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2018年4月30日 (月)

バロック特集総集編②

第2ピリオド3月4月分の総集編をお送りする。
  1. 03月02日 華麗なる脱線
  2. 03月03日 ヴィヴァルディボックス
  3. 03月04日 生誕340年
  4. 03月05日 ヴィヴァルディ伝
  5. 03月06日 ビバルディ伝
  6. 03月07日 研究対象
  7. 03月08日 次男の誕生日
  8. 03月09日 利き手
  9. 03月10日 父として
  10. 03月11日 3大宗教作品
  11. 03月12日 バッハのエコバッグ
  12. 03月13日 カロリーナアウグスタ
  13. 03月14日 出産予定日
  14. 03月15日 ビオンディ
  15. 03月16日 アレサンンドリーニ
  16. 03月18日 バッハマニア
  17. 03月19日 レーガー
  18. 03月20日 グルミアウクス
  19. 03月21日 生誕333年
  20. 03月22日 春分の日
  21. 03月23日 バロックの紀元前
  22. 03月24日 会期確定
  23. 03月25日 企画のアレンジ
  24. 03月26日 会期20ヶ月の効能
  25. 03月27日 会期延長の真の狙い
  26. 03月28日 閉店バーゲン 
  27. 03月29日 春の野に出でて若菜摘む
  28. 03月30日 マタイ受難曲
  29. 03月31日 コンプトゥス
  30. 04月02日 備蓄1000本の回復
  31. 04月03日 ルターと賛美歌
  32. 04月04日  二次会の会場
  33. 04月06日 モテット
  34. 04月07日 コラールカンタータ
  35. 04月08日 宗教改革500年記念CD
  36. 04月09日 ドイツレクイエムの源流
  37. 04月19日 テキストの出所
  38. 04月20日 テキストとしての聖書
  39. 04月21日 復活の回避
  40. 04月22日 数合わせとしての「45」
  41. 04月23日 テキストの一致
  42. 04月24日 個体識別のツール
  43. 04月25日 はたして逸脱か
  44. 04月26日 本質への手順
  45. 04月27日 ルター由来のテキスト
  46. 04月28日 Mプレトリウス
  47. 04月29日  平成を送る企画
  48. 04月30日 本日のこの記事。

全61日中48本にとどまった。

2018年4月29日 (日)

平成を送る企画

私自身の結婚は平成2年だった。子供たちはみな平成生まれだ。我が家の歩みは平成とともにあった。ブログ「ブラームスの辞書」立ち上げは平成17年だった。我が家の歩みを振り返ることはそのまま平成を振り返ることに等しい。

ブログ「ブラームスの辞書」、史上最大の企画「バロック特集」を決意したのは2016年の秋だった。意図的な記事の備蓄がこのときに始まった一方で、陛下の生前退位の日程はまだ、決まっていなかった。

「バロック特集」を2018年元日開幕の会期1年と定めていたのだが、記事の膨張で1年という区切りのいい会期で収まらなくなった時から、企画の落としどころをあれこれ考えていた昨年12月1日、生前退位日が決まった。このとき少なくとも平成最後の日までは、バロック特集を敷き詰めることと決めた。

平成最後の日々をカウントダウンしながら、バロック特集の記事を積み上げることとする。

2018年4月28日 (土)

Mプレトリウス

Mプレトリウスは、1571年生まれだから、バッハより114年前のお生まれ。カンタータに作曲の重心がある。このほどすごいCDを入手した。

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ルター作の賛美歌が、バッハとプレトリウスで比較できるというコンセプトだ。対象の賛美歌は以下の通りだ。

  1. Ach,Gott vom Himmel sie'darein
  2. Mitten wir im Leben sind
  3. Allein zu dir Herr Jesu Christ
  4. Criste der du bist Tag und Licht
  5. O wir armes Suender unser Missetat
  6. Kompt her zu mir spricht Gottes Sohn
  7. Aus tiefer Not Schrey ich zu dir
  8. Mit Fried und Freud ich fahr dahin

うれしいのは上記8番だ。ブラームスのモテットop74-1のフィナーレと一致する。バッハのBWV123と合わせて、同一賛美歌をバッハ、プレトリウス、ブラームスの三者で比較できる。

