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2017年7月31日 (月)

夏休み自由研究教室

子供たち、特に小学生たちには夏休みに自由研究という宿題が課される。「やらない自由」は保証されていないが、テーマは自由という意味だ。テーマ自由と言っても科目でいうなら理科か社会が中心のような気もする。

ブログも著書も「ブラームスの辞書」は自由研究のネタの塊みたいなものだ。残念ながら小学生が取り組むにはいささか敷居が高い。テーマの発掘の仕方、絞込み、掘り下げは参考になるのではないかと自賛する。

夏休みも後半に差し掛かると、懸案の自由研究を一気に仕上げようとするニーズに答えるため、各地でさまざまな自由研究教室が行われる。夏休み前半に遊びまくったツケを手早く解消しようという思惑も見え隠れする。「人任せ」「短期間」のやっつけ仕事の片棒担ぎも無視し得ぬ比率で混入していよう。

わがブログ「ブラームスの辞書」も役に立ちたいと思っている。小学生には難しいかも「しれないし、こんな自由研究が出ても先生が困るだろう。

たとえば音大生が卒論の製作にいつ着手するか知らぬが、「音大生の卒論教室」にでもなれば嬉しい。「卒論代行」はお断りだが、議論は歓迎である。ネタが圧倒的にブラームスに偏っているのが難だが、オタクな視点という意味ではちょっとしたモンである。というより「ちょっとしたモン」なのかどうか議論の中から確認してみたいのである。

2017年7月30日 (日)

向き不向き

ブログが4444日を越えて思うこと。ブログという仕組みが私のキャラに合っているということを痛感している。

ホームページを自分で開設するよりは数段易しい。それ系の知識は全くないので、ブログはありがたい。ホームページよりは数段シンプルな作りで、いわゆる「サイトマップ」なんぞ考えなくてもよいところが私向きである。もちろんブログだって凝ろうと思えば凝ることは可能だが、一旦凝ることを放棄してしまうと、お手軽である。時間と労力を記事の充実だけに集中することが出来る。それでいて検索エンジンにはホームページと同様にひっかかってくれる。コツコツと記事を更新さえしていれば、露出はジワジワと高まって行くというものだ。

ささやかながら自分のブログがあるというのは、座りがいいものだ。本籍地が決まっているという安心感がある。

毎日コツコツと気に入った話題に絞って、気の済むまで書き込めるというのは、ありがたい。譜例の取り込みが出来ないのは、多分私のテクが未熟なせいと諦めてしまえばほぼストレス無しである。ネタの仕入れと、文章、それから記事の配置の3点だけに気を配っていればいい。アクセス数が増え、常連の来訪者が増えてゆくのを見守るのは「キャラ育て系ゲーム」の楽しさに通ずるものがある。

長く続けて行けそうである。

2017年7月29日 (土)

創業4444日

本日この記事の更新をもって、ブログ「ブラームスの辞書」は、2005年5月30日の開設以来の記事の連続更新が4444日となった。もちろん1日の抜けもない。

ひとまずめでたい。

2017年7月28日 (金)

かなづち

泳げない人のことを俗に「かなづち」という。水に入れると沈んでしまうからだろう。ブログ「ブラームスの辞書」ならではの疑問がある。ブラームスは泳げたのだろうか。

生涯英国の地を踏まなかった理由の一つに、船旅を嫌ったことを挙げる人は多い。言葉の問題と並ぶありそうな原因の双璧だ。しかしこれが直ちに泳力の判定にはつながるまい。水泳の能力と船旅の好き嫌いは必ずしもパラレルな関係とまでは言えない。だから大西洋を4度渡ったドヴォルザークが泳げたという保証も無い。

第1交響曲の作曲を進めた1876年夏の避暑地は、リューゲン島だった。ジョージ・ヘンシェルとともザスニッツに滞在したブラームスは、しばしば海水浴に興じた。色のついた石をめがけて海に飛び込んだり、水中で目を開けられることを発見したりと、楽しい海水浴の様子が証言されている。船旅ほどは海を恐れていないということだ。しかし、一連の証言の中には、泳いだと書いていないことも事実だ。

ハンブルクではキチンと初等教育を受けている。しかしその中に現代日本のような水泳の時間があったかどうか不明だ。

2017年7月27日 (木)

ネーニエ寿

母82歳の誕生日。

カベルネソービニヨンのアイスワインでお祝いする。本来赤の品種だが、果皮を除去して白のアイスワインとして世に出た。話のタネとして最適で、珍しいもの好きの母にふさわしい。

夏には弱いがひとまず元気だ。

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2017年7月26日 (水)

