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2017年8月 8日 (火)

多変数関数

中学の時代だったか、初めて確率を習った。「確からしさ」という言い回しだった。コインを投げて表が出るか裏が出るかの確率は共に50%ずつである云々だ。「コインを同じように投げた場合、表裏の出る確率は同じ」というロジックだ。天の邪鬼だった私は「同じように」という言葉が引っかかった。

「表が出るのは表が出るような投げ方をしているのではないか?」という消しがたい疑問があった。次に裏が出てしまうのは「表が出るような投げ方をしていないからだ」と思った。つまり「次に何が出るか判らないのは本当に同じように投げていないからだ」という訳だ。

表が出るか裏が出るかは、膨大な数の変数を抱えた多変数関数をその都度神様が演算した結果なのだ。全ての変数をコントロール出来れば、表か裏かは完全に予測できる。投げる手は右か左か、コインを持つ指はどれか、手の表面の脂は同じか、投げる高さは、方向はと考えればそれがいかに膨大かわかるというものだ。床に落ちるたびにコインは微量ながら摩耗し変形するから、前回と同じ条件にはけしてならないことも容易に想定できる。

数学は、コントロール不能な入力値の設定を諦めたのだ。結果どうなるか。膨大な変数が表側の値になるか裏側の値になるかは、まさに五分五分となる。表を出すようなパラメータ値と裏を出すような値とが偶然均衡するのだ。「アット・ランダム」とはこういうことだ。最近はこれが確率50%の意味だと思うようになった。数学の怠慢といってはいけない。抽象化とはこういうことだろう。

音楽作品の演奏に2つと同じものがない理由はこれで説明出来ると考えている。演奏とは膨大な多変数関数の処理だ。同じ楽譜を見ながら弾き手によって、会場によって、楽器によって演奏が変わる。膨大な変数のうちのごく一部が楽譜によって定められているに過ぎない。4分音符一個にしても、ニュアンスの付け方には膨大なバリエーションがある。人が聴いて心地よいと感じる弾き方は、このうちのほんの一部だ。高い確率で心地よいと感じる弾き方の出来る人が、名人なのだと思う。独自の変数管理によって多変数関数を制御していると解されよう。

一方、演奏の前段階としての作曲は、「こうしたら感動しますよ」という変数の候補を設定することかもしれない。古来静けさは最良の環境の一つだ。何も音を出さないのは誰にでも出来る。そうした最良の環境を打ち破ってでも聴きたい音の羅列の提案が、作曲だ。ブラームスは「こんな音楽なら、静けさの方がマシ」という音楽を作ってしまった場合、迷わず廃棄していたと思われる。

私に限っていうと、こんな演奏なら「静けさの方がマシ」という演奏をしてしまうことが少なくない。多変数関数の入力値がちっとも一定しないのだ。単なるへたくそだ。

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