歳 Shulomo Mintz 2003
  32. 46歳 Iwao Furusawa 2005
  33. 46歳 AnneSophieMutter 2009
  34. 47歳 Gioconda de Vito 1954
  35. 47歳 Kyung-Wha Chung 1995
  36. 48歳 Mischa Maisky(Vc) 1996
  37. 49歳 Josef Szgeti 1951   
  38. 49歳 David Oistrakh 1957
  39. 49歳 Georg Kulenkampff 1947
  40. 50歳 Zino Franchescatti  1952
  41. 50歳  Toshiya Eto 1977
  42. 50歳 Tsugio Tokunaga 1996
  43. 52歳 Gerhart Hetzel 1992
  44. 53歳 Henryk Szeryng 1971
  45. 53歳 Tomoko Kato 2010   
  46. 55歳 Artur Grumiaux 1976
  47. 56歳 Salvatore Accardo 1997
  48. 56歳  Ilya Grubert 2010
  49. 57歳 Lola Bobesco 1983
  50. 59歳 Werner Hink 2002
  51. 64歳 David Oistrakh 1972
  52. 65歳  Yehudi Menuhin 1983
  53. 65歳  Boris Goldstein 1987
  54. 65歳 Augstin Dumay 2014
  55. 66歳 Janos Starker(Vc) 1992
  56. 66歳 Aaron Rosand 1993
  57. 66歳  Patrixe Fontanarosa 2008
  58. 68歳 Alois Kottmann 1997
  59. 68歳 Thomas Brandis 2003
  60. 73歳 Robert Mann 1993

<生年のわからない人>

  1. Heinz Schunk 1987
  2. Andrew Hardy 1997
  3. Mela Tanenbaum 2004                  
  4. Lenny Schranze 2006
  5. Ludovico Tramma 2009
  6. Simca Heled 2010               
  7. Daniel Gaede 2011
  8. Barbara Westphal 2013

こんなものの平均値に何の意味があるんだと思いながら、生年不明の人は除外して計算してみて驚いた。録音時年齢のわかる人の平均値は「45.5歳」となる。ブラームスがヴァイオリンソナタ第1番を作曲したのが1879年で、46歳の夏だった。絶対に偶然なのだが、この近似には底の知れないものを感じる。CDジャケットには録音時のヴァイオリニストの年齢など書かれていない。私はそんなことは知る由もなく、衝動の赴くままに買い揃えてきたのだから、ほぼ世の中の実態の縮図に近いと推測できる。ブラームスのソナタは、同時に録音されることが多いから、2番や3番もほぼ近似した値になる。2番は53歳、3番は55歳の作なので、この一致は1番に特有だ。

飛びぬけて若いムターの旧盤から、古稀過ぎたマンまで、年齢差54歳だ。録音でこのありさまだから、演奏や練習だけならもっと広がることは確実だ。ましてや鑑賞にまで拡大したら上限無しでもある。

2015年10月19日 (月)

相関無し

我が家にあるCDを再生してヴァイオリンソナタ第一番第一楽章36小節目「con anima」のテンポへの反映状況について調査した。簡便法ながら、得られた数値はバラバラだった。「冒頭」「29小節目」「36小節目(con anima)」の3つの部分について平均のテンポを求めたが、3箇所すべてが一致する演奏は一組もなかった。

しからばテンポの一致は諦め、上記3部分のテンポ変化を類型化して、半ば無理やり数種類のパターンに分類した。そのパターンそのものや、テンポの速い遅い、変動幅の大小を左右する要素がありはしないかとエクセルを駆使した。

  1. 演奏者の出生国
  2. 録音年
  3. 録音地
  4. 録音時の演奏者の年齢
  5. 楽器の種類
  6. 演奏者の性別
  7. レーベル
  8. 演奏者の職務 ソリストかコンマスか
  9. 師弟関係

どの要素との間にも相関関係がないとわかった。つまり「con anima」の解釈は個性を色濃く反映するということだ。ダイナミクス、ヴィブラート、アーティキュレーション、音色、テンポそしておそらく弾き手の感情との複雑な多変数関数だということだ。そのうちのテンポだけを異常にクローズアップしたところで、簡単に尻尾がつかめるはずもないという当たり前の結論だ。

