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2017年10月31日 (火)

宗教改革500年

今年はルーターの宗教改革から500年のメモリアルイヤーだ。「95か条の論題」がヴィッテンベルク城教会の扉に貼り出されたのが1517年10月31日とされている。今日でちょうど500年だ。日本ではハロウィンの喧騒に埋もれがちではあるが、プロテスタントにとっては大切な日。一方のカトリックにおいては「聖ウォルフガングの日」とされている。

「神は堅き砦」BWV80は、宗教改革記念日のためのカンタータで、ルーター制定のドイツ語の讃美歌集の中核たる位置づけのコラールにバッハが付曲したもの。

本ブログの主人公ブラームスは、一応プロテスタントなのでこの話題で記事を1本稼いでやろうと待ち構えていた。

2017年10月30日 (月)

高樹悲風多し

「こうじゅひふうおおし」と読む。三国志の英雄・曹操の三男曹植の詩の一節だ。

「高い木には厳しい風が当たる」という程の意味だ。転じて徳や地位の高い人物にはそれなりの苦労があるという寓意が込められている。好きな言葉だ。

19世紀後半の欧州楽壇を舞台にした大論争の当事者ブラームスは、図らずも片側の陣営の首領に祭り上げられていたから、いろいろな形で理不尽な物言いの標的にされていた。作品や演奏の批評あるいは手紙など文章化されたものの中には現在まで残されているものもある。一方自称ブラームス派に属していても、攻撃の標的にされなかった無名作曲家も多かったに違いないし、攻撃されているうちに本当に音楽史から忘れられてしまった人だって少なくない。批判に耐えて100年後も作品が愛されているブラームスは「高樹」なのだ。

公開された批判に対するブラームスの対応は一貫している。

沈黙だ。

かくの如き大論争も今は昔、早1世紀を経た今、それらの理不尽な批判はブラームスの威光には何らのダメージも与えていないように見える。むしろそれらを口にした発言者の名誉には少なからぬマイナスも生じていよう。失笑のキッカケになることさえあるだろう。

台風の風だけはしきりにあたるが、わがブログに悲風は当たらない。

2017年10月29日 (日)

第2ヴァイオリン

ヴァイオリンの初心者が楽器屋さんに行って「第2ヴァイオリンはありますか?」と言ったという小咄もいささか語り尽くされた感がある。

一般にオーケストラや弦楽合奏ではヴァイオリンが2つのパートに分かれる。より目立つ方を「第1ヴァイオリン」と呼び、そうでない方と「第2ヴァイオリン」と呼び習わしている。定義に決定版があるとは思えない。「旋律・伴奏」「音高」「主役・脇役」どれをとっても例外が発生ししまう。第1ヴァイオリンのオクターブ下で旋律をトレースしたかと思うとヴィオラとともにひたすら刻むということも少なくない。俗にこのパートが上手いオケは上手いという伝説があるが有効な確認手段が無い。

私が大学オケに入団した頃、第2ヴァイオリンに伝説があった。「昔は上達しない奴をヴィオラに出していた」という無惨なものだった。実際にはメンツの足りないヴィオラをヴァイオリン弾きが交代でフォローしていたという事実の反映だと思われる。最初からヴィオラの私はいったいどうなるのだろう。

ブラームス作品の中で第2ヴァイオリンの見せ場を探したが、ヴィオラに比べるとあまり多くないと感じる。私がヴィオラ弾きのせいかもしれない。

2017年10月28日 (土)

8が6個

昨日、ブログ「ブラームスの辞書」は888,888番目のキリ番アクセスに到達した。

Screenshot_20171027133659いやはや縁起がいい。次のぞろ目999999は、恐らく、通算100万アクセスの達成と同日になるはずなので、盛り上がりは今回が上だろう。その次は、110万アクセスよりも1,111,111アクセスの方が眺め的に盛り上がるに決まっている。

2017年10月27日 (金)

意外な三重奏

先週末は、選挙と台風とインフルエンザの三重奏に見舞われた。

まずは私が10月18日に珍しく発熱した。朝っぱらから38度7分。しぶしぶ内科を受診したらあっけなくインフルエンザと診断された。その場で吸引薬をかがされてあとはひたすら安静にと言われて帰宅。今季一番乗りである。

そもそも私自身がインフルエンザにかかるのは、平成10年1月29日以来およそ19年8か月振りの珍事だ。このとき家族5人全員が感染し1週間大変な思いをした。子供たち3人とも40度超え、祖母が39度7分で、最も低かった私でも38度7分だった。5人合わせてほぼ200度の大台である。最初に発症し最も早く回復した5歳の長男が大活躍したものだ。

