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2016年11月 3日 (木)

交響曲はお嫌い

ブラームスは3シーズン足かけ4年、ウィーン楽友協会の芸術監督の座にあった。楽友協会主催の演奏会の曲目決定権を持っていた。

1873年1月5日にメンデルスゾーンのカンタータ「もうひとつのワルプルギス」を取り上げ、1875年1月10日には歌劇「カマーチョの結婚」序曲を取り上げた。メンデルスゾーンの作品はこの2曲だけだ。

ヴァイオリン協奏曲も交響曲もさしおいて取り上げるという感覚は、現代の愛好家のそれとは隔たりがある。

この現象はメンデルスゾーンに限ったことではない。交響曲そのものが何故か忌避されている。ブラームス自身の交響曲はまだ1曲も完成する前だから仕方ないとして、ベートーヴェン、シューマン、シューベルト、モーツアルト、メンデルスゾーンの交響曲が全滅だ。彼等の作品は交響曲に限定しなければ取り上げているから、やはり交響曲を避けたのかもしれない。もちろんドヴォルザークもチャイコフスキーもない。唯一取り上げたのがハイドンの44番だけというところが渋い。

この手の渋めのチョイスが当時の聴衆の好みかというと、どうやらそうでもない。ブラームスの選択を水面下で批判する声は大きかったようだ。ブラームスらしく入念に準備された演奏ばかりだったようだが、選曲がこれでは客は呼べないという営業サイドからのブーイングがあったのは確実だ。

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