営業マンのタブー

大学卒業後すぐ今の会社に就職した。新入社員研修1ヶ月の後、はじめて配属されたのが大阪だった。そこで先輩方から営業マンのいろはを学んだ。父と同じくらいの年齢の先輩の言葉が今も耳に残っている。

彼は冗談とも本気ともつかぬ顔でこういった。

「政治・宗教・野球の話はするな」

実感が湧かなかった。大学を出たとはいえ22歳の新人営業マンには無理もない話だ。こちらに悪気はなくても、これらの話をキッカケに気分を害する人は少なくないのだという意味であることは確実だ。キーポイントは野球だった。東京生まれで関東の大学を出た新人は、言葉遣いからしてすでに関西では浮いてしまう。そこへ持ってきて贔屓の球団ネタなどが始まってはまとまる話もまとまらないということなのだ。政治や宗教もこれと同等のニュアンスなのだとぼんやり理解したという訳だ。

会社一般の集まりの中で趣味はと訊かれて「クラシック音楽です」と答えるのにも似たやばさがある。運良く相手も同様の趣味である確率は低い。一瞬で「敷居の高い奴」というレッテルが貼られてしまうことうけ合いだ。ましてこっちはブラームスにムッチリとのめり込んでいる。ライトなクラシック愛好家の間でさえ、浮き上がることこれまた確実である。さらに弾いている楽器が「ヴィオラ」と来るに至っては、ほとんど絶望だ。

周辺の空気が読めるまでは「趣味は音楽」程度でお茶を濁す次第である。

2017年7月25日 (火)

営業マン

自社の製品やサービスを売る部署に属する人々のことだ。売上の中からコストを回収し、なおかつ利益を出さねばならない企業にあって、売上目標達成の根幹を担う人たちだ。同時に顧客との接点にあってコミュニケーションの主体となる。基本的には売りたい人たちだから、売れる話があれば夜討ち朝駆けで東奔西走し、少々の理不尽にもへこたれないよう訓練されているのが普通だ。

私は「ブラームスの辞書」の画像を刷り込んだ名刺を持っているくらいだから、「ブラームスの辞書」の営業マンにも見えるが決定的に違っているところがある。必ずしも「売りたい」とは思っていないのだ。売れれば嬉しいのは事実だが、売りたいわけではないという微妙な位置である。「ご縁があればお買上げいただくこともある」くらいのスタンス。

しばしばそこのところを勘違いしたような問い合わせに出くわして戸惑うことがある。もしかすると面食らっているのは相手の方かもしれない。

2017年7月24日 (月)

いきがいいネタ

「いきがいい」とは何だろう。一般に「生鮮食品がとれたてである」というイメージだ。もっと踏み込むと肉や野菜や果物について「いきがいい」とは言わない気がする。そうもっぱら水産品だ。蒲鉾には用いないから、ほぼ鮮魚を指す言い回しだと思われる。水揚げ後間もない鮮魚を、生でいただく場面が一番ふさわしい気がする。

ブログ「ブラームスの辞書」では、しばしば「いきがいいブラームスネタを発信したい」と書いている。この場合の「いきがいい」はいったい何だろう。使っておいて定義を意識したことがなかった。

ブラームスの作品は新しいものでも100年以上前に生まれた。彼にまつわるエピソードも同様だ。だから既に「とれたて」とは言えない。CDのニューリリースがあれば、それはとれたてであるし、それについて感想でも書けば「いきがいいネタ」と呼び得ると感じるが、あいにくブログ「ブラームスの辞書」ではほとんど見かけることはない。

どのみち書物やネット、あるいは楽譜からひねり出した話に過ぎないから「いきがいい」という表現は当たるまい。従来にない切り口、ここでしか読めない話くらいしかセールスポイントがない。

もしかすると、ときどき大騒ぎする「おバカな偶然」がとても貴重なのかもしれない。

2017年7月23日 (日)

正規分布

記事「テネラメンテダービー」でインテルメッツォイ長調op118-2の演奏時間は、概ね正規分布を為していると推定した。

ランダムに設定された母集団においては正規分布を為すことは自然である。試験やスポーツテストの成績、身体測定等々その類のデータは少なくない。試験には点数が、スポーツテストにはタイムや距離、身体測定には重さや長さが正規分布を為すという訳だ。その分布状態を表す曲線を正規分布曲線ということ周知の通りである。平均値付近にピークを持つなだらかな曲線である。

重さ、長さ、時間測定に作為が無い限りみな十分に客観的なデータだ。統計とは本来数値に換算可能な事項が対象である。その意味で「ブラームス好き度」は本来的な統計にはなじまない。「ブラームスが好き」と言っても確たる指標が存在するわけではないからだ。そもそも世の中の音楽愛好家における「ブラームス好き度」が正規分布をなしているかどうかも甚だ怪しい。好きか嫌いかにキッチリ分かれてしまって、平均値付近に分布のピークが来ない可能性も否定出来まい。

