ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 言及される喜び | トップページ | こじつけ »

2016年12月 8日 (木)

スケッチ

古今の大作曲家が作品を完成させる過程には、謎が多い。それが一般の愛好家にとって悩みである反面楽しみももたらしていること周知の通りである。

出版社に手渡す最終稿がいきなり降って湧くわけではないことは想像がつく。何かのキッカケで着想が湧いては来るが、それが最終的な作品になるためには段階が踏まれることは確実だ。着想と最終作品の間、つまり中間品のことをスケッチと呼びならわしている。

スケッチは、後世の研究家にとって宝の山である。多くは作曲家本人の自筆である。完成された作品の着想がどこまで遡れるか、推測出来る。

問題は作曲家によってスケッチの残存に差があることだ。ベートーヴェンはスケッチが残っている側の筆頭格だ。そしてブラームスはスケッチが残っていない側の親分である。ベートーヴェンは無意識だと思うが、ブラームスは確信犯だ。この手の作曲の過程を遺さないことを肝に銘じていた節がある。

ブラームスの生きた時代は、いわゆる音楽学が学問として確立した時代だ。ブラームスは時代を代表する研究者たちと親しく交わった。作曲家が後世の研究者からどのように研究されるかを実感として感じ得る立場だった。それでいて自ら後世の研究者たちに手がかりを遺さぬことを是と判断したのだ。スケッチをしなかったのではなく、遺さなかったのだ。ブラームスの処分は完璧だ。

スケッチなら私だってやっている。

ブログのネタを思いついたとき、とっさに手帳に書き残す。移動の途中が一番多い。長文を残せないから、キーワードだけを手帳に書いておく。帰宅してから楽譜を開き、曲を聴き、書物をあたって裏付けを取る。さらに記事にしたあともエクセルで管理をしている。記事本文から見ればこのエクセルデータもスケッチと位置づけ得る。

ブラームスのスケッチ帳が発見されればセンセーションだが、私のスケッチではバイブレーションにもなるまい。

« 言及される喜び | トップページ | こじつけ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: スケッチ:

« 言及される喜び | トップページ | こじつけ »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2025年3月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