2018年4月27日 (金)

ルター由来のテキスト

ブラームスの声楽作品の中で、テキストがルター由来であるものはモテットop74-1の第4曲「Mit friet und freud ich fahr dahin」たった一つだ。ルター訳の聖書からはたくさん採用しているのだが、ルター作品の引用は希少だ。

同コラールは、バッハとパッヘルベルのオルガンコラールがある。BWV616とP396だ。

さらにカンタータ125BWV125が、同コラールを基盤に据えたコラールカンタータになっている。ブラームスのモテットop74-1と直接比較が可能だ。

パッヘルベルに声楽作品はないが、ブクステフーデのBuxWV76が、同コラールに準拠する。

2018年4月26日 (木)

本質への手順

ブログ「ブラームスの辞書」では、「バロック特集」が、ブラームスに直接関係のない記事を連発することを「脱線」あるいは「逸脱」と称して、ささやかな言い訳を発信してきた。

4月に入って「ドイツレクイエム初演150周年」記念の記事を発するにも、これを「バロックネタの空白」と位置付けた。ところが、ドイツレクイエムがルターの独訳聖書からテキストを採用していたり、前期バロックの作曲家たちの作品中に、共通のテキストを見出すに至って、少し考えが変わってきている。

ブラームスの視線は、バッハからゆうに100年は遡る前期バロックはもちろん、さらに70年以上さかのぼるルターを見据えているという確かな手ごたえを感じているからだ。

「逸脱」「脱線」どころか、むしろ「本質に迫るための正当な手順」とさえ思える。こちらの予備知識を、バロックあるいはルネサンス音楽への拡大することで、ブラームスを聴くために必要な広大な裾野が眼前に現れ始めている。

2018年4月25日 (水)

はたして逸脱か

ドイツレクイエム初演150周年記念の記事を発信するにあたって、「バロック特集を中断して」と表現した。ところが、ドイツレクイエムの周辺情報を収集するうちに、風向きが変わってきた。

ブラームスの脳裏にバッハよりもさらにさかのぼるドイツ教会音楽の下地があり、その上にドイツレクイエムが構築されたと考えざるを得ない。

むしろバロック特集の期間中に「ドイツレクイエム初演150年」が来て、そこで関連記事を発信できることは、この上ない僥倖と感じる。これがハンガリア舞曲や交響曲だったらそうは感じない。この偶然を喜々として受け入れるべきだ。

信仰篤い人なら、「神のお導き」と受けとめるだろう。

2018年4月24日 (火)

個体識別のツール

作品のタイトルに調性が付与されるのは、個体識別のツールだと実感している。「協奏曲ニ長調」「ハ短調交響曲」など。同一ジャンルに複数の作品がある場合に「序数」のほかに調性が付与されることで、個体識別が容易になる。

バッハのオルガン作品を調べていると、「オルガン自由曲」には大抵調性が付与される。「小フーガト短調」「トッカータとフーガニ短調」などなど。

ところが、オルガンコラールになるとちっとも調性が出てこない。コラールは古来、テキストの一行目をもってタイトルに代えるというしきたりがあるから、調性を付与する必要がない。カンタータも同様に調性は脱落する。「主よ人の望みの喜びよト長調」「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ変ホ長調」とは言われない。

そういえば、ブラームスだって「ドイツレクイエムヘ長調」とは言わない。

2018年4月23日 (月)

テキストの一致

ドイツレクイエムのフィナーレ第7曲とバッハの「カンタータ60番BWV60」第4曲のテキストが一致する。アルトのレチタティーヴォに導かれて歌いだすバスのアリオーソが、そっくりそのままドイツレクイエム第7曲冒頭のテキストになっている。「Selig」の「Se」が付点2分音符によって引き伸ばされる歌い出しまでそっくりである。ドイツレクイエムも終盤、フィナーレにたどり着いた聴衆は、この歌い出しを聴いてバッハを想起することは間違いない。信仰に篤い聴衆ほどそれを感じ取るはずだ。