こういうときにテンションを上げるのが母、こどもたちの祖母だ。てきぱきと家族を采配する。家族の動線から私を遠ざける判断だ。おなかに優しく口当たりのよい食事をと気を配るのはそれこそ50年前と変わらない。醤油味の焼きおにぎりは高熱時にも味が変わらないから不思議だ。

今回はその母も私より2日遅れで発症した。祖母の静養で、我が家の日常の祖母への依存ぶりが図らずも露呈する結果となった。熱があると「明日にはできないかもしれないから」と、いつも以上に家事をやりたがるおばあちゃんを、みなでなんとかなだめて家事を分担したが、普段はそれ全部をおばあちゃんがやっていることに愕然とした。

幸い今日まで子供たちに発症の気配はない。19年前と違い子供たちには抵抗力がついたといいうことだ。加えて判断力もある。

そして思いやりも。

一人一人が相応に家事を分担したのだが、ラインで祖母の発症を知った長女の20日帰宅後の鬼気迫る采配ぶりには驚いた。家族の分担の最適解を瞬時に判断して兄と妹にてきぱきと指図。21日22日の朝は自ら5時30分に起床して洗濯と飯炊き。21日は11時には悠々と外出し、夕方帰宅すると病床のおばあちゃんに声がけしてから、さくさくと浴室の掃除。普段、縦のものを横にもせぬ日常なのにこの豹変ぶりは、ばあちゃんのインフルエンザがどれほど我が家のピンチか飲み込めている証拠だ。家事の手際、兄妹への指図のキレと祖母への声掛けのやさしさの落差には心底驚いた。

22日は各自投票をすませたあと、仕事とバイト。23日午前、台風の余韻冷めやらぬ中、長男は出勤前にスーパーに買い出し。午後、晴れ間を待って次女が室内の洗濯物をすべて物干しに運ぶ。3日分の洗濯物が屋内に干されていて乾かぬままたまっていたのを解消。日差しと強風で次々と乾くと、すべてをたたんで個別に整理した。

非常時に家族が協力できることはとても素晴らしい。文字通り第一ヴァイオリンを弾いてくれた長女、やはり我が家でもセカンドヴァイオリンが似合う次女。母と私は客席だった。我が家はいつもこうしてピンチを脱してきた。たまにはいい。

台風21号と衆議院選挙は報道されている通りだ。

2017年10月26日 (木)

第一ヴァイオリンを弾く

第一ヴァイオリンと言えば、オーケストラの華だ。いつも客席に一番近い位置に陣取っているし、主席奏者はコンサートマスターと呼ばれている。おそらく誰も数えてはいないと思うが管弦楽曲でもっとも音符が多いパートは第一ヴァイオリンだと考えられる。

ヘルメスベルガーというヴァイオリン奏者がいる。ウィーンワーグナー協会設立の発起人に名前を連ねていた。楽友協会の指揮者を務めていたが、どうやら周囲との折り合いを欠いていたらしく、解任の動きが起こった。ヘルメスベルガー本人がその動きを察知したと見えて、水面下で阻止に走る。

ウィーン音楽界で絶大な影響力を誇った2人、ハンスリックとブラームスに助力を頼んだのだ。ブラームスに対しては泣きを入れてきた。このときのヘルメスベルガーの言い回しが「一生懸命に第一ヴァイオリンを弾きますから」というものだった。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻28ページに載っているエピソードだが、原文のドイツ語でどういう表現なのか不明だけれど、「先頭に立って一生懸命がんばる」の意味だとされている。

ドイツ語の慣用句として「第一ヴァイオリンを弾く」という表現があるのか、音楽関係者だけに通じる符丁的な言い回しに過ぎないのか、本を読む限りははっきりしない。ブラームスに頭を下げてまで楽友協会指揮者の座にとどまりたいという執念だけは感じることが出来る。

このときのブラームスの返答は記述されていないが、結果から見れば不受理だった。ほどなくヘルメスベルガーは解任される。ウィーンワーグナー協会の発起人が、ハンスリックやブラームスに頼み事をするという図太さだけは一流に見える。1882年頃のことだ。

2017年10月25日 (水)

リスク

いやはやリスクは、世の中全体から管理対象とされているのだが、人々はまだこれを完全に統御できていないようだ。何をリスクと感じるかは人によってさまざまなのだが、もしかすると多くの人々がよってたかって見逃していることの中に本当のリスクが隠れているとも感じる。