このソナタが古くからヴァイオリニストたちの帰依を勝ち取ってきたということは確実だ。調査のための繰り返し繰り返し聴いたが、本当に本当に飽きることがなかった。たまたま私は次女の名前の根拠になったこのソナタを選んでクローズアップを試みたが、どの作品上の「animato」や「con anima」もこのように手厚く解釈されているに違いない。このソナタだけが例外であるハズがない。

2015年10月18日 (日)

生まれた国

我が家のヴァイオリンソナタ第一番のCDコレクションについて、演奏者の生まれた国を集計してみた。

  1. アメリカ    7名
  2. イスラエル  3名
  3. イタリア    3名
  4. ウクライナ  5名
  5. オーストリア 4名
  6. オランダ   1名
  7. カナダ    1名
  8. 韓国     1名
  9. グルジア  1名
  10. チェコ    1名
  11. ドイツ    11名
  12. 日本     6名
  13. ハンガリー 2名
  14. フランス   6名
  15. ベルギー  1名
  16. ポーランド 2名
  17. ユーゴ   1名
  18. ラトビア   2名
  19. リトアニア  1名
  20. ルーマニア 1名
  21. ロシア    3名

いやはや多彩だ。生地に限った。生後間もなく移住したというケースもあるので、あくまでも目安である。

2015年10月17日 (土)

フェイクもどき

ソナタ形式楽章で、提示部の末尾にリピート記号がついている場合と、そうでない場合とがある。今話題のヴァイオリンソナタ第1番は、提示部の末尾にリピート記号を置かないパターン。これらのパターンのうち提示部に続く展開部の冒頭で、第一主題が原調で提示される場合がある。

交響曲第4番、ピアノ四重曲第1番がその代表だ。楽器の使い方を含めて、第一主題の冒頭が正確に模倣されている。つまり、その瞬間聴き手に、リピート記号によって冒頭に戻ったと錯覚させる効果がある。

ところが、ヴァイオリンソナタの第1番は、リピート記号なしで、なおかつ冒頭主題が原調で回帰するパターンだが、聴き手はリピート記号があったとは錯覚しない。なぜなら主題を奏するのが冒頭と違ってピアノになっているからだ。さらにヴァイオリンはピチカートによって和音を指し挟んでいる。同ソナタ初のピチカートの出番であり、その響きは冒頭からそこまでの流れとは一線を画す。

展開部に入ったということがバレバレになる。その先の展開部は、調を変えながらしばしば第一主題がほのめかされ、再現部が準備されること5回に及ぶ。じらしもいいところだ。

2015年10月16日 (金)

和音型「レッレレー」

ヴァイオリンソナタ第1番を構成する音型に「真正型」(レッレレー)、「到達音遷移型」(レッレファー)と名付けて、その分布を調査、考察してきた。その中で、どちらも第二楽章には、全く出現しないことを指摘しておいた。

ただし、そこには条件がある。「真正型」「到達音遷移型」の抽出条件は、1個1個が単音であることが含まれている。第二楽章にどちらも出現しないのは、その条件に根こそぎ引っかかってしまうからだ。

「レッレレー」というリズムだけを共有しながら、その全てまたは一部が和音になっているケースにまで定義を緩めると、第二楽章にも用例が現れる。これを「和音型」と名付けて調査した結果を以下に列挙する。小節番号の後に、和音のもっとも高い音を添えておいた。

  1. 024 Es 
  2. 025 Es 
  3. 026 Es 
  4. 027 F 
  5. 030 H
  6. 036 H
  7. 037 H
  8. 038 D→Cis
  9. 039 G→E
  10. 048 D
  11. 049 D
  12. 091 Es
  13. 092 Es
  14. 093 Des
  15. 094 C
  16. 095 B

上記の通り全部で16回。その全てが第二楽章で、両端楽章には全く出現しない。また第二楽章の16用例すべてがピアノの右手に集中している。この手の整合性はブラームスならではだ。聴くにも弾くにもさしたる影響はないと、見過ごすのはたやすいが、私はこの手の執着を心から愛する。

