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2018年7月31日 (火)

1日平均200アクセス

ブログ「ブラームスの辞書」は、2005年5月30日開設から昨日をもって4810日となった。この間記事更新を一日も欠かすことはなかったが、本日の主眼はそこにはない。

一方、わがブログへの通算アクセスは、およそ97万。

割り算の出番である。通算アクセス数97万を経過日数4810で割るといい。この数値が「200」を超えている。おそらくこの7月のどこかで200に到達したのだが、見落としていた。うかつであった。ここ数年、日々のアクセスを見ていると1日200アクセスは珍しくもないのだが、ブログ開設当初は一日数アクセスの日もあったから、開設からの平均アクセスが200に到達するのはひときわ感慨が深い。

記事の連続更新は、自分の問題だが、アクセスされるかどうかは他力なのでとてもうれしい。

2018年7月30日 (月)

クリンスマン

ワールドカップ終了直後、次期日本代表監督の人選がいろいろと取り沙汰されていた。

一時元ドイツ代表監督のユルゲン・クリンスマンが有力候補だとされていた。

彼は元ドイツ代表フォワードだ。1990年イタリア大会で西ドイツとして優勝した時のメンバーだった。背番号は18番。私のアイドルだったからレプリカのユニフォームを買った。捨てられずにまだ持っている。

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バロック特集を中断してまで言及したのは、今日7月30日は彼の誕生日だからだ。

2018年7月29日 (日)

伊豆の3B

何かと思った。まさかバッハ、ベートーヴェン、ブラームスではあるまいなと。伊豆のカフェの名前だった。

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スリービーンズのことだった。3種類の豆を常時扱っていることから来るネーミングだという。コスタリカの浅い焙煎が気に入った。もちろんコーヒー自慢のお店なのだが、ジビエやピザもおいしくて盛り上がった。

2018年7月28日 (土)

大奇遇

バッハ、ヘンデル、スカルラッティがそろって1685年の生まれだということだって相当奇遇だとは思う。

本日7月28日はバッハとヴィヴァルディの命日だ。バッハは1750年、ヴィヴァルディは1741年で二人は9年違いの同じ日に没した。バッハがヴィヴァルディを熱心に研究したという因縁を思うとこれはかなりの奇遇だ。

もしもである。1856年7月29日に没したロベルト・シューマンの死が一日早ければこのリストにシューマンも加わっていたところである。

2018年7月27日 (金)

ピアノ協奏曲第2番寿

本日、母83歳の誕生日。

子供たち全員が就職して初めての誕生日となる。おばあちゃんの誕生日には、みなで趣向を凝らすのだが、就職と共に全員の日程調整が難しくなった。協議の結果、パーティは明日で、帰宅が遅い長女は欠席となった。

各々プレゼントを準備した。

私からのプレゼントは下記。

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母の好物。ドイツ製のデザートワイン。暑いので貴腐よりはアイスワインかと。ハーフでもかなりなお値段だが、清水の舞台からパラシュート付きで飛び降りた。母の健康を祝して全員で乾杯すると一瞬でなくなる。

2018年7月26日 (木)

ラオホ樽生

ドイツはバンベルク特産のラオホビールは、麦芽を燻製することから名づけられた。癖があるといえばあるのだが、はまると抜けられない。日本でも飲めるのだが、ほとんど瓶入りというのが実情だ。

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樽ナマは諦めているのだが、毎度毎度の赤坂アイヒェンプラッツさんで入荷があり、一昨日賞味してきた。泣く子も黙るシェレンケルラである。

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期待以上の出来映えだ。瓶入りと比べるとまろやかな感じ。特有の燻香はそのままに、味わいが丸い。泡立ちもきめ細かな気がする。それでいてコクもある。濃いのとは違うけれど味に奥行きがある。

絶品のシュニッツェルとの相性が抜群だ。

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いやいや極楽。

2018年7月25日 (水)

FOOD,WINE & SONG

これがCDのタイトルだ。驚くべきCD。ザ・オルランド・コンソルトという声楽アンサンブルが出している。時代としてはバロック以前のルネサンス時代で、領域としては英独仏伊に、なんと驚きのブルガリアを加えたもの。

当時の歌の中からワインや食べ物を扱った作品が集められているばかりか、そこで扱われた料理ないしはお菓子のレシピが、取り扱い各国の言葉で載っている。

サイズこそCDサイズだが、体裁は小さな本だ。

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ドイツは3曲。いずれも1500年から1585年くらいまでの歌だ。
辞書片手にレシピを見ながら聴いていると時間を忘れる。いやはや楽しい。