ブラームスは第4交響曲の初演を準備するにあたり、指揮を任せるビューローにスコアを送った。書き上げたばかりの手書きスコアだ。その瞬間には世の中に唯一の貴重な貴重なスコアを写しも作らずに、普通小包で送ったのだ。ビューローはそれを知って激怒する。「万が一小包が行方不明になったらどうするのか」とくってかかった。ビューローにはしばしば小包が行方不明になった経験があったのだろう。それにもまして、満を持した第4交響曲それもブラームスが書き下ろしたスコアの音楽的価値を知り尽くしたビューローならではの反応だ。当時の郵便事情を考慮した妥当なリスク評価だと感じるばかりか、現代においてもすこぶる真っ当な感覚だ。

これに対するブラームスの反応は鮮やかだ。ブラームスとて当時の郵便事情は理解していたのだが、「もしも行方不明になったら、また書けばいいではないか」という反応だった。つまりブラームスは小包で送ることをリスクと思っていないのだ。しばしば小包が行方不明になることは、理解していたが相対的にはリスクたり得ないということだ。何故ならまた書けるからだ。ブラームスにとっては写しを作るための写譜も、紛失してまた書くのと大して変わらないということなのだ。全ての音が、必然を持って置かれているのだから。カッコいい。

巨匠同士の壮大な行き違い。

1885年10月25日マイニンゲンにて第四交響曲初演。

2017年10月24日 (火)

オークション

「Auction」と綴られ大抵は「競売」と訳される。手持ちの品物を出品し、セリにかけることだ。

昔は定期的にそれ用に場所と機会が設けられたが、現代ではネット上で繰り広げられることが多い。ネットオークションと呼ばれて一般化している。

大作曲家ブラームスの直筆未発見の手紙が、オークションで出品されたら高値間違い無しだ。それはブラームスの生前でも同じだったと見え、ブラームスの若い頃の手紙が、どこぞのオークションで出品され、発見したブラームスの知人が大急ぎで落札してブラームスに送ってよこしたということもあったらしい。

作品が出版されて世間の批評を浴びるのは、当然と考えてどんな酷評にも毅然とした対応をしたブラームスだったが、作品以外のプライヴェートな物品が、知らぬところで一人歩きを始めるのは断固拒否した。後世の心ない伝記作家の手に渡ればどうなるか、熟知していたのだ。プライヴェートな手紙は慎重に処分していたのはそのためだ。

ブラームスのそうした性格を知っている友人の一人が、その手のオークションで出品されると気を利かせて落札し、ブラームスに返却したという訳だ。

2017年10月23日 (月)

フォネティックコード

電話など音声を用いて文字や数字を伝達する場合、聞き違いを防止するために文字特有の単語が設定される。これがフォネティックコードだ。日本語にもある「デンマークのデ」「世界のせ」「富士山のふ」などなどだ。欧米では地名や人名がポピュラーだ。

ブログ「ブラームスの辞書」では、独自にフォネティックコードを設定する。切り口はできるだけブラームスにこだわるという点だ。あるいはブラームスにニヤリとしてもらえるという視点。

  • Agathe そりゃまあそうだ。ブラームスが傷つくかもしれないのが難点。
  • Bismarck 受け狙い。Bachでは面白くない。
  • Clara これも鉄板だがブラームスが傷つくならChopinか。
  • Dvorak 無難。
  • Elisabeth ご存知リーズル。
  • Frankfurt クララの住む街に敬意を表した。
  • Goethe 発音が難しくて判ってもらえないかも。
  • Hamburg 無難すぎて面白みに欠けるが仕方ない。
  • Intermezzo このあたり醍醐味だ。
  • Julie シューマンの三女。
  • Karlsruhe 第一交響曲初演の地。
  • Leipzig バッハゆかりの街、クララの故郷。
  • Musikverein 楽友協会。
  • Neuebahn シューマンの紹介文のタイトル。
  • Orgelpunkt 保続低音。
  • Prater ウィーンっ子憩いの公園。
  • Quartett 苦し紛れ。
  • Regenlied 雨の歌。
  • Schumann 鉄板。Schubertも可。あるいはSonata、Scherzoも。
  • Truxa 長い付き合いの家政婦。
  • Ungarischetanze ハンガリア舞曲。
  • Violine
  • Wien 鉄板。思い切ってWagnerでいいかも。ニヤリとしてもらえる。
  • X 工事中
  • Y 工事中
  • Z Zauberflote 魔笛。

私に電話するときもこの要領で。

  • 2017年10月22日 (日)

    音程算

    「3+6=8」

    こんなことを書くといよいよ焼きが回ったかと思われる。ブラームス愛好家を長く続けているとこの数式に違和感が無い。しばしばブラームスの象徴と紹介される「FAF」は旋律が「3度6度」と連続して跳躍することで成り立つ。3度と6度各1回ずつの跳躍でたどりつく音は、最初の音から見て9度かというと、これが大きな間違いだ。最初の音からオクターブ上の音は9度なくて8度だ。この現象を数式化したのが冒頭に掲げた「3+6=8」という訳だ。あるいは3+8=10もクラリネットソナタへの傾倒では不可欠だ。