上記のうちの8番目と9番目の用例は、到達点の最後で最も高い構成音が変わってしまうケースだ。「レッレファー」の和音型である。和音型は最高音こそ変わらないまでも、それ以外の音では到達点遷移が起きているケースばかりなので、特に区別しなかった。

上記分布を見ると、和音型「レッレレー」の出現は中間部とコーダに限られる。この音型を忍ばせて、そこはかとなく両端楽章との関連をほのめかすといういつもの手口である。

2015年10月15日 (木)

到達音遷移型

ヴァイオリンソナタ第1番を特徴付ける「レッレレー」の音型が、第一楽章終末も近い227小節目で、崩されていると述べた。ここがストーリー展開上のポイントだと書いた。「レッレファー」だ。これも重要な要素と位置付けて「到達音遷移型」と命名して、全曲中の分布を調査した。

<第一楽章>

  1. 098小節 ピアノ左手 Es→As
  2. 227小節 ヴァイオリン D→F

<第二楽章>

なし。

<第三楽章>

  1. 004小節 ヴァイオリン D→F
  2. 005小節 ヴァイオリン D→H
  3. 005小節 ヴァイオリン D→F
  4. 006小節 ヴァイオリン D→H
  5. 006小節 ヴァイオリン D→F
  6. 017小節 ヴァイオリン C→Es
  7. 018小節 ヴァイオリン C→A
  8. 018小節 ヴァイオリン C→Es
  9. 019小節 ヴァイオリン C→A
  10. 019小節 ヴァイオリン B→D
  11. 064小節 ヴァイオリン D→F
  12. 065小節 ヴァイオリン D→H
  13. 065小節 ヴァイオリン D→F
  14. 066小節 ヴァイオリン D→H
  15. 066小節 ヴァイオリン D→F
  16. 077小節 ヴァイオリン C→Es
  17. 078小節 ヴァイオリン C→A
  18. 078小節 ヴァイオリン C→Es
  19. 079小節 ヴァイオリン C→A
  20. 080小節 ヴァイオリン B→D
  21. 114小節 ヴァイオリン Es→E
  22. 115小節 ヴァイオリン E→Eis
  23. 118小節 ヴァイオリン Des→D
  24. 119小節 ヴァイオリン D→Es

以上26箇所。

第一楽章227小節目の重要性は既に述べた。98小節目も大変興味深い。主題が変イ長調で回想されるのを準備する4度上行だ。ピアノでの出番はたった1箇所だ。残り25箇所はヴァイオリンに集中し、うち24箇所は第三楽章になる。だから第一楽章で唯一の227小節目が目立つ。ここで示された「レッレファー」は、実は実は第3楽章4小節目で現れて以降、中心となる楽想だ。90小節目までの出番は全て第一主題第二句を構成する要素になっている。最後の4回114小節目以降の半音進行もまた味わい深い。

 

2015年10月14日 (水)

227小節目の衝撃

ヴァイオリンソナタ第一番第一楽章の227小節目のお話。ヴァイオリンは第一楽章その時点までに、いわゆる「レッレレー」の音型を25回発してきた。音は「D」ばかりではなく「ミッミミー」や「ソッソソー」だって混ざっている。けれども最初から最後まで3音すべて同じ音という点だけは断固守られてきた。

ところが、この227小節目で初めてそれが破られる。「レッレ」で始まったフレーズが、最後だけ「ファ」に変わる。つまり「レッレファー」だ。

これがどんなに衝撃か。第一楽章をエンディングに導くための準備がここから始まると見ていいい。楽章中かたくなに守られてきた「レッレレー」という枠組み、音名はともあれ、途中で絶対に他の音に推移しない原則を、ここで初めて破って見せる。

