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2015年12月31日 (木)

108

私の脳味噌はブラームス補正でがんじがらめになっているから、「108」と言えば「除夜の鐘」なんかではなく、必然としてヴァイオリンソナタ第3番ニ短調を思い浮かべる。ほぼパブロフの犬と同じレベルだ。

本ブログで何度か話題になったデトレフ・クラウス先生は興味深い指摘をしておられる。

ブラームスはピアノ三重奏曲第3番ハ短調op101を完成した後、同第1番ロ長調op8の改訂に着手した。第2楽章のスケルツォ以外は、大きく装いを変える結果になったが、作品番号はop8のまま据え置かれた。クラウス先生の指摘とはまさにこの部分だ。ブラームスは改訂なったロ長調ピアノ三重奏曲にop108を与える構想をもっていたというのだ。結果としてこの構想は見送られたが、もし実現していたら、ピアノ三重奏曲第1番はop8とop108両方が存在することになった。そして現行op108を背負うヴァイオリンソナタ第3番は109番以降の番号を与えられていたハズだ。

おそらくそうなってもニ短調ヴァイオリンソナタの評価は微動だにするまい。影響があるとすればロ長調ピアノ三重奏曲の初版だ。現在の人気は圧倒的に改訂版が上だ。黙ってop8と言えば普通改訂版を指す程だ。もし改訂版にop108が与えられていたら、初版が正真正銘のop8として、もっとマシな扱いを受けていたと思う。

2015年12月30日 (水)

ヌヴー

ジネット・ヌヴーはフランスの女流ヴァイオリニスト。私のようなブラームス愛好家にとって、多くの場合、代えの効かない存在であり、熱い思慕の対象だ。15歳でヴィエニャフスキー国際ヴァイオリンコンクールで優勝して、センセーションとなる。この時の2位が、オイストラフだった話は、今や伝説だ。1849年10月27日航空機の事故によってこの世を去った。

ヌヴーがキャリアのスタートに選んだのがブラームスのコンチェルトだ。しかもハンブルクでという念の入れようだ。つまり彼女はブラームスを愛した。1948年にイッセルシュテットと録音したブラームスのヴァイオリン協奏曲のCDは長く私のお気に入りだった。「気迫」「集中力」「情熱」などという単語で、しばしば称賛され、同曲の演奏史に残る録音だ、
3ヶ月ほど前、ふとしたことから、某ショップで、彼女の演奏するヴァイオリンソナタ第3番のCDを見つけた。即買い。転がり込むように帰宅して早速聴いた。先述のコンチェルトがあまりにも有名なので、目立たなかったがソナタも録音していたのだ。何と言っても、事故によってこの世を去る7日前、パリでのリサイタルでブラームスの3番を弾いている。CDに収録されているのは9月21日の演奏だが、とても貴重だ。
私のように「ヌヴー補正」がかかった者にとっては、超お宝だ。1つ年上の兄のピアノに支えられて、ヌヴー節が炸裂している。第一楽章の3、4小節目の末尾にある「<>」の独特な表現がやけに説得力を持っている。第二楽章の音の組み立てが丁寧。「気迫は腹の底にしまって」という感じ。第三楽章のスタカートが長めで新鮮。反則スレスレのポルタメントっぽい節回しが、常にオフサイドラインの裏を狙うフォワードのような確信に満ちている。
ブラームス好きなんですねという演奏。1番と2番が聴きたい。

2015年12月29日 (火)

年が越せない

次女が高校オケの門をたたいてから、年末には全国高校オーケストラフェスタに通い詰めるようになった。通称オケフェスだ。次女の高校はいつも最終日、各校演奏のトリだから29日となる。仕事納めの日になることもしばしばだが、毎年必ず聴きにいった。

1年間に心に折り重なった垢を、すり落とすような体験だ。高校生の部活オケなのだが、そのまっすぐな演奏に心が清められたものだ。

今年は、会場の都合で開催が年明けにずれこんだ。

なんだかぽっかりと心に穴があいたような感じがする。年末の忙しい中、無理やり時間を作って駆け付けることに大きな意味があったと思わざるを得ない。

2015年12月28日 (月)

果たして変わり者か

シムカ・ヘレドというチェリストがいる。イスラエル生まれの人だ。

ブラームスのヴァイオリンソナタ全集のCDが手元にある。ブラームスのヴァイオリンソナタ全3曲をチェロで弾いている。4度低く移調されてDdurとなった第一番以外の2曲は、オリジナルの調になっている。

チェリストがヴァイオリンソナタの編曲物を取り上げてCDに収める試みは、珍しいものではないが、3曲全てをとなるとちょっと見かけない。特に2番は、我が家のコレクションで、この人だけなので貴重だ。

さらに、私の探し方が悪いのか、この人がオリジナルのチェロソナタを録音したCDを発見できていない。このチェリストは、ブラームスのチェロソナタをCDに録音していないのに、ヴァイオリンソナタ全3曲をCD化しているという可能性がある。

2015年12月27日 (日)

