一番遅いプレスト
ピアノ三重奏曲第3番の第2楽章の話だ。
音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻214ページに、クララ・シューマンの高弟ファニー・デービスの見解が載っている。「Presto non assai」が奉られたこの楽章を称して、「もっとも遅いプレスト」と表現している。
クララの最も優秀な弟子の一人だった彼女は、ブラームスがクララを譜めくりに従えて、ヨアヒム、ハウスマンという華麗なメンバーのアンサンブルを聴く機会に恵まれた。その演奏の印象を書き残した中にそれは現れる。「プレスト」に「ノン・アッサイ」が付加されることで神秘的な印象が加わると指摘し、「影のように逃げ回る」と表現している。含蓄のある表現だ。このメンバーによるアンサンブルの凄さは申すまでもないが、それを生き生きと書き留めた彼女の感性も只事ではない。
おそらく一般的な概念のプレストとしては遅いのだと思う。その違和感は「ノン・アッサイ」の一言で封殺される。逆に申せば、そうまでしてプレストという表札を掲げておきたい事情があったのではないかと思われる。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番変ロ長調の第2楽章だ。2分の2拍子のプレストである。ブラームスのピアノ三重奏曲第3番の第2楽章よりは相当速いが、これがブラームスとしては生涯で唯一度の2分の2拍子のスケルツォの手本になったかもしれないと感じている。だからあくまでも「プレスト」にこだわるのだ。
毎度毎度のお叱り覚悟。
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