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2016年1月31日 (日)

地味な一歩

次女の後輩39代が部活現役を引退するのは今年の5月。スペシャルコンサートをもって引退し受験モードに入る。4か月と少々後だ。その間にはドイツ公演もあって、今はその準備に忙しい。そんな中、5月のスペシャルコンサートを見越してささやかな会合が昨日持たれた。

現役生徒の中でチケット管理を担当する生徒と、保護者後援会の初会合だ。

子供たちはオケの活動に必要な仕事を分担している。チケット係はそうした係の一つ。あの子たちの引退公演となるスペシャルコンサートは、高校生の部活の発表会として破格の集客力を誇るから、そのチケットはプラチナペーパー化する。大雑把な管理では当日の運営が苦しくなる。チケット係はその周辺を取り仕切るのだが、困ったこともある。彼女たち自身がプレイヤーであるために演奏会当日は、チケットの管理に携わることが出来ない。

そこで保護者後援会の出番。

当日券の販売を含む当日のチケット管理は後援会が取り仕切ることとなる。本番直前のあるタイミングで、子供たちから後援会への管理の引き継ぎ、「たすきリレー」があるのだ。第一走者の子供たちとアンカーの保護者の心構えが一致していることがとても大切になる。

チケット管理の意識を共有するのが初会合の目的だ。バトンタッチの日まで生徒チケット係が何をすればいいのか確認できた。同時に生徒たちの思いも実感できた。昨年、この初会合が開かれたのは、4月4日だった。当時のチケット係はそのことに触れて「もっと早く初会合を行えばよかった」という反省文を残していた。これを受けた39代チケット係が後援会に自ら申し出て今回の初会合が実現した。

2年に一度の大イベント・ドイツ公演を控えてはいるのだが、その先最終ゴールを見据えた動きが、ひっそりと始まった。

2016年1月30日 (土)

録音の状況

ご機嫌なCDに出会った。

アンネマリー・アストレムというフィンランドの女流ヴァイオリニストのCD。まずは収録された作品の顔ぶれに軽い驚きがある。FAEソナタ 全曲版 ブラームスが担当した第三楽章スケルツォを含む全楽章に加えて2つのクラリネットソナタの作曲者ブラームス自身の編曲によるヴァイオリン版。
驚きの理由は、正規のヴァイオリンソナタに目もくれていないことだ。そしてそこには意図がある。FAEソナタはヴァイオリンとピアノの二重奏のための現存作品としてはブラームス最古の作品だ。そしてクラリネットソナタのヴァイオリン編曲は、最新の作品ということになる。ヴァイオリンとピアノのデュオとして最古と最新の作品を収録したという意図は明白だ。
演奏の場所はオーストリア・ミュルツツーシュラークのブラームスムゼウム。使用されたピアノは同館所蔵の1880年製のシュトライヒャーのグランドピアノ。もともとはウィーンのフェリンガー家の屋敷にあったものだ。リヒャルト・フェリンガーは、ブラームスの友人でジーメンス社のハプスブルク支社長。屋敷にブラームスを招いてサロンコンサートを催した。後期ブラームスの室内楽のいくつかが初演前に私的に演奏されている。その屋敷にあったシュトライヒャーをリヒャルトのひ孫にあたる人物が寄贈したという伝説の逸品だ。
もちろんブラームスもこのピアノを弾いたことがある。エジソン発明の蓄音機にブラームス自身の演奏でハンガリア舞曲が録音されたが、そのときの使用楽器がこのピアノだ。そしてミュールフェルトとクラリネットソナタさえ演奏している。
またとない設定の演奏だ。クラリネットソナタのヴァイオリン版は、ヴィオラ版に比べるとCDの数が少ないから大変貴重だ。そしてそしてこのFAEソナタの演奏の出来映えが素晴らしい。

2016年1月29日 (金)

ザビーネ・マイヤー

クラリネット奏者。カラヤンに認められてベルリンフィルに入団したが、このことで楽団とカラヤンの確執が表面化した。おそらくベルリンフィル初の女性団員だったと思う。そのために話題が先行したが、現在では世界最高のクラリネット奏者の一人だ。

モーツアルトのクラリネット五重奏曲のレコードを持っていた。

彼女の演奏するブラームスのクラリネットソナタの余白に、歌曲「甲斐なきセレナーデ」op84-4のクラリネットバージョンが収録されている。

ブラームスの歌曲の編曲ではチェロのミッシャ・マイスキーが有名だが、たった1曲とは言えこちらも貴重。男女のコミカルな押し問答を題材にした曲だから、キビキビとしたクラリネットの演奏にピッタリだ。

2016年1月28日 (木)

逆は真にあらずか

著名なヴァイオリニストが、しばしば楽器をヴィオラに持ち替えて妙技を披露してくれることがある。ズーカマン、ミンツ、スークなどの面々はブラームスのヴィオラソナタも録音してくれている。彼らはけしてチェロソナタには手を出さない。ヴィオラまでと心に決めているのだろう。ヴァイオリンとヴィオラの奏法は重なる部分が多いのだ。ヴァイオリンの名人ならばそこそこヴィオラも弾きこなすものだ。

しからば問う。その逆はと。

バシュメット、カシュカシュアン、今井信子、ウォルフラム・クリフト、プリムローズ、ジュランナ、トンブラーたちはヴァイオリンを弾くのだろうか?バシュメットの「雨の歌」を聴きたいという願いはかなうのだろうか?ヴィオラでなら弾いてのけるだろう。そうではなくてヴァイオリンに持ち替えて弾くことはないのだろうか?

