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2018年1月 7日 (日)

ドイツバロック

バロック音楽の提唱がドイツ人の都合だったこと述べておいた。言い方が悪ければ「バッハ復興運動の副産物」と言い換える準備はできている。

当時音楽の本場はイタリア。断固イタリア。ウィーンが「音楽の都」だと主張するのは、「ドイツ語圏においては」と補足するべきなのだ。力説しないとみんなにそう思ってもらえないからこその力説というありがちなパターン。そのウィーンでさえ主要な音楽ポストはイタリア人によって占められていたことは周知のとおりである。

バロック音楽をドイツ人が定義したとき、自国ドイツのほかにイタリアの動向だけは意識していたと解する。黙ってバロックといえばイタリアで、その時代のドイツの音楽を「ドイツバロック」という。

ドイツにけちをつける意図はない。ここ最近ブログ「ブラームスの辞書」での「バロック特集」を準備するにあたり楽譜やCDをあたってきたが、私の興味もまたイタリアとドイツに集中していた。初めはお決まりのヴィヴァルディだった。フランス、英国だって聞くには聞いたが集まったCDの顔ぶれだけ見てもイタリアとドイツへの偏りは明らかだ。

大切なことは、ドイツバロックが気に入っているということだ。国で言うならドイツ、楽器で言うならヴァイオリン、チェンバロ、ヴィオラダガンバ一部オルガン。この価値観の中で収穫された作曲家たちはおよそ以下の通りだ。

  1. フローベルガー
  2. シュメルツァー
  3. ブクステフーデ
  4. ビーバー
  5. クリーガー
  6. パッヘルベル
  7. エルレバッハ
  8. テレマン
  9. ヴァルター
  10. ピゼンデル
  11. ヘンデル
  12. バッハ

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