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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2016年4月30日 (土)

地図みやげ

ドイツを旅行する知人に土産をねだっておいた。

このほどそれが手元にやってきた。

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ドイツの地図の数々。2012年ドイツ旅行を前に買い求めた2008年版がもうボロボロなので本当にありがたい。

でもってこれが、サプライズ。

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ブンデスリーガ2部の1FCニュルンベルクのビアマグだ。もしかすると来季1部昇格できるかもしれない位置にいる。

それから。

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同じく1FCニュルンベルクのワイン。おそらくQbAクラス。クラブのエンブレムにとともにブドウ品種「Silvaner」が強調されているあたりにフランケンの誇りを感じる。ドイツ伝統の「糖度」を尺度にする限り、昔でいう「QmP」認定は受けにくい。

まあ、このずっしり感は何にも代えがたい。飲めないし使えない。

スペシャルコンサートまであと15日。

2016年4月29日 (金)

ラッパ信号規定

ブラームスに限らず伝記作者の一番の資料は手紙や日記である。本人直筆であれば尚更価値が高い。ブラームスは家族や友人との情報交換のほかに、出版や演奏に関するこまごまとした打ち合わせを手紙で行った。後世の研究家にとってこれが宝のヤマである。あまり語られないことだが、当時の欧州の郵便の充実には目を見張るものがある。

道路事情や治安の向上により、郵便の信頼性は見違えるばかりになる。駅伝式のリレーによって、急行便なるものも生まれスピーディーな対応も可能になる。19世紀はそういう時代だった。郵便馬車が交換駅に近づくと、それを遠方から伝えるためのラッパが吹かれる。次の馬車を予め用意してもらうためだ。そうした場合の合図の音形が法律で定められるところがいかにもドイツっぽい。1828年プロイセンではじめて「ラッパ信号規定」が制定された。目的別に12種類の音形が決められた。プロイセン近隣の諸邦にまたたくまに広まった。1839年のバイエルンの規定音形を作曲したのがRシュトラウスの父だとされている。

つまりこれがポストホルンだ。

プロイセンの12のうち6つがドイツ帝国に引き継がれて20世紀まで存続した。

  1. 騎馬便の出発と到着
  2. 急行便の出発と到着
  3. 特急便の出発と到着
  4. 至急便の出発と到着
  5. 駅逓馬車の出発と到着
  6. 緊急信号

一説によれば、ベートーヴェンはカールスバートで聞いたラッパ信号を交響曲第8番の第3楽章に取り入れたという。

スペシャルコンサート まであと16日。

2016年4月28日 (木)

三帝行進曲

西洋史では1805年のアウステルリッツの戦いのことを「三帝会戦」と呼んでいる。フランスのナポレオン、オーストリアのフランツ2世、ロシアのアレクサンドル1世という3人の皇帝が一堂に会したからだ。

ところが本日お題にある「三帝」はメンバーが違う。プロイセン、オーストリア、ロシアの三国同盟を祝って作曲された。先の3人からナポレオンが抜けて、プロイセンのウィルヘルム1世が加わった形だ。

ドイツ語では「Drei Kaiser Marsch」という。プロイセン、オーストリア、ロシアの国歌が順に織り込まれている。オーストリアは例の「皇帝讃歌」である。ブラームスだったら対位法的に処理して同時に鳴らすくらいの芸当を見せてくれたかもしれないが、こちらは単に繋げて聞かせるにとどまっている。

スペシャルコンサートまであと17日

2016年4月27日 (水)

フリードリヒウイルヘルム3世

プロイセンの王。在位は1797年から1840年まで。運悪くナポレオンの絶頂期と重なったために評価は微妙。ナポレオンに惨敗を喫するも滅亡だけは免れた。のちのドイツ皇帝ウイルヘルム1世の父でもある。ブラームスがハンブルクで生まれた頃のプロイセン王だ。

音楽に造詣が深く、ベートーヴェンが第九交響曲を献呈したことで音楽史にもキッチリと名を残している。ドイツの軍隊行進曲の整理編纂に務めるなど音楽面での功績はまことに大きい。何と作曲もした。

代表作「Preussier Prasentiermarsch」(プロイセンプレゼンティア行進曲)は現在でも演奏されるが、作曲年不詳。おそらく即位前の作曲だと言われている。

