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2016年10月11日 (火)

イタリア語の二面性

イタリア語には二面性があると感じている。

一つは言わずもがな。「イタリア人の日常語」という位置付けだ。もう一つは、「音楽用語の共通語」という側面だ。

イタリア語はさっぱり判らぬ私ではあるが、「Adagio」や「Presto」でまごつくことはない。「音楽用語はイタリア語」という共通認識が確立してから、かなりな年月が経過しているため、既にこの両者は独立した位置づけを獲得してしまったように見える。

作曲家は、みずからの作品を演奏家に間違いなく演奏してもらうための諸注意をイタリア語然とした「音楽共通語」で書き記す。この場合、作曲家本人がイタリア語に堪能である必要は全く無い。作曲家自身がその瞬間までに積み上げて来た音楽経験に照らして、「音楽共通語」の語彙の中から適当と思う単語を選んで羅列するだけだ。イタリア語本来の使い方として正しいかどうかは二の次である。

ワルツop39-7には冒頭に「poco piu andante」と書かれている。直前のワルツop39-6より少し遅いテンポでという意味合いだ。ところが解説書などではこれにコメントが付くことがある。イタリア語本来の用法によれば「少し遅く」であるなら「poco piu andante」とは言わないという指摘だ。「ブラームスはしばしばイタリア語を正しく使っていない」と言及されることもある。

この指摘はまさにイタリア語の二面性への配慮が足りないと感じる。ブラームスはイタリア語のネイティブな使い手ではないし、イタリア語辞典を書いたのでもない。「音楽共通語」を使って作品のニュアンスを伝えようとしたに過ぎないのだ。現に大抵は「前曲6番よりテンポを落とすのね」と伝わってしまう。

イタリア人を筆頭に、正しいイタリア語の使い手から見れば気持ちが悪いのかもしれないが、ブラームスが正しいイタリア語の使い手ではないことは、作品の素晴らしさの前には、取るに足らないことである。

その一方でイタリア語を正しく操りながら、ブラームスほどの作品を残せなかった作曲家も多いことは、気に留めておきたい。

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