卵の上を歩け

ヴァイオリンソナタ第3番のエピソードだ。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻47ページ。クララ・シューマンの四女オイゲーニエが母クララの言葉を書き留めている。同曲第3楽章の155小節目ピアノに現れる「Tranquillo」のことに言及して、「あそこは卵の上を歩くようなものよ」と述べている。

巧妙な言い回しだ。すぐに比喩だとわかる。「卵の上を歩く」訳が無いからだ。クララにだって経験があるわけではなかろう。そしてこの言い回しには「卵の上を割らずに歩く」という意味が内蔵されていると思っている。歩きながら卵を割りまくる訳ではないと心得たい。だからこそ「並外れて微妙で」「用心が要る」という意味になる。

「Tranquillo」単独では「静まって」という意味なのだが、この部分は「とりわけ微妙でっせ」というクララの認識を表していると見て間違いがない。

それにしてもクララ一家はうらやましい。楽譜上の単語1個について、これほど具体的な会話が親子で交わされているということだ。オイゲーニエはこのことをずっと心に留めていたある日、クララの家でブラームス本人がピアノを受け持ってこの曲に挑むのを聴く機会を得た。

ブラームスは問題の「Tranquillo」に差し掛かると、大幅にテンポを落として切り抜けたと証言している。「ブラームスさんはつま先立ちで歩いたんだわ」と姉のマリエと喜び合ったという。

2015年12月26日 (土)

ニ短調ソナタ

無伴奏ピアノのためのソナタや、ピアノを含む二重奏ソナタはしばしば単に「ソナタ」と通称されている。第1楽章の調性を添えて呼ばれるのもお約束だ。ブラームスのピアノソナタ3曲、二重奏ソナタ7曲計10曲のうちニ短調の作品はただ1つしかない。ヴァイオリンソナタ第3番op108である。友人で大指揮者、優秀なピアニストでもあったハンス・フォン・ビューローに献呈されているのだが、クララ・シューマンのお気に入りでもあった。

1894年のある日、クララはヨアヒムとともにこのソナタを演奏した。「めったに経験できない純粋な喜び」と日記にしたためた。1891年3月を最後に公開の席での演奏から身を引いていたから、このときのヨアヒムとの二重奏はプライヴェートなものだ。いやはや何とももったいない。

2015年12月25日 (金)

molto p e sotto voce sempre

繊細で微妙な指定だ。ヴァイオリンソナタ第3番第1楽章84小節目に鎮座する。いわゆる展開部がここから始まる。

130小節目で再現部が始まるまでの46小節間が展開部と称されている。その間最強のダイナミクスは「p」に留まる。注目すべきはピアノの左手だ。46小節間途切れることなく「A」音の四分音符184個が敷き詰められる。同音184回の連打は非常に珍しいが、効果の程も絶大だ。

ヴァイオリンは、開放弦の使用を強制された移弦奏法による第一主題の暗示が主体だが、合いの手に差し挟まれるアルペジオが悩ましい。声を荒げる瞬間は全く訪れず、ニュアンス1個の出し入れで全てが表現される。

こうした展開部のキャラを一瞬で伝えるための指定が「molto p e sotto voce sempre」だと解したい。

ブラームス生涯でたった一度の指定だと思いたいところだが、実は実はもう一箇所、全く同じ指定がある。インテルメッツォ嬰ハ短調op117-3冒頭だ。これほど繊細で微妙な指定が2箇所もあるとは、ただ事ではない。

2015年12月24日 (木)

末尾8

作品の様式を分析する過程で、一群の作品を作曲年代順に並べて分類する手法がしばしば選択される。前期、中期、後期などだ。一見説得力があるのだが、デメリットもある。そこそこの数がまとまらないと意味がない。1作しかないジャンルで試みても無駄だ。ベートーヴェンで言えば、ピアノソナタや弦楽四重奏でこそ意味がある。「フィデリオ」1作のオペラで試みる者はいない。

24曲存在するブラームスの室内楽ではどうか。

これも一筋縄ではいかない。作品8のピアノ三重奏曲は、1891年に改訂を受けているから、秩序が乱されている。ピアノ四重奏曲第3番は、着手でいえば第1番、第2番と同時期だが、完成だけが遅れた。着手は初期だが、完成は中期となる。

24曲という総数は魅力的だ。1や24をカウントすれば8つの整数で割り切れる。分類は遊びと割り切って手始めに四季にちなんで4等分を試みる。

<春>

  1. ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8
  2. 弦楽六重奏曲第1番変ロ長調op18
  3. ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25
  4. ピアノ四重奏曲第2番イ長調op26
  5. ピアノ五重奏曲ヘ短調op34
  6. 弦楽六重奏曲第2番ト長調op36

<夏>

  1. チェロソナタ第1番ホ短調op38
  2. ホルン三重奏曲変ホ長調op40
  3. 弦楽四重奏曲第1番ハ短調op51-1
  4. 弦楽四重奏曲第2番イ短調op51-2
  5. ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op60
  6. 弦楽四重奏曲第3番変ロ長調Oop67

