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2017年5月31日 (水)

民話と方言

グリム兄弟が編集した「家庭と子供ためのメルヘン」は通常「グリム童話」として親しまれている。そこには兄弟のきれいな業務分担があった。兄ヤーコプは厳格で広範な情報収集にあたり、弟ウイルヘルムは、芸術的な味付けをした。

アルザス地方の修道院で兄ヤーコプが収集した童話の原稿が発見された。刊行済みの「グリム童話」と比べることで2人の分担振りが一層明らかになった。ヤーコプが収集した原稿にはさまざまな民話が方言で記されていたのだ。グリム童話は平易な標準語で書かれているから、方言を標準語に変換したのは弟の仕事だとわかる。語られるままに方言もろとも収集した兄と、それらをシンプルな標準語に変換した弟という図式だ。

ドイツ語辞典の編者グリム兄弟の方言へのかかわりが判るエピソードである。

2017年5月30日 (火)

フランスの右肩

フランスという国は正六角形にたとえられる。上下に頂点を持つ正六角形だ。パリは中央やや北寄りにある。不思議なことがある。六角形を構成する6つの頂点付近に方言が色濃く分布する。

  1. 一番上の頂点にはフラマン語がある。ベルギーの公用語でもある。
  2. 反時計回りに左上の角にはフルトン語だ。ノルマン系の言語。
  3. 左下にはバスク語。スペインとの国境を形成するピレネー山脈の北端付近。
  4. 一番下にはカタルーニャ語。バルセロナ付近の言葉だ。
  5. 右下には海を隔てたコルシカ島のコルス語がある。
  6. 右上、右肩にあたるところにはアルザス語がある。

アルザス語はドイツ系の言葉で、ドイツ方言の一つに数えられている。アルザス地方は古来、独仏の領有権争いのタネになってきたから、このあたりの住民はフランス語とアルザス語のバイリンガルという人が多い。中央から遠く離れた僻遠の国境地帯に方言が豊かに蓄積するのは何もドイツだけではないということだ。

2017年5月29日 (月)

ブラームスの話した言葉

ハンブルクで話されているドイツ語は「平地ドイツ語」と呼ばれる方言だ。ブラームスが1862年以降進出したウィーンで話されているのは別系統の方言でウィーン方言だ。ウイーンに長く住んだブラームスは、次第にウイーン方言に染まっていったのだろうか。

このことを推測する貴重な証言がある。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻62ページ。スイスの作家ヨーゼフ・ヴィトマンの章だ。

ヴィトマンはブラームスの子供好きを示すニュアンスで「北部なまりのブラームスと、アレマン方言を話すスイスの子供たちの会話がうまくかみ合わなかった」と証言する。そのことをブラームスがいつも残念がっていたと付け加えられている。これが1874年のこととされているから、ウイーン進出から10年たっても、ブラームスのドイツ語から北部訛りが抜けていなかったことがわかる。

アレマン方言はスイスのドイツ語圏で話されている方言だ。ヴィトマン自身も本来アレマン方言の使い手のハズだが、大人同士は標準語を使いまわすことも出来るから、コミュニケーションには困らなくても、子供はそうも行かないのだと思われる。

2017年5月28日 (日)

ふるさとの言葉

ドイツ語の方言について考えを深めている。ブログ「ブラームスの辞書」としては当然の疑問。ブラームスはどんな言葉を話していたのかである。

ブラームスの故郷ハンブルクで話されていた言葉は、西低地ドイツ方言に属する「平地ドイツ方言」だ。北ドイツの言葉の総称として用いられることがある程、北部では一般的な方言だ。中世以降隆盛を誇ったハンザ同盟の中核語というイメージが強く、ブレーメンやリューベックでも用いられた他、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーといった北ゲルマン諸語に与えた影響は大きい一方、英語やオランダ語と共通する性格も持ちあわせている。

いくつかの単語について1.標準ドイツ語と2.平地ドイツ方言を比較する。

<座る>

  1. sitzen
  2. sitten

<作る>

  1. machen
  2. maken

<私は>

  1. ich
  2. ik

<リンゴ>

  1. Apfel
  2. Appel

<水>

  1. Wasser
  2. Water

<猿>

  1. Affe
  2. Aap

<村>

  1. dorf
  2. dorp

2017年5月27日 (土)

高地オランダ語

フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルトは、ヴュルツブルクの生まれ。同地の大学を出てから東洋学を志してオランダにわたる。故郷と出身大学から見てドイツ語の中のフランケン方言の話し手だったと思っていい。

オランダに渡ったのが1822年、長崎出島への着任が1823年。オランダ東インド会社の医者という身分での着任だが、オランダ語が怪しかったとも伝わっている。オランダに渡ってからおよそ1年だから仕方ない。