現代を代表するヴィオラ奏者のバシュメットはしばしば演奏会でヴァイオリンを弾いてみせるそうだ。ブラームスのヴィオラソナタのヴァイオリン版をバシュメットで聴いてみたいものだ。あれだけヴィオラを弾くのだから、耳を覆うほどの惨状ということはあるまい。

2016年1月27日 (水)

そりゃ聴きたい

まずは黙って以下のリストをご覧いただきたい。

  1. インテルメッツォホ長調op116-4
  2. インテルメッツォ変ホ長調op117-1
  3. インテルメッツォイ長調op118-2

どうもこれらにはヴァイオリンとピアノ用への編曲版がある。残念ながらもちろんブラームス本人の手による編曲ではない。最初の2つはパウル・クレンゲルという人物の手による編曲で、チェロとピアノ、ヴィオラとピアノに加え管弦楽版まである。

そして何よりもop118-2だ。イ長調アンダンテ・テネラメンテは、ブラームスピアノ小品の白眉と申してよい逸品だ。ヴァイオリンとピアノ二重奏バージョンが存在するというだけで脳味噌が酸っぱくなる。もちろんこれも本人の編曲ではない。リヒャルト・バルトという人物だ。

楽譜の出版は3曲ともブラームスの生前である。クライスラーあたりが、アンコールに弾いてくれようものなら、すんなり入って来かねない。どこかにCDはないものか。

2016年1月26日 (火)

キュートな編曲

記事「連弾ピアノトリオ」で珍しい編成に言及したので、ついでに話題にする。

何と言っても愛されているのはクラリネット五重奏曲だ。連弾用はもはや当たり前で、ヴァイオリンソナタ用、クラリネットソナタ用が、ブラームスの生前に出版されている。ヴィオラソナタ用は無いのかと文句に一つも言いたくなる。クラリネットのヴィオラ持ち替え用は生前ではなかった。

オルガン編曲があるのは、ヴァイオリンソナタ第3番のアダージョとピアノ三重奏曲第3番の第二楽章だ。ヴァイオリンソナタ第1番にはハルモニウムソナタ版が第二楽章だけ存在する。

さてついではまだ続く。

インテルメッツォop116-4、117-1には、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、ヴィオラソナタ版がブラームスの生前に出版されている。ヴィオラはクラリネットに持ち替え可能だ。op118-2にはヴァイオリンソナタ版だけが出版されている。

聴いてみたい。

2016年1月25日 (月)

リピートの戻り先

ソナタ形式を採用する楽章において、提示部の末尾にリピート記号が置かれ、提示部の繰り返しが意図されている場合がある。提示部の末尾にリピート記号を置く置かないの基準が曖昧なことは既に述べた。リピート記号に従って指定の位置まで戻ると、提示部が繰り返されるのだ。

提示部の繰り返しという言葉を鵜呑みに出来ない例が一つある。クラリネット五重奏曲だ。リピート記号に従って戻る先が第一主題の冒頭になっていない。リピート記号は4小節目と5小節目の間にある。冒頭の両ヴァイオリンによる3度のハモリは繰り返しの対象ではないのだ。いきなりクラリネットの上行する分散和音に直結するのだ。136小節目の再現部ではこのハモリがキチンと再現されるから、提示部の繰り返しにおける別扱いが際だって聞こえる。

理由なんぞわからない。繰り返しを置く置かぬが既に難問である上に、さらに完全には繰り返さぬ例もあるということだ。クラリネット五重奏曲だけは、リピート記号を守らないと、醍醐味が一つ減る。

ブラームスの本能だとしか言えない。

2016年1月24日 (日)

ハイドンヴァリエーション寿

本日は私の誕生日。56歳になる。だからハイドンヴァリエーション寿。

昨年12月22日に長女が22歳になってから、我が家の家族の年齢の合計がちょうど200歳だった。本日私が一個年を食うことで、201歳になる。

2016年1月23日 (土)

ロ長調のG

クラリネット五重奏曲の第2楽章はシャープが5つ付与されている。ロ長調だ。ところがその1小節目の「Gis」にいきなりナチュラルが付く。第1ヴァイオリン2拍目裏だ。

第1ヴァイオリンは、クラリネットから1拍半遅れて主題を摸倣する立場にある。その最初の音が、あろうことか「G」になっているということだ。これはどうしたことだと耳を凝らす。1拍半遅れの摸倣といっても注意をしていないと聞き逃す。むしろ第2ヴァイオリンやヴィオラと共に、雰囲気作りの一環とも感じられる。その流れの中で「G」という音は、妙に自然に溶け込んでいる。大げさに言えば、この楽章が持つしっとりとした叙情がモロに反映した音と映る。

その「G」を覚えておくといい。楽章の最後にまた良い景色がある。

128小節目からクラリネットの最後の独詠が始まる。131小節から第1ヴァイオリンが引き継いで3小節進んだ終点でヴィオラが3連符をエコーとして写し採る。その3連符を構成するのはは「Cis-His-Cis」だ。この内の「His」は実音「C」の開放弦になる。この3連符は「<」のクレシェンドに導かれて次の小節の頭で「G」に至る。本日話題の「ロ長調のG」である。

ヴィオラ弾きとしてこの「G」は本当においしい。ひっそりと置かれた「ナチュラル」がいとおしい。弱音器を装着していることも手伝って、何かくぐもった感じになっていることが、味わいをいっそう深めている。こういう音1つあればご飯3杯はいける。主役級の一瞬だ。

2016年1月22日 (金)

クラ5をヴィオラで

ヨアヒムがヴィオラを弾いたのではないかと半ば確信していることは一昨日の記事「ヨアヒムはヴィオラを弾いたか」で述べた。

もう一つ手掛かりがある。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻81ページの原注13だ。1891年12月15日のウィーンにおけるヨアヒム四重奏団のコンサートでブラームスのクラリネット五重奏曲が演奏されたとある。このときクラリネットのパートがヴィオラで弾かれたことが明言されている。ヨアヒムがそのヴィオラパートを担当したと読めなくもない文脈だ。

クラリネット五重奏は、「弦楽四重奏プラスクラリネット」だ。ブラームス本人がクラリネットをヴィオラに代えた版を編曲している。CDも出ている。

ヨアヒムはやはりヨアヒム四重奏団のコンサートマスターとしてヴァイオリンを弾いたのか、クラリネット代わりのヴィオラを弾いたのか興味深い。

ヨアヒムのヴィオラなら聴いてみたいものだ。

2016年1月21日 (木)