    こうした計算のズレは同じ音を「0度」と言わずに「同度」または「1度」と称することに起因する。これらを基準に半音のさじ加減には「長」「減」「増」などという文字が与えられる。音の隔たりを手早く説明するには便利な表現だが、数学としての整合性は無視されている。

    • 増1度と増1度は2度になる。からこれは1+1=2だ。
    • 増2度と増2度はめでたく増4度になる。つまり2+2=4だ。
    • 減2度と減2度を足すと2度になる。2+2=2である。

    娘等への説明は諦めている。自分から興味を持って質問してきたらいくらでも細かく説明してやる準備だけは怠るまいと思う。

    2017年10月21日 (土)

    ネック

    目標達成の前に横たわる障害のことだ。ボトルネックの省略形かとも思う。成し遂げたいと思う気持ちが強い事柄ほど、何だかんだで障害が立ちはだかるように出来ていると感じる。世の中思ったことが次々ととんとん拍子で実現するようには出来ていない。

    だから人は時に自分の世界に逃避する。

    きっと私のブログもそうだ。現実からの逃避だったハズのブログで、いつの間にか2033年5月までの継続を目標に掲げ、その前に立ちはだかるネックとやらを日々つぶして回るようになった。それが趣味にも快感にもなるのだから不思議である。お陰で毎日ブログ上で毒を吐いている。ブラームスには毒は無いが、私の文には毒がある。

    毒に当たって他人様の演奏の邪魔になったり、鑑賞の妨げになったりしないことを祈る。幸い確固たる価値観を持った人たちは、どんなブログを見せられてもそれに影響されることは無いと思うし、悪影響なら次からアクセスしないという判断力を持っていると思う。それをアテにして開き直っているという訳である。

    2017年10月20日 (金)

    エチオピアクラウン

    某所でダルマイヤーのコーヒーを衝動買い。500gで3000円と少々。100gで600円強ということだから手ごろかと自分に言い聞かせて購入。

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    難を言うと挽いてあるということ。それ以外は満足。ダルマイヤーの威光には逆らえない。ワイヤーが魅力なのとエチオピアという魔力に屈した感じ。見ての通りエレガントな外観。

    2017年10月19日 (木)

    ストッカー

    コーヒー豆を入れておく容器。いろいろ試したが今のお気に入りはこれ。

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    遮光性には目をつむってガラス製。ゴムパッキンとワイヤーの噛み合わせできっちり密封される。これで200g入るのだが、ほぼ見た目で選んでいる。イタリア製は何かとおしゃれだ。

    2017年10月18日 (水)

    メインはポット

    今回購入したお道具のうちのメインは、ドリップポットだ。電動ドリッパーの不調を受けて、真剣に考えていた。電動ドリッパーの後継を買い求めるか、この際ハンドドリップに行くか。

    何気なく立ち寄ったお店でマスターが使っていたポットに一目ぼれしてあっけなく購入を決意。

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    色、形、手触り、みな気に入った。温度計がついているのが初心者としてはストライクだ。

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    とっての感触もいい。

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    赤丸の部分の突起が親指にかかって安定する形状。

    何よりも変わったのはお味だ。そりゃあ電動よりはおいしくなるだろうとは思ったが、淹れること自体が楽しくなった。

    2017年10月17日 (火)

    お道具セット

    記事「メジャースプーン」で、コーヒー豆の計量用のスプーンを買い求めたと書いた。やけに親切なマスターと話すうちに、お店で販売中のグッズがいろいろと気に入って買い求めてしまった。もともと我が家の電動ドリッパーが不調だったという言い訳もかすむくらい、絵に描いたような衝動買いだった。

    あれもこれもと買い求めてそそくさと帰宅。着替えもそこそこに収穫物を広げた。

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    ドリッパが背の高いタイプ。ペーパフィルターの折り方を習って購入。2万円近い出費だが納得性は高い。

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    新しいもん好きの母がさっそくトレーに収めてさらに納得。今までやけに浮いていたストッカーがなじんできた。

    ブラームスのお道具は必ずしも明らかではない。

    2017年10月16日 (月)

    メジャースプーン

    ずっと前から思案中だった。電動ドリッパーが不調で、ストレスがたまっていた。後継を買い求めるべきか否か。この機会にハンドドリップに移行するかと真剣に考えていた矢先に、長年愛用していたメジャースプーンが壊れた。さすがに思案の余地はなく買おうと思っていた。県内某所で、たまたま見かけたアイテムに一目ぼれした。