2018年7月24日 (火)

華麗なるアンサンブル

1874年のヨハネス・フォールハウトの油彩画「家庭音楽のひとこま」に、ブクステフーデとラインケンが描かれている。ラインケンがチェンバロ、ブクステフーデはガンバを受け持っている。

ひょんなことから、両者の作品を収録したCDを入手した。

大オルガニストだった二人の室内楽作品が交互に演奏される。ジャケットには本日話題の絵に描かれた二人の姿が配されている。

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2018年7月23日 (月)

須賀ハリストス教会

やっと入れた。

千葉県の八日市場という街のそばに、須賀ハリストス教会がある。明治になってキリスト教の信仰が許された後に建てられたもの。現在の建物は20年前に建て替えられたものだが、祭壇前の絵画は明治期のものだという。九十九里海岸に近いとはいえ、あたりは田んぼ。のどかな風景が延々と続く。案内の標識もなく、グーグルの地図を頼りにたどり着いた。以前から存在は知っていたが、限られた日にしか内部に入れない。予定を合わせてやっと見学できた。

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寄付代わりにと購入した絵葉書の中の一枚。

なんといってもここはギリシア正教の教会。特色ある十字架が印象的だ。暑い日中、空調もない中、近所の信者の男性が丁寧に説明してくれた。噂に聞いていた明治期の宗教画はとても清楚で印象に残ったけれど写真撮影はしなかった。部屋の隅に置かれた4本の譜面台が聖歌隊の存在を物語る。館内にオルガンはない。尋ねてみるとミサの時には地元の人たちが歌うという。

バッハに親しむ過程で習得したキリスト教の知識に浸っていた脳みそが敏感に反応したのが、我ながらうれしかった。長崎の遺跡群が世界遺産に登録されたことは記憶に新しいが、ここにも何かがあると感じた。

2018年7月22日 (日)

虫のCD

なぜ虫のCDというのかは、以下の画像で明らか。

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木村理恵さんのドイツバロックのヴァイオリンソナタ集だ。時代的にバッハに先行する人々の作品が集められている。

ワルターやクリーガー、エルレバッハ、ブクステフーデなど濃いメンツだ。

とても気にいっている。

2018年7月21日 (土)

無伴奏ヴァイオリンのためのファンタジー

テレマンが1735年に出版した作品。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータがあまりにも名高いので陰に隠れがちだ。私とてバッハの方に興味をもった後に、同じバロック時代の無伴奏作品ということで手に取った。

「ファンタジー」とは、「幻想曲」と訳されるが、パルティータや組曲ほどの制約はなく、自由に曲想の赴くままに作曲された12の小品集という気分である。全12曲すべて楽譜にして見開き2ページで事足りる。おしゃれな曲集だ。

<1番変ロ長調>

ラルゴの「プレリュード」にアレグロの「アルマンド」が続くかのように聞こえる。2分の3拍子のグラーフェは、サラバンドとは一線を画する体裁で独創的だ。驚くのはアレグロの冒頭にリピートされることだ。見た感じは序奏付きのアルマンドがトリオを挟むかとも思える。

<2番ト長調>

序奏ラルゴに次いで走り出すアレグロは4小節差で追いかけるカノン風の出だしなのだが、実態はもっと複雑。テンポ的にはコレンテだと直感が働くが、頻発する3連符とリピート記号の不存在が不気味だ。フィナーレは4分の2なのだが、4分音符が必ず3連符で割られるので実質は8分の6と聞こえるせいか思わずジーク認定したくなる。

<3番ヘ短調>

タイトルにははっきりと「へ短調」と記載されているのに、調合はフラット3つになっている。つまり最後のフラットが省略される「ドリアン風」だ。これもまた調性同様に独創的だ。ヴィヴァーチェの2分の2拍子は本当に魅力ある楽章だが、舞曲へのあてはめは難しい。フィナーレはヴィヴァーチェの8分の3拍子で、前半後半各々リピートされるので、ジークかとも思えるが、「♩♪」のリズムが一切登場せずジーク認定は保留する。

<4番ニ長調>

4曲目にして初めて遅い楽章が冒頭に来ず、いきなりのヴィヴァーチェで立ち上がる。舞曲理解からは程遠い。73小節目グラーフェはフランス風序曲かと見まがう。続く8分の6拍子はまばゆいばかりの典型的なジークだ。