「レッレ」に続くのは、「ファ→ミ→レ→シ→ファ」だ。これを第一主題冒頭と比べる。

  • 楽章冒頭 レ→ド→シ→ソ→レ
  • 227小節  ファ→ミ→レ→シ→ファ

音の並びそのものは一致する。両端がオクターブなのも一致する。ここが第一主題の模倣であることは、予備知識なく聞いてもわかるだろう。227小節目で「レッレ」と始まることで、聴き手は楽章冒頭のように「レ→ド→シ→ソ→レ」という進行を想起する。ところが小節線をまたいで228小節に入るや否や、「レ」が「ファ」にすり替わる。オクターブ下の「ファ」に向かって同じように梯子を降りるのだが、「ファ」の後すぐに来るのは、たった半音下の「ミ」であり、最後は「シ」から「ファ」に増4度の下降になっている。オクターブで両端を固定されながら、内側の構成が微妙に変化している。

理屈は要らない。そのつもりでここをもう一度聞いてほしい。ストーリー上の重要な転回点だとわかるはずだ。

今回の「レッレレー」の実態調査は、途中で音高さが変わらないパターンに限っていたが、ここの衝撃を味わって方針を変えた。「到達音遷移型」として改めて調査することにした。同時に本来の形「レッレレー」を真正型と命名する。何をもって「真正」と呼ぶかに定義などない。単なる区別の目印だ。

2015年10月13日 (火)

歌あふれる

一昨日、日本学校合奏コンクール2015千葉県大会が千葉県文化会館で開催された。一年間の部活前半の山場だ。

運命の一日。朝学校に集合して、恒例の結団式。そこで伝統のパーリーダンスに興じリラックスするのがしきたり。緊張の本番を前に目一杯緩む。緩む。そこからは音出しもあるにあるが、もう気持ちのアプローチが優先。

会場に続々とつめかける保護者、OG、その保護者。知った顔が緊張気味。みんなが今日の意味を分かっている。子ども達の努力を知る者としてただただ祈るばかりということ。ただただ「力を出し切ってくれ」と。

そして高校の部。出番は4番目。手持ちは精魂込めた「イタリア奇想曲」。入場の立ち居振る舞いから乙女たちの音楽が始まる。学校名、演奏曲目、指揮者が紹介されてあっという間にタクト一閃。

緊張?そりゃあるにはあるが、それを覆い隠すほどの笑顔。エレガントな笑顔。「これが私たちの音楽です」というオーラ。そりゃあチャイコフスキーだから管楽器たちには難儀なソロが特盛だけれど、優雅に体当たり。チャイコフスキーさんが作品全体にちりばめた「歌」を「いかがでしょう」とばかりに立て続けに調理して見せる。行った事のないイタリアが脳内に充満し始めた。

ソロを奏する仲間を思い遣る弦楽器たちにだって山ほど見せ場。チェロバスのゆらゆら。何度も現れる刺激的なヴァイオリンの連続ダウンボウがG線を噛む音でさえエレガントなのは何故?仲間が作り上げたチャンスにゴールをはずさないフォワードのような打楽器のみんな、ありがとう。

たった9分の持ち時間、コンクールがコンサートに変わった。それが彼女らの音楽。コンクールをコンサートに変え、子どもを大人にし、大人を子どもに戻してくれる。それだけで十分なのに金賞、会長賞、全国大会出場権を見事に獲得してくれた。感極まる保護者やOGだというのに、それでも子どもたちはクール。コンクールには付き物の運に恵まれなかった者たちへの心遣いなのか、あくなき向上心なのか。

そしてその上、ドイツ演奏旅行まであるという至福。ただただ幸せな子どもたち。

2015年10月12日 (月)

音名違い

ヴァイオリンソナタ第一番を性格付ける「Drei D」すなわち「レッレレー」の全曲中の分布を調査し、一昨日記事でその結果を公開し、昨日の記事ではその考察を試みた。考察する過程で、「レッレレー」が「ミッミミー」だったり「ソッソソー」に変わっているケースが少なからずあることに気付いた。

これも調査の範囲とすることで、「レッレレー」への理解が深まると考えた。収集の定義は以下の通り設定した。

  1. 4分音符+8分休符+8分音符+付点4分音符(最後だけは別の音価を認める)
  2. 8分音符+16分休符+16分音符+付点4分音符(最後だけは別の音価を認める)
  3. 「D」以外の」音でもよい。
  4. 当該3音が途中で変化しない。

