習志野を振り返る
坂東のドイツ資料館で衝動買いした書物「第九と日本-出会いの歴史」に、気になる記述がある。
坂東と同じく俘虜収容所があった習志野への言及がある。60ページには「その後ほどなくして久留米でも習志野でも第九が演奏された」と断言されている。
私は毎年11月にその習志野で開催されるドイツ俘虜の慰霊祭に参列している。先日も参列して次女の後輩たちの献身をレポートしたばかりだ。習志野にはハンスミリエス率いるオケがあったことは知っていたが第九を演奏していたとは。
初演の威力はことほどさように大きいのか。習志野が第九初演の地だったらもっと盛り上がっていただろう。
坂東の古い慰霊碑の傍らに建つ新しいほうの慰霊碑は、全国に分散収容中亡くなった俘虜の名前が明記されている。
スペイン風邪に襲われた習志野31名も漏れなくだ。31名という人数は他の収容所に比べて抜きん出て多い。
俘虜たちの冥福を改めて祈る次第である。
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