スペシャルコンサートまであと18日

2016年4月26日 (火)

お礼参り

先週の土曜日、ドイツ捕虜慰霊碑に華を手向けてきた。子供たちのドイツ公演の無事を祈願していたから、無事の帰国を報告しに出向いた。霊園内はつつじが満開。絶好の日よりだというのに、霊園内は閑散としており、公演の成功をじっくり報告するにはよい環境だった。

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スペシャルコンサート まであと19日

2016年4月25日 (月)

ひさびさの特集

久々に特集を始めた。「ドイツ行進曲」特集だ。4月18日の「ドイツ吹奏楽」からずっと行進曲系の記事が続いたからお気づきのことと思う。長い特集ではない。娘たちの引退のカウントダウンを刻むための歩みを後押しする狙いだ。

スペシャルコンサートまであと20日。

2016年4月24日 (日)

プロイセンの栄光

先に言及したピーフケの代表作のタイトルだ。「PreussensGloria」という。1871年普仏戦争におけるプロイセンの勝利とウイルヘルム1世の皇帝即位を讃えて作曲された。

プロイセンでは国歌に準ずる扱いを受けていた。現在のドイツ連邦軍でも全部隊のフォーマルマーチになっている。

スネアとピッコロで始まる格調高いマーチ。

スペシャルコンサートまであと21日。

2016年4月23日 (土)

双頭の鷲の旗の下に

知名度では「旧友」と双璧をなす。「双頭の鷲」はハプスブルク家の紋章に由来する。つまりこちらはオーストリア行進曲だ。「旧友」と違ってAM番号は無い。プロイセン王国のマーチ収集の対象から外れていたということだ。

作曲家はワーグナーなのだが、もちろんリヒャルトではない。ヨーゼフ・フランツ・ワーグナーという人物でオーストリア軍学隊長を長く務めた人物で800曲もの作品を書いたとされ、そのいくつかは今日でも演奏されている。「双頭の鷲の旗の下に」はその代表作だ。
スペシャルコンサートまであと22日。

2016年4月22日 (金)

Alte Kameraden

知名度におけるドイツ行進曲の最高峰。私も小学校の音楽の時間に習った。

日本では「旧友」と訳されている。「Kameraden」は複数形だ。単数だと「Kamerad」になる。学友は「Schulkamarad」で、戦友なら「Kriegeskamerad」だ。

作曲者はカール・タイケ(Carl Teike1864-1922)というポツダムの警察官。しかし1888年の作曲当時はウルム駐屯のグレナディア123連隊所属の楽員だった。楽団長ではない。作品を見た連隊長から叱られたことが原因で除隊し、故郷に戻ったとされている。

スペシャルコンサートまであと23日。

2016年4月21日 (木)

同一歩調

「Gleichschritt」の訳語。軍隊の行進の方法。古代ローマでは当たり前だったが、中世で廃れていた行軍方法。歩兵隊の規律維持に効果があるとされている。1698年プロイセンで復活した。プロイセン軍の強さの秘密を論ずる際にしばしば引用される。

デッサウ大公レオポルド1世が復活の張本人だが、彼の名は名高いマーチ「Der Dessauer」になって残っている。同一歩調復活の功労者の名前がマーチに残るとは、ドイツ人らしい整合性だが、この曲トリオにトランペットの超絶技巧が出現するので、聞き惚れていると行進にならない可能性がある。

スペシャルコンサートまであと24日。

2016年4月20日 (水)

モルトケ伯爵

「大公騎兵隊行進曲」という作品がある。AMⅢNr72だ。モルトケ伯爵が国王ウィルヘルム3世に献呈したとされている。

「へっ」ってなもんだ。ビスマルクとともにドイツ帝国成立の立役者になったモルトケ元帥かと思ったが、献呈の時期が1896年頃なので年代が合わない。何せモルトケ元帥はいろいろ多芸な人なのでもしやと思ったが別人だった。1896年から1899年までブレスラウの大選帝侯近衛第一騎兵隊の隊長を勤めていた人物だ。
大変紛らわしい。
スペシャルコンサートまであと25日。

2016年4月19日 (火)