江戸幕府の鎖国政策の中、欧州諸国の中でオランダ人だけが長崎出島への出入りを許されていた。具体的には同国の東インド会社との通商である。東インド会社に所属していればフランケン人でも出島への上陸が認められていたのだろうか。あるいはジーボルトはオランダ国籍を持っていたのだろうか。日本の通訳はジーボルトのオランダ語発音を怪しんだが、ジーボルトは「自分の出身はオランダの山岳地帯の出身で、高地オランダ語を話すので通常のオランダ語とは違う」という主旨のごまかしをしたらしい。発音を怪しんだところまでは大したものだが、オランダの国土は平らで高地オランダなんぞあり得ないのだが、この言い訳でコロリを引き下がったようだ。

少なくともオランダ語とドイツ語は非常に近い言語だという証拠としては使えそうな話。

2017年5月26日 (金)

Dutch

「Dutch」の意味はと問われたら「オランダの」と答えておけばいい。中学生にとってさえ難問とは呼べまい。ところがその語源を調べていて驚いた。古英語で「Dutch」は、「ドイツの」という意味だった。中世のブリテン島から見てドイツとオランダを区別するニーズ自体が存在しなかった。オランダ語とドイツ語は非常に近い関係にあり、そららを操る人々もひとくくりされていたようだ。

時代が下ってオランダとドイツを区別する必要にかられて「Dutch」がいわゆる「オランダ」を指すようになった。

そういわれてみれば「Dutch」と「Deutsch」は似ている。

2017年5月25日 (木)

ドイツの語源

ブラームスの出世作が「Ein Deutsch Requiem」だったり、何気なく「ドイツ」という語を使っているが、方言について掘り起こして行く前に「ドイツ」の語源を押さえておこうと思う。もちろんこれには決定的な学説は無く、様々な説明が試みられているということは肝に銘じておく必要がある。

時は8世紀のイタリア。ラテン語の「Theodiscus」(テオディスクス)が「ドイツ」を指す標記として用いられていた。788年カロリング帝国諸侯会議の議事録に現われる。具体的には「Theodisca lingua」だ。「lingua」は「舌」と同時に「言語」を表すから「Theodica lingua」でドイツ語である。もちろん「lingua」は「language」の語源である。この「theodicus」が人名化したものが「Theodor」(テオドール)だ。ブラームスの友人にテオドール・ビルロートがいる。

「theodiscus」より遅れて「diutisk」が現われる。「自らの民族に属する」というのが原義だ。ラテン系ゲルマン系民族の抗争の地だった西フランケン地方で、ラテン側から起こったと考えられている。西暦1000年頃の文献に現われる。「diutischin sprechin」で「ドイツ語」を指した。これが「deutsch」の先行形と考えられている。「Dietrich」や「Dieter」の人名にも影を落としている。

カール大帝の死後その三男ルートヴィッヒが継承した東フランクの成立から神聖ローマ帝国を経て次第に確立して行くドイツの概念と平行して定着が進んだと考えられている。

2017年5月24日 (水)

線マニア

ドイツ方言を調べていると、膨大な数の分布図に遭遇する。そこには方言の境界線がさまざまな線によって表現されている。ベースにあるのはドイツ語圏の地図で、そこにさまざまな線が引かれている。国境線や州境線がまずもって目に付く。ライン川エルベ川などの河川なども目立つ。国境や州境と重なっていることも少なくない。たとえばオーデル・ナイセ線という言葉さえある。ドイツとポーランドの国境をオーデル川とその支流のナイセ川と定めたという話だ。道路や鉄道まで含めた目に見える線が、方言分布の境界線になっているだけならよいが、話はそう単純ではない。

先頃紹介した「ベンラート線」が良い例だ。州境はもちろん河川や山地とも一致しない。昔の国々の勢力範囲や、河川の流路変更など今は見えなくなった線を探さねばならない。様々な資料中のドイツ地図に示された線が、方言の境界線と一致していやせんかと目を皿のようにしている。

つまり「線マニア」とは私のことだ。

2017年5月23日 (火)

ドイツ語圏

ドイツ語を話す人々が住む地域のことか。これが国としてのドイツの領域とピタリと一致しないところが面白い。英語圏、スペイン語圏、ポルトガル語圏、フランス語圏など様々な国名を冠して言いまわされる。日本語圏はあまり用いられない気がする。国としての領域と一致してしまう場合には定着しにくかろう。つまり「~語圏」という言葉は、国の領土と一致しないことを前提に発せられていると思われる。

