伝説の偏在
グリム兄弟の「ドイツ伝説集」下巻には、話の舞台が地名の提示により明確にされていることが多い。収載された話の舞台を地図上にプロットすると興味深いことがわかる。少々の重要な例外が発生する危険を顧みずに申せば、収載の伝説はドイツの西部あるいは南部が舞台になっている。ライン地方、シュヴァーベン、バイエルン、フランケンの諸地域に手厚い。川で申すならライン・ドナウの両大河流域に固まっている。北東に行くほどまばらになり、いわゆる「エルベの東」はほぼ空白となる。
東ゲルマン系のゴート族やケルト系の伝承はほぼ全滅だ。イエス本人の神性をみとめないアリウス派を信仰したゴート人は、ローマ帝国内の勢力争いで、アタナシウス派に破れ、信仰もろとも歴史から抹殺されたとされているが、伝説の分布もそれを裏付けているように見える。
同じことは覇者フランク族以外の部族では、大なり小なり起こりえた。カール大帝によるキリスト教化の過程で起きた抑圧により、多種多様な伝説もまた永遠に失われた。「ドイツ伝説集」下巻で伝説が濃厚に残存する地域は、カール大帝の勢力圏と概ね一致する。カールへの抵抗が根強かった地区ほど伝説が空白化しているかのようだ。
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