不思議な音

クラリネット五重奏曲の話をする。この作品はロ短調とされている。

第1楽章の冒頭は2本のヴァイオリンで始まる。D音とFis音だ。調号はシャープ2個なので、この瞬間はロ短調という感じがしない。聴きようによってはニ長調とも感じるハズだ。音楽が進むにつれてだんだん短調の影が忍び寄って来る感じだ。ブラームスは全て承知でこうした効果を狙ったと思う。

この旋律のどこで短調と判るかが本日の話題だ。私の感覚だと3小節目8分音符で数えて4拍目の嬰イ音(Ais)が決め手と思う。この音が鳴ることで冒頭の曖昧さが完全に払拭されて「ああ短調なのだな」と判る。ロ短調の主音であるH音ではないところが面白い。

試しに娘にこの旋律4小節をピアノで聴かせる。第1ヴァイオリンのパートだ。長調か短調かと問えば、少し考えて短調と答えてきた。「おおお」ってなもんだ。彼女はこの作品のことを全く知らないから「ロ短調」という先入観が無い。にもかかわらず短調だと言うのは、旋律自体に何かを感じる証拠だ。さらに「旋律がどの音にさしかかった時、短調だと感じたか」と問う。短調と感じた瞬間に手を上げさせる。念のためピアノを弾く私に背を向けさせて聴かせる。私の弾き方や表情を読ませない為だ。

結果はやはり「嬰イ音」だ。これを正解と言っていいのか自信が無いが嬉しい。

2016年1月20日 (水)

Quasi sostenuto

思うに難解である。ひとまず「ほとんどソステヌートで」と解しておく。クラリネット五重奏曲第1楽章98小節目にトップ系として生涯たった1度の出番がある。ソナタ形式を採用する第1楽章の中ほど展開部の後半だ。実演奏上は「テンポダウン」として処理されることが多いし、後方127小節目に「in tempo」が置かれていることからもブラームス自身テンポの変動を念頭においていたと考えられる。

何故単なる「Sostenuto」とせずに「Quasi」を添えたのかが難解と申し上げた最大の理由だ。「ほとんどソステヌート」というのは結局は正真正銘のソステヌートではないという意思表示に見える。ブラームスの基準に照らした正真正銘のソステヌートではないからこそ「Quasi」を配さざるを得なかったと解したい。

「Sostenuto」という単語の出現は、トップ系21箇所、パート系164箇所に及ぶがピアノを含まない作品に現れるのは、わずか11箇所6%に過ぎない。クラリネット五重奏曲にはもちろんピアノは用いられていないからこの6%の側である。

この「Quasi」には「ピアノの入っていない曲だけどね」の意味が込められていたかもしれないというのが私の第一感である。とりわけパート系においては、「sostenuto」をピアノの楽譜の上に出現させてきた自らの癖に反していることの仄めかしの意味で「Quasi」を添えたとひとまず考えておく。

2016年1月19日 (火)

ソロシンコペーション

勝手気ままな私の造語。複数パート作品で、他のパートが全て通常ビートを刻む中、1つのパートだけが単独でシンコペーションを奏しているケースを指す。シンコペーション大好きなブラームスだが、シンコペーションとしてリズム的な衝突を意図しながら、その衝突をたった一つのパートにゆだねているケースだ。理屈の上では、ヴァイオリンソナタにおいて、ピアノが通常ビートを刻む中、ヴァイオリンがシンコペーションを打った場合、この定義を満足してしまうにはしまうのだが、通常ビートを打つパートが多ければ多いほど、それらしい。

第4交響曲第3楽章275小節目には、我がヴィオラにソロシンコペーションが現れる。オーラスのフォルテシモに到達する直前だから、大見せ場なのだが、なかなか聞こえない場所でもある。

さて、ソロシンコペーションの最大の名所がクラリネット五重奏曲第一楽章に存在する。24小節目と148小節目。提示部と再現部に割れた同じ景色と思っていい。

クラリネットはお休み。セカンドヴァイオリンとチェロが付点四分音符2個で、8分の6拍子1小節を2分するのに対し、ファーストヴァイオリンは4分音符3個を並べる。真ん中の四分音符には装飾音符が付与されて強調され、4分の3拍子が形成されている。ヴィオラは微妙。スラーのかかりかたは、小節を2分する8分の6なのだが、音の割付が4分の3拍子のシンコペーションに聞こえる。このときファーストヴァイオリンがシンコペーションにも聞こえるのだが、ヘミオラと解することも可能だ。ヴィオラの音の割付こそがシンコペーションと判定するべきだろう。

この場所、ファーストヴァイオリンとの呼吸合わせにこそ、アンサンブルの醍醐味が凝縮されている。1小節後のフォルテの総奏の準備としても秀逸である。

2016年1月18日 (月)

卒業演奏

1982年2月、大学4年の私は団内の室内楽演奏会においてブラームスのクラリネット五重奏のメンバーとして演奏を披露した。同期のクラリネット吹き、チェロ弾きと企んで、前年にはモーツアルトのクラリネット五重奏曲を演奏していたから、最後にブラームスで仕上げたいと臨んだ第一楽章だった。

メンバーは全部男性で以下の通り。

  • クラリネット 私の同期。4年生だが工学部の大学院に進学予定。悲愴交響曲での華麗なリードミスで一生語られる実直な男。
  • 第一ヴァイオリン 私が初心者としてオケに入り、1からヴィオラを教わった2コ上の先輩。元コンマス。工学部の大学院生。
  • 第二ヴァイオリン 3年で私がヴィオラトップだったときの1コ上の先輩。元コンマス。医学部5年生。
  • ヴィオラ 私。
  • チェロ 私の同期。4年生だが工学部の大学院に進学予定。

早生まれの私は、この中では一番年下だった。なのに他のメンバーは医学部やら大学院やらでみな、大学に残る中、最年少の私だけが卒業だった。だからこの演奏はただただ私だけの卒業演奏になった。