ドイツ語の場合、本国に加えてオーストリア、リヒテンシュタイン全域と、スイスの一部がこれに該当する。1億人強が公用語として使っている言葉だ。地名語尾を調べる時それを実感したことがある。オランダやベルギーの地図には、ドイツ語の知識ではどうにもならない地名がゴロゴロ出てくるのに対し、オーストリアやスイスではずっと楽に読める。これがつまりドイツ語圏なのかと思った。一方でドイツ本国には現れない言い回しもチラホラ目に付くところが楽しくもあり悩ましくもある。

ドイツ国内の州による格差もおぼろげながら浮かび上がってきた。ドイツ語圏内での微妙な差の方がよっぽど面白そうな気がする。

2017年5月22日 (月)

ザクセン官庁語

東中部ドイツ方言の中核だった言葉。十字軍の流れに乗じて、エルベ川の東側にドイツ人が入植を始めた。ドイツ域内の様々な地域の人々が新たに移り住んだために、多様なドイツ方言が混交することとなった。そうした中ザクセンの官庁でさまざまな法令や通達のために整えられていったのがザクセン官庁語だった。先の「ラインフランケン方言」が京言葉ならこちらは江戸言葉かもしれない。

東方殖民によって始めてドイツの仲間入りをした後発地域だったが、やがて力を蓄えてドイツ統一の中核を担うことになる。そしてひとまず決定的なことが起きた。

「宗教改革」だ。ルーターは聖書の独語訳にあたり、まさにこのザクセン方言を用いた。ルーターの聖書は印刷術の発展と呼応してあっという間にドイツ中に広まった。だからこのときルーターが用いた言葉がドイツ標準語の母体となった。東中部という地理的条件は絶妙だった。こと話し言葉に関する限り南部の人間にも北部の人間にも理解できる中間的な性格を具備していたと考えていい。

首都ベルリンは位置的には東低地ドイツ方言の領域にあるが、ベルリン近郊で明らかにベンラート線が北によれている。首都ベルリンは標準語の影響を受けていると解されている一方で、標準語の母体となった東中部ドイツ方言は、今や旧東独の一部で話されていた小方言という位置付けにあり、明らかに勢力を減じている。

2017年5月21日 (日)

ドイツを切る

ドイツの諸方言についておおよその分布状況をおさえておく。毎度毎度の大雑把な話だ。

ドイツを南北にやや縦長の長方形だとする。一番上の辺の中央部が少し凸状になっている。凸部はデンマークとの国境地帯を形成する。東西を形成する縦辺にはくびれがある。東のくびれは真ん中よりやや南によったところ。このくびれは東からチェコが割り込んできたようになっている。西のくびれはもっと南だ。東より小さなくびれに割り込むのはフランスで、古来アルザスと呼ばれている地域だ。この東西の両くびれを結ぶ線、つまりドイツのウエストラインをよく覚えていて欲しい。左下がりのウエストラインになる。持つとしたらここがいい。

2月6日に言及した「ベンラート線」が方言分布上の北部と中部の境界と考えていい。南部と中部の境界線こそがこのウエストラインだ。中部と北部の差よりは違いが大きくないが、やはり重要だ。ほとんどマイン川の流れと一致するがマイン川は大きくうねっているので例外も多くてややこしくなる。大雑把な理解でよいならウエストラインで十分だ。

<低地ドイツ語>3分割したドイツの一番北側。ベンラート線以北のドイツで概ね以下のように東西に2分割して考えられている。第2次子音推移を受けていない。

  1. 東低地ドイツ語 メクレンベルク・フォルポムメルン州とブランデンブルク州で、ベルリンもここにはいる。本当はさらに5つ程度に細分化されている。
  2. 西低地ドイツ語 ニーダーザクセン州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州。ここもさらに5つ程度に細分化が必要。ブラームスの故郷ハンブルクはここに入る。

<中部ドイツ語>ウエストライン以北でベンラート線以南。西寄りほど北の影響を受け、東寄りほど南の影響を受けた。

  1. 西中部ドイツ語 ライン扇状地によってさらにおおよそ3分割される。
  2. 東中部ドイツ語 さらに3つに分けられるが、そのうちの一つザクセン語が、現在のドイツ標準語の母体となった経緯がある。

<南部ドイツ語>ウエストライン以南で、スイスやオーストリアまでも包含する。

  1. バイエルン語 フランケン地方を除くバイエルン州。オーストリアのドイツ語の母体にもなっている。
  2. シュヴァーベン語 シュヴァーベン地方の言葉。
  3. アレマン語 バーデン地区やアルザスで用いられている。スイスのドイツ語もこの系等に属する。

2017年5月20日 (土)