マーチの作曲家

記事「ドイツの吹奏楽」で述べたとおり、いわゆる軍隊行進曲は多様な層の作曲家がいた。クラシックと呼び習わされている世界の作曲家もいるにはいるが、そちらはむしろ少数派だ。軍隊が統一歩調を採用しカッチリキッチリと行進するには音楽に合わせるのが一番だということになった。行進中は鼓笛隊Spielleuteと、軍楽隊Musikkorpsが交代で演奏する。曲の切れ目では前の吹奏者がつなぎのマーチをふくしきたりであった。

軍隊には行進曲を演奏する軍楽隊が各連隊ごとに設けられ、演奏に特化してゆく。軍楽隊長は以下の通りの序列がある。

  • Musikdirektor 少佐
  • Stabsmusikmeister 大尉
  • Obermusikmeister 中尉
  • Musikmeister 少尉

いやはやかなりの待遇である。演奏に特化してゆく中でかなりの才能を持った軍楽隊長も現れる。作曲や編曲に特段の功績を残すものの少なくない。大切な勝利の後には記念のマーチが書かれたり、王や皇帝にしばしば献呈されている。その他自らの所属する連隊に献呈するという独特な習慣もあり、マーチの歴史をたどるとそれがそのままプロイセンの歴史と重なってくる。

3大Bに代表されるクラシックにとどまらない別世界があり、それもまたドイツ音楽の屋台骨をささえていたと解したい。

スペシャルコンサート まであと26日。

2016年4月18日 (月)

ドイツの吹奏楽

以前、大学祝典序曲の金管アンサンブル版があると書いた。ブラームスが知ったらさぞかし驚いたことだろう。しかし、意外とブラームスは平然と受け流すような気もしてきた。

ドイツ帝国とその前身のプロイセンは名だたる軍楽王国だった。軍楽隊に弦楽器は入っていないから管楽器のアンサンブルだ。そして曲種は当然行進曲である。ドイツには古来軍隊行進曲の伝統に根ざした作品の蓄積があったと見るべきだ。

グルック、ベートーヴェン、ヨーゼフとミヒャエルのハイドン兄弟、ヨハン・クリスチャン・バッハ、ウェーバー、R・シュトラウス、レハール、ズッペなどなどだ。ここにブラームスが入って来ないのが不思議なくらいである。だからブラームスはジャンルとしての吹奏楽を知っていた。現代日本で隆盛を誇るいわゆるブラバンと、完全に一致する概念ではあり得ないが、やはりこれは吹奏楽と名付けられるものだと感じる。

プロイセン王フリードリヒ・ウイルヘルム3世は、音楽好きだった。ベートーヴェンが第9交響曲を献呈したことでも知られている。さらに凄いのは、1817年国内に流布するマーチを収集整理の上印刷するという国家事業に乗り出した。早い話が軍隊行進曲の番号付けだ。AM番号といわれる発番体系がこれでArmeemarscheの略だ。この付番は1871年のドイツ帝国成立後も続き1933年にHM(Heeresmarsche陸軍行進曲)にとって変わられるまで518番を数えたらしい。これがさらに曲想によって3分類されていたというから驚きだ。小学校で習ったタイケ作の「旧友」はHMⅡ150だ。

いやはや何ともドイツらしい。

クラシック音楽の本丸ドイツには、一方で吹奏楽の深い伝統も並存していたことは間違いない。ブラームスはプロイセン大好きだったから、ビスマルクあたりから頼まれれば行進曲の1曲や2曲喜んで書いたものと思われる。

スペシャルコンサート まであと27日。

2016年4月17日 (日)

熊本よ

長女が生まれた頃、我が家は熊本に住んでいた。藤崎台球場と金峰山に挟まれたあたり、小さな川のほとりだった。お水のおいしい、地に足の着いた城下町で何気なくおしゃれ。

4月14日に始まった一連の地震活動。報道に出てくるのは懐かしい地名ばかり。震度7と聞いて東日本大震災を思い出す。知り合いも多く住んでいる。阿蘇、熊本城、熊本空港、天草の惨状を見るにつけいたたまれない気持ちになる。
どうかどうかお気を確かに。お力落とし無く。
スペシャルコンサートまであと28日。

2016年4月16日 (土)