男5人のマジな練習を繰り返して大好きなブラームスに臨んだ。私が大学オケで記した最後の演奏が、ブラームスのクラリネット五重奏だった。実はオケで最初の演奏は、1年冬のブラームス第二交響曲だった。オープニングの「マイスタージンガー」やサブのラヴェル「マ・メール・ロア」にはステージに乗らなかったから、ブラ2が正真正銘のデビュー。つまり私の大学オケ生活は、第二交響曲で明けて、クラリネット五重奏曲で締めたということだ。

果報者というべきだろう。

2016年1月17日 (日)

初演の曜日

まずはじっくり以下をご覧いただく。

<日曜日>第2交響曲、第3交響曲、第4交響曲、ハイドンヴァリエーション、悲劇的序曲

<月曜日>なし

<火曜日>二重協奏曲、大学祝典序曲

<水曜日>ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第2番

<木曜日>ドイツレクイエム完全版

<金曜日>セレナーデ第2番

<土曜日>第1交響曲、セレナーデ第1番、ピアノ協奏曲第1番

それぞれの曲が初演された曜日である。月曜日が無い。大規模管弦楽曲に的を絞るとこうなる。念のため室内楽24曲も調べてみた。

<日曜日>なし。

<月曜日>弦楽四重奏曲第3番、ピアノ三重奏曲第3番

<火曜日>ピアノ三重奏曲第1番、ホルン三重奏曲、弦楽五重奏曲第2番、クラリネットソナタ第2番

<水曜日>チェロソナタ第2番

<木曜日>弦楽六重奏曲第2番、弦楽四重奏曲第1番、ピアノ四重奏曲第3番、ヴァイオリンソナタ第2番

<金曜日>ピアノ五重奏曲、ピアノ三重奏曲第2番、弦楽五重奏曲第1番、ヴァイオリンソナタ第3番、クラリネットソナタ第1番

<土曜日>弦楽六重奏曲第1番、ピアノ四重奏曲第1番、ピアノ四重奏曲第2番、チェロソナタ第1番、弦楽四重奏曲第2番、ヴァイオリンソナタ第1番、クラリネット三重奏曲、クラリネット五重奏曲

室内楽は土曜日が人気だ。オケと違って日曜日が空白になっている。

2016年1月16日 (土)

乗り気薄3本柱

音楽之友社刊行の「作曲家別作品解説ライブラリー」第7巻ブラームスには、全室内楽24曲とFAEソナタを加えた25曲がめでたく言及されている。これはなかなかの快挙。残した室内楽がすべてが名曲扱いされるとは素晴らしい。

ところが、その言及っぷりを子細に観察すると、執筆者の好みが透けて見える。執筆への乗り気が今一つなケースも観察できる。それは以下の3曲だ。

  1. ピアノ四重奏曲第2番イ長調op26
  2. ピアノ三重奏曲第2番ハ長調op87
  3. クラリネット三重奏曲イ短調op114

表現の公平を心がけねばならない解説書だから、不用意に賛辞ばかりを並べられないことは理解できるが、上記3作品の解説には気になる表現が目立つ。今回ツアーではそのことにずっと言及してきたのだが、改めてまとめておく。

執筆者がこれらの作品を好きではないことだけは、よく伝わってくる。

2016年1月15日 (金)

スランプの名残り

例によってまたまた音楽之友社刊行の「作曲家別名曲解説ライブラリー」第7巻ブラームスの話だ。クラリネット三重奏曲に言及する261ページの出来事である。クラリネット三重奏曲を指して、唖然とするような解説を提示する。同曲が現代ではあまり演奏されない理由として下記のような記述を展開している。

それは、聴いて人をそれに没頭させるというよりは、むしろ一種の倦怠感をもよおさせることにもよるし、主題の取り扱いが他の曲のようには魅惑的でないことにもよるだろう。とにかく創作力減退のスランプは、この曲の頃までには完全には回復していなかったようである。

あんまりな言われ方だ。何があんまリか順を追って列挙する。

  1. 「聴いて人をそれに没頭させるというよりは、むしろ一種の倦怠感をもよおさせることにもよる」とあるが何が言いたいのか。筆者がこう感じるのは自由だが、初心者を含む広い読者層を前に、わざわざこう告げる必要があるのか疑問だ。
  2. 「倦怠感をもよおす」とは言いがかりもいいところだ。
  3. 「主題の取り扱いが他の曲のように魅惑的ではない」のうちの「他の曲」ってどの曲だろう。いったいどこがどう魅惑的ではないのだろう。これに続く解説文の中では一切説明が無い。思い切った断定の割には根拠への言及がない。
  4. 弦楽五重奏曲第2番完成後の創作意欲の減退のことを指す「スランプ」だと思うが、恣意的だ。それでいて続く262ページの中ほどで、「スランプから完全に抜け出してはいないものの、ブラームスの優れた腕を見せ付けられた気がする」と持ち上げている。見苦しい。

残念ながらピアノ四重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲第2番と並んであんまりな言われ方の三本柱を形成してしまっている。少なくとも作品解説は、読後に「聴いてみたい」と思わせる余韻が残る方がいいに決まっている。つまらぬ作品だと思うなら、名曲解説本に収載しなければいい。名曲認定しなければいいのだ。

構うことは無い。有名作曲家による作品でも、同シリーズに取り上げられていない室内楽作品は山ほどある。出版されておおやけになった室内楽24曲全てが名曲扱いされているブラームスはむしろ例外だ。

2016年1月14日 (木)

24という数

バッハの金字塔「平均律クラヴィーア曲集」は、オクターブに含まれる12の音全てについて、これを主音として前奏曲とフーガを連ねた代物だ。長短あるから2倍の24曲になる。

バッハ以降の作曲家たちに影響を与えたと思われる。コンセプトはさておき、「24」という数にこだわった人も多い。ショパンの前奏曲は特に名高い。パガニーニの無伴奏ヴァイオリンのためのカプリースも怪しい。