<秋>

  1. ヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78
  2. ピアノ三重奏曲第2番ハ長調op87
  3. 弦楽五重奏曲第1番ヘ長調op88
  4. チェロソナタ第2番ヘ長調op99
  5. ヴァイオリンソナタ第2番イ長調op100
  6. ピアノ三重奏曲第3番ハ短調op101

<冬>

  1. ヴァイオリンソナタ第3番ニ短調op108
  2. 弦楽五重奏曲第2番ト長調op111
  3. クラリネット三重奏曲イ短調op114
  4. クラリネット五重奏曲ロ短調op115
  5. クラリネットソナタ第1番ヘ短調op120-1
  6. クラリネットソナタ第2番変ホ長調op120-2

春の六重奏曲がちゃんと「春の部」に入る。クラリネット関連が全部「冬の部」だったり、「秋の部」の冒頭が「雨の歌」だったり、いろいろと興味深い。

各部の先頭になる作品の作品番号がみな末尾8になるのがシャープな偶然である。

2015年12月23日 (水)

ハイフェッツさんのリスト

ヤッシャ・ハイフェッツを、史上最高のヴァイオリニストと断言する人さえ少なくない。私がクラシックに目覚めたころ、既に伝説上の人物だった。ブラームスのコンチェルトがキレッキレのハイテンポで驚いた記憶がある。

CDの時代になっても、彼の演奏はずっと聴かれ続けている。我が家にも9枚組のセットがある。「グレートヴァイオリンソナタ」という企画だ。収録曲目は以下の通り。
  1. バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番
  2. バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番
  3. バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番
  4. ヘンデル ニ長調
  5. モーツアルト 変ロ長調K378
  6. モーツアルト 変ロ長調K454
  7. ボッケリーニ ヴァイオリンとチェロのためのソナタ ニ長調
  8. ベートーヴェン 第1番
  9. ベートーヴェン 第2番
  10. ベートーヴェン 第3番
  11. ベートーヴェン 第4番
  12. ベートーヴェン 第5番 春
  13. ベートーヴェン 第6番
  14. ベートーヴェン 第7番
  15. ベートーヴェン 第8番
  16. ベートーヴェン 第9番 クロイツェル
  17. ベートーヴェン 第10番
  18. ブラームス 第1番 雨の歌
  19. ブラームス 第2番
  20. ブラームス 第3番
  21. シューベルト ト長調
  22. Rシュトラウス 変ホ長調
  23. グリーク 第2番
  24. グリーク 第3番
  25. レスピーギ 変ロ長調
  26. ドビュッシー 
  27. フォーレ 
  28. サンサーンス
  29. ブロッホ 第1番
  30. ブロッホ 第2番
  31. ファーガソン 第1番
  32. ハチャトリアン ト長調
以上だ。気づいたことをいくつか。やっぱりベートーヴェンは10曲全て入るのかとため息。モーツアルトのホ短調は落選かとこれもため息。最大のおどろきはフランクが無いことだ。理解できない。まあ、この選曲はレコード会社の企画担当のセンスであってハイフェッツさんの意思ではあるまい。たまたま録音状態のいいフランクがなかったからに違いない。
さてさて、ブラームスは3つとも全て入っている。お墨付きをありがとう。

2015年12月22日 (火)

パリは燃えているか

本日長女22歳の誕生日。

大学生活も残り3か月少々。

卒業に必要な単位も既に取得済、運転免許も持っている。祖母や母とも縁浅からぬ業界を自ら適職・第一志望と定めて、あとは熱意一直線。第一志望の企業からあっさりと内定を獲得するという相変わらずの強運。というより理詰めの就活の賜物。

残るは海外への卒業旅行ということで、昨今の国際情勢だけが不安のタネ。よくある欧州志望で当初の予定では2月出発。テロの報道に関心が高い。11月にはキャンセルするかなどと不安そうだったが、今はなんだか冷静。頼もしいほどの冷静な分析。就活の理詰めっぷりと同根。ヒステリックに反対すれば、かえって依怙地になるからとはまた違う。私への相談の持ち掛け方は堂々たるもんだ。悪びれるところもない。卑屈な姿勢は一切ない。これでは反対もできない。

ただ見守るのみ。行く先が仮にパリであっても。

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2015年12月21日 (月)

ブダペスト

ブダペストはハンガリーの首都。オーストリア・ハンガリー二重帝国にとっては重要な街。音楽的にもけして田舎ではない。ブラームスの室内楽のいくつかが初演されている。この街に達者な演奏家がいるということが大きな要因だ。

1888年12月21日ヴァイオリンソナタ第3番がブダペストで初演された。フーバイのヴァイオリンに作曲者ブラームスのピアノだ。

これでヴァイオリンソナタ全3曲は、室内楽ツアーの言及期間に、初演日が収まることになる。ツアーコンダクターたるものこうした小さな配慮は大切だ。

2015年12月20日 (日)

厄介なmp

「mp」は、第一交響曲以降、出現の頻度を増すことが、指摘されている。「ブラームスの辞書」執筆に先立つ、データ収集の段階ですぐ、そうした傾向を実感した。ところが、第一交響曲以前に「mp」が全く出現しないかというとそうとは言えない。ピアノソナタやヘンデルヴァリエーション、ホルン三重奏曲にも、わずかながら存在する。

