フォイエルバッハ
アンゼルム・フォイエルバッハAnselm Feuerbach(1829-1880)のことだ。ブラームスが「美術好きの音楽家」であるのと反対の「音楽好きの画家」である。
もともと若い頃から音楽に親しんでいた。モーツアルト、ハイドン、メンデルスゾーンがお気に入りだったという。ブラームスにとってもストライクゾーンである。だからという訳でもなかろうが、彼はブラームスと直接親交があった。
継母ヘンリエッテと連れだってバーデン・バーデンへ保養に出かけた。そこでクララ・シューマンと知り合ったことがキッカケで、ブラームスとの交流が始まった。ブラームスはフォイエルバッハの作品を愛し、実力が正当に評価されていないと嘆いた。ブラームスの遺品からフォイエルバッハの油彩画が見つかった程だ。
1880年フォイエルバッハはベネチアで客死する。ベネチアで客死するのはかのワーグナーと一緒である。
ブラームスは悲報に接してインスピレーションを得た。「ネーニエ」op82である。残された継母ヘンリエッテに献呈された。シラーのテキストに管弦楽の伴奏を付与した合唱作品だ。出来映えは極上の肌触りと申し上げておく。
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