以下に結果を公表する。

<C> 0回 「ドッドドー」

存在しない。全楽章を通じて一度もない。

<Cis> 1回

  1. 1楽章 32小節目ピアノ右手に1回だけ。

<Des> 3回

  1. 1楽章 28小節目ピアノ右手  31小節目ヴァイオリン
  2. 3楽章 117小節目ヴァイオリン

<D>本来の形 33回。

  1. 1楽章 ヴァイオリンに8回、ピアノ右手に2回、ピアノ左手に2回
  2. 2楽章 全く出現せず
  3. 3楽章 ヴァイオリンに3回、ピアノ右手に5回、ピアノ左手に13回

<Es> 5回

  1. 1楽章 ヴァイオリンとピアノ右手に各1回
  2. 3楽章 ヴァイオリン、ピアノ左右に各1回

<E> 8回

  1. 1楽章 ヴァイオリンに4回、ピアノ右手に2回、ピアノ左手に1回
  2. 3楽章 159小節目ヴァイオリンに1回だけ。

<F> 4回

  1. 1楽章 ヴァイオリンとピアノ右手に各1回。
  2. 3楽章 ヴァイオリンに2回。

<Fis> 3回

  1. 1楽章 ヴァイオリンとピアノ左手に1回。
  2. 2楽章 32小節目ピアノ左手に1回。

<G> 10回

  1. 1楽章 ヴァイオリンに4回、ピアノ左右に各1回。
  2. 3楽章 ヴァイオリンに4回。

<As> 1回

  1. 1楽章 102小節目ヴァイオリンに1回だけ。

<A> 4回

  1. 1楽章 ヴァイオリンに2回。
  2. 3楽章 ヴァイオリンとピアノ右手に各1回

<B> 2回

  1. 1楽章 105小節目ヴァイオリンに1回
  2. 3楽章 129小節目ヴァイオリンに1回

<H> 3回

  1. 1楽章 ヴァイオリンとピアノ右手に各1回
  2. 3楽章 ピアノ右手に1回だけ。

全部で77回だ。「C」が全くないこと。第二楽章には「Fis」で一回あるだけでその他はゼロだ。両端楽章の主音「G」よりも、属音「D」の方が3倍以上多いことがわかる。総数77回のうち「D」が43%を占める。

2015年10月11日 (日)

「レッレレー」の考察

昔、人気漫画の登場人物に「レレレのおじさん」がいた。私は「レッレレーのおじさん」だ。

昨日の記事で公開した「レッレレー」の分布を見て、すぐ目につくのは、第2楽章には出現しないことだ。

<第一楽章>

  • ヴァイオリン 8回
  • ピアノ右手  2回
  • ピアノ左手  2回

<第三楽章>

  • ヴァイオリン 3回
  • ピアノ右手  5回
  • ピアノ左手  13回

第一楽章と第三楽章とでは、「レッレレー」の担い手が変わる。ヴィオリンでは、主旋律の構成要素として現れるのに対し、ピアノ左手では、周囲の和音を支えるベースが、「レッレレー」の音型を借りているに過ぎない。また、第一楽章では第1主題部分以外ではパッタリと姿を消す。

ソナタ形式の肝というべき、再現部冒頭では、肝心なヴァイオリンに「レッレレー」が出現しない。下降の音型が繰り返される中、最初の「レッレ」が省略されている。「レッレレー」を曲中でさんざん強調しながら、再現部の冒頭では逆に肩透かしを食らわせるかのようだ。ブラームス独特の「再現部隠蔽」である。

2015年10月10日 (土)

「レッレレー」の分布

ヴァイオリンソナタ第1番に音型「レッレレー」がどの程度分布しているのか調査した。その結果を公表する。3ケタの数字は音型「レッレレー」の開始部の小節番号。略号はVn:ヴァイオリン、PR:ピアノ右手、PL:ピアノ左手。

<第1楽章>「4分音符+8分休符+8分音符+付点4分音符」3音すべてDの単音。

  1. 001 Vn 冒頭主題の歌い出し部分
  2. 020 Vn 
  3. 031 PR
  4. 032 PL
  5. 058 Vn
  6. 082 PR
  7. 091 PL
  8. 140 Vn
  9. 148 Vn
  10. 150 Vn
  11. 197 Vn
  12. 223 Vn

