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2016年5月30日 (月)

伝記たるもの

シューマンの友人ヴァジレフスキーが、最初のシューマン伝を書いたと述べた。

ところがところが執筆にあたり協力を求められたクララは、感謝の意思表示はしたものの協力を拒んだ。クララはつまりワジレフスキーを信じていなかったといういことだ。

だからシューマン伝ではあるもののクララ未亡人のお墨付きではないのだ。ブラームスも出来映えには不満を表明している。曰く「公平であることは結構だが、冷淡であってはならない」「伝記を読むことが万人にとっての喜びになるべき」とある。

ヴァジレフスキーという人は、デュッセルドルフのコンサートマスターだった。ここのオケは晩年のシューマンと確執があった。最終的には決裂した。そこのコンマスの記述だから、決裂の原因の一つであった精神の変調について誇張した表現が目立ったらしい。

ブラームスの感想はこのことを踏まえていると感じる。

クララの感想もブラームスと一致していた。

後年クララは、新たなシューマン伝の執筆をブラームスやヨアヒムに相談している。ブラームスは「伝記の執筆には心と同時に文才も必要」と述べ、自分にもヨアヒムにも手に余ると答えている。

ブラームスの伝記観を垣間見ることが出来る。

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コメント

はい。おかげさまで♪
11年は凄いですね。振り返ると、早いものです。

魔女見習いさま

これはこれは。
お久しぶりです。
元気にしておられますか?

ブラームスについて日々たっぷり語られている『ブラームスの辞書』。これからも楽しみにしています。

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