ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« ふるさとの言葉 | トップページ | フランスの右肩 »

2017年5月29日 (月)

ブラームスの話した言葉

ハンブルクで話されているドイツ語は「平地ドイツ語」と呼ばれる方言だ。ブラームスが1862年以降進出したウィーンで話されているのは別系統の方言でウィーン方言だ。ウイーンに長く住んだブラームスは、次第にウイーン方言に染まっていったのだろうか。

このことを推測する貴重な証言がある。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻62ページ。スイスの作家ヨーゼフ・ヴィトマンの章だ。

ヴィトマンはブラームスの子供好きを示すニュアンスで「北部なまりのブラームスと、アレマン方言を話すスイスの子供たちの会話がうまくかみ合わなかった」と証言する。そのことをブラームスがいつも残念がっていたと付け加えられている。これが1874年のこととされているから、ウイーン進出から10年たっても、ブラームスのドイツ語から北部訛りが抜けていなかったことがわかる。

アレマン方言はスイスのドイツ語圏で話されている方言だ。ヴィトマン自身も本来アレマン方言の使い手のハズだが、大人同士は標準語を使いまわすことも出来るから、コミュニケーションには困らなくても、子供はそうも行かないのだと思われる。

« ふるさとの言葉 | トップページ | フランスの右肩 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブラームスの話した言葉:

« ふるさとの言葉 | トップページ | フランスの右肩 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