移調の狙い
弦楽五重奏曲第1番ヘ長調op88の話題。第二楽章冒頭には、1854年春にデュッセルドルフで作曲された「2つのサラバンドWoW5-1」イ短調が引用されている。同楽章の中間部には1855年春に作曲された「2つのガヴォット」WoW3-2」イ長調が出現する。弦楽五重奏曲への採用にあたり、ガヴォットの方は原調のままのイ長調なのに対し、冒頭を飾るサラバンドは、イ短調から嬰ハ短調に移調されている。
ヘ長調の第一楽章に嬰ハ短調の緩徐楽章が続くのは、斬新だ。しかも冒頭のE音にいきなりシャープ付着しているので、事実上嬰ハ長調が鳴る。ここいらへんの調性採用の感覚は凡人の理解する域を超えている。そのままイ短調(事実上イ長調)でも不自然ではないのに、わざわざ嬰ハ長調を採用するとは。
出版に立ち至らなかった若い頃の作品を、容赦なく廃棄するブラームスなのだが、このサラバンドは美しい例外を形成している。特に後半9小節目の美しさは、身を引きちぎられる思いだ。弦楽五重奏でなく、原曲のピアノ独奏で聴くのも味わいが深い。
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