ベンラート線

ドイツ語で「Benrather -Linie」と綴る。

ベルギー国境の街、カール大帝の都アーヘンと、ポーランド国境フランクフルト・アム・オーデルを結ぶ線。アーヘンから北東に進んでデュッセルドルフ南郊でライン川を渡るとほぼ真東に伸びる。カッセルの南を過ぎたあたりで北東に向きを変え、マグデブルク南郊からまた真東に進む。ベルリンの南端をかすめつつそのままフランクフルト・アム・オーデルに至る。

ドイツ方言学上もっとも重要かつ有名な線だ。ドイツ語の歴史にとってはずせない線だ。印欧祖語から第1次子音推移によって、他の言語と一線を画したドイツ語だが、その後中世になって第2次子音推移が起きた。この変化が起きたか起きなかったかの境界がこのベンラート線だ。第2次子音推移が起きなかったのがこの線より北側で低地ドイツ語と呼び、南側を上部ドイツ語と呼ぶ。南部は広いのでさらに南北に二分されるが、方言間の差異はこのベンラート線ほどは劇的でない。

低地ドイツ語は、第2次子音推移を被っていないため、オランダ語や英語に近い。第2次子音推移はドイツ語の音声的な特徴から設定された線だが、語彙、構文などの諸現象の分布もこの線が境界になっているケースが見られる。

現在のドイツ標準語がこの線の南に属するザクセン語が母体になっていることから、ベンラート線は現在も北上中というのが定説である。

さてベンラート(Benrath)は人名かと思ったらそうではなかった。地名である。デュッセルドルフ南郊ライン川に面したところにベンラート(Benrath)という街があった。この街が線の名前の由来だ。方言学上大切な線が、これまた大切な父なるラインを横切る街の名を取ったと思われる。

2017年5月19日 (金)

ヴェンカー

Georg Wenker(1825-1911)という言語学者がいる。近代ドイツ方言学の始祖と位置付けられている。民謡におけるエルク、民話におけグリム兄弟に比肩する業績を残した。ドイツ全土およそ40000の学校施設に向けて。40の文例を送付した。地域による語彙、文法の違いをより明らかにするために練り上げられた40の短文で、現在では「ヴェンカーの文例」と呼ばれている。これらの短文を各々地域の言葉に翻訳して送り返させるという手法で、方言の分布を白地図上にプロットしたのだ。

この空前の実験により言語地理学という領域が切り開かれた。ドイツ方言の諸相がヴィジュアル化されていっそう議論が深まることとなった。

独和辞典の末尾には大抵方言の分布図が掲載されている。それには何らかの形でヴェンカーの言語地図が反映している。

2017年5月18日 (木)

方言特集

4月20日にドイツ旅行の報告特集を終えてからしばらく、ゆるりと過ごした。特段のテーマを設けずにと言いたいところだが、ブログ運営系の記事を意図的にそろえた。

一昨日40代を送り出すスペシャルコンサートのレポートをお届けしたのを区切りとして新たな特集に入った。昨日の記事で明らかなとおり、お題は「ドイツ方言」だ。ドイツ各地で話されている方言の話題である。

およそ2ヶ月の間、方言ネタを連ねる。

2017年5月17日 (水)

ドイツの方言

ドイツの言語学者ソヴィンスキーは方言を以下のように規定する。

  1. 書き言葉に先行する口語による言語形式。
  2. 地域に根ざし自然な日常生活に取り込まれた話し方。
  3. 時間の経過に従って標準語や周辺語の影響を受ける。
  4. 地方ごとの特定の状況で多くの人々に用いられる言葉。

ドイツは長く小領邦に分裂していたというその成り立ちからして、他の欧州諸言語に比べて方言の多様性が色濃く保存されてきた。一口にドイツ語と言っても、我々外国人が教育の一環として習得するドイツ語、ドイツの放送局や出版界で用いられるドイツ語から言語孤島でひっそりと用いられるドイツ語まで実に幅広いと心得なければならない。

我が愛するブラームスがドイツ語のネイティブスピーカーだったことは確実だが、本来はそこに安住してはいけないのだ。ブラームスは生涯の行動範囲をドイツ語の通用するエリアに限っていたことは割と知られている。もちろん巨大な例外イタリアを別とする必要があるが、スイス、オーストリア、オランダにとどまっている。オランダ語はブラームスの故郷ハンブルクで話されている低地ドイツ語と共通する要素が大きく、英語とドイツ語の中間の性格を持つ。ブラームスにとってはバイエルン語よりもずっと耳になじんだとも考えられる。

2017年5月16日 (火)

輪の一員

昨日、勝った翌朝のスポーツ新聞のノリではしゃいでしまった。

もう一度だけ振り返る。

聴衆のみなさまからのアンケートを見るまでもなく、くるみ割り、フィンランディア、バッカナールとも演奏の賞賛は少なくない。それはそちらに任せるとして、今日話題にしたいのは裏方。