バッハラブのブラームスにも「24」にこだわった作品がありはせぬかと捜したが、見当たらない。「24の~」という作品は存在しない。後期のピアノ小品は20曲にしかならず、それではとばかりに中期のop76を加えると28曲になってしまう。存在しないからこそ「平均律ブラヴィーア」曲集を作ってみたという訳だ。

ところが、相変わらずのお叱り覚悟ネタがある。

ブラームスの室内楽を考える。二重奏から六重奏までだ。これを数えると全部で24曲になる。1890年弦楽五重奏曲第2番の作曲を終えたブラームスは創作力の枯渇を自覚し、作曲から手を引く決意をする。このときまでに残した室内楽は20曲だ。

クラリネットの名手ミュールフェルトの出会いによって一連のクラリネット入り室内楽が生まれることになる。

  1. クラリネット三重奏曲イ短調
  2. クラリネット五重奏曲ロ短調
  3. クラリネットソナタ第1番ヘ短調
  4. クラリネットソナタ第2番変ホ長調

ご覧の通りの4曲が、既存の室内楽に加わることにより合計24曲になった。ミュールフェルトが創作欲を刺激したことは間違い無いのだとは思うが、その結果生み出された作品が4曲だというのは、ミュールフェルトではなくバッハの影響かもしれない。

2016年1月13日 (水)

よく見りゃカノン

クラリネット三重奏曲の第4楽章にブラームスらしいカノンがある。冒頭チェロが第一主題を放つ。クラリネットは休みでピアノが伴奏に回る。あまりにチェロのソロがカッコいいので、CDを繰り返し聴いていても気付かないが、ピアノの右手が8分音符2個分遅れてチェロの主題そのものを模倣する。チェロは「アウフタクト→拍頭」という具合に決然と進行するが、おいかけるピアノは拍頭に休符を据えた後打ちになっているから、楽譜を見てもわかりにくい。音形が違う上に、チェロにはハ音記号が混入しているから楽譜を見ながらCDを聴いていてもボンヤリやり過ごしてしまいがちだ。

楽譜を見ながら繰り返しCDを聴いていても判りにくいようなカノンを、楽章冒頭の主題提示にもぐりこませるとは念が入っている。

2016年1月12日 (火)

un poco f

クラリネット三重奏曲第1楽章4小節目のピアノパートに唯一存在する指定。

これに先立つこと4小節の楽章冒頭でチェロが第一主題を奏でる際のダイナミクスは「poco f」であることが事態を厄介にしている。さらにピアノとほぼ同時に立ち上がるクラリネットにも「poco f」が存在するのだ。つまりブラームスは「poco f」と「un poco f」を明確に書き分けていることになる。「クラリネットはチェロと同じだけど、ピアノは少し違うンですよ」というメッセージだ。

日本語訳なんぞ恐ろしくて出来たものではない。ダイナミクスとしてどちらが強いかも、にわかには断言しにくい。単なる伴奏心得とするにしても「un」だけの差では微妙過ぎる。同じ言い回しが他に存在しない「むすめふさほせ」型だから比較対照もお手上げだ。

演奏者に対する「考えよ」というメッセージかもしれない。「un poco f」に直面するピアニストだけではない。「poco f」が記されたチェロやクラリネットさえも無関心にはさせない凄味がある。

2016年1月11日 (月)

末っ子の成人

次女は我が家の末っ子。その子がとうとう成人の式典に臨む。

晴れ着、写真撮影、式典とサクサクと過ごす予定。

とうとうこの日がきたか。幼い頃から次女を慈しんできたから、本日は言わば満願成就の日だというのに祖母は、数日前から落ち着かない。

2016年1月10日 (日)

お聴き初め

断言する。

「演奏に心を込めようとする意志において、世界最高のオケである」

一昨日、全国高校オーケストラフェスタにおいて次女の後輩たちが演奏を披露した。年末にお預けを食わされていたが、これでやっと正月が来る。

丹精込めたイタリア奇想曲のノーカット完全版。演奏を聴きながらずっと、考えていた。子供たちは顧問指揮者と一体になって演奏を磨き続けている。聴く人を楽しませたいと念じ続けている。親子ほど歳の離れた顧問と生徒たちではあるのだが、その目的の前に対等。

元々サプライズを仕掛けるのが好きな子供たち。顧問のお誕生日のサプライズは年々エスカレートする。顧問も負けずにサプライズを仕掛ける。人を喜ばせるサプライズは、仕掛けられた人はもちろん、仕掛ける人にとっても、その発案・計画・準備の段階から楽しいことこの上ない。仕掛けた方も笑顔になるのだ。

そうしたサプライズの頂点集大成が、演奏ということだ。子供たちの姿勢を見るにつけ、我が家の末娘がこのオケのメンバーであったことをつくづく誇りに思う。

演奏に先立つ部長の挨拶はとことん練り上げられたものだ。「お客様に喜んでいただく」という明確な目的がまず明示される。よくある「顧客満足」などとは一線を画する心からの決意表明だ。そしてそれを「次の代に受け継いで行く」と、さりげなく宣言する。このオケに綿々と引き継がれる歴史への深い敬意を感じさせる。さらにだ。気品にあふれた彼女の挨拶が、昨今のテロに言及したとき、鳥肌がたった。テロの犠牲者への哀悼の気持ちを込めると宣言し、音楽こそが平和実現のツールだと自分の言葉で主張する。彼女の視線は世界を見ている。この先に控えるドイツ公演への深い決意無しにはあり得ない挨拶。聴衆に向かっての挨拶ではあるのだが、ステージにうち揃った仲間たちへの、渾身のメッセージと映った。

所作・立ち居振る舞いから演奏が始まっているのは、もはや伝統だ。チューニングの音の美しさは群を抜く。演奏前に指揮者が起立を促すか促さないかのうちに、全員が一糸乱れず音も無く立ち上がるのはもはや様式美。

演奏のありようを正確に伝えるには、言葉は不完全すぎる。冒頭の部長挨拶が口先だけではないということが、演奏によって証明される。演奏を聴けば、挨拶はむしろ控えめだったと感じる。演奏を聴かされてみて、挨拶の説得力がなお補強される感じ。挨拶が演奏を予告するのだが、その演奏が挨拶の補完にもなっているという幸福な循環参照だ。