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    ウォールナッツ製、手作り感満載の一品。

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    テーブルの上においておける。犬小屋みたいなたたずまい。あっけなく一目ぼれだった。

    2017年10月15日 (日)

    ニーチェ

    今日はニーチェのお誕生日だ。1844年10月15日に生まれたドイツの哲学者である。

    R・シュトラウスの交響詩「ツァラトストラはかく語りき」はニーチェの著作に霊感を得て作曲された。音楽との関係で申すならリヒャルト・ワーグナーである。ニーチェはワーグナーに心酔した。ワーグナーもこれを受け入れ蜜月時代が訪れた。

    ニーチェの音楽との関わりは、これにとどまらない。彼は作曲もしたのだ。歌曲とピアノ曲だ。まだある。驚くべきことに彼は自作のカンタータをブラームスに献呈しようと試みた。この動きはニーチェとワーグナー蜜月が去ったことと連動していると指摘されている。案の定ブラームスはこれを辞退する。根に持ったニーチェはそれ以降ブラームスとも距離を置き始めた。

    ビューローと似ている。ワーグナーとの蜜月が破綻した後、ブラームスに走るところがそっくりだ。

    2017年10月14日 (土)

    アイスランド

    2016年の欧州選手権でのベスト8進出など、最近目覚ましいアイスランドサッカーだが、このほどとうとうワールドカップ初出場を決めた。

    ワールドカップ出場国の最少人口記録保持国だったトリニダードトバコをさらに100万人も下回る33万人。

    続々と出場国が決まる中、ひときわ目立つニュース。応援したい。

    2017年10月13日 (金)

    テンポ芋

    「Tempo Ⅰ」は「元のテンポで」と解されて何の疑問も無い。読むときには注意が要る。「テンポイチ」ではなく「テンポプリモ」と読まねばならない。ところが私には恥ずかしい思い出がある。

    元々これをどう読むかを知らずに過ごしていたことが原因だ。大学2年の冬にブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」に挑んだ。その楽譜の中に「Tempo Imo」がたくさん出て来るのだ。実はこれこそが「Tempo I」を「テンポプリモ」と読むことの証拠なのだが、私は「テンポ芋」と読んでみんなに笑われた。

    2017年10月12日 (木)

    ノーサイド

    試合終了のことだ。ラグビー特有の言い方である。試合中にはいろいろあったけれども、試合が終わってしまえば敵も味方もないという精神を一言で言い表している。試合の終了を表す言葉は「ゲームセット」「タイムアップ」というスポーツが多い中ラグビーの言い回しはひときわ目立つ。

    ラグビーは、球技の中では際だって身体の接触が多い。ルール通りに振る舞っていても、相手選手との身体のぶつかり合いは必須である。ラグビーにおけるディフェンスとはすなわち攻撃側のボールキャリアへのタックルが主体となる。ルール通りとは言いながらタックルされれば「痛い」のだ。その「痛い」が相手への遺恨となっては困る。次回の対戦が遺恨試合になるのは好ましくないのだ。

    だからこそ試合終了の度に「ノーサイド」を確認するのだ。戦いが終われば敵も味方もないと。

    古来、ライバルの死を悼む話は美談として多く伝えられる。三国志の英雄・曹操は、戦死した敵将・関羽の遺体を諸侯に準ずる儀礼を持って葬った。上杉謙信は、武田信玄の訃報に接して、箸を捨てて落涙したという。いわばノーサイドだ。

    ブラームスは、ブルックナーやワーグナーの訃報に接し、哀悼の意を表したことが伝えられている。欧州の楽壇を2分した論争相手だ。論争を煽ったのは周囲の取り巻きで、本人たちの反目はそれほどでもなかったというが、最年少のブラームスが2人を送る立場になったのは幸いだ。逆だったら怪しいと思う。

    2017年10月11日 (水)

    ブルックナー

    1896年10月11日ブルックナー没。本日は没後121年だ。

    1860年代中盤から没するまでほぼウィーンを本拠に生活した。活躍の領域は交響曲に限定されると申して良い。ブラームスと同時代を同じウィーンで過ごした交響曲メーカーである。

    にも関わらず、ブラームスの伝記を読む限り登場頻度が多いとは言えない。ブラームスの伝記には同時代の音楽家の話題が頻繁に現れるのにブルックナーは日陰の存在だ。欧州を2分した論争の当事者同士だから伝記上で話題にもなりそうなものだが勝手が違う。