昨年のスペシャルコンサート、イタリア奇想曲で華麗に引退した39代OGが大学生活最初のゴールデンウィークをコンサートの準備に捧げてくれた。3月21日の初回会合の日からかれこれ2ヶ月、現役生徒が演奏を突き詰める傍らで、着々と準備を進めていた。

8時30分の集合から21時30分の解散まで、黒スーツに身を固めたOGたちの献身なしにはあのバッカナールもフィンランディアもあり得なかった。時給換算したらいくらになるのか空恐ろしい。なのに保護者が感謝の言葉をかければ「私たちもやってもらったことだから」と事もなげな笑顔が返ってくるだけ。

3名のリーダーが発揮したリーダーシップも見事。3月の初会合で「これから本番まで日曜日は全部差し出してもらいます。まだ言ってなかったけど」と平然と言い放つ部長と、続けて「今ざわついたみたいですけど」と有無を言わせぬ雰囲気をさらりと醸し出す副部長のスペシャルな連携。そこから始まった2ヶ月の準備は缶詰にでもしてとっておきたいくらいだ。現役生徒たちの演奏がCDやDVDに残るのに対して、裏方の働きっぷりは残しようがない。

保護者に対する言葉づかい、相談の切り出し方も、堂々たるもの。礼儀正しさにエレガントさ、OGのプライドが程よくブレンドされている。もうただちに就活でもまったく問題はない。芸術家として教師として抜群の指導力を誇る顧問の先生が、演奏会当日の裏方にだけは関与できないハンデを埋めて余りあるOGの献身。

加えてだ。

フィンランディアで奇跡の合唱を披露した一年生も実は実は裏方の一員。整列やプレゼントの受付、来賓のご案内など、当日来場のお客様の第一印象はまさに一年生にかかっている。その第一印象の上に、あの演奏が鎮座していると考えるべき。引退する3年生の涙、送る2年生の涙。見守る保護者の涙。高校の部活の発表会としては異例の集客。めまぐるしいこの一日が新入生の目にどう映ったのだろう。

確実なことは、2年後の今頃、こうして引退するということだ。もっというと3年後の今頃、今年のOGにも負けない献身を見せてくれているはずだ。こんなことがもう10年以上続いている。だからちょくちょく奇跡が起きるのだ。

この大きな輪の中に、わたしの娘がいることを心から嬉しく思う。

2017年5月15日 (月)

奇跡のフィンランディア

40代の引退公演が昨日終わった。前後の代に比べて、極端に人数が少ないハンデをエネルギーに変えた渾身の3時間30分だった。第一部のバレエ付「くるみ割り人形」で、普通の部活ならハッピーエンドだ。難儀な「小序曲」をサラリと切り返す圧倒的な余裕感で始まったチャイコ。ここ3年連続で取り上げることもあり、もはやチャイコフスキーはお家芸の域かと。本格バレエの興奮さめやらぬ中、リノニウムをサクッと撤去する裏方のチームワークまで鑑賞の対象だ。

全部を文章に出来ないから、かいつまんで。

総決算のバッカナールに先立つ「カバレリアルスティカーナ」は必殺の涙腺クラッシャーだ。でもこれはいつものことだ。

松ヤニの「霞たなびく」とでも申すか、ただただ誇り高いバッカーナールだった。

だけどね。だけどね。

フィンランディアには心底驚いた。中間部、讃美歌にもなっている敬虔な部分に、オリジナル通り合唱が添えられた。なじみ深い管弦楽オンリーバージョンとは、全く別の曲になった。合唱を受け持ったのは、この4月にキビキビと入部してくれた一年生49名だ。入部からおよそ1か月の間、特訓を重ねてフィンランド語の暗譜演奏だった。例年アンコールの「ラデツキ行進曲」だけしか出番のない新入生なのだが、慣例をやぶっての熱演だ。

絶句。

絶句していてはブログにならないから、無理やり言葉にする。たった2か月前まで中学生だった生徒なのに、今や上級生と遜色のない風格、所作立ち居振る舞いに加えて「私たちはこのオケのメンバーなんです」という誇り高い決心さえ見え隠れする。演奏に備えて入場してきた時点で、すでに何かが伝わってしまう。右手コントラバスの後ろにアルト、反対側にソプラノだ。学生時代ヴィオラで演奏しに参加した経験から、アルトがトレモロのヴィオラの旋律をかぶせていると気づいた。ヴィオラだけではこうまで際立たない。鳥肌モンだ。