さて演奏の出来はと。

イタリア奇想曲の場面転換に応じてニュアンスを自在に操っている。音強音色の順列組み合わせによる無限の引き出しから、場面に応じて「どうぞ」と取り出してみせる。指揮者と奏者、あるいは奏者どうしがステージで対話している。そこではもはや個人の力量など些細なこと。今話題の駅伝同様、チームワークですよと。

乙女たちの狙いにまんまとはまって、ブラヴォーを特盛で奮発した。あの演奏が聴けるなら神様を信じてもいい。

圧倒的な実力を披露したすぐあと、演奏の余韻覚めやらぬ中、参加各校を巻き込んだ交流会に移る。交流会の進行を一手に引き受けたのもまた彼女たちオケ。有名無名のさまざまな作品を10秒程度演奏し、それにまつわるクイズが11問。各校代表にプラカードを掲げて答えさせる3択問題だ。司会進行、ルール説明、プラカードの配布、回答と解説、結果集計、インタビューなど、流れるよう。次々と演奏の断片が披露されるのだが、クラシックありポピュラーありのその出来映えが、彼女らオケの懐の深さをうかがわせる。オタクな出題内容とあいまって会場にはキラキラの空気が充満する。

クイズ3位までにささやかな景品を用意するという周到さは、エレガントな進行と合わせて普通の明るい高校生という彼女ら一面を紹介できたはずだ。

お開きは、会場全体を慈しむように包み込む「花は咲く」の演奏。いつのまにか各校生徒は左右に身体をゆすっている。楚々とした歌声もさることながら、シンバルや金管楽器の神懸かったピアニシモや、高級ワインの微妙な泡立ちを思わせるハープ、大事なポイントにクリップするようなコントラバス。そしてそして、ブレンドのベースとなる弦楽器のビロードのような肌触りなど、イタリア奇想曲の出来映えが運やまぐれではないという種明かしだった。イタリア奇想曲で難解なソロを軽々と披露した木管楽器が、悠々と控えに回るという層の厚さまでもが鑑賞の対象だった。

各校生徒にそれは伝わっている。「花は咲く」の演奏後に湧き起こった会場の温かな歓声がその証拠だ。

このオケの身内として会場にいた私は、本当に幸せだ。

やっと正月が来た。みんなありがとう。おめでとう。

2016年1月 9日 (土)

英国での評判

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻191ページに面白いエピソードが載っている。ホイベルガーの証言だ。体調はすでにおかしくなり始めていた頃だ。

ブラームスはカールスガッセの自宅にホイベルガーを含む友人を呼んだ。その席で英国の代表的な演奏会で取り上げられた自作の一覧表を見せたという。

「出版から8年から10年で英国でもようやく演奏されるようになったか」という感慨とセットである。ブラームス派vsワーグナー派の名高い論争の渦中にあったドイツでは、ブラームスへの賞賛は時としてワーグナー派への当てつけの意図も込められていた。ブラームス作品を大して理解していない連中が、単にアンチワーグナーの意思表示の手段としてブラームスを賞賛していことさえあるからだ。それに対して英国での賞賛は純粋に作品への評価を反映していたと思われる。だからブラームスはそんな表を見て感慨にふけったのだ。

再三の誘いにも頑として渡英に踏み切らなかったブラームスだが、自作の受容状況だけは気にしていたことが判る。

記述の内容からはその表の集計範囲に室内楽が含まれることだけは確実なのだが、管弦楽曲までも含んでいたと考えたい。

それにしても誰がその表を作ったのだろう。英国の支持者が作ったのか、楽友協会のスタッフあたりが気を利かせたのか、いずれにしろ丹念な作業の存在を感じさせる。もしかするとブラームス自身がリスト化していた可能性もある。いずれにしろ英国での演奏状況が逐一ブラームスに報告されていたことは確実だ。

2016年1月 8日 (金)

究極の四重奏団

ブラームス作品の演奏で功績のあった演奏家を集めた架空四重奏団を考えてみた。こういうおバカな作業は嫌いではない。

  • 第一ヴァイオリン ヨゼフ・ヘルメスベルガー・シニア
  • 第二ヴァイオリン アルノルト・ロゼー
  • ヴィオラ ヨーゼフ・ヨアヒム
  • チェロ ダヴィッド・ポッパー

いやはや華麗なメンバーだ。。この4人、いずれもブラームスの室内楽の初演に参加したことがあるすごい人たちだ。ロゼーとヘルメスベルガーが険悪で心配だ。ロゼーがセカンドヴァイオリンで納得するハズがない。人材難のヴィオラにヨアヒムを抜擢したのはよいアイデアだ。19世紀最高のチェリストの誉れ高いポッパーを入れるために、ヨアヒム四重奏団のチェリスト・ハウスマンが落選した。六重奏をやるときは彼を呼ぼう。六重奏や五重奏では第二ヴィオラもつれてこなければならない。クライスラーあたりが弾いてはくれぬか。女子をいれるなら、マリー・ゾルダート・レーガーがいる。ヨアヒムの弟子でブラームスの覚えもめでたい。

ピアノ入り室内楽やるなら、もちろんブラームス本人だ。クララやビューローも控えているし、タウジヒやダルベールもいる。

クラリネット系をやるなら、ミュールフェルト一択だ。ホルンはデトモルトのアウグスト・コルデス。

2016年1月 7日 (木)

3大弦楽四重奏団

「ブラームス存命時」のという条件で、独断を駆使して3大弦楽四重奏団を考えた。

<ヨアヒム四重奏団> 1867年創設。クラリネット五重奏曲初演のメンバーを列挙する。クラリネットはミュールフェルトだ。

  • ヨゼフ・ヨアヒム 1stVn
  • ハインリヒ・デアーナ 2ndVn
  • エマニュエル・ヴィルト Va
  • ロベルト・ハウスマン Vc

<ヘルメスベルガー四重奏団> 1849年創設。弦楽四重奏曲第1番初演時のメンバーを記す。

  • ヨゼフ・ヘルメスベルガー・シニア 1stVn
  • ヨゼフ・ヘルメスベルガー・ジュニア 2ndVn
  • ジキスムント・バッハリッヒ Va
  • ハインリヒ・レーファー Va