私自身のブラームスへののめり込み度を考えると、どう見ても私が平均値付近にいるとは思えない。平均から遠く隔たった場所にいるような、おぼろげな自覚もある。

ということはつまり、私が好きであることと同じくらい、「ブラームスを嫌いな人」が必ず存在すると考えねばならない。私が好きな側に平均からはずれているのと同程度、嫌いな側にはずれている人が必ずどこかにいるハズである。好きな人たちは同好会を作るが、嫌いな人は、わざわざそうした性格の集まりを作らないと思われる。偶然ブラームス嫌いが集まれば、その話題で盛り上がるだろうが、それ目当てで集まるとは考えにくい。

当然ブラームス大好きな私の周りにはブラームス好きが集まりがちだ。だからブラームスを好きな人たちとの交流の経験はあるが、嫌いな人たちとの交流が乏しい。私がブラームスを好きであることと同程度、ブラームスを嫌いな人というのを具体的に想像出来ずにいる。「ブラームスの悪口を書くとブログが炎上しかねない」と考えてひっそり嫌っている人は少なくないと思われる。

2017年7月22日 (土)

軸がブレる

大抵良い意味には使われない。コマだって勢いが衰えてくると軸がブレ始める。野球評論では打撃不振の原因に言及するときしばしば「軸がブレる」という言い回しが用いられる。

ブログ「ブラームスの辞書」は当初、自費出版本の宣伝媒体になることを意図して立ち上げたが、このところ軸がブレている。どうでもいいとまでは言い切れぬが、優先順位は下降気味である。売れんでも仕方がないと開き直っている。

元々「ブラームスの素晴らしさを皆様に紹介する」などという大それた意図は無い。

自分がどれほどブラームスのことを好きなのかについて刻印を残すという意味とさえ思うようになった。本を売るよりよほど大切のような気がする。

2017年7月21日 (金)

踏み外し

わがブログ「ブラームスの辞書」のコンセプトは、大好きなブラームスについてひたすら断章を積み重ねることだ。大好きであればこそいくらでも書ける。あわよくばこれによってブラームスの輪郭をよりリアルにクリアに浮かび上がらせたいと願っているのだが、そこは素人の駄文で、ブラームスを浮き彫りにすることには必ずしも成功していない。

浮かび上がるのはむしろ、管理人である私のキャラだ。これは断言できる。仮に私と同様にブラームスが好きな御仁がいたとしても、それがこのようなブログとして析出するとは限るまい。ブラームスを素材としたこうしたブログを構成してしまうのは、ブラームスのキャラではなくて、私のキャラなのだ。私が懸命に考えれば考えるほど、「ブラームスを明らかにする」という目標からはずれて、管理人である私のキャラが明らかになるということだ。たとえば「毎日更新」「2033年のゴール」「カテゴリーの数」「アラビアンナイト計画」などの運営方針は、私のキャラの反映でしかない。

深くて決定的な差。

2017年7月20日 (木)

方言総集編

方言特集が終わった。

  1. 5月17日 ドイツの方言
  2. 5月18日 方言特集
  3. 5月19日 ヴェンカー
  4. 5月20日 ベンラート線
  5. 5月21日 ドイツを切る
  6. 5月22日 ザクセン官庁語
  7. 5月23日 ドイツ語圏
  8. 5月24日 線マニア
  9. 5月25日 ドイツの語源
  10. 5月26日 Dutch
  11. 5月27日 高地オランダ語
  12. 5月28日 ふるさとの言葉
  13. 5月29日 ブラームスの話した言葉
  14. 5月30日 フランスの右肩
  15. 5月31日 民話と方言
  16. 6月01日 民謡と方言
  17. 6月02日 地名と方言
  18. 6月03日 ストラスブールの盟約
  19. 6月04日 最後の授業
  20. 6月05日 作曲家たちの母国語
  21. 6月06日 文豪たちの話した言葉
  22. 6月07日 方言詩人
  23. 6月08日 クラウス・グロート
  24. 6月09日 早生まれ
  25. 6月10日 ホルシュタイン人
  26. 6月11日 ホルステン
  27. 6月13日 決意の理由
  28. 6月14日 ラインフランケン
  29. 6月16日 ライン扇状地
  30. 6月17日 ザーレの東
  31. 6月18日 地名語尾「itz」の分布
  32. 6月19日 地名語尾「bach」の分布
  33. 6月20日 ハイムとハウゼン
  34. 6月21日 大胆過ぎる仮説
  35. 6月23日 イングとインゲン
  36. 6月24日 線の一致
  37. 6月27日 梨とリンゴ
  38. 6月28日 支那のリンゴ
  39. 6月29日 産地語尾「er」
  40. 6月30日 キッシンジャー
  41. 7月01日 ドイツ系アメリカ人
  42. 7月02日 ヴァイオリニストの系譜
  43. 7月04日 イッケ
  44. 7月05日 ケルン方言
  45. 7月06日 お宝地図
  46. 7月10日 ベルギー
  47. 7月11日 オーデルの向こう側
  48. 7月12日 「r」は母音か
  49. 7月17日 Diminutiv
  50. 7月18日  訛り懐かし
  51. 7月19日 シュヴァーベン訛り
  52. 7月20日 本日のこの記事