百戦錬磨の上級生をかすませるような圧倒的な存在感。それなのにそれなのに威圧感とは程遠いエレガントでピュアな歌声。もうあかん思い出しただけで涙がでそうだ。

ラスト、中間部の旋律が、ヴァイオリンの圧倒的なシンコペーウォンをともなって金管楽器に戻ってくるところで、また合唱が加わる。エレガントでピュアな歌声に、プライドまで追加されている。なんなんだこの子たちは。入部後たった一ヶ月で。

2年生3年生との共演による一体感こそが収穫と見た。来年の春には2年生と一緒にドイツに行くのだから。名刺がわりのエレガントなあいさつとしてながく、なが~く、なが~く記憶されるだろう。

もう一生、フィンランディアはこれしか聴かない覚悟ができた。

2017年5月14日 (日)

女神たちの宴

本日15時からJR津田沼駅前の習志野文化ホールにて次女の後輩たち40代が引退の公演を行う。まだ間に合う人はぜひ。

私の熱狂の理由の一端が明らかになる。

たとえどのような結果になろうとも、私は断固演奏を支持する。

2017年5月13日 (土)

結果オーライ

ブログ「ブラームスの辞書」は、当初5月7日のブラームスの誕生日に立ち上げることを目指していた。2005年の話だ。

ところが、小心者の私は、立ち上げたブログがネタ切れで立ち往生することを恐れて、ネタを50本思いつくまで開設を延期した。だから誕生日から3週間以上も遅れた5月30日が創立記念日になっている。

ところが、ところが、今となってはこれが怪我の功名だった。誕生日で盛り上がり、創立記念日で盛り上がりという具合に行事が2回巡って来るからだ。もし誕生日にめでたく立ち上げていたら、5月30日はただの日になってしまっていたところである。2033年まで記事の本数を稼ぐためには記念日は、なるべく多いほうがいい。

現にこうして、このネタで1本記事を書いている。

スペシャルコンサートまであと1日。

2017年5月12日 (金)

プラハの春音楽祭

毎年5月12日に開幕する国際音楽祭だ。スメタナの命日を初日とする3週間である。オープニングの演目はチェコフィルの「我が祖国」だというのがしきたりだ。

1946年の第一回以来延々と続いているというのに今年わざわざ言及するのはもちろん昨年末にプラハを訪問した名残だ。ヴァルタヴァ川右岸にそびえたつルドルフィヌムこそが音楽祭のメイン会場だ。

もう4か月経過したのだが、ブログ「ブラームスの辞書」上で延々と展開した特集が終わったのが先日だから、つい最近とも感じている。

スペシャルコンサートまであと2日。

2017年5月11日 (木)

一発屋

クリエイティブな業界にあって、たった一つの作品によって永く人々に記憶される仕事をした人をこう呼ぶ場合がある。あられもない表現だ。クラシック音楽の作曲家を称する際にもたまに用いられている。

おそらくブラームスは該当しないと断言してもブログ炎上の引き金になることはあるまい。

たとえたった1曲であっても永く人々に記憶されるというのは凄いことだ。この言い回しをする際、1曲も記憶されない人が圧倒的に多いということをしばしば忘れがちである。

私もそうだ。

ブログ「ブラームスの辞書」の記事どれでもいい。どれか1本でもそういう記事があったかと問われれば答えに窮する。たった1本の内容で永く人々に記憶してもらえるような記事は、今まで書けなかったし、きっとこれからも書けない。

それでも人々から永く記憶されたいと欲する場合、わずかな可能性がただ一つ。記事の堆積の厚みによって記憶されることを目指すしかない。

ブラームス生誕200年まで10205本の記事が、一日の空白もなく堆積したら、もしかすると人々の記憶に残るかもしれない。

スペシャルコンサートまであと3日。

2017年5月10日 (水)

愛情表現としての「バカ」

「バカ」という言葉よく耳にする。一般には愚かなことを指摘してとがめるニュアンスがある。関西へ行くと「アホ」にとって変わるようだ。

ところがこの言葉はくせ者だ。発せられるトーンによって微妙に意味を変える。「バカ」は本来の意味であることが多いが、「バカだなぁ」となると愛情の表現である可能性が高まる。ことわざ「バカな子ほどかわいい」はこの典型だろう。恋人同士の間で甘くささやかれると尚更その側面が強調される。「私がいなければこの人はだめなの」が続く場合重症だ。

おバカなブログが4000日を超えてもおさまる気配もない。「バカじゃねェか」と言われればありがたいと思ってしまう。

スペシャルコンサートまであと4日。

2017年5月 9日 (火)

