聖ヨハネの急流
スメタナ作曲交響詩「モルダウ」の271小節目から「聖ヨハネの急流」に差し掛かる。333小節目で同名長調に転じて主題が再帰するまでがこれに該当する。音楽的には主題の再帰を準備する手順と解してよさそうだ。打楽器総動員やピッコロのキレキレの高音が印象深い。
スメタナ本人の詞書によれば、この「聖ヨハネの急流」を抜けるとヴィシェフラドに至るとある。やけに詳しい書き方から見て、この急流は実在するとみていいのだが、手持ちCDの解説書に残念ながらダム建設に伴う人造湖に沈んでしまったと書いてあった。
となると今度はその人造湖がどこなのかが気になる。
チェコの人造湖といえば、南部ブジェヨヴィツェの南西およそ40km、ドイツとの国境に沿うように横たわるリプノ湖が名高い。しかしここは、「モルダウ」の音楽の流れと合わない。源流を異にする2系統合流後でないといけない上に、狩猟や岸辺の結婚式よりも後、つまり下流でなければならぬ。狩猟や結婚式はどこでもできると言えばできるのだが、直感としてはリプノ湖では上流すぎるのだ。
源流を異にする2系統の合流は、ビール「バドワイザー」のネーミングの元となったブジェヨヴィツェ市内で起きているから、聖ヨハネの急流はそこよりは下流になる。
ブジェヨヴィツェより下流でプラハよりは上流のどこかでないと具合が悪い。候補はブジェヨヴィツェ北北西60kmのオルニク湖か、そこからさらに40km下流のスラピ湖のどちらかだ。最後の決め手はスメタナの詞書だ。「聖ヨハネの急流」を抜けるとほどなくヴィシェフラドに至るとするなら、後者、つまりよりプラハ・ヴィシェフラドに近いスラピ湖がふさわしい。
スメタナのこうした詞書は実態に忠実だと思わねばならない。曲の理解を助けるための詞書がでたらめであるはずがない。これを読んだ聴衆が作品を聞いてなるほどと思うからこそスメタナの代表作に上り詰めたのだ。土地勘無視の記述は墓穴を掘るだけだ。
今、交響詩「モルダウ」の世界的な知名度を思うとき、この聖ヨハネの急流が現存していたら、大した観光資源になっていたことは確実だと思うと残念でならない。上の写真は、ヴィシェフラドから上流を望んだものだ。この方向およそ25km一帯に聖ヨハネの急流があるはずだ。
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