<ロゼー四重奏団> 1882年創設。弦楽五重奏曲第2番初演時のメンバーを記す。

  • アルノルト・ロゼー 1stVn
  • アウグスト・ジーベルト 2ndVn
  • ジキスムント・バッハリッヒ Va
  • ラインホルト・フンマー Vc

ブラームスとのかかわりを考慮するとこれで決まりか。世界初演を最低1回は任されている。活動当時どれも世界一の折り紙をつけられていた。ブラームスの室内楽作品は、その初演に世界一の四重奏団を起用できたということだ。よく見ると、ジキスムント・バッハリッヒさんは2回現れる。ヘルメスベルガー四重奏団のヴィオラ奏者として弦楽四重奏曲第一番初演にかかわった後、今度はロゼー四重奏団の第二ヴァイオリンとして弦楽五重奏曲第2番を初演した。

2016年1月 6日 (水)

音強のバランス

弦楽五重奏曲第2番ト長調op111の成立を巡るエピソードだ。

第1楽章はチェロの雄渾な旋律によって立ち上がる。チェロの登場に先立つこと1小節、ヴァイオリンとヴィオラ各2本の計4本は協同してさざ波状の分散和音を響かせる。ブラームスはこの伴奏声部のダイナミクスに「f」を使用している。

初演を担ったロゼ四重奏団のチェリストやヨアヒムはこの「f」に疑問を差し挟んだ。この場面主役はチェロであるから、他の楽器のダイナミクスは「f未満」であるべきだというのがその論旨である。24あるブラームスの室内楽の20番目の室内楽だけに、意見をした仲間もブラームスの嗜好には知悉した上での助言である。一応ブラームスはあれこれ対応策を提示して議論するが、結局元のままになった。現在流布する楽譜は「f」となっている。チェロは「sempre f」だから、主旋律のチェロに音強表示上の優越を発生させていない。ヨアヒムを筆頭とする知人たちは、この点を不審に思ったと解される。チェロに主旋律マーカーを付与するか、他のパートに微調整語を与えてチェロの優越権の表明があっても不思議ではないところだ。ブラームスの語法に精通している者ほどそう感じるはずだ。

これらの議論についてどちらかの陣営に軍配を上げるのが本稿の主意ではないし、私にその能力もないが、実は嬉しいことがある。ブラームスがこれらのダイナミクスの微細な違いに対して非常に敏感だという事実一点である。それでこそ「ブラームスの辞書」を書いた甲斐があるというものだ。

ブラームスが信頼するに足る友人の助言を一旦は受けて、あれこれと代案を模索したが、結局元のままに落ち着いたという事実は重大だ。いろいろなこと全てを承知でやっぱり全パートに「f」を奉ったと思わざるを得ない。チェロパートに置かれた「smepre f」は意味深である。結果として助言を退けざるを得なかったブラームスのせめてもの譲歩だと思えてならない。つまりこの「sempre」「常に」には軽い強調が意図されていると見たい。「継続のsempre」ではない、第二の「sempre」いわば「強調のsempre」を提唱する理由の一つがこれである。

2016年1月 5日 (火)

晩年の創作

誰にも晩年は訪れる。本人が「晩年」と自覚しているかどうかは別にして、後世に生きる我々愛好家は作曲家の没年を知っているから、作品名を見ればそれが晩年の作品かどうかわかる。

モーツアルト、シューベルト、シューマンなど死が早く訪れた作曲家は、死期を悟った作品を残しにくい。後世の愛好家はいかようにもこじつけるが、当人の自覚は薄かろう。

ベートーヴェンは、本人が意識していたかどうか不明ながら、人間離れした作品が出現する。14番嬰ハ短調の弦楽四重奏曲や、大フーガで名高い変ロ長調13番の弦楽四重奏曲だ。あるいはイ短調の15番も加えていかもしれない。常人の理解を超えてしまっている。ピアノソナタの30番31番32番あたりも同様で、ある種の狂気を感じる。お叱りを覚悟で付け加えるならば、第九交響曲にもその萌芽を感じてしまっている。そしてバッハには「フーガの技法」がある。「音楽の捧げ物」や「ロ短調ミサ」など集大成を狙った巨人のような作品もその仲間だ。

バッハ、ベートーヴェンとともに3大Bに数えられるブラームスの晩年は、少し勝手が違う。伝記を読めば分かるとおり、弦楽五重曲第2番を仕上げた後、ブラームスははっきりと創作力の衰えを自覚し、クララの死以降は自らの死期まで悟ったと思われる。

一連のクラリネット入り室内楽、ピアノ小品、4つの厳粛な歌、オルガンのためのコラール前奏曲といったラインアップを見ると、響きや表現の簡素化を指向する傾向こそあれ、そこには狂気と名付けたくなる要素は少ない。そしてさらに死の3年前には「49のドイツ民謡集」が刊行される。枯淡の境地とはこういものなのだろうと思えてくる。特別なことは何もないシンプルさがかえって心に響く。そこではバッハやベートーヴェンの晩年の作品に感じてしまう近寄り難さを感じることは少ない。

個々の作品の優劣を断じようという意図は全く無いが、私がブラームスのことを深く愛する原因の一つであることは疑えない。

2016年1月 4日 (月)

創作力の衰え

1890年11月11日ウィーンにおいて弦楽五重奏曲第2番ト長調op111が初演された。op111の初演が11月11日とは芸が細かい。

出来映えはいつも通りの素晴らしさだったが、本人は創作力の衰えを感じて、今後大作の創作をやめ、過去の作品の整理に没頭しようと思いつめる。この決定はやがて翻意されるが当時は真剣だったと見える。