ブラームスな環境

昨今何かと脚光を浴びている地球環境問題ではない。

私を取り巻く我が家のブラームス環境について紹介したい。

子育てに手がかからなくなり、2003年に思いついた「ブラームスの辞書」を11年前に出版した。私のささやかなデスクにはもちろんパソコンがある。このパソコンには我が家自慢の「ブラダス」も大切に保存されている。「ブラダス」のほかにも数種類のデータベースが入っている。そのほかにはブラームスの若い頃のポートレートが一つ。

デスクの上の棚には、スコアがある。残り10作品まで辿りついたが、まだ全作品をコンプリートしていない。いつも調べ物で使う書物もその棚にある。独和辞典、伊和辞典、音楽事典、マッコークル、ブラームス回想録集、伴奏の藝術、それから「ブラームスの辞書」op124も置いてある。ここいらの装備はとても重要だ。何かブラームスネタを思いついたとき、速攻で楽譜を当たることが出来る。場合によってはすぐ演奏を聴いて裏づけが出来るというのは、とても大切だ。

デスクの横にはCDラック。200枚収納だ。ブラームスの作品しかここには置いていないからまだ収納には少し余裕がある。他の作曲家は別に電子ピアノの横の棚である。

部屋の隅の電子ピアノは、残念ながらブラームス以外の作品も弾かれることがある。その足元にはブラームスの全室内楽のパート譜面が積まれてある。娘たちのヴァイオリンと私のヴィオラもそのあたりが棲家だ。譜面台の上あたりにもブラームスの肖像。こちらは髭をたくわえた貫禄のあるやつだ。

電子ピアノの横の棚にも他の作曲家のCDが少しある。バッハとドヴォルザークがブラームスに次ぐ扱いを受けている。

日本語で読めるブラームス関連の本は揃っているほうだと思う。あとは行きがかり上、ベートーヴェンやバッハの作品解説やクララ・シューマンやアルマ・マーラーの伝記、他の作曲家の作品のスコアなどなど。私の結婚式の二次会でのブラームス第四交響曲のライブのVHSや、私家版ブラームス交響曲全集のテープもこのあたりに退蔵されている。

ブラームスのマグカップはリヴィングの棚の中だった。ブラームスムゼウムのトートバッグはデスクのすぐ横に。それからウイーンで買ったブラームスの像はブラームス関連書物のの前から私を見下ろす。ベッケラートの肖像があしらわれたハンブルクのブラームスムゼウムのポスターは部屋の壁の中央に鎮座している。

そうそう、「ブラームスの辞書」の在庫は我が家には20冊置かれているだけであとは営業倉庫だ。

こうして書くと、いっぱいあるものである。狭い我が家が一層狭くなる。

スペシャルコンサート まであと29日。

2016年4月15日 (金)

カウントダウン

千葉県立千葉女子高等学校オーケストラ部第9回ヨーロッパ演奏旅行記念
第23回スペシャルコンサートのお知らせです。

月 日:2016年5月15日(日)
場 所:習志野文化ホール
開 場:14:00
開 演:15:00
曲 目:チャイコフスキー イタリア奇想曲、シューベルト 交響曲第7番D759「未完成」
     プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」より”ある晴れた日に」
     モーツァルト フルートとハープのための協奏曲K.299
            福島康晴 見返り絵、菅谷大樹 和太鼓「ひかり」
     モーツァルト 歌劇「魔笛」より序曲K.620
       ジョン・ウィリアムス スターウォーズ その他
入場料:1500円(全席自由) 中学生以下500円
指 揮:山岡 健  安重 稔

次女の後輩39代を送り出すスペシャルコンサートまであと30日。ブログ上でカウントダウンを開始する。

2016年4月14日 (木)

リセットのすすめ

理由はどうあれ、お部屋の模様替えが終わった。見違えた。きれいになったのは部屋だけではない。心のリセットが進んだ感じ。物がどこにあるのか頭に入っているというのは気分がいい。

物を大量に捨てた。今までゴミの中で生活してたと実感させられた。帰宅が楽しくなった。きれいな自室に戻り、音楽を聴くことでゆとりも生まれる。これだけ大量に捨てながら、一方で「やはりこれだけは絶対に捨てられない」という判断もたくさんした。大事なものが改めて浮き彫りになった感じがする。

「とりあえず取っておくか」と保管したものは、ほぼ廃棄に回った。そういうものだ。家族からの「やるときゃやるのね」という視線が心地よい。

次の目標は「この状態の維持」だ。

2016年4月13日 (水)