バッハにとっては「知らんがな」な話だが、ブラームスにとっては意図も思いもある一致だ。

バッハのカンタータ60番は、三位一体第24主日のためのカンタータ。初演はバッハがトマスカントルに就任したその年の11月7日。曲全体の構成は「恐れ」と「希望」の対比になっている。第4曲は両者の葛藤に終止符を打つべく、キリストが「恐れ」の側を諭すシーンになっている。アルトは恐れでバスがキリストだ。

熱心なプロテスタントなら、ドイツレクイエム第7曲の立ち上がりを聴いて、バッハのカンタータ60番第4曲を必ず思い出すはずと、ブラームスは計算していたに決まっている。

ブラームスはドイツレクイエムの初演から5年後1873年12月7日、ウィーンでカンタータ60番を、楽友協会の演奏会で指揮している。

2018年4月22日 (日)

数合わせとしての「45」

バッハが数字合わせ好きであったことは、よく語られている。「Bach」というスペリングを「B=2」「A=1」「C=3」「H=8」とみなして、その合計値「14」にこだわっていた話がその代表格だ。

本日はその系統の話題。

オルガン小曲集と通称される「Orgelbuechelein」はBWV599から644まで全45曲からなる。このうち33曲は教会暦上のイベントをトレースする内容で、キリストの生涯33年を示す。残り12曲はよく使う賛美歌の編曲で、12人の弟子を表す。万軍の神ヤハヴェを示す文字列「IHVH」を先の法則に照らし数値化すると45になる。

これら数に対する諸説の取り扱いには慎重を期するに越したことはないが、本日あえて話題にするのは、「45」がドイツレクイエムの作品番号に一致するからだ。ブラームスは、出版社に最終原稿を渡す際に、すでに自作の作品番号を顧慮していた。1868年10月のドイツレクイエム出版前後は、相次いで歌曲が出版されていた。作曲済の歌曲数曲をいくつかまとめて出版社に渡すという方法は、ドイツレクイエムを意図的に「45」に割り付けるにはうってつけだ。

2018年4月21日 (土)

復活の回避

ドイツレクイエムの初演を準備する過程で、指揮者ラインターラーと意見の相違が生じたとされている。

ドイツレクイエムの主張する宗教観、つまりブラームスの宗教観とラインターラーの宗教観との相違に起因するものだ。一つは「最後の審判」への顧慮がないことだ。

今一つが本日の話題だ。ブラームスは「テキストの選択にあたり復活の部分を注意深く回避した」と言っている。復活を信じているなら、注意深く回避する必要はあるまいと思う。申すまでもなく「復活」を信じることがキリスト教信仰の基礎の基礎だ。ブラームスのこの見解が、「復活を信じない」ことの表明だとするなら一大事である。死者のためのミサなのに復活を信じていないということだ。ブラームスを慕うドヴォルザークは、唯一ブラームスの不信心ぶりを嘆いているくらいだから、荒唐無稽でもなさそうだ。

内心はどうあれ、初演前の大事な時期にわざわざ言及しなくてよさそうなものだ。微妙な問題に進んで首をつっこむのは得策ではなかろう。そうせざるを得なかった深い議論がラインターラーと交わされたということだ。

このあたりが、「死者のため」ではなく「死によって残された者のため」であるという位置づけの根拠だ。

2018年4月20日 (金)

テキストとしての聖書

ドイツレクイエムがルター訳の聖書18か所からの引用で成り立つと書いた。ついでに、聖書からテキストの供給を受けているブラームス作品を列挙する。

  1. アヴェマリアop12
  2. 詩篇第13篇op27
  3. モテットop29-2
  4. ドイツレクイエムop45
  5. 勝利の歌op55
  6. モテットop74-1
  7. 祭典と記念の格言op109-1
  8. 祭典と記念の格言op109-2
  9. 祭典と記念の格言op109-3
  10. モテットop110-1
  11. 4つの厳粛な歌op121-1
  12. 4つの厳粛な歌op121-2
  13. 4つの厳粛な歌op121-3
  14. 4つの厳粛な歌op121-4