ドヴォルザークにおいては、弦楽四重奏曲第13番変イ長調をもって、いわゆるブラームス型の絶対音楽の創作を打ち切る。これ以降創作の軸足はオペラに移るが、傑作を生み出せぬまま8年を過ごしてこの世を去る。ドヴォルザークの伝記の中でさえ、この時期を評して「創作力の衰えが伺える」とする論調も多い。

私のような素人には伺い得ぬ感覚があるのだと思う。作曲家は創作力の衰えを自覚するものなのだろうか。

その疑問に迫るための実験を思いついた。

今私はブログ「ブラームスの辞書」のための記事を溢れるように思いつく。無論ブラームスやドヴォルザークほどの普遍性は持ち合わせていないが、私自身はそう感じている。小さな波はあるが、記事の着想が途絶えることがない。この先この状態がいつまで続くのか自分で自分を見守りたい。

衰えの兆候は、記事の質に現われるのか、単位時間当たりの着想量に現われるのか、そしてそれがいつなのか自分で見極めたい。難しいのは質だ。量の衰えと時期は明確に自覚できるが、質は難しい。あるいは質の劣化に気付かなくなる感性の衰えは客観的な測定が難しかろう。

読者に指摘されて気付くか、ブログのアクセス減として思い知らされることもあろう。その最初の兆候に気付くのが自分であって欲しいと心から思う。

2016年1月 3日 (日)

ロゼー四重奏団

ウィーンフィルのコンサートマスタだったアーノルト・ロゼーによって1882年に創設された弦楽四重奏団。ウィーン最高の弦楽四重奏団の地位をへルメスベルガー四重奏団から引き継いだ形となる。ロゼーは1863年ルーマニア生まれだ。17歳でウィーン宮廷歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就任した。以後58年間コンサートマスターとして活躍した。もはや伝説上の人物だ。大変な実力者で、エピソードには事欠かない。クライスラーの読譜力に疑問符を投げかけたのも彼と言われている。マーラーの妹ユスティーネと結婚して授かった娘の名前は、マーラーの妻にちなむ「アルマ」だった。

コンマスへの就任は1880年で、四重奏団の創設は1882年。つまりブラームスの壮年期と重なっている。弦楽四重奏曲第2番を得意としていたと伝えられるが、弦楽五重奏曲第2番を世界初演している。ブラームスの信頼は厚く、室内楽のウィーン初演を次々と担って行く。ブラームスの推薦によりウィーンに進出したドヴォルザーク作品の初演にも尽力した。

2016年1月 2日 (土)

打ち上げ

イベント終了後に行われる関係者の懇親会のことだ。音楽家にとっては演奏会後の打ち上げでの語らいとビールは、大きな楽しみである。

1897年1月2日ウィーンでヨアヒム四重奏団が演奏会を開いた。演奏の呼び物はブラームスの弦楽五重奏曲第2番ト長調op111だ。このころ既にブラームスは死に至る病に取り憑かれていたが、大晦日のプローベから立ち会っていた。終演後聴衆の反響は凄まじく、楽屋にいたブラームスをヨアヒムがステージに引っ張り出したという。

その後、当然のごとく打ち上げになだれ込む。ブラームスとヨアヒムは大いに語り合いお開きの頃には日付が変わっていた。

これが1853年5月にはじめて出会った2人の最後の対面になった。このときブラームスの命は残り3ヶ月に迫っていたからだ。

何を話したのだろう。

2016年1月 1日 (金)

室内楽の楽器たち

ブラームスの室内楽と楽器たちのかかわりを簡単にまとめておく。室内楽に正規の出番があるのはわずか6種類に過ぎない。

  1. フルート 管弦楽ではおいしい出番を与えられているのに、室内楽で干されている楽器の筆頭格。ヴァイオリンソナタのフルート編曲くらいでお茶を濁される感じ。
  2. オーボエ フルートと同様の事情。オケ側での華麗な出番の数々に対して、編曲物も見当たらず、かなり気の毒。
  3. ファゴット これもまた気の毒だが、管弦楽に華麗なソロがある訳ではないので落差はさほどでもない。ニ長調セレナーデの九重奏版に貴重な出番がある。メヌエットのトリオが楽しみだ。
  4. トランペット 管弦楽側の出番が同時代の作品に比べて充実しているわけではないので、室内楽での日照りは想定内だ。
  5. トロンボーン トランペットと同様の位置づけ。
  6. ティンパニ 打楽器は仕方ないか。
  7. コントラバス 管弦楽での扱いは世界遺産クラスだが、室内楽では無視されている。編曲物で我慢するしかない。
  8. クラリネット 他の木管楽器奏者たちの羨望のまなざしをいっしんに集める。贅沢なことに室内楽4つに出番があり、どれも主役を張る。管弦楽での扱いも高いが、それをもしのぐVIP待遇。
  9. ホルン 管弦楽での出番は質の上ではMVP級。室内楽ではホルン三重奏にのみ出番。たった1曲だがありがたみは極上。
  10. ピアノ 管弦楽に出番がない代わりに、室内楽16曲に出番がある。曲芸を求められてはいないとされるが、どうしてどうして難しい。
  11. チェロ 室内楽18曲に出番がある。管弦楽での扱いとあいまって、チェリストはブラームスに足を向けて寝ていないと思われる。
  12. ヴィオラ 室内楽14曲に出番がある。しかしながらクラリネットソナタのヴィオラ持ち替えはもはや編曲物とは言えまい。よって16曲とカウントしたい。オケでも室内楽でもヴィオラへの愛をブラームスは隠そうとしない。
  13. ヴァイオリン 室内楽での出番は最多の19曲。管弦楽でも主役だし、なんのかんので室内楽でも主役だ。遠い昔。娘たちの最初のヴァイオリンレッスンの日のことだ。先生から「ヴァイオリンを教える目的は?」と問われた。父である私は「ブラームスの室内楽のヴァイオリンを弾けるように」と答えて先生を慌てさせた。「相当ハードル高いですよ」と即答された。
あけましておめでとうございます。

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