<5番イ長調>

アレグロのプレリュードにプレスト2分の2拍子のフーガが続くかのように立ち上がる。フーガを引き裂いてまた冒頭アレグロに回帰する。それにまたフーガが続く。舞曲脳では理解不能だ。嬰へ短調のアンダンテが嬰ハ長調で終わって、フィナーレアレグロは4分の2拍子と8分の6拍子の急速な交代と聞こえるように設計されているものの、記譜上は4分の2で貫かれる。ジークとブーレの複合かとも。

<6番ホ短調>

大好きだ。2分の3拍子の荘重なグラーフェだが、断固サラバンドではなく、プレリュードを志向していると思われる。プレスト冒頭にホ短調の移動ドでジュピター主題「ドレファミ」が全音符で現れる。本当に衝撃的だ。51小節目以降らしくない半音階のオンパレードでぎょっとさせられる。続く楽章には珍しく「シシリアーナ」と明記される。続いてアレグロ4分の2拍子「ミノーレ」は前後半のリピート記号が存在するせいかブーレかと錯覚する。

<7番変ホ長調>

珍しく「ドルチェ」と記されているがおそらくプレリュード扱いで問題あるまい。リピートを伴う快速の3拍子はコレンテを想起させるが、音の跳躍が多く画一的な解釈は禁物だ。サラバンドかとも紛らわしいラルゴに続くプレストは典型的なガヴォットでいい。

<8番ホ長調>

チャーミングな序奏に続く4分の3拍子はボッケリーニのメヌエット張りの印象的なシンコペーションが売り。フィナーレ8分の3拍子はおそらく「メヌエット」だ。

<9番ロ短調>

冒頭いきなり「シシリアーナ」の表示で始まる。続く4分の2拍子アレグロはブーレーで決まり。さらにフィナーレ8分の9拍子アレグロもジークで文句ない。「シシリアーナ」「ブーレー」「ジーク」の舞曲集だ。

<10番ニ長調>

舞曲解釈ではたちまち限界が露呈する。プレストで曲が始まる衝撃を味わいたい。フィナーレ8分の9拍子もジーク認定しにくい。

<11番ヘ長調>

4分の2拍子ウンポコヴィヴァーチェが「Soave」を囲い込む異例の構成。フィナーレ4分の3拍子もコレンテとは言いがたく難解。

<12番イ短調>

うち続く付点のリズムはフランス風序曲を思わせる。続く「8分の6拍子アレグロ」は自然にジーク認定だ。フィナーレもこれまた自然にガヴォット認定されていい。

2018年7月20日 (金)

第二次ウィーン包囲

シュメルツァーのヴァイオリンソナタに「トルコ軍に勝利するキリスト教徒」という作品がある。シュメルツァーと言っても息子のアンドレアス・アントン・シュメルツァーの方。父の弟子と目されるビーバーのロザリオのソナタ第10番の盗用という話題もついて回る。

二か月におよぶ包囲に耐え抜いた喜びを作品に盛り込んだとみるが、横着して盗用したわりには包囲終了3年後の完成と言われている。

アンドリュー・マンゼのCDを買い求めて楽しもうと思ったら、その前後に収録されていたシュメルツァーのソナタが美しくてはまっている。

2018年7月19日 (木)

今こそ声上げ

オリジナル「In dulci Jubilo」という。このタイトルはドイツ語ではなくラテン語である。テキストもドイツ語とラテン語が混在し、庶民はラテン語部分の意味は分からず呪文状態だったと推定されている。

  1. バッハ BWV608,729,751
  2. ブクステフーデ  BuxWV197

パッヘルベルとテレマンに採用がないけれど、心躍るばかりのクリスマス専用コラールだ。原題のラテン語は「甘き喜び」くらいの意味。「dolci」は音楽用語「dolce」の複数形であるばかりか「スイーツ」の意味もある。「jubilo」はサッカーJリーグのジュビロ磐田のネーミングの元ともなっているからなじみ深い。

2018年7月18日 (水)

紙の帽子

都内江東区の某専門店でほぼ衝動買い。

夏用の帽子だ。

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大好きなブラウン基調で、頭頂部に向かうにつれて明るくなる巧みなグラデーションだ。ベルトもおしゃれ。夏のおでかけにと帽子を探していたのだが、形、色、素材、サイズ、価格の、複雑な多変数関数のため決められずにいたが、なんとか購入。3900円だから価格にも満足。頭が大きいから、半端なサイズでは乗っかっているだけになりがちなのだがサイズもピタリとはまった。