わずか14作というべきか。ドイツレクイエムたった1作で18か所から引用されているということが、どれほど異例かわかるというものだ。

2018年4月19日 (木)

テキストの出所

ドイツレクイエムのテキストの出典を列挙する。

  1. 第1曲 Selig sind マタイ福音書5:4
  2. 第1曲 Die mit Tränen säen 詩篇126:5/6
  3. 第2曲 Denn alles Fleisch 第一ペテロ書簡1:24
  4. 第2曲 So seid nun geduldig ヤコブ書簡5:7 
  5. 第2曲 Aber des Herrn Wort 第一ペテロ書簡 1:25 
  6. 第2曲 Die Erlöseten des Herrn イザヤ書35:10
  7. 第3曲 Herr, lehre doch mich 詩篇39:4-7
  8. 第3曲 Der Gerechten Seelen 知恵の書3:11 
  9. 第4曲 Wie lieblich sind 詩篇84:1/2/4
  10. 第5曲 Ihr habt nun Traurigkeit ヨハネ福音書16:33
  11. 第5曲 Ich will euch trösten イザヤ書66:13
  12. 第5曲 Sehet mich an ベンシラの知恵51:35
  13. 第6曲 Denn wir haben hie ヘブライ書簡13:14
  14. 第6曲 Siehe, ich sage euch ein Geheimnis 第一コリント書簡15:51
  15. 第6曲 und dasselbige plötzlich, in einem Augenblick 第一コリント書簡15:52
  16. 第6曲 Dann wird erfüllet werden das Wort 第一コリント書簡15:54/55
  17. 第6曲 Herr, du bist würdig ヨハネ黙示録4:11
  18. 第7曲 Selig sind die Toten ヨハネ黙示録14:13

ご覧の通り、全18箇所からテキストを引っ張ってきて、自らの主張を聖書に語らせている。深い聖書への知識なしには絶対にあり得ない。何よりも何よりもその聖書はルターが独訳したものだ。ルターへの絶対の信頼に基づくと断じて間違いあるまい。

2018年4月18日 (水)

最長の空白

「ドイツレクイエム」初演100年と称して、関連記事を7日にわたって発信した。ブログ「ブラームスの辞書」渾身の企画「バロック特集」を8日間中断したということだ。

8日間バロック関連の記事が途切れることになる。この8日の空白はバロック特集期間内では最長の空白を形成する。「ドイツレクイエム初演150周年」はそれほどの重大事ということだ。

2018年4月17日 (火)

F音連打

記事「C音連打」の続き。第二交響曲にささやかなC音の連打があると書いたが、本日は「F音」だ。

ドイツレクイエムの冒頭から10小節目まで「F音」が4分音符で連打される。4分の4拍子だから合計40個の4分音符が4個ずつスラーで一まとまりにされている。レクイエム第一曲はヘ長調だから、その主音がチェロとコントラバスで連打される。ダイナミクスは「p」だから粛々と進行するので必ずしも連打というイメージではない。

ダイナミクスが「p」であることを除けば第一交響曲の冒頭と似ている。第一交響曲は主音「C」が8分音符で52個、ドイツレクイエムは4分音符40個。

  • 2018年4月16日 (月)

    レクイエムの一人歩き

    レクイエムは「Requiem」と綴られる。「鎮魂曲」の訳語があてられるほか、「死者のためのミサ曲」という言い回しも見られる。テキストはカトリックの典礼文。ラテン語によるそのテキストが「Requiem」と立ち上がる。作品の歌い出しのテキストをタイトルに流用するというよくあるパターンだ。この歌い出しの流用が定着した結果、「死者のためのミサ曲」そのものを「レクイエム」と称するに至ったらしい。

    そのようにして定着したレクイエムの語感を逆手にとり、ラテン語の典礼文ではない歌詞を持つ曲が、気分だけをよりどころに「レクイエム」と命名されるようになる。ブラームスの「ドイツレクイエム」op45がその代表例には違いないのだが、そうしたアイデアの起原はもう少々遡る。ロベルト・シューマンのスケッチ帳の中に「Deutsche Requiem」という文言があったとされ、これがブラームスにインスピレーションを与えたとしばしば指摘される。それ以外にも、シューマンの作品一覧からいくつか抜き出してみる。