空恐ろしい

もし世の中にブログが無かったらと考えると空恐ろしい。我がブログ「ブラームスの辞書」の記事は、どうなっていたのだろう。

私の脳味噌に浮かんだこれらのブラームスネタが、行き場を失っていたと思うと恐ろしい。脳味噌の中でグズグズと煮えたぎりやがては整理不能から腐敗してしまうに違いない。

逆に申せば、ブログというはけ口があるからこそこれだけ思いついたとも言える。淀めば濁るが、流れれば澄むのだ。

まだまだとどまる気配もない。

スペシャルコンサートまであと5日。

2017年5月 8日 (月)

テンプレート音痴

ブログの顔テンプレートは変更される気配が無い。

開設以来一度しかテンプレート変更を行っていない。色合いやコンテンツの表示順を少々いじった程度である。ましてや自分でカスタマイズするなど夢のまた夢である。気の利いたイラストを挿入したり、色彩に変化をつけたりして季節感を出すくらいの芸当が出来ないものかとも思うが、どうも億劫である。それだけの知識がないのが最大の原因だが、一歩踏み入れると突き詰めてしまうのが怖いという面もある。

そんなことに限られた能力を割く暇があったら、記事の一つも考えるか、調べものを進めたほうがいいという気持ちも強い。10年このまま続けられたら、きっとこのテンプレートが伝統になってゆくのだろう。ニューヨーク・ヤンキースのユニホーム「ピンストライヴ」みたいになってみたいものだ。

この調子では恐らく、テンプレートの美しさや、写真の面白さに惹かれてブログ「ブラームスの辞書」を訪れる人は、いないと思われる。「アップされる記事の内容だけが売り」でよいではないか。ブラームスの話がしたいのだから。

スペシャルコンサートまであと6日。

2017年5月 7日 (日)

くるみ割り人形

1882年に初演されたチャイコフスキーのバレエ組曲。「白鳥の湖」と並ぶ定番。ここから作品解説に走る愚は犯すまい。

次女の後輩たちの引退公演となるスペシャルコンサートまで1週間の今日、ゲネプロに臨む。同コンサートの目玉となるのが「くるみ割り人形」だ。本番当日と同じ進行で一日を過ごす大切な日が、チャイコフスキーの誕生日とは吉兆だ。

チャイコフスキーと本ブログの主役ブラームスがともに5月7日生まれだ。あと一週間二人のご加護を特盛で。

スペシャルコンサートまであと7日。

2017年5月 6日 (土)

釣り

2チャンネル用語らしい。もちろんお魚とのバトルの事ではない。2チャンネル上のやりとりを爆発させる目的で、真偽の不明の情報を流したりすることだという。そういうことをする人を「釣り人」といい、その情報を「釣り糸」といい、その情報にコメントを付ける人を「魚」と称することがある。

転じてネット上でも用いられているようだ。刺激的な情報を発したり、過激なコメントを付けたりというアクションを称して「それは釣りですか」などと突っ込んでいる人もいる。

私もブログが読まれれば嬉しいし、コメントが付けば簡単に舞い上がりもするのだが、釣りをしているという自覚は薄い。読者にすれば眉唾記事も多いに違いないから、私の自覚はどうあれ、ひと様は「釣り」だと感じている人もいるかもしれない。どうせなら釣りなどとケチなことは止めて、網でゴッソリと読者を獲得したいものだ。

スペシャルコンサートまであと8日。

2017年5月 5日 (金)

読める

思うに難解。

  1. 書いてある文字を声に変換出来る。
  2. 書いてある文書から筆者の意図を汲み取れる。

「読める」という言葉の用いられ方を観察していると上記2つの意味が混在していると思われる。

小学校1年生が国語の教科書を、間違えずに声を出して読めた場合には、ちゃんと誉められる。いわゆる音読でこれは上記1の典型的な例だ。私の英語は未だにこのレベルでもある。国語に限定して申せば大人になると上記1だけでは誉められない。中学以降上記2が強く求められる。長文読解問題ではまさにそこが試される。

さてさて本題。「楽譜が読める」と言い回された場合難解さに拍車がかかる。

楽譜の場合上記1に相当するのが、「演奏出来る」になるのか、書いてある音を言えるだけで足りるのかハッキリしない。単純に「譜読み」といった場合上記2のニュアンスであることが多い。「書いてある楽譜から作曲者の意図を汲み取る」と解して違和感が無い。まさに「ブラームスの辞書」が目指す領域だ。しかし、この「譜読み」の上達が必ずしも優れた演奏に繋がる訳でもないところが悩ましい。

音楽を頻繁に聴く人の中にも「私は楽譜が読めない」と自称する人は少なくない。義務教育9年間、音楽の授業を重ねながら「楽譜を読めない」と感じている人が少なくないというのは、あんまりな気がする。国語だったら大問題になっているハズだ。

2017年5月 4日 (木)

広く浅く

一つのことをとことん突き詰めて研究している人がいたとする。そういう人の前で謙遜の意味を込めて「私なんか広く浅くですよ」と口を滑らせてしまった経験がある。失礼な話だったと後から冷や汗である。

