トマスカントル
1723年5月5日バッハはライプチヒのトマス教会のカントル兼音楽監督に就任した。今から295年前の明日ということになる。この日から1750年7月28日に没するまでその地位にあった。
教会の職務であるから、定期的にカンタータを作曲する義務があったおかげで300を超す作品を書いたとされている反面、純粋な器楽曲は書かれにくくなる。
一方、コレギウムムジクムなど若い音楽家の教育という義務も背負っていたことになり、ツィマーマンのコーヒーハウスを舞台とした演奏活動にもつながっていく。
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