    • op90-7 Requiem
    • op98b  ミニヨンのレクイエム
    • op142  Requiem

    上記のうちラテン語の典礼文がテキストになっているのはop142で、その他2つはラテン語ではないドイツ語のテキストだ。

    2018年4月15日 (日)

    シュパーゲル

    先般も紹介した赤坂のドイツレストラン「アイヒェンプラッツ」で、初物シュパーゲルを賞味してきた。なんといってもドイツの春の象徴だ。

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    プリプリのアスパラ。盛り付けが美しいのがお値打ち。絶品はこのソースだ。程よい酸味が食欲を適度に刺激する。

    これだけで大満足なのだが、さらにポテトサラダが絶妙。

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    ポテトサラダというと、とかくマヨネーズがしゃしゃり出る感じなのだが、ここでは添え物だ。

    本日のメインは、ウインナシュニッツェルをチョイス。子牛のカツレツ。

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    シュパーゲルに添えてあったレモンには皮がついていたが、こちらでは取り除いてある。レモンごと食べられるようにとの配慮らしい。こだわる。

    こがしバターのソースが毎度毎度絶品だ。

    2018年4月14日 (土)

    冠詞

    ヨーロッパ系言語特有の品詞。英語で申せば「a」「an」「the」だ。これが不定冠詞と定冠詞に分かれることも周知の通りである。英語はシンプルだと気づくのはドイツ語の学習が始まって間もなくだ。名詞の性や格によって変化する上に、形容詞の格変化にも影響する。幸い英語同様に複数形には用いられないが、中には複数形にも付着してしまう言語もあるらしい。

    冠詞が無い日本人には厄介な概念だ。「a bed」「the bed」あるは冠詞無しの「bed」では、意味が変わってしまうことも少なくない。

    黙って以下の3つを眺めて欲しい。

    1. ドイツ語 Ein Deutsches Requiem
    2. 英語 A German requiem
    3. 日本語 ドイツレクイエム

    どれもブラームスの作品番号45を指している。そもそもどうして不定冠詞「Ein」「A」が用いられるのかが実感として理解出来ない。「Das Deutsche Requiem」ではいけない理由がイメージ出来ない。見ての通り日本語ではその手の論点は発生しない。けれども原文が「Ein Deutsche Requiem」だろうと「Das Deutsche Requiem」だろうと、その違いを日本語へ反映させようと思うと大変なことになるので結局は「ドイツレクイエム」落ち着かざるを得まい。

    2018年4月13日 (金)

    大文字と小文字

    アルファベットには大文字と小文字がある。その使用方法については欧州諸言語において細かなルールが設定されている。文頭は大文字になるというのがその代表例。ドイツ語においては名詞の語頭は文中でも大文字。

    世界最高のブラームス本マッコークルの「ブラームス作品目録」は、ドイツレクイエムを「Ein Deutsches Requiem」と記している。我が家のスコアはオイレンブルク社製で「Ein deutsches Requiem」となっている。大文字か小文字かの違い。通常であれば有無をいわせずマッコークルの見解を採用するのだが、こればかりは少々勝手が違う。

    1. マッコークル 大文字
    2. オイレンブルクスコア 小文字
    3. ブライトコップフ 小文字
    4. ウィーン初演のポスター 小文字
    5. シューマンのスケッチ帳 大文字らしい

    その他CDのジャケットは大文字小文字入り乱れているというか全部大文字もあったりしている。ジャケットデザインの都合なども絡んでいそうだから参考程度なのだと思うが、アクセンタスなど小文字も存在するというのが心強い。こうなるとブラームスの自筆譜を確認したくなるのだが、現物を拝めていない。「小文字だ」という情報があるのだが、この目で見ないことには落ち着かない。