<第2楽章>

  なし。

<第3楽章>

  1. 000 Vn アウフタクトから立ち上がる冒頭主題の立ち上がり。
  2. 001 PL
  3. 002 PR
  4. 003 PL
  5. 013 PL
  6. 014 PL
  7. 015 PR
  8. 016 PL
  9. 060 Vn
  10. 061 PL
  11. 062 PL
  12. 063 PL
  13. 073 PL
  14. 074 PL
  15. 075 PR
  16. 076 PL
  17. 124 PL
  18. 125 PR
  19. 132 PL
  20. 133 PR
  21. 160 Vn

以上。合計33回。

 

2015年10月 9日 (金)

分布調査

昨日の記事「Drei D」で、ヴァイオリンソナタ第1番全体にちりばめられた「レッレレー」の音型について一般論を述べた。話自体は目新しいものではない。ブログ「ブラームスの辞書」としては、その「レッレレー」を数えてみようと思う。「多い多い」と言ってるばかりでは議論にならないからだ。

調査の前に定義を明らかにする。

  1. 4分音符+8分休符+8分音符+付点4分音符
  2. 8分音符+16分休符+16分音符+付点4分音符
  3. 休符を除く3つの音の高さが変わらない。「D」に限らずカウントする。
  4. 最後の音符が、直前の音符より長い。「レッレレー」は○だが、「レッレレ」は×。
  5. 冒頭が付点になり、次の休符が脱落したケースはカウントしない。

拡大調査として以下も別途カウントする。

  1. 3つ目の音で、高さが変化するケース。「レッレファー」のようなパターン。
  2. レッレレー」を構成する3つの音のうち、一部または全部が和音になっているケース。

明日以降順次結果を発表する。

2015年10月 8日 (木)

Drei D

「3つのD」のことだ。「D」とは音名をさす。平たく言うと「レ」である。ヴァイオリンソナタ第一番に関する文書では、しばしば「3つのD」が引用される。「雨の歌」の通称の由来になった歌曲「雨の歌」op59-3の冒頭が「3つのD」で開始されるからだ。

その旋律を第三楽章に据え付けた。

  • 8分音符+16分休符+16分音符+付点四分音符

この形のことを「3つのD」と称している。「レッレレー」だ。この「レッレレー」は、音価を変えて第一楽章の冒頭ヴァイオリンの歌いだしにも投影されている。

  • 4分音符+8分休符+8分音符+付点四分音符

両楽章間で音価こそ違うが、聞こえとしては「レッレレー」で相違ない。

この系統の音のつながりは「D」音にとどまらず、他の音にも拡大される。一見無関係に見える第2楽章にも

  • 8分音符+16分休符+16分音符+付点四分音符

という形で出現する。ピアノが和音の塊として提示するが、リズムとしては間違いなく「レッレレー」の系統だ。

楽曲全体に満遍なくばらまかれている。

2015年10月 7日 (水)

直前練習

次女の後輩たちが、コンクール本番に備えて、直前ホール練習をした。

2015年10月 6日 (火)

下降導音

単に「導音」と言えば、半音上の主音に行きたくなる音、またはその機能とでも申しおく。「C音」に対して、その半音下の「H音」がそれにあたる。だから「下降導音」と言えば「半音下の主音に行きたくなる音」という理解にたどり着く。たとえば主音を「E」にしたら、「F」のことだ。

記事「ナチュラルの代わり」で述べたヴァイオリンソナタ第1番第1楽章の第二主題を準備する繊細な手順の中にも「下降導音」が現れる。

33小節目冒頭に「Eis」によって強制的に確立する「Dm」から4分音符8個分後に、A7の和音にたどり着く。音の高さを無視すれば「A-Cis-E-G」だ。ニ長調第二主題を準備するイ長調の属7和音だ。ヴァイオリンが奏する重音の上側の音が「G」になっている。この「G」に限らず、属7和音の第7音は低めにとると気持ちがいい。音程調整可能なヴァイオリンにあてがわれていることのありがたみを噛みしめたいところだ。