2017年7月19日 (水)

シュヴァーベン訛り

記事「訛り懐かし」でシュヴァーベン地方の方言では、一人称「ich」の代わりに「i」が使われると書いた。類似の現象がブラームスの歌曲のテキストにもあった。

「Die Schwalble ziehet fort」(ツバメは飛び去ってゆく)op7-3と「Die Trauernde」(悲しむ娘)op7-4だ。

前者では、「ich」に該当する箇所が「i」になっている他に「ist」が「isch」にすりかわっている。

後者「悲しむ娘」はさらに興味深い。

  • mein→mei 
  • kein→kei
  • mich→mi
  • Mutter→Mueter
  • nicht→net

これら全部シュヴァーベン訛りである可能性が高い。

2017年7月18日 (火)

訛り懐かし

お国訛りが郷愁を誘うことは古今東西を問わぬのだと思う。少なくとも日本ではそうだ。ドイツでもそうなのだと思う。ブラームスは民謡詩の中の方言が厄介だと嘆く。あまり郷愁を感じている素振りは見せていない。

民謡のテキストを調べていて面白いことに気付いた。「Da unten im Tale」のテキストだ。訳語が「私は」になっているところのドイツ語が「Ich」になっていない。「i」になっているのだ。

「別れ」という邦題で名高い「Muss i denn」にも見られる。これらの民謡の解説を見て驚いた。どれもみなシュヴァーベン地方の民謡だ。どうやら彼の地では「Ich」が「I」(イ)と訛るようだ。

2017年7月17日 (月)

Diminutiv

「縮小辞」とでも訳せるドイツ語。「Allegro」を「Allegretto」にする「-etto」や、「Andante」を「Andantino」にする「-tino」は、イタリア語における縮小辞だと言える。ドイツ語でも良く見かけるから、ブラームスの伝記からも拾える。

ブラームスは第三交響曲の規模が小さいこと指して「シンフォニッヒェン」と呼んでいた話、あるいはクララに対してしばしば「クレールヒェン」と呼びかけていた話などが知られている。前者は意味の縮小なだのが、後者は親愛の表現で「クララちゃん」くらいのニュアンスになる。

この縮小辞にも北部型と南部型がある。ブラームスが愛用していたくらいだから「-chen」は北部型だ。南部では「-el」になるのがお約束。シュヴァーベンでは「-ele」、スイスでは「-eli」になる。これが標準語になると「-lein」になる。「フロイライン」はこのパターン。

さらに厄介なことに、南ドイツ方言では「語頭に来ない」かつ「アクセントがない」かつ「前後を子音に挟まれる」場合「e」は標記されない。語末に来る「del」は「dl」、「den」は「dn」と綴られる。縮小辞「-el」は、結果として大量の「子音+l」を発生させる。

2017年7月16日 (日)

お盆のファンタジー29

そろそろお暇をと言いながらブラームスが話題を変えてきた。「今日は大切な日なんだろ?」と。ウインクをかましてきた。「へ?」という反応のシベリウスさんを横目にブラームスさんが続ける。「来年またニュルンベルクに来てくれるための大事なミーティングがあるはずだったな」と。「わしの作品はプログラムにないようだが」

これからみんなで出かけて資料のセットを手伝うと言い出した。5月の演奏会でもパンフはさみを手伝ったから手慣れたもんだよと。昼間の出発なので送り火はなしということで話しがついた。

2017年7月15日 (土)

お盆のファンタジー28

乾杯をきっかけに、話はバッカナールに切り替わった。

口火を切ったのはシベリウスさんだ。「あのバッカナールは、コンサートの締めくくりというほかにも特別の気迫を感じたが」と素直な問題提起だ。「あれはな」とすっかり身内スタンスでブラームスさんが、説明にとりかかる。「コンクール曲と言ってな、秋のコンクールの演目じゃ。生徒たちが1年間丹精をこめた曲ということになる。昨年は、イタリア奇想曲、その前はレプレリュード、その前が謝肉祭だったろ」と。