そうした例外の一つがピアノ三重奏曲第1番op8だった。下記2箇所に「mp」が出現する。

  • 第1楽章75小節目 ピアノ
  • 第4楽章64小節目 ピアノ 

いかがなものかと思いながら、1854年の初版を確認して驚いた。上記2箇所の「mp」が存在していない。曲想が同じままダイナミクスだけが削除されたのではなく、そこいらあたりに横たわる第2主題が根こそぎ別の曲想に差し替えられていた。ダイナミクス記号「mp」は新たにさしはさまれた曲中に存在した。

とりわけ上記のうちの第4楽章のケースは印象的だ。ピアノ右手がオクターブで雄渾な旋律を繰り出す。伴奏はチェロとピアノの左手なのだが、後打ちに徹する。仲良く後打ちのはずの両者なのだが、ダイナミクスは対照的だ。チェロが「f」「pesante」で決然とした風情なのだが、ピアノの左手が本日話題の「mp」になっている。右手は快刀乱麻の主役なのに、左手は16小節後に「mf」に達するまでじっと「mp」を維持せよと読める。

こうした微妙なニュアンス付けが、丸ごと差し挟まれたのが1891年の改訂ということだ。

2015年12月19日 (土)

個体識別の取り決め

古今の作曲家たちが残した膨大な数の作品は、クラシック音楽界独特のしきたりによって個体識別が施されている。これを仮に下記のように分類してみた。

  1. 概ね出版順に付与された通し番号。
  2. 作曲家本人の死後、有力な研究者によって整理分類の上付与された番号。
  3. 同一ジャンルの作品について概ね出版順に付与された通し番号。
  4. 作品の冒頭に採用された調の名前。
  5. 作品の冒頭で採用された発想用語。
  6. 作曲者自らが作品に与えた名前。
  7. 作曲者以外の第三者が作品に与えた名前。

上記のうち1番と2番は相当程度のまとまった作品が残されていてかつ現在も流布している場合に限られる。ブラームスには1番の体系が存在する。いわゆる作品番号だ。作品番号の無い作品については2番の体系も用いられている。

3番は、おなじみ「交響曲第1番」という場合の「第1番」である。同一ジャンルで複数の作品が残っている場合にはこの体系が便利だ。1番の体系との併用でほぼ完璧な個体識別が可能だ。

4番以下は、補足の機能と位置づけられる。4番には鳴っている調と記譜上の調のズレなど一定の理不尽が発生しうる。楽曲冒頭の調だけを特段に取り上げることで誤解が生じる可能性がある。とはいえブラームスにおいては破綻無く機能する。

5番はブラームスにあっては重要。発想記号が名詞機能を獲得しているケースが珍しくない他、繊細な用語使用により事実上標題として機能している。

6番と7番はいわゆる「標題」だ。特に6番をブラームスは意図的に避けていた可能性もある。

これらを駆使して個体識別が行われている。長い間練り上げられてきているだけに慣れてしまえば混乱はない。悩ましいケースがあるとすれば、改訂版の扱いだろう。1854年に発表されたピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8は、第2番op87、第3番op101が出版された後の1890年になってブラームス本人の手によって改訂されている。現在流布するのはもっぱら改訂版だけれどもこの改訂版を4番とは言わない。改訂版であることさえ表示されずに第1番と呼ばれている。上記の体系から見て注意すべき事例はブラームスにおいてはこれだけだ。

困った事例がシュ-マンにある。ニ短調の交響曲は現在4番となっているが、作曲の順ならば1番となるところなのだ。現在流布するのは改訂版とはいえ、これを4番と呼ぶならばブラームスのロ長調ピアノ三重奏曲だって4番とならねば辻褄が合わない。シューマン全集の出版に関与したブラームスとクララに行き違いがあったことは明らかだが、ニ短調交響曲を巡るこのあたりの事情が原因かもしれない。

一定の番号がある程度定着した後になって、その作曲家による明らかな真作が発見されるというのも厄介である。新世界交響曲を「第5番」と記憶している人がいるのもそのせいだ。

ブラームスが破棄したつもりの作品がこの先ひょこっと発見されるのは、愛好家として楽しみな反面、ナンバリングが大変である。ハ短調交響曲を今更2番だなんて思えそうもない。作曲年を無視して後ろにつなげて貰いたい。

2015年12月18日 (金)

「a tempo」と「in tempo」の錯綜

ブラームスの脳味噌の中の「a tempo」と「in tempo」の使用基準は、ブログでも本でも「ブラームスの辞書」の大切なテーマになっている。

ピアノ三重奏曲第1番第4楽章の36小節目の「rit」は2小節後に「in tempo」によってリセットされるが、そのわずか6小節後に現れる「rit」は、同じく2小節後に今度は「a tempo」によってリセットされる。

このようにブラームス本人によってデザインされた錯綜ならば仕方がない。

「シューマンの主題による変奏曲」op9の102小節目と167小節目は、国内某大手出版社から刊行された楽譜には「in tempo」と明記されているのに、ヘンレ版には跡形もない。さらにその先229小節と306小節は、先の某国内版では「a tempo」なのに、ヘンレでは「in tempo」と書いてある。