やむにやまれず

次女の成人記念とかなんとか、カッコをつけているが、このたびの模様替え大掃除には、別に理由がある。むしろそちらが本音だ。

このところブログ「ブラームスの辞書」の記事を思いつくペースが明らかに落ちていた。ここ3年くらいの傾向だ。一時は1500本に届こうかという勢いだった記事の備蓄が、今900本を切るという惨状だ。備蓄を600減らしたということは、ここ3年で記事が400程度しか書けていないということだ。ゆゆしき事態である。一時は60歳になるまでに、2033年5月7日までに必要な記事を備蓄し終えようという野望さえ持っていた。

初心に帰る。

机の上の状態は、本人の頭の中の状態を正確に反映する鏡だと聞いた。机上を含む自室の整理は、脳味噌のクリアと同じだ。脳味噌の状況を書籍「ブラームスの辞書」執筆当時の状況に戻そうと考えた。A5版256ページの執筆を6か月で苦も無くこなしたあの勢いを思い起こすためにも必要な措置だ。自室のデスクでコーヒーやビールをたしなみながら、音楽を聴き、本を読むことで、脳味噌を刺激することだ。

2016年4月12日 (火)

タイムカプセル

1997年に今の家に入居して以来の大掃除を敢行したことは既に述べた。部屋の本棚の中の一斉棚卸だ。19年前のタイムカプセルを開ける感じに近い。

書籍の整理が目的だが、いろいろ出てくる。幼稚園の転入書類とか、引っ越しの見積もりとか。幼稚園の連絡帳など。発掘するたびに見入ってしまい、いちいち片付けの手が止まる。「ブラームスの辞書」執筆時の諸データをプリントアウトしたものも大量に出てきた。

改めて保存するものと、思い切るものと分けてゆく。末っ子である次女の成人を記念して思い切って整理に踏み切った。部屋が見違える。書籍は、これと思ったものが、必要な時にさっと取り出せる状態にあることが望ましい。

休みの日にポツリポツリと進めているから、かれこれ3週間かかった。

2016年4月11日 (月)

SUK38

昨日、帰国後初めて、生徒たちの顔を見た。キラキラ。どの子にも3つ4つ土産話がある感じがした。

浸っている暇はないのもまた事実。3年生39代の引退公演となるスペシャルコンサートまで、あと40日もない。つまり夏休みより短いというlことだ。

というわけで、ドイツ公演の余韻さめやらぬ中ではあるのだが、スペシャルコンサートに向けた裏方たちの大ミーティングがあった。主体となる卒部まもないOGと保護者、そして現役の代表も交えた決起集会あった。

気持ちの盛り上げを誓い合った。ドイツからの帰国直後ですでにテンションは上がっている。この先スペシャルコンサートまで定期試験はもうない。3年生たちの現役生活を納得のいく形で仕上げるだけ。

細かなことはこれからだ。昨日は気持ちの確認である。

「エスユーケーサーティーエイト」は、「スペコン、裏方、気合、38代」である。

2016年4月10日 (日)

模様替え

何年振りだろう。自室の模様替えを行った。

  1. あふれかえった書籍の整理。
  2. 同じくCDの整理
  3. CDプレーヤーの買い替え
  4. スタンドの買い替え
  5. プリンターの撤去
  6. 書類の廃棄

積りに積もった垢をそぎ落とす作業。3週間がかりで少しずつ作業した。いろいろと懐かしい物が見つかるたびに作業が中断するし、舞い上がる埃も厄介だ。「ブラームスの辞書」を執筆中のコンディションに戻すコンセプトだ。音楽関係の書物や楽譜が手に取りやすいように再配置し、CDやiPodがもっと手軽に聴けるようにした。机上の作業スペースの範囲を広げ、コーヒーが安全に飲めるようにした。

感慨深いのはスタンドの買い替えだ。従来のスタンドは1991年、亡き妻との新婚生活の始まりとほぼ同時の代物だ。妻が退職金で買った電子ピアノを弾く際、楽譜を照らせるようにと買い求めた。もちろん蛍光灯だ。1年くらい前に金属製のアームが折れ、紐で釣ってごまかしてきたが、とうとうLEDに買い換えた。捨てるとなるとつらいものがある。