「うちの娘はその前でボロディンでした」と私が付け加えると、ブラームスさんは、「その前はショスタコ某だった。わしの作品はかすりもせんがな」と自嘲気味だ。「それは先生の作品だと出番のない生徒が出るからですよね」とひとまず慰めるシベリウスさんだが、乙女たちの気迫の理由はその歴史にある。伝統のコンクール曲だとみんなの意見が一致した。

指揮者の病気はオケの一大事で、一時はどうなるかと思ったら、「指揮なしバッカナール」で入学式を切り抜けるとは、発想が新しいなとブラームスのドヤ顔が止まらない。「ナマで聴きたかった」とシベリウスさんも興味津々だ。あの曲が指揮なしでも演奏できるほど、完成してるってことなんだが、あれを切り抜けて一段とアンサンブルの精度が高まったとブラームスさんは慎重に断言した。

清冽な弦のピチカート一閃から難儀なオーボエのドソロが始まって、険しい道を上り詰めたところ中間部の清らかな景色こそがバッカナールの白眉だ。そこを際立たせるために周囲の部分が逆算されているという構想が素晴らしいとシベリウスさんがブラームスさんに同意を求めた。テンポもダイナミクスも全て計算ずくで配置されているのだろうが、聴いている限りはとても自然じゃなとブラームスさん。最後にテンポを煽るところは、わかっていても感動させられます。術中にはまる感じ。3時間30分のコンサートの最後に、あの煽りについていく余力が素晴らしい。

二人ともすっかり盛り上がって私の出る幕はない感じ。

2017年7月14日 (金)

お盆のファンタジー27

そやった、そやったと、後ろにいる紳士を紹介してくれた。シベリウスさんだ。「3年連続でチャイコフスキーを取り上げて、今やお家芸だなと、思っていたら、フィンランディアがあるんで、誘ったんだ」とブラームスの説明はいつも大げさだ。

「とにかくすごいから、と半ば強制でしたからね」と、シベリウスさんが握手の手を差し伸べながら切り出した。「おかげさまで、あの曲は世界中で演奏されていますが、珍しい合唱付きで楽しめました」と満足げだ。「だろ、だろ」とブラームスがはやしたてる。「フィンランド語だったのには驚いたよ」とはブラームスさんの第一声だ。「合唱抜きになれている耳には別物に聞こえました」と私。「本来は合唱ありなんですわ」とシベリウスさんも打ち解けはじめた様子。「歌った生徒は赤いネクタイでしたが、担当別に色分けでしたか?」とシベリウスさんからやけに細かい質問があった。「いやいや、あれは一年生の色だよ」と、私を遮って訳知り顔のブラームスさんがピタリの説明をしてくれた。

日本では4月が新入生の季節だと、ブラームスさんがシベリウスさんの耳元で教えている。「そうなんです」「あの合唱は入部まもない1年生のデビューです」と私が念押しした。フィンランド語1ヶ月で特訓したのですね」と、察しのいいシベリウスさんだ。

「合唱もなのだが…」とシベリウスさんが、遠くを見るような目で切り出す。「管楽器の和音の作り方がダイナミクスにかかわらず丁寧で感心していたところです」と。「打楽器も、キレより丁寧さを感じました」と続ける。「まあでも、カバレリアルスティカーナの弦がベースだよな」とはしべリウスさんさすがの着眼だ。「難儀な小序曲を、演奏会の先頭にケロリと持ってきてしまう余裕感も素晴らしい」「ソロを受け持つ生徒が指揮者ではなくてダンサーを見ていたよね」「指揮者はダンサーに背を向けているから、踊りと合うかどうかはプレイヤーが頼りだな」などど丁々発止だ。ブラームスさんが「忘れてならんのはコントラバスじゃよ」とドヤ顔で割り込む。カバレリのピチカートでは奏者全員が指揮者ではなくトップを見てた。このオケには目に見えぬアイコンタクトの網が縦横に張り巡らされてのですね」とシベリウスさん。

「楽器始めて1年少々の子もいますよ」とブラームスが話題を変える。「音楽に心を込める点で世界一でしょう」と私が持ちかけても真顔でうなずく二人だった。

「ビューロー、ニキッシュ、フルトヴェングラーとマエストロは、綺羅星のごとくだが、彼らは、誰が振ってもうまいオケをひきいているからな」とはブラームスの持論だ。苦笑いしながらもうなずくシベリウスさん。そもそも15~16の乙女たちメンバーが毎年半数入れ替わる上に、入部して楽器を始める子が大半って、ビューローに教えたらのけぞっていたよ。元々プロ集めてそこそこのオケならだれでも振りよるわい。毎年1から種まいて、一定の収穫を期待される。