    プロテスタントのブラームスに対してブルックナーはカトリックだから教会に行っても会うことはなかったのだろう。プラハ在住のドヴォルザークの方がよほど話題に上っている。ブラームスの友人たちも気を遣ってブルックナーネタをブラームスに振らなかったのかもしれない。

    それでもブルックナーの第7交響曲ホ長調のスコアがブラームスの遺品の中から発見されている。話題にはしないが研究は怠らなかったといったところか。

    2017年10月10日 (火)

    ヴェルディ

    ジョゼッペ・ヴェルディは1813年10月10日に生まれた。今日はお誕生日である。ブラームスより20歳年上。ご存知の通りのイタリアオペラ業界の重鎮だ。

    ブラームスはこのヴェルディの作品が好きだったという。

    音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻の125ページ。ヴィトマンの中に興味深い記述がある。ヴェルディの「レクイエム」について友人で指揮者のビューローと意見が食い違ったという話だ。ビューローはこの作品をけなしたが、ブラームスはピアノとヴォーカルスコアを一瞥して「まさに天才の作品だ」と称し「ビューローは恥さらしだ」と憤る。

    自分と同じ庶民の出だということも親近感を増す要因だったらしい。

    不思議なのは8回に及んだイタリア旅行なのに、その間本場のイタリアオペラを楽しんだ形跡がないことだ。友人のヴィトマンは、それらオペラの終演が大抵夜遅くになるからだとの見解を示している。

    2017年10月 9日 (月)

    シュパーテンの樽生で祝杯

    都内某所で、シュパーテンの樽生を賞味した。今年のオクトーバーフェスト用のビールだ。アルコール6%の高め。黄金色が魅惑的なヘレス。

    シュパーテンと言えば名門中の名門だ。ミュンヘンのオクトバーフェストはシュパーテンの樽の前でミュヘン市長が「ビールが来たぞ」と、もちろんドイツ語で発声して開幕するのが恒例になっている。

    チェコやデンマークへの技術流出も、世界初のアンモニア冷凍機の導入もシュパーテンの仕業とされてる。

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    昨日、日本学校合奏コンクール千葉県大会があった。部活1年の前半の山場だ。

    結果を書く。11月に千葉県で開催される全国大会への出場権を獲得した。

    次女の入部とともにかかわってきた同コンクールで初めて、出番が最後になった。高校の部の最後に演奏したということだ。他校の演奏をたっぷり聴くのはドキドキする。みんな上手だから心配になるのだ。でも毎年それは杞憂。

    演目はリムスキーコルサコフの「スペイン奇想曲」だ。今年4月に入部してから楽器を始めたメンバーまで含め万感の思いを乗せた熱演だ。入退場の所作立ち居振る舞い。成績発表を同時に悲鳴歓声が錯綜するのだが、生徒たちはクール。そして会場前での先輩方とのハグ。気丈に振舞っていた生徒たちが先輩方から声をかけられて涙にくれる。保護者OGの熱狂まで含めて、例年通りの光景だ。

    なんと幸せな子供たち。この熱狂が来春に控えているドイツ公演に向けた道のりの途中でしかない。

    おめでとうの乾杯。

    2017年10月 8日 (日)

    コンクール

    世の中、音楽コンクールが花盛りである。近頃増え過ぎたという批判めいた声もあるにはあるが、衰える気配も聞かない。コンクールの名前には2つの大きな系統がある。一つは「地名+コンクール」というパターンだ。「浜松」「リーズ」「ミュンヘン」などなどである。もう一つは言わずもがな。「作曲家名+コンクール」だ。「ショパンコンクール」「チャイコフスキーコンクール」「ブラームスコンクール」などなど、有名作曲家の名前はほとんど網羅しているのではないかとさえ思われる。コンクールの前に「国際」と入るのが正式名称だったりする。「村おこし」「街おこし」の感覚がありそうな気もする。

    さて、地名を冠した方はともかく作曲家名を冠したコンクールにおける課題曲が、その作曲家の作品だけになっている訳でもない。その作曲家の作品だけが課題になるコンクール方がむしろ例外だろう。ショパンコンクールは、その例外の方だ。課題曲はショパンの作品に限定されていると聞く。ピアノの腕前もさることながら「ショパンの解釈」も試されるのだ。つまりショパンコンクールは5年に一度「世界一のショパン弾き」を決める大会のようなものだ。これはこれで、はっきりしていて気持ちがいい。

    先程も言ったように、ショパンコンクールはむしろ例外だ。ブラームス国際コンクールという名のコンクールは実在するが、課題曲はブラームスだけではない。ブラームスにゆかりの場所で開かれはするが、課題曲はブラームスオンリーではないのだ。一部の楽器ではブラームスの作品が本選の課題曲になっていないケースもある。つまり「世界一のブラームス弾き」を決める大会としてはいささか心許ない。もちろん「屁理屈部門」などあるはずもない。何だかつまらない。