    ドイツレクイエムの初演とマイスタージンガーの初演が同じ年だったことをもって、ドイツ帝国成立前夜のドイツ民族意識の高まり云々と解する向きは多い。ドイツレクイエムはドイツ民族の誇りを高らかに的な解釈もされているが、小文字「d」先頭の「deutsches」は、そこまで大げさではなくて、単に「ドイツ語の」という意味にとどまるのではないかと感じる。仮にシューマンのスケッチ帳が大文字だったとしても、ブラームスはあえて小文字を選んだのではあるまいか。単に「レクイエムなのにドイツ語なんです」という意味。高まりつつあるドイツ民族主義とはあくまでも一線を画す立場。

    このことは実は凄い意味がある。「ドイツ民族意識」や「キリスト教」さえ飛び越えた普遍性の表明である可能性を考えている。初演を任された指揮者ラインターラーとのやりとりの中、「ドイツという言葉をはずして人間のという言葉に差し替えてもいいのです」というブラームスの言葉とつながっているような気がする。「ドイツであることに大した意味なんかありゃせんよ」というメッセージを込めた小文字。

    2018年4月12日 (木)

    ミニョンのレクイエム

    ブラームスの恩師シューマンにもラテン語の典礼文とは全く関係のないレクイエムがある。それが本日のお題「ミニョンためのレクイエム」だ。

    ゲーテの「ウイルヘルムマイスターの修行時代」より第8巻第8章がテキストになっている。ラテン語ではなくドイツ語だ。全6曲で演奏時間は約15分弱だ。ミニョンとはゲーテの作品に登場する少女の名前だそうだ。

    1863年11月15日、ウィーンジンクアカデミーの音楽監督に就任したブラームスは、最初の演奏会でバッハのカンタータ第21番「我が心は憂い多かりき」を演奏するが、その日のプログラムにこの「ミニヨンのためのレクイエム」もあった。曲の規模から申してメインプログラムとは言えないが、ここにシューマンの合唱曲を持ってくることには積極的な意味があると思う。バッハのカンタータとともに選んだシューマンは、自らの音楽的出自を顕すと解したい。名刺代わりの選曲だったと感じる。

    何よりもこれは「ミニョンのためのレクイエム」ウィーン初演であった。

    2018年4月11日 (水)

    レクイエムのテキスト

    「レクイエム」とは「死者のためのミサ曲」だ。地域時代により例外もあるが、テキストは不変だ。ラテン語であることを除けば、ある程度の信仰の持ち主であればおなじみの内容だ。レクイエムを作曲するということは、お決まりのテキストに曲をつけるコンクールに参加するようなものだ。モーツアルト、ヴェルディ、ベルリオーズ、ドヴォルザークなどが応募した。

    この実態は通常のミサ曲でもスターバトマーテルでも同様だ。作品の受け手にとっておなじみのテキストをどう料理するかが腕の見せ所である。

    ブラームスの出世作「ドイツレクイエム」はこの点で例外だ。タイトルに「レクイエム」の文言こそ踊っているものの、テキストは既定の文言とは大きくかけ離れている。聖書の中のあちこちから気に入った文言を自ら選んでいる。それでいて出来上がったドイツレクイエムは、ブレのない大きな主張が感じられる。ドイツプロテスタントの信仰篤い人々から熱狂をもって迎えられた。

    まさに文学の素養が無ければ出来ない芸当だ。加えてキリスト教に対する洞察力も求められよう。自分で作詞するより難しいと思う。自分の考えを聖書の言葉に語らせていることに他なるまい。

    2018年4月10日 (火)

    ドイツレクイエム初演150周年

    ソプラノ独唱を伴う第5曲を欠くものの、今から150年前1868年4月10日ブレーメンにおいてドイツレクイエムが初演された。

    バロック特集をさえぎってでも言及したい大切な日だ。この日は「聖金曜日」であった。つまりこの年イースターは4月12日だったということだ。

    本日を含めて8日間、バロック特集を中断して「ドイツレクイエム初演150周年」を祝うこととする。

    2018年4月 9日 (月)

    ドイツレクイエムの源流

    記事「宗教改革500年記念CD」のDISC2トラック15、16、17に驚くべき作品が収録されていた。

    • 15 Thomas Selle:Die mit traenen saeen
    • 16 Andeas Hammerschmidt:Wie lieblichsind deine Wohnungen
    • 17 Heinrich Schuetz:Sielig sind die Toten