ビールを持って娘たちがはいってきた。

2017年7月13日 (木)

お盆のファンタジー26

いつにもましてやけにドヤ顔のブラームスがやってきた。ドヤ顔の理由はすぐに明らかになった。年末年始のあんたらのドイツ旅行の時、4日連続の好天を用意したと言っている。「神様お天気お願いセンター」のドイツ支部とチェコ支部にかけあったらしい。

ハンブルクほどではないけれど、ニュルンベルクやミュンヘンのバイエルンやプラハでも、冬の好天は難しいからなと、訳知り顔である。快晴を4日続けたことに加えて気温もあまり低くなることがないように頼みこんだそうだ。だから言わんこっちゃない。その反動で、あんたらの帰国後には極端な低温になってみんな往生したと恩着せがましい。

2017年7月12日 (水)

「r」は母音か

ドイツ語の単語において語中に出現する「r」は、しばしば「ア」と発音されている気がする。

首都Berlinは、カタカナで「ベルリン」と標記されるが現地では「ベァリン」に近いという。ブラームスの親しい女性リーズルは「ヘルツォーゲンベルク」と標記されるがこれも「ヘァツォーゲンベルク」らしい。語中でしかも子音が続かないことが条件で実質「ア」になっているようだ。

いまさら「ベァリン」でもなさそうなおかげで見逃されている。

2017年7月11日 (火)

オーデルの向こう側

ドイツ方言学上の重要な線、ベンラート線がアーヘンからフランクフルト・アム・オーデルまで繋がっていると書いた。平地ドイツ語と高地ドイツ語の境界を形成する。

一方ベルギー国内でフランス語圏とオランダ語圏を分かつ境界線の東端がアーヘンで、ベンラート線と接続するとも書いた。

これら言語学上の重要な線が、接続するという偶然を驚いたつもりだったが、少し考えが変った。これはもしかすると必然かもしれないと。フランス語の方言分布を調べていると、六角形状の国土の6つの隅に少数言語が分布するのだが、その一つベルギー系方言と本来のフランス語の境界線が、リールの南あたりで、先の境界線と接するからだ。元々はフランスからベルギーを経てドイツを横断する一つの線が、下記の通り言語圏によって役割を変えているように見える。

  1. フランス国内ではフランス語とベルギー系フランス語の境界
  2. ベルギー国内では、オランダ語とフランス語の境界。ローマ人の居留区に侵入したフランク人の勢力の南限。
  3. でドイツ国内では高地ドイツ語と平地ドイツ語の境界。

これらの3つの境界線を繋げると中央ヨーロッパの北部を東西に横断する一本の線になるということだ。

ここまで来たからには当然の疑問が湧く。先のドイツを東西に横切ったベンラート線のその先はどうなっているのだろう。オーデル川沿いのフランクフルトで、オーデル川に到達した線は、ポーランド領に入ると忽然と消滅するのだろうか。そんなハズは無い。その手の言語学方言学上の境界線の方が、現代の国境線よりもずっと根強いと思わねばならない。

不気味な符合がある。ベルギーにおける同線が、「ローマ人居住区に侵入したフランク人勢力の南限だ」という話がある。これがオランダ語とフランス語のつまりはゲルマンとラテンの境界だというのだが、ポーランド側もでも同じではないのか。その線がフランクフルトを通っているのが偶然にしては恐ろしい。フランクフルトという地名がフランク人に関係が深いというのは暗示的だ。

ポーランドの方言地図が調べたくなった。

2017年7月10日 (月)

ベルギー

ブラームスはしばしばベルギーへの演奏旅行に出かけている。赴いた街はブリュッセルやアントワープだ。ベルギー国内では、3つの言語が用いられている。オランダ語(フランドル語)、フランス語(ワロン語)、ドイツ語。このうちドイツ語はルクセンブルクの北側一帯、ドイツとベルギーが国境を接するあたり。

オランダ語とフランス語の境界は、リエージュという街からほぼ真西に向かう直線。首都ブリュッセルの南およそ30kmの地点を東西に走るとも言える。ローマの時代には現在のベルギー一帯は既にローマ人が侵入していたが、10世紀までに東や北からフランク人が侵入した。このときのフランク人の侵入の南限が、言語境界線と一致しているというから、1000年の由緒ある線だということになる。