難解という他はない。きっと一生楽しめる。

2015年12月17日 (木)

第2主題の狙い撃ち

ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8は、1854年の初版に続いて1891年には改訂版が出ている。ブラームス本人による改訂だ。この改訂ではスケルツォ第2楽章はほぼ無傷で保存されたが、その他はかなり大きく手が加えられた。初版におけるおのおのの楽章の第2主題は下記の通りだ。

  • 初版第1楽章82小節目
  • 初版第3楽章33小節目
  • 初版第4楽章104小節目

不思議なことにこれら全ては改訂版で別の旋律に差し替えられている。第1主題は全て保存されているから、第2主題の全滅はひときわ目立つ。第一主題は大抵楽章冒頭の旋律になっているから、こちらを差し替えるとなると、全く別の作品になりかねない。第1主題を軒並み温存することで、作品の枠組みだけは残しながら一方で第2主題を全て差し替えるというのは、かなり大胆だ。完全に新しい作品を作る方が楽かもしれない。出来上がった改訂版が、継ぎ目だらけの欠陥品になっていない奇跡を思い遣るべきだろう。

こう考えると第2楽章スケルツォがほぼ無傷で残ったのというのは大変なことだ。

さて、18番目の室内楽ピアノ三重奏曲第3番op101への言及を終えた直後に、ピアノ三重奏曲第1番op8の記事が出現するとは、何事ぞと思われるかもしれないので補足する。

ピアノ三重奏曲第1番はブラームス最初の室内楽なのだが、本人の手によって改訂されている。そのタイミングがピアノ三重奏曲第3番の後、ヴァイオリンソナタ第3番の前になっている。だから改訂版についてのネタは、このタイミングでと狙っていた。ささやかなこだわりだ。

2015年12月16日 (水)

第三クォーター

昨日の記事で18番目の室内楽ピアノ三重奏曲第3番への言及を終えた。つまり第3クォーターが終わったということだ。この第3クォーターはいささか異質であった。第一と第二の前半が3ヶ月半を要したというのに、第3クォーター冒頭のヴァイオリンソナタ第1番への言及に2ヶ月をかけたから、第3クォーターだけで3ヶ月の長丁場となった。

残り6曲の第4クォーターはおよそ2ヶ月を予定している。

既にお気づきのことと思うが、私はブラームスが大好きである。

2015年12月15日 (火)

ツアー記事200本

ブログ「ブラームスの辞書」10周年を記念して始まった「室内楽ツアー」の記事が昨日200本に到達した。ブログ開設10周年を記念する企画だから、そこそこの量記事を発信しないと恥ずかしいと思っていたから、200本に到達してまずは一安心だ。

とはいえ、「ドヴォルザーク特集」「ビール特集」「鉄道特集」の本数に届きそうもない。まだまだ力不足だ。

2015年12月14日 (月)

4分の7拍子

1小節に四分音符が7個入る拍子。これを出題する先生はあまりいないとは思う。「7個」というのが何やらマニアックである。

半端な数の好きなブラームスにも、さすがに実例がない思いきや、事実上の4分の7拍子が身近なところに存在する。

ピアノ三重奏曲第3番op101第3楽章である。楽譜には4分の3拍子1小節に、4分の2拍子を2小節連ねよとなっている。3+2+2でつまり実質7拍子だ。急いたところのないアンダンテがハ長調でチャーミングに歌われる。曲をただ聴いていると、まさかこんなに複雑な拍子だとは思えない。楽譜を見てぎょっとするというパターンに陥る。ハンガリーの民謡には、3拍子以外の奇数拍子が時々現れると聞く。本作もその系譜の延長線上にあると思われる。

2015年12月13日 (日)

フーバイとポッパー

ブラームスの伝記にしばしば、巨匠として登場する2人だ。フーバイはヴァイオリン、ポッパーはチェロ、どちらも19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した。ヨアヒムとハウスマンの次世代を背負った演奏家だ。

まずはフーバイ。1858年生まれのハンガリーのヴァイオリニスト。ドイツ系ユダヤ人のイェネ・フーバイは、ドイツ風に申せば、オイゲン・フーバーだ。父も高名なヴァイオリニストだったが13歳から5年間、ベルリンでヨアヒムの指導を受けた。20歳でパリデビューののち28歳で父のあとを継ぐ形でブダペスト音楽院の教授に就任する。

続いてポッパー。ダヴィッド・ポッパーは、1843年生まれ。ユダヤ系チェコ人。プラハの音楽家の生まれだとか。1867年ウィーンデビューを果たし、宮廷管弦楽団の主席チェロ奏者に就任。1876年ハンガリー王立アカデミーの初代チェロ科教授に就任。1896年にはブダペスト音楽院の教授になる。19世紀最高のチェロ奏者に推す向きも少なくない。人呼んで「チェロのサラサーテ」だ。

1886年12月20日ブラームスはピアノ三重奏曲第3番をこの2人とともに初演した。当時ハプスブルク帝国内最高のヴァイオリニストとチェリストを初演のメンバーに選べるブラームスの威勢であった。フーバイがヨアヒムの弟子であることは重要だ。結局2人はブラームスのお眼鏡にかなう。