この「G」音の鳴らし方、CDによってさまざまな味わいがある。36小節目の「con anima」第二主題の直前の音だ。そしてそして第二主題に滑り込む。第二主題の始まりは「嬰ヘ」つまり「Fis」だ。直前で鳴らされたヴァイオリンの重音「A+G」の上側の音「G」が半音下に舞い降りて立ち上がるということだ。つまりあの「G」は下降導音っぽいということになる。

4分音符3個分たっぷり「G」を聞かせてから、満を持する形でやっと第二主題が走りだす。

174小節目から始まる第二主題の再帰も、属7和音から主和音に進む枠組みは維持される。直前の173小節目はきっちりと「D7」が鳴る。ヴァイオリンは今度は属音の「A」を引き延ばす。ピアノはその下で4分音符4個の間、「D7」を鳴らし、右手が「C」に触れる。最初と違い第7音を受け持つのはピアノだ。しかも前回ほどテンポは落ちない。

ピアノが2拍沈黙する間、ヴァイオリンは「ソファミレド」と駆け降りて、第二主題に駆け込むという寸法だ。第二主題の始まりは「H」だ。下降音階の末尾の「C」は下降導音だった。短いけれども「下降導音→主音」という枠組みがキチンと保存される。

この記事が愛情の告白であることご理解いただけるだろうか。

2015年10月 5日 (月)

閾値

難しい漢字で、微妙な意味。生体が成分の効果を感じることが出来る最小の濃度とでも申し上げておく。砂糖の甘みの「閾値」と言えば、人間が甘みを感じる最小の濃度ということになる。個人差はあるに決まっている。コンディションにもよるに違いないが、概念としては理解できる。

さて、ヴィオリンソナタ第一番第一楽章36小節目のテンポを、CDの演奏時間から割り出す試みを続けてきた。「1分間あたりの四分音符の数」を算出して比較するという手法だ。

たとえば、お気に入りのヴォルフガング・シュナイダーハンの演奏では下記のようになっている。

  • 冒頭      144.0
  • 29小節目   140.0
  • 36小節目   148.2

これを元に「分類型314」だと判定した。29小節目でテンポを落とし、36小節目ではテンポが上がり、かつそのテンポが冒頭のテンポを上回るパターンだ。実はこのパターンを採用する演奏が最も多いと結論付けた。

シュナイダーハンさんのテンポ設定は微妙だ。「1分間に四分音符144個」→「同140個」→「同148.2個」という変化を、ご本人が意識していたかどうか。メトロノーム値で感じていたとは、思えない。「このくらい」というアバウトな感覚だろう。共演するピアニストとの打ち合わせの際にもメトロノーム値なんぞ持ち出してはいるまい。

そして我々聴き手だ。1分間あたり四分音符数個の出し入れを本当に感じ取れるのか。つまり「テンポの閾値」だ。メトロノームを「140」「144」「148」とセットして違いが毎回正確にわかるかどうかという話である。

もしも判別が不能なら、シュナイダーハンさんは314型ではなく、333型のインテンポ貫徹派と捉えなおさねばならない。

2015年10月 4日 (日)

お茶目ないたずら

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章の178小節目をご覧いただきたい。そこはいわゆる再現部の真っただ中。第二主題「con anima」が再現してから4小節後だ。提示部ではニ長調だから「Fis→Fis→G」と立ち上がったのだが、再現部では公式通りト長調で提示される。つまり「H→H→C」だ。

端正な4小節フレーズだから第二主題第2句は178小節目から始まる。そこにお茶目ないたずらがあった。小節冒頭のヴァイオリンに四分休符が鎮座するではないか。

「ウン→H→C」になっている。よくよくピアノを見ると、小節冒頭には本来ヴァイオリンにあるべき「H」の四分音符がキッチリと奉られている。いやはや芸が細かい。さまざまなCDでここの違いを楽しむとよい。

全体で4度提示される「con anima」の旋律だが、4回目のここだけにほどこされたいたずら。しかし高をくくってはいけない。このほうがボウイングが自然に弓順になる。