    私がブラームスコンクールをデザインしてみたいものだ。たとえばピアノ部門ならば下記のように。

    • 一次予選 3曲のソナタの中から何か1曲。
    • 二次予選 変奏曲op9、op21-1、op21-2、op24、op35の中からどれか一曲を指定。
    • 三次予選 インテルメッツォ、カプリチオ、ラプソディー、バラード、ロマンスの中から自分で7曲を選んで演奏する
    • 本選 協奏曲をどちらか1曲

    三次予選は、一人40分くらいだろう。選曲や配列のセンスも審査対象だ。歌曲の伴奏や二重奏室内楽も課題にしたいのだけれど、これはパートナーの出来にも左右されるので取り扱いが難しい。

    なんだか審査員がやりたくなってきた。

    2017年10月 7日 (土)

    長い低迷

    2014年10月から、記事のネタが頭に浮かばなくなった。原因としては、我が家のパソコンが旧式化して動きが重くなり、パソコンを開けるのが億劫になったことがすぐに思い浮かぶ。

    そこから備蓄記事の取り崩しが始まった。1500本あった備蓄が、今年の8月までに750本を切る事態になった。2年10か月で750本の備蓄記事を切り崩した計算だ。1030日間に750本切り崩したということは、それでも280本は思いつけていたということなのだが、実感としては壊滅に近い。

    今年の1月にパソコンを入れ替えたこと、昨年末から年始にかけてのドイツ旅行のレポート記事がたくさん書けたあたりからどうやら快方に向かった感じだ。

    その後、2018年の大型企画の構想が急速に現実化して一時の低迷から完全に脱却した。

    メンタルが追い込まれなかったのは、ひとえに1500本という分厚い備蓄のたまものだ。今備蓄記事は866本まで回復している。

    2017年10月 6日 (金)

    念のため

    世の中リスク管理全盛だ。みんなで知恵を出し合ってどんなリスクがあり得るか列挙する。起こりやすい順、起きたらやばい順に並べて対策を講じるのが一般的だ。

    「念のため」はこうした策を講じる際に、枕言葉のように用いられる。多くは空振りに終わるのだ。それを怠って大トラブルに発展した記憶が人々を「念のため」に走らせる。人や企業が「念のため」に費やすお金はどれほどになるのだろう。「念のため」の市場規模はどれほどあるのだろう。生命保険、損害保険がその代表だ。

    「ブラームスの辞書」にもおバカな「念のため」がある。

    あとがきの末尾に記された文だ。

    「既にお気づきのことと思うが私はブラームスが大好きである」と書いてある。ブログも書籍も、私がどれほどブラームスが好きかを伝えるためにあるので、万が一伝わっていないと困るのだ。だから「念のため」に書いた。

    幸いあまりお金はかからなかった。

    2017年10月 5日 (木)

    キャラもろとも

    音楽の聴き方の話。

    コテコテのベートーヴェン大好き少年だった私の、学生オケデビュウがブラームスの第2交響曲だったことは既に何度も述べてきた。楽譜を見ながら何度も曲を聴いた。そしてあっという間に好きになった。ブラームスという作曲家のことなどほとんど知らないまま、ただただ曲が好きになった。作曲家のキャラや音楽史上の位置づけなど、何も知らないままただ曲に深く親しんだ結果、その曲を好きになったということだ。

    あれからもう35年以上過ぎた。ブラームスは私にとって最愛の作曲家の位置に君臨し続けている。その間ブラームスについての情報をむさぼるように収集した。その結果音楽の聴き方がすっかり変わってしまった。

    ブラームスという人物の性格、境遇、交友関係、当時の楽壇での地位、音楽史上での位置づけなど作品とは直接関係ない知識が、私自身の感受性に影響を与えるようになってしまっている。それらの情報を切り離して、作品だけを聴くことが既に出来なくなってしまっている。今更もう後戻りは出来ないくらいである。

    良いのか悪いのか。

    2017年10月 4日 (水)

    選書会議

    「ブラームスの辞書」の天敵。

    一部の図書館に設置されているらしい。個々の書物が蔵書とするにふさわしい内容かを判定する会議のことだ。「選定会議」あるいは「選書委員会」「選定委員会」と称されることもある。

    蔵書水準の維持向上のためのものなのだろう。ホームページ上でその存在を明記している図書館もあるがメンバーや開催頻度、判断基準は公開されていない。もちろん議事録も公開されていない。

