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2017年8月28日 (月)

文法と楽典

知っているに越したことはない。越したことはないが知らなくてもしゃべれるし歌えるという意味では「文法」と「楽典」は共通性がある。正式に習おうと思うと厄介で、古今の学生を悩ませるということにおいても双璧である。

先に文法が出来上がって後から言葉が生まれた訳ではない。「先に言葉ありき」で言葉の使い方使われ方を詳密に分析して体系付けられたのが文法である。現に文法などさっぱり知らぬ子供でも言葉を使っている。文法とは「後から付けた理屈」である。だからと申し上げて良いのかわからぬが文法には例外が多い。よく使う動詞ほど不規則変化するし、格助詞の使い分けには定説がない。けれどもおよそ日本人ならば使い間違えたりすることはない。

言葉と文法の関係は音楽と楽典の関係に似ている。歌ったり演奏したりアンサンブルしたり、あるいは作曲したりした経験の膨大な積み重ねから導き出された体系なのだ。いわば「こうしたらうまくいった」の集大成である。次もうまくやりたいと願う者によって次々と模倣拡充されてきた。人によっては「あれはいかんこれもいかん」という制約に映ってしまうが根本のところは「どうしたら耳に心地よいか」を求めて「後から付けた理屈」のなのだ。

無くても歌は歌えると開き直るのは、斜めに構え過ぎていると思う。一方で楽典の決まりを完璧に守ったつまらぬ作品が存在する可能性も無視できないと思う。古典的と称されることの多いブラームスの作品がただ楽典を守っただけの作品でないことは歴史が証明していることに加えて、私の耳もそれを支持している。

楽典という決まりも結構だが、理屈では説明のつかない塗り残しの領域が多いほど魅力を増すと思う。

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