2年後、1888年12月21日にはフーバイのヴァイオリンで、ヴァイオリンソナタ第3番が初演される。またもブダペストだ。さらに1890年1月10日にはまたもブダペストにおいて、ピアノ三重奏曲第1番の改訂版が初演される。メンバーはこの2人とブラームス本人。作品の初演に万全を期すブラームスは、本拠地ウィーンを離れて初演することを決断する。ブダペストを選ぶ理由は、この2人の存在だと思われる。

2015年12月12日 (土)

3連室内楽

連続する3つの作品番号が、すべて室内楽になっているところがある。

  • 99 チェロソナタ第2番ヘ長調
  • 100 ヴァイオリンソナタ第2番イ長調
  • 101 ピアノ三重奏曲第3番ハ短調

3つとも1887年の出版だ。作品51と120のように一つの作品番号に2曲がおさめられているのを棚上げとすれば、2連続でさえ、たった2箇所しかない。作品25と26のピアノ四重奏曲第1番と同2番、op87とop88のピアノ三重奏曲第2番と弦楽五重奏曲第1番となる。さらに申せば、1年に3曲の室内楽が出版されたのは、1887年のほかに1866年がある。

  • 36 弦楽六重奏曲第2番ト長調
  • 38 チェロソナタ第1番ホ短調
  • 40 ホルン三重奏曲変ホ長調

1887年と1866年は、ブラームスのキャリアにおいて特筆すべき室内楽の年だ。

2015年12月11日 (金)

一番遅いプレスト

ピアノ三重奏曲第3番の第2楽章の話だ。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻214ページに、クララ・シューマンの高弟ファニー・デービスの見解が載っている。「Presto non assai」が奉られたこの楽章を称して、「もっとも遅いプレスト」と表現している。

クララの最も優秀な弟子の一人だった彼女は、ブラームスがクララを譜めくりに従えて、ヨアヒム、ハウスマンという華麗なメンバーのアンサンブルを聴く機会に恵まれた。その演奏の印象を書き残した中にそれは現れる。「プレスト」に「ノン・アッサイ」が付加されることで神秘的な印象が加わると指摘し、「影のように逃げ回る」と表現している。含蓄のある表現だ。このメンバーによるアンサンブルの凄さは申すまでもないが、それを生き生きと書き留めた彼女の感性も只事ではない。

おそらく一般的な概念のプレストとしては遅いのだと思う。その違和感は「ノン・アッサイ」の一言で封殺される。逆に申せば、そうまでしてプレストという表札を掲げておきたい事情があったのではないかと思われる。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番変ロ長調の第2楽章だ。2分の2拍子のプレストである。ブラームスのピアノ三重奏曲第3番の第2楽章よりは相当速いが、これがブラームスとしては生涯で唯一度の2分の2拍子のスケルツォの手本になったかもしれないと感じている。だからあくまでも「プレスト」にこだわるのだ。

毎度毎度のお叱り覚悟。

2015年12月10日 (木)

頂点としての7小節

ヴァイオリンソナタ第2番第二楽章の話。同楽章は表向き緩徐楽章の体裁を採る。形式として無理やり表すとABABABだ。あくまでも無理やりで、提示される都度味わいが微妙に変わるのがブラームスの流儀だ

最初の部分、超々遅いAndante tranquillo。この楽章が何故4分の2拍子なのか、凡人には測りかねる。おかげさまでブラームス作品では唯一64分音符を観察できる。それはさておき2小節目から3小節目にかけて現れる「F-C-D/C-AーB/A-C」という連なりをご記憶いただく。
13小節目からこの音形がまた現れる。やがて「A→D」で収まって「Vivace」を準備する。スケルツォ代わりのBの部分が終わって第一主題が戻るのが72小節目だ。この時冒頭のヘ長調は巧妙に転調されてニ長調になる。旋律としては再現しているのに調が別というのはよくあるブラームス節だ。79小節で調性は原調のヘ長調に戻るのだが、今度は旋律が戻らない。これもよくあるじらし。81小節目付近からもやが晴れるようにもとの旋律が戻ってくる。84小節目に先にも紹介した「F-C-D/C-AーB」が復帰することで聞き手はやっと安堵する。
そしてブラームスはそこからサプライズに入る。すんなりVivaceに行くかと見せかけて、85小節目からの回り道を用意する。そこから7小節間が、本室内楽ツアー屈指の絶景だ。理屈は要らない。同楽章中唯一の「p espressivo」があてがわれている。この7小節間の位置づけを巧妙に示してあると見た。
やがてAndante主題が三現する。150小節目だ。例の「F-C-D/C-AーB/A-C」は154小節目に用意されるが、頂点の7小節はあえなくカットされている。
ヴァイオリンソナタ第2番の頂点というべき瞬間だ。

2015年12月 9日 (水)