    15「涙とともに種を蒔くものは」としてブラームスの「ドイツレクイエム」op45の第一楽章第二部に現れる。16「あなたの住まいは愛すべきかな」は、同じくドイツレクイエムの第4楽章冒頭だ。17「今から後、主にあって死すものは幸いである」はフィナーレ第7楽章冒頭だ。

    ドイツレクイエムに先行する先輩作曲家をきっちりトレースする意味合いがあった。ブラームスの視線はバッハよりさらにさかのぼる前期バロックを飛び越えて、ルターの時代そのものを見据えている。

    2018年4月 8日 (日)

    宗教改革500年記念CD

    昨年10月31日が宗教改革500年のメモリアルデーだった。ショップをうろついていて、「宗教改革500年記念」を謳った企画CDを見付けてすかさず入手した。DISC1はルターからバッハの出現に至る間に活躍した作曲家の作品で、教会歴を順に追った作品を聴けるというもの。DISC2は、ドイツ語転換を遂げた作品でミサを味わうというものだ。

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    気合が入っている。ドイツバロック初期の著名な作曲家が総動員で、ブラームスの目尻が下がりまくるメンツだ。

    なんといっても気に入ったのはDISC1のトラック5。ミヒャエル・プレトリウスの「Es ist ein Ros'entsprungen」が収められていた。ブラームス最後の作品「オルガンのための11のコラール前奏曲」op122の8番だ。可憐な賛美歌。

    2018年4月 7日 (土)

    コラールカンタータ

    バッハの教会カンタータは、ほぼその用途が決まっている。教会暦上の祝日に集まった会衆に披露することが目的だ。当時の教会暦を参照することで、初演日が正確に特定できるのはそのせいだ。その祝日にふさわしい内容の音楽を毎週作って演奏していたと考えていい。

    プロテスタントは、ルター以来、会衆が一緒に歌うというのが伝統だ。カンタータはふさわしい内容のコラールをちりばめて作られる。それがコラールカンタータである。特にそのフィナーレは「さあ、みんなごいっしょに」とばかりに聴き慣れたカンタータが、シンプルに合唱されるという構成をとる。

    だから、「Mit Fried und Freud ich fahr dahin」をフィナーレ第4曲に据えたブラームスのモテットop74-1は、そのまま等身大のコラールカンタータと映る。その作品が、ブラームスの親友にして、当代最高のバッハ研究家フィリップ・シュピッタに献呈されているのはまことに理にかなっている。

    2018年4月 6日 (金)

    モテット

    ミサ曲以外の宗教的声楽曲の総称。起源はルネサンス期に遡るという。バッハも数多くのモテットを書いたし、モーツアルトには名高い「アヴェ・ヴェヌム・コルプス」がある。

    バロック時代には欧州各地で地域ごとに独自の発展を遂げる。ロマン派の興隆により、宗教曲の相対的な地位が下がるともに下火に転じたとされている。

    ロマン派も土壇場に近いブラームスも合計7曲のモテットを書いている。

    1. 2つのモテットop29
    2. 2つのモテットop74
    3. 3つのモテットop110

    律儀なことに初期中期後期に一度ずつ置かれている。宗教曲らしく全てが無伴奏つまりアカペラと明示されている。バッハやシュッツのようなドイツの大先輩たちの向こうを張った作風だ。このうちのop74は、当代最高のバッハ研究家、フィリップ・シュピッタに献呈されている。

    こういう曲を書くから保守的だのなんなのと外野席から野次が飛ぶのだと思う。

    2018年4月 5日 (木)

    コンプリートイヤー

    ブログ管理上の用語。ただし私の造語だ。未来の特定の1年間365日、うるう年なら366日、すべての日に未公開の記事が貼り付けてある年のことだ。

    たとえば2018年はもうコンプリートイヤーではない。12月31日まで記事が埋まっているのだが、3か月公開しているのでコンプリートイヤーではない。昨年の大みそかまではコンプリートイヤーだった。年が明けてしまうと2019年だけがコンプリートイヤーとなる。理論的にはほぼ2年分の記事があっても、コンプリートイヤー「0」ということも起こり得る。

