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2017年5月27日 (土)

高地オランダ語

フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルトは、ヴュルツブルクの生まれ。同地の大学を出てから東洋学を志してオランダにわたる。故郷と出身大学から見てドイツ語の中のフランケン方言の話し手だったと思っていい。

オランダに渡ったのが1822年、長崎出島への着任が1823年。オランダ東インド会社の医者という身分での着任だが、オランダ語が怪しかったとも伝わっている。オランダに渡ってからおよそ1年だから仕方ない。

江戸幕府の鎖国政策の中、欧州諸国の中でオランダ人だけが長崎出島への出入りを許されていた。具体的には同国の東インド会社との通商である。東インド会社に所属していればフランケン人でも出島への上陸が認められていたのだろうか。あるいはジーボルトはオランダ国籍を持っていたのだろうか。日本の通訳はジーボルトのオランダ語発音を怪しんだが、ジーボルトは「自分の出身はオランダの山岳地帯の出身で、高地オランダ語を話すので通常のオランダ語とは違う」という主旨のごまかしをしたらしい。発音を怪しんだところまでは大したものだが、オランダの国土は平らで高地オランダなんぞあり得ないのだが、この言い訳でコロリを引き下がったようだ。

少なくともオランダ語とドイツ語は非常に近い言語だという証拠としては使えそうな話。

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