似ているうちか

歌曲「メロディのように」op105-1を論ずる文章は、その冒頭の旋律について高い確率で、ヴァイオリンソナタ第2番第一楽章第二主題との類似について言及する。

冒頭の音8個、移動ドで「ミソドファミレドシ」の部分だ。確かにヴァイオリンソナタ第2番第一楽章第二主題は、「(ソファ)ミソドファミレドシ」になっている。アウフタクト「ソファ」を除外した音8つは、歌曲「メロディーのように」と一致する。

そりゃまあ、そう聞こえる人もいるには違いないが、解説書まで含めて猫も杓子もということになると、騒ぎ過ぎだと感じる。

  1. 調が違う。歌曲はイ長調だ。ソナタのほうは調号こそイ長調だが、第二主題はホ長調だ。
  2. 音価も違う。歌曲は四分音符主体だが、ソナタは付点四分音符と八分音符の混合。
  3. アウフタクト。歌曲側には無いアウフタクトがソナタに存在する。

似ている話を無理やり強調しなくても、どちらも十分美しい。

2015年12月 8日 (火)

Vivace di piu

ヴァイオリンソナタ第2番第2楽章94小節目に鎮座する指定。「ブラームスの辞書」では393ページにおいて「今までよりも活発に」という解釈をしておいた。

問題は「piu」だ。大抵は「piu~」という標記で「今までよりもっと~で」と解される。「piu」そのものに「今までより」というニュアンスが埋設されているという立場でだ。だから「Vivace di piu」で「今までよりVivaceで」と解した。

問題の第二楽章は表向き緩徐楽章として「Andante」で立ち上がる。これにスケルツォ然とした「Vivace」が交代する。無理やり申せば「A→B→A→B→A→B」だ。「B」が2度目に現れるところに本日話題の「Vivace di piu」が置かれている。「ブラームスの辞書」の記述とは矛盾するが「Vivace di piu」は、もしかすると「さっきのVivaceと同じでね」という意味の可能性もあるとにらんでいる。この場合「piu」は「先の」という意味。

これでめでたしめでたしにはならない。尚残る疑問は、3度現れる「B」のうち初回とラストは単なる「Vivace」を背負っているのに2度目だけが「Vivace di piu」になっている。何故全て同じにしないで書き分けたのだろう。

2015年12月 7日 (月)

鉄道記念日

本日のこのタイトルを見て「おやっ」と思った人はおそらく鉄道好きだ。日本の鉄道記念日は10月14日だから、12月7日付けの記事のタイトルとしては浮き上がる。おそらくそれが違和感の元だ。ところが何を隠そう1835年12月7日ドイツ初の鉄道が開通した日。ニュルンベルク-フュルト間6kmのルートヴィヒ鉄道の開業だ。英国ストックトン-ダーリントン鉄道開通に遅れること5年だ。

ちなみにオーストリアは、1837年11月23日。ウイーン近郊のフローリッツドルフ-ドイチュヴァグラム間13kmが最初だ。

2歳のブラームスがこのニュースを聞いていたとは思えないが、没するまでの間ドイツの鉄道は60000kmまでその路線網を延ばすことになる。その後ブラームスはあちらこちらの鉄道開通のニュースを相当聞いていたと思われる。

残念なことにこのルートヴィヒ鉄道は、1921年11月1日をもって営業を取りやめた。第一次大戦後ドイツを襲ったハイパーインフレに呑み込まれ、およそ87年でその幕を閉じた。線路はその後撤去されてしまい今跡地を見ることは出来ないという。

2015年12月 6日 (日)

G線仕様

ヴァイオリンソナタ第2番のフィナーレ第四楽章の第一主題のお話。ヴァイオリンG線の第一ポジション人差し指で取る低い「A」から深々と、まさに深々と立ち上がる。ピアノの右手のどの音よりも低い音だ。ブラームス特有の息の長い旋律はG線最適の音域を動く。「sul G」の指定こそないが、腕に覚えのヴァイオリニストがここをむざむざD線で弾くとは思えない。

途中ピアノの合いの手を挟みながらかれこれ34小節まではG線しか使わないと思われる。とりわけ6小節目に出現する「E→Cis」の6度跳躍はおいしい。ここの弾きっぷりは見せ場の1つで、演奏家ごとに聞き比べると退屈しない。
53小節目から主題再帰までの9小節間もまたG線の見せ場だ。
ヴィオラで演奏したCDにときどき出会う1番に対して、2番をヴィオラで弾いたCDにはお目にかかれない原因のひとつがこのG線仕様ではないかと思っている。ここフィナーレの冒頭をヴィオラがG線で弾いては台無しだと、私でも思うから古今の名演奏家たちはヴィオラでの演奏を控えているのだろう。

2015年12月 5日 (土)

2番先頭

ブラームスが残した3曲のヴァイオリンソナタ。手ごろな演奏時間だから、CD1枚に全て収録できる。古今のヴァイオリニストたちが、「ヴァイオリンソナタ全集」というCDを次々とリリースしてくれる。そのとき、この3曲が収録される順番は、1番2番3番の順だ。番号順かつ作曲順である。何の説明も要らぬ。

