第一ヴァイオリンを弾く
第一ヴァイオリンと言えば、オーケストラの華だ。いつも客席に一番近い位置に陣取っているし、主席奏者はコンサートマスターと呼ばれている。おそらく誰も数えてはいないと思うが管弦楽曲でもっとも音符が多いパートは第一ヴァイオリンだと考えられる。
ヘルメスベルガーというヴァイオリン奏者がいる。ウィーンワーグナー協会設立の発起人に名前を連ねていた。楽友協会の指揮者を務めていたが、どうやら周囲との折り合いを欠いていたらしく、解任の動きが起こった。ヘルメスベルガー本人がその動きを察知したと見えて、水面下で阻止に走る。
ウィーン音楽界で絶大な影響力を誇った2人、ハンスリックとブラームスに助力を頼んだのだ。ブラームスに対しては泣きを入れてきた。このときのヘルメスベルガーの言い回しが「一生懸命に第一ヴァイオリンを弾きますから」というものだった。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻28ページに載っているエピソードだが、原文のドイツ語でどういう表現なのか不明だけれど、「先頭に立って一生懸命がんばる」の意味だとされている。
ドイツ語の慣用句として「第一ヴァイオリンを弾く」という表現があるのか、音楽関係者だけに通じる符丁的な言い回しに過ぎないのか、本を読む限りははっきりしない。ブラームスに頭を下げてまで楽友協会指揮者の座にとどまりたいという執念だけは感じることが出来る。
このときのブラームスの返答は記述されていないが、結果から見れば不受理だった。ほどなくヘルメスベルガーは解任される。ウィーンワーグナー協会の発起人が、ハンスリックやブラームスに頼み事をするという図太さだけは一流に見える。1882年頃のことだ。
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