2015年10月 3日 (土)

分類パターン314

ヴァイオリンソナ タ第一番第一楽章36小節目の「con anima」の演奏上の処理にテンポが同関与するかの調査をした。その結果をもとに、各演奏を大まかに分類した。「314」とは、その目安だ。

冒頭のテンポを仮に「3」とした。29小節目でテンポが落ちていることを続く「1」が表している。「con anima」の存在する36小節目でテンポが上がり、かつそれが冒頭のテンポより早くなることが、最後の「4」で表されている。
この分類形「314」こそが、以下の通り最も多くのヴァイオリニストが採用するパターンだ。
最も古い1936年録音のハイフェッツから、最新2014年のデュメイの新盤まで、時代を超えて採用されている。テンポ変化のパターンは共通ながら、テンポそのものはMM=120からMM=168まで、多岐にわたる。29小節目での落ち幅、36小節目での上がり幅も様々。
このパターンこそが本調査の結論の1つであるといってよい。

2015年10月 2日 (金)

再現の妙

ヴァイオリンソンタ第1番第一楽章において、「con anima」36小節目を準備する位置づけとして29小節目の意義は既に強調しておいた。同じ「con anima」は再現部174小節にも登場する。子細に調べると驚かされる。

再現部においては、提示部の19小節目に相当するポジションから「con anima」の第二主題が走りだす。18小節目後半を8分音符で順次下降して第二主題になだれ込む。つまり、提示部の19小節目からの17小節分がゴッソリ省略されている。

鑑賞のポイントとして強調した29小節目からの7小節に相当する部分が省略されているということになる。

冒頭のテンポは緩むことなく維持されているばかりか、173小節目後半の音階を滑り降りる5つの8分音符によって気持ちテンポが煽られる。174小節でテンポが変わらないように聞こえる演奏が多い。

29小節目からの7小節でテンポ操作する余地のあった提示部に比べ、テンポ操作の選択肢は少なくなっている。「con anima」という指示は共通しているものの、提示部はニ長調だが、再現部ではト長調だし、ダイナミクスも提示部では「p」で、再現部は「poco f」に変わる。ヴァイオリンの旋律が4小節目からオクターブ上がった提示部に対し、再現部では同音の繰り返しだ。

再現部を単なる繰り返しにさせないブラームスの癖だ。聴き手の想定を上回るタイミングで第二主題に突入する手抜きの妙技を味わうべきだ。

2015年10月 1日 (木)

楽しい作業

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章36小節目「con anima」の処遇をテンポの上から解析する試みが一段落した。所有するCDの演奏時間からテンポを逆算する手法については、すでに言及しておいた。

チェックポイント3箇所を29小節目、36小節目、43小節目と定め、音楽がそれぞれの小節に侵入した瞬間、スマホのラップタイムキーに触れるという方法で、1~28小節、29~35小節、36~42小節という3つのパートの平均テンポを割り出した。

調査結果や解析は既にお示ししてきた通りだ。最後にそうした調査をしてみての所感を述べる。

  1. 演奏家は録音を前に表現を突き詰める際、テンポは重要なファクターだという認識を当然持っているものと思われるが、それをメトロノーム値で実感してはいないだろう。ピアニスト、ヴァイオリニスト、ディレクター間で打ち合わせがあるとすれば、「これくらい」「それくらい」というやりとりに決まっている。メトロノーム値を重視しているハズはない。
  2. 「con anima」におけるテンポの処理は、数ある表現技法の一部と認識されていたハズだ。ダイナミクス、運弓、ヴィブラート、アーティキュレーション、ピアノとのバランス、気分などなどと同等以上ではあるまい。
  3. ごく一部でしかないテンポでさえ、古今のヴァイオリニストの解釈は驚くほど多様だ。古来「雨の歌」ソナタが愛されてきた証拠である。
  4. 何度も何度もCDを聴きこんだ。冒頭の「3つのD」の弾き方だけでもヴァイオリニストの個性が宿る。テンポだけでは到底説明ができない。
  5. にもかかわらず、テンポにこだわった。

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