この境界線を東に延長し、ドイツ国境に到達するとそこにはアーヘンがある。ベルギーの言語を南北に分かつ境界線は、ベンラート線と接続するということだ。

ベンラート線は、「第2次子音推移」の影響をこうむった地域とそうでない地域の境界だった。ベルギー側の境界はフランク人侵入の南限だ。これがアーヘンで接続するとは恐れ入った。

2017年7月 9日 (日)

ウインブルドン

テニス全英選手権は、140年前の今日1877年7月9日、第一回が開催されたという。テニス4大大会では最古の歴史を誇る。

その年、ブラームスは6月9日からオーストリア南部の保養地ペルチャッハで夏の滞在に入っていた。9月17日にリヒテンタールに移るまでの長い滞在の間、おそらくテニスなんぞ眼中になかったはずだ。第二交響曲作曲が佳境にさしかかっていたからだ。

2017年7月 8日 (土)

G20

7日から2日間、ドイツハンブルクでG20首脳会議がある。2009年に始まって12回目だというのに、ブログ「ブラームスの辞書」で取り上げるのはこれがはじめてだ。

今回わざわざ話題にするのは、12回目にして初めてのドイツでの開催である。会場がハンブルク。つまりブラームスの生地であるほか、メルケル首相の出身地でもある。各国の首脳がハンブルグステーキでもてなされるとは思えないし、オープニングの祝典でブラームスが鳴りまくるとも思えないがつい。

2017年7月 7日 (金)

七歩の才

「詩を作る才能が豊かなこと」とでもしておく。

出所は中国だ。三国志の一角をなす魏という国のお話だそうだ。実は私ブラームスも好きだが三国志も相当好きなのだ。一番のお気に入りは呉の大都督・陸遜だ。

つい興奮して話がそれた。魏とはあの邪馬台国の卑弥呼が遣いを送ったあの魏である。その文帝は、三国志では劉備のライバルと位置づけられる曹操の息子だ。れっきとした皇帝だが、何故か弟の曹植をいじめた。「七歩歩く間に詩を作らねば死刑に処す」という具合だ。ご存知の通り漢詩には創作上の制約がいろいろあってそう簡単に作れるものではないのだが、言いつけられた曹植は見事に詩を作って見せた。プレッシャーがかかった状況でキッチリと仕事をしてみせるあたり曹植の才能は相当のものだ。だから詩の才能が豊かなことを「七歩の才」というようになった。

「出来ねば死刑」は究極のプレッシャーだ。何のプレッシャーも無い中、ブログ記事を毎日更新することなどこれに比べれば児戯に等しい。ましてや私の場合、毎日記事を書いている訳でもない。書きためた記事を一つ選んで毎日公開しているだけだ。才能の無いことを記事の備蓄の厚みでカバーしているに過ぎない。

実を言うと毎日記事を書くことをノルマにさえしていない。気の向いたときにサラサラと書いている。大好きなブラームスのことだから、ノルマにしなくても勝手に思いつくのだ。ノルマという言葉の持つ「出来ねばペナルティ」的なニュアンスは場違いである。ノルマにせねば書けなくなったらやめどきだと思っている。

2017年7月7日午前7時7分の公開。

2017年7月 6日 (木)

お宝地図

方言特集に入ってドイツ語の辞書を引くようになった。ところがこれが電子辞書ばかりだった。最近方言地図を探して学生時代の辞書をめくっていてお宝にめぐり合った。巻末にドイツの地図が載っている。およそ30cm四方のコンパクトな地図。私が大学に入ると同時に買い求めた辞書だから、当然ドイツは東西に分かれていたころの地図である。

道路や鉄道は省略されていて川と街が記載されている。土地の高低が緑色と茶色のグラデーションで表現されている。ドイツの地理を大まかに頭に入れるにはちょうどいい。シュワルツワルトやボヘミアの森、テューリンゲンの森も薄茶色で描かれている。

裏面にはドイツの方言地図のほかにドイツの行政区分が載っている。行政区分図は旧東ドイツの州がキチンと描いてある。今の州よりも少々細かい。方言分布図に近い感じになる。

こんな便利な資料が持ち腐れになっていた。もっと早く探していれば良かった。さっそく私のデスクの横に貼り出した。

2017年7月 5日 (水)

ケルン方言

サッカーの話題。ちょっと前の話。元ドイツ代表ルーカス・ポドルスキーという選手が、Jリーグ・ヴィッセル神戸に移籍という報道があった。たしか3月だった。

むかしむかし彼は所属するケルンの扱いに不満を持ち、移籍希望を公言したことがあった。有力選手になるとそういうこともある。

その談話の中で、移籍先は国外がいいと言った。「ボクはドイツ語に加えて英語もポーランド語もできる上に、ケルン方言も操れるから、大抵の国でやって行ける」と付け加えた。

