リスク
いやはやリスクは、世の中全体から管理対象とされているのだが、人々はまだこれを完全に統御できていないようだ。何をリスクと感じるかは人によってさまざまなのだが、もしかすると多くの人々がよってたかって見逃していることの中に本当のリスクが隠れているとも感じる。
ブラームスは第4交響曲の初演を準備するにあたり、指揮を任せるビューローにスコアを送った。書き上げたばかりの手書きスコアだ。その瞬間には世の中に唯一の貴重な貴重なスコアを写しも作らずに、普通小包で送ったのだ。ビューローはそれを知って激怒する。「万が一小包が行方不明になったらどうするのか」とくってかかった。ビューローにはしばしば小包が行方不明になった経験があったのだろう。それにもまして、満を持した第4交響曲それもブラームスが書き下ろしたスコアの音楽的価値を知り尽くしたビューローならではの反応だ。当時の郵便事情を考慮した妥当なリスク評価だと感じるばかりか、現代においてもすこぶる真っ当な感覚だ。
これに対するブラームスの反応は鮮やかだ。ブラームスとて当時の郵便事情は理解していたのだが、「もしも行方不明になったら、また書けばいいではないか」という反応だった。つまりブラームスは小包で送ることをリスクと思っていないのだ。しばしば小包が行方不明になることは、理解していたが相対的にはリスクたり得ないということだ。何故ならまた書けるからだ。ブラームスにとっては写しを作るための写譜も、紛失してまた書くのと大して変わらないということなのだ。全ての音が、必然を持って置かれているのだから。カッコいい。
巨匠同士の壮大な行き違い。
1885年10月25日マイニンゲンにて第四交響曲初演。
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海鳥1960さま
はい。それでこそ、現代のリスク管理でございます。
投稿: アルトのパパ | 2017年10月27日 (金) 15時42分
書き直せるのは良いのですが、失われた小包が第三者に渡ることのリスクは考えなくてよかったのでしょうかね?
つまりブラームスが全楽章を書き換えている間に、小包を入手した輩が表紙だけ書き換えて「オレの作品だ」と発表してしまうという。
コピーやインターネットが使える今はその点で楽ですが、とはいえどの時代もセキュリティは大事ということで。
つまらないツッコミですみません。
投稿: 海鳥1960 | 2017年10月27日 (金) 10時30分