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2016年12月 8日 (木)

スケッチ

古今の大作曲家が作品を完成させる過程には、謎が多い。それが一般の愛好家にとって悩みである反面楽しみももたらしていること周知の通りである。

出版社に手渡す最終稿がいきなり降って湧くわけではないことは想像がつく。何かのキッカケで着想が湧いては来るが、それが最終的な作品になるためには段階が踏まれることは確実だ。着想と最終作品の間、つまり中間品のことをスケッチと呼びならわしている。

スケッチは、後世の研究家にとって宝の山である。多くは作曲家本人の自筆である。完成された作品の着想がどこまで遡れるか、推測出来る。

問題は作曲家によってスケッチの残存に差があることだ。ベートーヴェンはスケッチが残っている側の筆頭格だ。そしてブラームスはスケッチが残っていない側の親分である。ベートーヴェンは無意識だと思うが、ブラームスは確信犯だ。この手の作曲の過程を遺さないことを肝に銘じていた節がある。

ブラームスの生きた時代は、いわゆる音楽学が学問として確立した時代だ。ブラームスは時代を代表する研究者たちと親しく交わった。作曲家が後世の研究者からどのように研究されるかを実感として感じ得る立場だった。それでいて自ら後世の研究者たちに手がかりを遺さぬことを是と判断したのだ。スケッチをしなかったのではなく、遺さなかったのだ。ブラームスの処分は完璧だ。

スケッチなら私だってやっている。

ブログのネタを思いついたとき、とっさに手帳に書き残す。移動の途中が一番多い。長文を残せないから、キーワードだけを手帳に書いておく。帰宅してから楽譜を開き、曲を聴き、書物をあたって裏付けを取る。さらに記事にしたあともエクセルで管理をしている。記事本文から見ればこのエクセルデータもスケッチと位置づけ得る。

ブラームスのスケッチ帳が発見されればセンセーションだが、私のスケッチではバイブレーションにもなるまい。

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