ところがドイツの女流ヴァイオリニスト・ムターのCDは例外を形成する。収録の順番が2番1番3番の順だ。

CDを最初から再生すると、いきなり2番が鳴り出す。ほどなくそれにも慣れてくるのだが、2番のフィナーレの後、粛々と1番が鳴り出す。でもって1番の後に3番だ。

世の中ランダム再生機能が一般的で、聞き慣れたCDでもランダム再生することで新鮮な気分が味わえる。なるほどと思う。ヴァイオリンソナタのCDで楽章バラバラの再生は現実的ではないが、全集を長く聞きこんでいると、1番のフィナーレの後に2番1楽章が鳴り出すことに慣れてしまっている。順番の違う収録もたまにはよい刺激だ。

2015年12月 4日 (金)

Amabile

「愛らしく」と解されるお気に入りの楽語のひとつ。文字通り何だか「甘い」感じ。

ブラームスにおいては単独使用例はない。「Allegro amabile」としての使用に限られる。ヴァイオリンソナタ第2番とクラリネットソナタ第2番においてともに第1楽章で用いられている。一見しただけでは共通項は無さそうなのだが、この2作品だけがブラームスにとっての「アマービレ」なのだと思われる。手がかりはない。作品番号で言うと100と120だ。晩年の作と思っていい。

「Allegro」であることをしばしば忘れてしまう心地よさである。

2015年12月 3日 (木)

Brahms meets Jazz

ショップをうろついていて入手したCDのタイトル。ブラームスの作品をジャズ風にアレンジした8曲が収録されている。ブラームス作品の印象的な旋律を切り取ってジャズテイストに仕上げなおしたというイメージ。編成はヴァイオリン、バス、ドラム、ピアノというカルテット。2005年トゥツイングで開かれたブラームスフェスティヴァルの出し物だったらしい。

  1. Viilon sonata A major ヴァイオリンソナタ第2番の3楽章冒頭のテーマを取り扱っているが、ジャズテイストが優勢で、黙って聴かされたら誰も気づかない。
  2. Hungar.Dance Nr5 さすがにこれはよくわかる。
  3. Intermezzo a minor op116-2がアレンジされている。
  4. Presto ハンガリア舞曲12番。
  5. Violin concerto D major ヴァイオリン協奏曲の第2楽章を題材にアドリブ満載。自然に第3楽章に移る。
  6. Capriccio 
  7. Symphony Nr.3 例によって名高い第3楽章から。
  8. Hungar.Dance Nr16

CDジャケットに掲げられたタイトルをそのまま記した。見ての通りドイツ語と英語のチャンポン。演奏はとことんジャズ寄り。素材にブラームスが用いられているのだが、集中していないと気づかないレベル。根を詰める仕事をする際のBGMにいいかも。

2015年12月 2日 (水)

初演の舞台

1886年12月2日ウィーン楽友協会小ホール。ヴァイオリンはヨーゼフ・ヘルメスベルガーシニア、ピアノは作曲者ブラームス本人。

楽友協会の小ホールは今ではブラームスザールと呼ばれている。その舞台に立つのは、ウィーンフィルのコンマスと作曲者。

押しも押されもせぬブラームスの位置づけが透けて見える。ヴァイオリンソナタ第2番の言及期間にまんまとやってきた初演記念日。

2015年12月 1日 (火)

異例のPassionato

「Passionato」は情熱的にと訳される。意味が似ている「Apassionato」と合わせてブラームス作品における用例を以下に列挙する。訳あって冒頭のダイナミクスも添えておく。

  1. op47-2 Apassionato 「f」
  2. ラプソディー第2番ト短調 op79-2 Molto passionato,ma non troppo allegro 「f」
  3. ピアノ協奏曲第2番op83第2楽章 Allegro appassionato 「ff」
  4. 弦楽五重奏曲第1番op88第2楽章 Grave ed appassionato 「f」
  5. 交響曲第4番op98第4楽章 Allegro energico e passionato 「f」
  6. チェロソナタ第2番op99第3楽章 Allegro passionato 「p mezza voce」
  7. op103-11 Allegro passionato 「f」
  8. op116-3 Allegro passionato 「f」
  9. インテルメッツォop118-1 Allegro non assai,ma molto appassionato 「f」
  10. クラリネットソナタ第1番op120-1第1楽章 Allegro passionato 「f」
  11. クラリネットソナタ第2番op120-2第2楽章 Allegro passionato 「pocof」

以上11箇所。単語の意味からしてダイナミクスは概ね「強め」系統なのだが、チェロソナタ第2番だけが、「弱め」系になっている。

これには楽章の調性プランが少々反映していると見ている。記事「予行練習」でも述べたとおり、超遠隔調の嬰ヘ長調からヘ短調に繋ぐ工夫の一つと見た。前楽章が「pp」ながら、調的には明確に「嬰ヘ長調」で終わったあと、第3楽章がヘ短調で始まる。そのことを曖昧にする意味の「p mezza voce」だと解する。11小節目でチェロに輝かしい「f」がやっと現れるときには、今度は調が「ヘ短調」になっていない。恐らく安住の地としてのへ短調は103小節目まで待たねばならない。そこはもう中間部トリオの直前だ。

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