    我が子同然の「ブラームスの辞書」もいくつかの図書館に献本したが、そのうちの一部で「一旦本をお預かりします」と言われて後日返事が来たことがあった。思えばこの選書会議に諮られていたのだと思う。

    必要とされるところに置いて貰うという観点からは歓迎すべきことだが、「ただでも要らん」と判定されることのダメージは重くて大きくて深い。

    そして素朴な疑問。選書会議で蔵書化を否決されてしまった本は、どうなるのだろう。私は回収に出向いたことが一度だけあった。蔵書には出来ないのだから、著者に返すか職員のみなさんで持ち帰るのか、廃棄するのかどちらかだろう。書店を通じて購入した本ならば返品かもしれない。いくつかの図書館が献本よりも購入にこだわるのは、選書会議で蔵書化が否決された場合に返品が利くからかもしれないなどと卑屈に勘ぐってみたくなる。

    一方でドイツ国立図書館からの献本要請は、蔵書化決定後の要請だったことは、結果から見て確実だ。つまり同じ献本要請でも選定会議前と後のケースがあるのかもしれない。

    図書館に置かせてもらえるのは光栄だなどと言ってホクホク献本するのは、もしかすると無邪気が過ぎるのかもしれない。

    2017年10月 3日 (火)

    グレーゾーン

    「ブラームスの辞書」をお買い上げいただいた方から時々メールを頂戴する。手許に届いてすぐという場合と、少し読んでからという場合がある。みなさん大人の対応に終始していただいている。そのせいかコテンパンなお叱りのメールは今までに一度も無かった。

    お叱りは無いとは申しても、中には意図を量りかねる場合もある。

    「もっとエッセイっぽいかと思った。本当に辞書なんですね」というご意見が時々ある。これが実は悩ましい。お叱りとまでは行かないが少々の期待はずれというニュアンスがこもっているのかもしれない。メールからでは確かなことは判らない。グレーゾーンである。

    お叱り含みだとすれば再発防止策の一つも講じなければならない。とはいえこの先続編の予定もないから、「今度から気をつけます」とも言えない。せめてブログ上で「お買い上げの前に今一度確認を」と注意を促すのが関の山だ。

    けれども実はそれもなかなか難しい。本のタイトルは「ブラームスの辞書」だし、ブログでも「ブラームス専用の音楽用語辞典」と書いてある。「ホントに辞書なんですね」とおっしゃられても「申し上げている通りです」としか言えない。「辞書ですからお気をつけ下さい」と申し添えるのも変だ。

    当ブログが、本の宣伝とは名ばかりで、紹介そっちのけのディープなブラームスネタばかり発信しているから、誤解されているのかもしれない。

    2017年10月 2日 (月)

    会社用語

    業界独特の言い回しというのがどんな世界にも存在する。「前向きに検討する」「善処する」など有名である。穏便婉曲を尊ぶ日本ならではの習慣かもしれない。

    会社の中を見回しても2つ3つは簡単に目に止まる。たとえば「○○マター」だ。「○○」には組織名が入る。単なる組織名ではない。発言者が所属する組織名でないことが特徴だ。「オレの知ったことか」ないしは「そっちの仕事だろ」というニュアンスを濃厚に含む。

    「基本的には」も目立つ。この言葉が発せられたら試しに発言者に「どんなことを例外として想定していますか」と問いかけるといい。答えられないことが多い。思いがけないつっこみに遭遇することに備えた事前のバリアなのだ。「ですから基本的にはと申し上げたはずです」と対応可能だ。事前の想定不足や準備不足の裏返しであることも多い。特に「基本的には賛成です」は使用頻度が高く重宝していると見受けられるが「総論賛成各論反対」の意味であるケースが混入していることもあるので注意が必要だ。

    「ブラームスの辞書」ではブログでも著書でもこれらの会社用語の使用を禁忌している。趣味で出す本やブログに会社用語は似合うまい。

    2017年10月 1日 (日)

    音楽は理系か

    日本の子供たちは、大学受験にさしかかると無理矢理2分類される。「文系」と「理系」だ。私は法律専攻だったのでつまり「文系」だ。学部の名前から大抵類推出来る。「古典」と「数学」が苦手な私は、困り果てた。試験での得点源が「歴史」「地理」だったから「文系」を選んだ。

    そもそも百人百様の個性は文理2元論では扱いにくいと思うが、実際のところどうなのだろう。美術音楽体育はやはりそうした分類の外にあると思う。

    音楽の成り立ちを考えると「理系」とも思えるが、フィットしない。文理に次ぐ第三の分類というよりも、文と理の重なり合うところに所在すると考えたい。

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    フォト

    ブラームスの辞書写真集

    • Img_0012
      はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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