CDプレイヤーにも因縁がある。妻を亡くして父母と同居することになった際、家が手狭で置く場所がなくなったため、就職後すぐ買い求めたステレオセットを泣く泣く処分して以来、CDラジカセでごまかし続けてきた。パソコンでも聴くには聴けたが、まあ耳を覆うばかりの音質だった。

書物の整理も重大なポイント。「音楽」「ドイツ史」「ドイツ語」「鉄道」「サッカー」「ビール」「ワイン」「地図」など、記事執筆のソースを体系立てて配置し直した。特にブラームス関連の書物を集中して配備できるようにした。「ブラームスの辞書」の管理人としては原点に帰る決意。楽譜と書物が簡単に手に取れて、CDとiPodが手軽に聴けることこそが大切だ。

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2016年4月 9日 (土)

ニュルンベルク支部

大盛況に終わった子供たちのニュルンベルク公演。2003年を皮切りに概ね隔年開催して、今回が7回目だった。入場無料のコンサートなのだが、2010年くらいから2000名以上の聴衆が集まる。今年は2400名で満員御礼状態。早々にチケットが無くなり、1か月くらいお断りとお詫びに終始したと聞く。

チケットを現地で裁くのは、お付き合いの長いエージェントのみなさん。ドイツ在住が長い日本人数名のスタッフとだけ申し上げるにとどめるが、彼らの献身ぶりなくては絶対に実現しない演奏会である。

子供たちの引退公演となるスペシャルコンサートの運営に後援会とOGの献身が必要なのと同じく、ドイツ公演にだって裏方が不可欠だ。それら全て現地スタッフにゆだねられている。子供たちの保護者でもなければ親類でもないのだが、その献身ぶりたるや想像や常識の斜め上をゆく。保護者後援会が捧げるのと何ら遜色ない奮闘ぶりにただただ頭が下がる。説明の不能のそのモチベーションはどこから来るのかとずっと考えていた。

一つは、訪問ごとに必ず完全にメンバーが入れ替わってしまうにもかかわらず、固く維持される演奏の水準だ。これは明らかだ。同時に演奏の周辺に存在する所作立ち居振る舞い、キビキビとした動き、音楽に心を込めようとする意思のもと団結するメンバーシップ。まっさらのステージにオーケストラの座席をあっという間に整然とセットする規律。挙げればきりがない。これら顧問生徒自身のアクションの結果が理由の一つにはなっている。

このほどもう一つの理由が思い浮かんだ。

現地スタッフは、もはや保護者後援会と同じだ。後援会のニュルンベルク支部が存在すると考えることで、全てカラリと説明がつく。

2016年4月 8日 (金)

面接無敵

次女後輩オケのドイツ公演。思うにすごい経験。春夏合わせれば数十校が参戦出来る甲子園よりもさらに貴重なチャンス。いったいどれだけの高校生が、部活の成果を海外で披露できるのだろう。

クラシック音楽を扱う部活の高校生が、その成果をドイツで披露できるこのとの凄さをかみしめている。そこで獲得した価値観と経験を元に、時間と面接相手の反応を見ながらネタの取捨選択をして、少々の誇張と省略を織り交ぜれば、入試に伴う面接は無敵だろう。「高校時代がんばったことは?」という質問は思う壺でさえある。

さらにだ。

その後に控えるスペシャルコンサートまでを含む、2年1か月およそ760日の経験は、物事に打ち込むという意味で完璧だ。学生生活のその先にある就活においてさえ威力を発揮するに違いない。個と組織、組織と個、会社に入れば生涯問われ続ける難問に対する一つの方向性にもなりうる。

2016年4月 7日 (木)

国際電話

MLBのチャンピオンを決めるワールドシリーズ。めでたく優勝したチームのロッカールームに、大統領から直接、祝福の電話が入るというしきたりがある。プロフットボールのチャンピオンを決めるスーパーボウルでも同じことが起きていると聞く。

次女の後輩たちのドイツ公演旅行の目的、それはニュルンベルクでの演奏会だ。今年で7回目を数えるニュルンベルク公演は、2300もの聴衆を集め大成功に終わった。その夜、同行した保護者を交えての打ち上げパーティーがあった。日本時間4月3日午前3時だったが、私がその会場に国際電話で祝辞を伝えた。