    このほど2020年が記事で埋まった。つまり2020年がコンプリートイヤーになったということだ。コンプリートイヤーがあると、特集の長期計画が立てやすくなるほか、心の安寧にも効能がある。できるだけコンプリートイヤー「2」を維持していきたい。そのためには2018年内に2021年を記事で埋める必要がある。

    2018年4月 4日 (水)

    二次会の会場

    私の結婚披露宴の二次会の話だ。通常の披露宴の後、小さなホールで仲間を集めて、ブラームスの第4交響曲を演奏した。大学オケの仲間が大挙して駆けつけてくれた。私がヴィオラのトップサイド、妻がセカンドのトップサイドに着席することで、隣同士になる。およそ40分入場無料の二次会だ。

    その二次会の会場は、ルーテル市谷センターだった。およそ1年前に徹夜で会場確保に並んだ。そこで確保できた日取りに合わせて披露宴本番の会場をおさえるという二次会優先の荒業。仲間とのブラ4優先ということだ。第一ヴァイオリンには大学オケの歴代コンマスが居並ぶという豪華さだった。

    当時は何とも思っていなかった。立地、会場費、規模などもろもろ考慮してベストのホールだった。ご承知の通り「ルーテル」は「ルター」だ。ブログ「ブラームスの辞書」にカテゴリー「421ルター」を立ち上げた今、妙に感慨深いものがある。

    2018年4月 3日 (火)

    ルターと賛美歌

    良い本に出合った。

    20180228_235847
    ルターの賛美歌厳選12作の詳細な解説。読み進めるうちに、宗教改革の歴史や、ルターの人柄など、基本的な情報が会得できる仕組みになっている。昨年の刊行だからおそらく宗教改革500年を意識しているのだろう。このような本を店頭で手に取って購入してしまうのだから、私も変わった。相変わらずの浅学無信仰なのだが、ドイツバロック音楽への理解を深めようと思うと、プロテスタント賛美歌の知識は必携だ。深みと奥行きが違う。

    本日ブラームスの命日に合わせて本記事を公開するとともに、カテゴリー「421ルター」を開設する。

    2018年4月 2日 (月)

    備蓄1000本の回復

    どうやら記事備蓄1000本を回復した。一週間ほど前、記事の備蓄が1000に到達して以来、今日まで記事の備蓄が1000を切ることがなかった。

    「回復」と申すにはわけがある。2014年10月、記事を突然思いつけなくなった。そこから地滑り的に備蓄記事の切り崩しが始まった。もう間もなく2年分の備蓄730本まであとわずかになった2017年8月、これまた突然記事を思いつけるようになった。

    記事を思いつけなくなった原因は今もって不明だが、記事を思いつけるようになった原因ははっきりしている。「バロック特集」だ。現在展開中のバロック特集の記事備蓄がきっかけで、記事を思いつくようになった。当初は「バッハ特集」の予定だったから、実質上功労者はバッハさんである。

    今回のスランプの発動からちょうど4年で記事1000本の回復となった。次なる目標は「丸3年分の備蓄」に相当する1095本である。

    つくづくバッハさんのおかげ。

    2018年4月 1日 (日)

    蛙の子は蛙

    大学を巣立って社会人になる次女の就活のお話。

    いろいろ苦労していた。説明会には山ほど通ったが面接となると腰が引けるタイプだ。そこで効いたのが姉の助言。助言というと聞こえはいいが、叱咤に近い。背中を蹴り飛ばすように志望を確認して面接へ気合を入れた。「私の言うとおりにしゃべってこい」と。親では出来ぬ。

    奇跡が起きた。そもそも2年前に就職した長女は、亡き妻と同じ業界に就職していた。次女もまた結果としてその業界、つまり彼女にとっての母のいた業界に飛び込んだ。

    本当に驚いた。次女のピンチに亡き妻のご加護としか思えない。

    長男が4年前に身を投じた業界は私の現職と深い関係があることを思うとき、「蛙の子は蛙」だと深く実感する次第。

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    本日次女入社式。


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      はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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