おお。彼はポーランド出身だから、ポーランド語は驚くにあたらないものの最後に付け加えた「ケルン方言」という一言がジョーク感をかもし出している。ケルン方言の使い手であることが、どれだけ移籍の幅を広げるかは不明だが、彼がキャリアのほとんどをケルンで積み上げたことを考えると納得がいく。標準的なドイツ語よりもケルン方言の方に愛着があるに違いない。同時にケルンへの愛をもこめられていると見た。

ヴィッセル神戸への入団会見の席上で、「おおきに」とでも言ってくれれば相当なウイットの持ち主だとわかるのだが。

2017年7月 4日 (火)

イッケ

無理やりスペリングすれば「Icke」なのだろう。1990年代のドイツ代表を支えたミッドフィルダーのトーマス・ヘスラー。キャリアをスタートさせたのは、ケルンなのだが彼はベルリンの出身だ。インタビューなどの公の場でもベルリン訛りを隠そうとしなかった。「私は」に相当する場面で、「Ich」(イッヒ)と言わずに、ベルリン訛りの「Icke」(イッケ)を連発したことから、いつしか彼は「イッケ」と呼ばれるようになった。

2017年7月 3日 (月)

帰国半年

年末年始の休暇を利用してのドイツ旅行から帰国して、今日でちょうど半年だ。

あっという間に半年たった。指折り数えて楽しみにしていた時間に比べるとあっという間だ。

さてさて、今朝早くサッカーコンフェデレーションズカップの決勝が行われた。来年開催されるワールドカップロシア大会の予行練習と位置付けられた大会であもある。決勝のカードはドイツ対チリ。1対0できわどく勝利して優勝。

ドイツは盤石に見える。先日はU21の欧州選手権で優勝したばかり。コンフェデレーションズカップのレギュレーションは年齢制限がないにもかかわらず、主力の招集を見送って若手中心で大会に臨んでの優勝だからだ。

2017年7月 2日 (日)

ヴァイオリニストの系譜

古今の大ヴァイオリニストを列挙論評する記事ではないことを予めお断りする次第である。

ドイツ語でヴァイオリニストは「ガイガー」(Geiger)なのだが、実はもう一つ「Fiedler」と引いてもヴァイオリニストと出てくる。「Fiedler」は「Fidel」を弾く人の意味。「Fidel」は中世に存在した弦楽器でヴァイオリンの祖先にあたるという。その名残で「Fiedler」がヴァイオリニストの意味になっている。

「Geiger」と「Fiedler」どちらもドイツ人の苗字になっている。数の上では「Fiedler」が優勢で0.08%を占め、苗字ランキングの140位。「Geiger」は同ランキング180位で、0.06%を占める。

興味深いことに、この両者は地域で棲み分けられている。ドイツ南部は「Geiger」で北部が「Fiedler」だった。ルクセンブルクとの国境に近いトーリアから、チェコのプラハに向かって東西の直線を引く。その線がチェコとの国境に到達したら、真南に折る。この線以南と以西で「Geiger」が優勢となる。

ちなみにオーストリアでもウィーンを含む東部は「Fiedler」で、ザルツブルク以西は、スイスまで含めて「Geiger」だ。

語尾に「er」を伴っているが、これは産地語尾ではない。英語とも共通する「~する人語尾」だ。

2017年7月 1日 (土)

ドイツ系アメリカ人

昨日、キッシンジャー元国務長官がドイツの出身だと書いたばかりだが、ドイツからの移民を先祖に持つアメリカ人のこと。これがちっとも舐めたモンではなくて、場合によっては米国民の20%と見積もる人もいる。ペンシルバニア州や五大湖沿岸を中心に北東部に多く住んでいる。

独立戦争の際、英国軍にはヘッセンの出身者が多かった話を思い出した。19世紀までに10万人がアメリカに渡ったとされている。アイゼンハワー大統領の名前も何やらドイツっぽい。

メジャーリーグやフットボールの中継を観ていてもドイツっぽいと感じる名前が出てくる。たとえばニューヨークヤンキースの永久欠番3番と4番だ。3番ベーブルースの本名はGeorge Herman Ruth だ。ドイツ風に読むと「ゲオルグ・ヘルマン・ルート」で、最後の「Ruth」は、開墾地を表す「Reuth」や「Roth」との関係を伺わせる。4番はルーゲーリッグだ。Gehrigという綴りがいかにもな感じである。

かの地では「ドイツ訛りの英語」あるいは「英語訛りのドイツ語」が話されている。ドイツ語の一方言として捉える研究者もいるらしい。

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