旅行代理店の粋な提案で実現した。当日まで生徒たちにも内緒のサプライズだった。

大統領になった気分。いやいやそこは大統領でなくメルケルになった気分。

2016年4月 6日 (水)

分身

演奏家にとって楽器は分身。私だってそうだ。

1981年夏、大学4年だった私は現役最後の演奏会のために楽器を購入した。それまでは2年生になるときにかったチェコ製の楽器だった。その楽器を下取りに出した上に、バイトで貯めたお金をはたいて1979年製のヴィオラを買い求めた。その後長男の生まれる直前1992年に今愛用の楽器を買った。このときは下取りに出さずに持っていた。
その楽器で臨んだ演奏会は、私の大学オケ最後の演奏会で、亡き妻の大学オケデビューだった。メインプログラムはマーラーの第五交響曲で、アンコールに演奏されたのが、その第4楽章のアダージェットだった。
我が家でひっそりと置かれるばかりだった楽器を、次女の後輩たちのオケに予備楽器としてお貸ししていた。だから今回のドイツ公演に帯同させてもらえた。彼女たちが演奏中、ヴィオラプレイヤーたちの楽器にもしものことがあったとき、出番が回ってくる。最後尾のヴィオラ奏者の脇、ほとんどコントラバス奏者のつま先の位置に演奏中ずっと置かれた。
ドイツに同行できない私の代わりに分身が乙女たちと行動をともにした。あろうことか聴衆の面前、子ども達が演奏を披露するその同じ舞台にいることが出来た。凄いことだ。
まだ統一前の西ドイツ製だったから、今回次女たちの後輩ともにドイツに渡ったことにより、37年振りの里帰りが実現したことになる。
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2016年4月 5日 (火)

三断ち解除

次女の後輩たちがドイツ公演から無事帰国した。ブラームス、ビール、コーヒーをささげた甲斐があった。昨夜三断ちを解除した。神様ありがとう。

三断ち解禁にはザクセン王室御用達のラーデベルガー。

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2016年4月 4日 (月)

空のハンザ

「空のハンザ」とはドイツ最大の航空会社「Lufthansa」の直訳。中世後期北ドイツ北海沿岸の都市同盟とひとまず理解しておく。「Hansa」は当時のドイツ語で「団体」のこと。よく言われる「ハンザ同盟」は重訳気味だ。

1926年複数の会社が合併して成立したが、第二次大戦の敗戦で一旦解散させれらた。敗戦国は飛行機を飛ばせないというのは日本と事情が同じだ。その後民間航空が解禁された際、ケルンを本社として西側の航空会社として発足したのがルフトハンザだ。どう見ても北海沿岸とは言えないケルンだが、ハンザ都市とされている。本社ケルンでハンザを名乗るにあたっては、律儀なドイツ人たちは、そのあたりの辻褄には念を押しているものと思われる。

旅客数では欧州第二位、世界で9番目。スターアライアンスの創設メンバーでもある。ドイツ語圏各国のフラッグキャリアを傘下に収める多国籍企業の一面も。2010年のドイツ企業売上高ランキングでは21位。世界では246位だ。

だからという訳ではないが

頼むぞルフトハンザ。

2016年4月 3日 (日)

二重の祈り

今日4月3日は、ブラームスの命日。没後119年にあたる。同時に、私の父の誕生日でもある。今祈りたいことは山ほどある。コネ総動員が必要だ。

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2016年4月 2日 (土)

ゲロルシュタイナー

ドイツ製の発泡ミネラルウォーター。硬度1800で超硬水だ。

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乙女たちの無事を祈る「三断ち」でビールの摂取を控える間、愛飲中。国産の副原料特盛のノンアルコールビールを飲むくらいならこちらがいい。泡立ちがきめ細かで繊細。ノンアルコールビールよりは当然お値段が張るのだが、許容範囲だ。

ブラームスが飲んでいたかどうかは不明だ。

ドイツ人らしいのは賞味期限表示だ。採水から15か月なのだが、驚くことに賞味期限が分刻みになっている。2017年3月13日午前4時13分までだそうだ。

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2016年4月 1日 (金)

入社式

本日、長女が入社式に臨む。

本人苦労もしたのだろうが、希望の業界、希望の会社にさらりと入れた印象。

おめでとう。

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フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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