バッハ伝とブラームス伝
断りなく「バッハ伝」と言えば、ブラームスの友人フィリップ・シュピッタの著作を指す。19世紀を通じて高揚した音楽学を象徴する功績である。後に続く作曲家研究の学問的手法着眼を確立した功績はまことに大きい。
ベートーヴェンのノッテボーム、ハイドンのポール、モーツアルトのヤーン、ヘンデルのクリュザンダーなどがシュピッタに続くことになる。ブラームスはこうした研究者と親しく交流することで、最先端の研究に深く触れることができた。
一方「ブラームス伝」といえば、20世紀に入って刊行されたカルベックの著作を指すのが一般的だ。
ところが、カルベックは、シュピッタを筆頭とする綺羅星のごとき研究者の一群に算入されていない。これはカルベックの「ブラームス伝」の執筆方針、資料解釈に疑義があることに起因する。全8巻の膨大な著述が、研究書としての位置づけを獲得していないことに他ならない。
思い込みを含めたカルベックの考えに沿うよう、資料の意図的な取捨が行われている。著述には小説然とした大仰な装飾も一部散見される。哲学書を思わせる難解な記述もある。事実の羅列になっていない。かといって正当な仮説の提示というわけでもない。「ブラームス初の伝記」の域を出るものではないという厳しい意見もある。
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