あなたは「狭く深くですよね」というニュアンスが言外ににじみ出る。「深く」はいいのだが、「狭く」はいただけない。「あんたの視野は狭いですね」が万が一にもニュアンスとして勝ってしまってはいけないのだ。先のシチュエーションでいうなら「私なんか狭く浅くですよ」と言わねばならないのだ。ところが世の中の慣用句として「狭く浅く」はあまりなじみがない。

「広く深く」を目指して日夜努力をしているとしても自分への戒めとして使うなら「狭く浅く」と使うよう心がけたいものだ。自分を称して言うならそれが慣用句だとしても「広く」は後ろめたい。たとえ話題がブラームスであってもである。

スペシャルコンサートまであと10日。

2017年5月 3日 (水)

スルー

いろいろなところで使われている。元々は「through」と綴られれる英語なのだと思うが、もはや日本語に定着していると感じる。

サッカーのスルーは美しい。飛来するパスを、扱える位置にいて、扱おうと思えば扱える体勢にあるプレイヤーが、意図的にボールに触らず後方にいる味方にボールを到達させるプレイのことだ。ときにはボールに触るかのようなフェイクが入ることがある。ゴール前でこれが決まると大チャンスということもある。後方でボールを受けた味方がゴールを決めたとしても、スルーをした選手にアシストがつかない。全くボールに触っていないからだ。敵味方の位置、パスの強さから一瞬で判断した結果、自分が触らないことを選択したということだ。気の利いたパスを送ると同等の価値を感じる。

ネットコミュニケーション用語としてもスルーがある。ネットを経由して寄せられたメッセージに意図的に返信をしないことだ。この用法がすっかり市民権を得ていることは、サッカーのスルーと同様だが、悩ましさは数段上だ。

されるのには慣れて来たが、するのはストレスを感じる。ブログ運営のテクニックの一つと開き直るには時間がかかる。

スペシャルコンサートまであと11日。

2017年5月 2日 (火)

自己リンク

リンクは今やネットコミュニケーションの主要な方法の一つだ。「リンクを貼る」と用いられることが多い。リンクを貼ったり貼られたりで、ネット上の繋がりが広がって行くのだ。もちろんブログ「ブラームスの辞書」でもたくさん見られる。

ブログ「ブラームスの辞書」では気をつけていることが1つある。ひと様のサイトやブログへのリンクは、原則行わない。

ひと様のブログやサイトだと、移動や閉鎖がいつ起きるかわからない。ときおりチェックをするにしても、過去の記事が増えてくると、チェックが漏れる心配がある。

一方で、検索エンジンでの表示順位の判定に「リンク」や「被リンク」の件数が微妙に影響しているとも言われているから、自己ブログの他記事へのリンクは全く制限していない。当日の記事を読み進める上での前提や、参考記事を効果的にリンクするのは、執筆テクのうちである。

まあ一本の記事にあまりたんくさんのリンクというのも、読んでいて落ち着かないから、そこはバランスを考えてということだ。

スペシャルコンサートまであと12日。

2017年5月 1日 (月)

リンク

詳しい定義はわからぬが、最早ネット用語としては説明不要の普及度だろう。

サイト上にURLを表示し、ワンクリックで目的のサイトを開けるようにする仕掛けのこととでも言うのだろう。大抵は「リンクを貼る」と用いられる。

便利だ。参照サイトや引用元情報を確実に掲示出来る。さらに検索エンジンによっては、検索実績に加えてリンク数や被リンク数も算定基準のひとつになっているとの噂もある。

実はブログ「ブラームスの辞書」はこの便利さを警戒している。ひと様のサイトへのリンクを貼らないことを原則としている。特定の書籍の情報に言及する場合には、出版社と書名の記載にとどめ、情報のリンクはしない。CDでも同様だ。さらに動画・画像の貼り付けもしない方針だ。

確たる理由は無い。便利過ぎるのだ。画像や動画の持つ半端でない訴求力も警戒の対象だ。

一方、自ブログ内の他記事へのリンクは、制限していない。記事と記事の配置の妙を売りにしているから、それをアピールするためにも自ブログ内リンクは良い方法と位置付けている。ビジターの読み進めの流れを邪魔しない範囲で上手に用いたい。

紛れもなく音楽系ブログでありながら、CDアフィリエイトやMIDI、あるいは楽譜ダウンロードも無い。演奏家や作曲家の画像もなければ、演奏の動画も皆無。おまけに譜例もゼロ。ツールはほぼ文字だけだ。

これが意図するところは何か。

つまり「辞書」である。

スペシャルコンサートまであと13日。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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