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2016年5月22日 (日)

伝記

書籍のジャンルという意味において「伝記」は大変大きな勢力になっている。特定の人物の生い立ち、業績を記した書物とひとまず定義出来よう。

小学校の学級文庫でも多く蔵書されている。野口英世、ベートーベン、ヘレン・ケラー、リンカーン、キュリー夫人、ライト兄弟、ナイチンゲール、エジソンといったあたりが常連。伝記が書かれる書かれないの基準は全くもって曖昧だが、子供向けの伝記は更に拍車がかかる。一応教育上良いということなのだろう。

伝記は、主人公の一生の間に起きたエピソードの羅列と言い換えることが出来る。これを書くことを思いついた伝記作者は、主人公の人生をトレースする資料を集めねばならない。主人公本人の日記、自伝、書簡などが残っていれば第一級の史料となる。同時代に記述されたという意味でも価値は高い。この史料の弱点は、主人公の幼少の時代が空白になることである。作曲を5歳でしてしまうような天才でも日記が3歳から残っていたりすることは希だろう。仮に書いていたとしても残っているかどうかも課題になる。将来子供が偉人になることを想定して幼少時代のことを詳細に書き残す親がいるかどうかである。その点モーツアルトの父レオポルドはかなり優秀と言わねばなるまい。我が家の子供たちも私が書いた日記が皆それぞれ生後6年分残っている。写真付きなのでレオポルドより上だが、肝心の子供の才能が悔しいけどレオポルドに負けている。

ブラームスも同じだ。どの伝記を読んでも幼少時のことはあまり詳しく書かれていない。早くからピアノの才能を示していたが日記は残っていないのだ。それどころか大人になってからの日記も残っていない。多分書いていないのだろう。それでも伝記のページをめくると20歳でシューマン家を訪問して以降の記述が厚くなっている。古来からの研究の成果だが、友人知人がブラームスのことを書き残していることが多くなることが貢献している。筆頭格はシューマン夫妻だ。

ブラームス本人は自ら多くを語る方ではない。「言いたいことは楽譜の上に」という寡黙な職人タイプである。伝記が退屈しないのはひとえに友人知人のおかげである。何だか日本史に似ている。古事記日本書紀が編纂される以前の歴史書は現在伝わっていない。歴史書が存在したことは確かながら、断片にとどまっている。さらに古事記日本書紀は、8世紀になって完成された書物だ。8世紀から数百年前を記述している点が弱点にもなっている。いわゆる同時代史ではない。これを補って日本史の黎明期の記述に幅を与えてくれているのが中国の史書だ。中国では王朝が代わると前の王朝の歴史書を編纂する仕組みになっていたという。その度に周辺の国々の様子が丹念に記録されていた。「周囲には野蛮人の国々がこれだけあって皆我が王朝に忠誠を誓っていた」という筋立てである。

作品の出来映えとは対照的に口数の少ない主人公が周囲の人間の証言でいきいきとよみがえったという側面が誰にもまして強いブラームスである。

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