品質表示を見ると「紙」と書いてある。撥水加工をした紙を編んであるらしい。水洗いはできないが、少々の雨なら問題ないし、軽い。

良い買い物。店名を「マイケル」だと思って、「聖ミカエル」にあやかれると喜んでいたら、とんだ勘違いだった。

2018年7月17日 (火)

Per eco in lontano

もっぱら「遠くのこだま」と訳されるヴィヴァルディの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」イ長調RV552だ。ここ日本では、なんたって「四季」で名高いヴィヴァルディ、百歩譲っても「調和の霊感」どまりの受容っぷりなのだが、この曲は気に入っている。特に第一楽章だ。丁寧なあいさつを思わせるエレガントなたたずまいがとてもいい。四季の両端楽章はしばしば鋭角的なのだが、こちらは丸みを帯びている。

2018年7月16日 (月)

現代の潮干狩り

断りなく「潮干狩り」と言えば、春から夏にかけて遠浅の浜辺で行う貝拾いのことで、春の季語にもなっている。

本日話題の「現代の潮干狩り」とはシーグラス採集のことだ。シーグラスは人類が海洋投棄したガラスが、長い間に削られて浜辺に打ち上げられたものをいう。

角が削られて、踏んでも触ってもけがをしないくらいのものがいい。割れて間もないものは切り口が鋭利で危険なこともある。削りが進んだものは丸みを帯びた形もさることながら、乳白系の優しい色合いになる。独特の手触り光沢が魅力的だ。

人間によるガラス瓶の海洋投棄が原因で、環境破壊と表裏一体の関係だから手放しで盛り上がりにくいのが難点だ。

きれいで形のいいシーグラスはどこでも見つかるわけではない。私はここ1年くらいはまっていて、海岸近くに出かける度に探している。よい「漁場」はなかなかなくて、仮に見つかってもネットでの公開は、はばかられる。同じものは二つとなく、色とりどりで、見つかる比率でいうなら、「青緑」が一番多い。「白」がこれに続き、「茶」はがくんと少ない。「赤」はさらに少なくとても貴重だ。

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今日は海の日。

2018年7月15日 (日)

お盆のファンタジー34

ブラームスさんお手製のCDをさっそく聴こうという話になったと思ったら、娘たちが部屋に入ってきた。何かと思えば手にワインを持っている。ブラームスさんが持参したワインを冷やしておいたとか。パパにばれないように野菜庫の奥に入れて大根でかくしておいたと娘が言っている。やけに早い登場はそういう工作のためだったそうだ。

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サプライズのつもりらしい。決勝戦を見ながらとも思ったが、特製CDを聴きながらも悪くあるまい」と自慢気に話すブラームスさんだ。

あんたの慰労だと薦めてくれた右側のアイスワインは絶品だった。

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ご覧の通りのゴージャスな色合い。

2018年7月14日 (土)

お盆のファンタジー33

「忘れていた」と言い訳しながら、CDを1枚出して「私からの贈り物だ」と付け加えた。ジャケットには手書きで「お疲れ様」と書いてある。収録は下記の通り。

  1. 2013年 マスカーニ 「カヴァレリアルスティカーナ」間奏曲
  2. 2011年 ラヴェル 「ラヴァルス」
  3. 2012年 ショスタコーヴィッチ 交響曲第5番第4楽章
  4. 2013年 ブラームス ピアノ五重奏曲 第3楽章
  5. 2014年 ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」
  6. 2015年 リスト 交響詩「レプレリュード」
  7. 2016年 マーラー 交響曲第5番よりアダージェット
  8. 2017年 サンサーンス 「バッカナール」
  9. 2018年 Rコルサコフ 「スペイン奇想曲」
  10. 2017年 シベリウス 「フィンランディア」合唱付き。
  11. 2013年 シェーンベルク レミゼラブルより「民衆の歌」

作曲家が重複しないように工夫したとどや顔。2013年はあなたの室内楽だがと水を向けると、もじもじと「気に入らんか?」と私の顔を覗き込んできた。「だから代わりにレミゼを最後に入れておいた」とは、空気の読める男だ。「ありがとう」と言って全力で手を握り返した。

まさに現代のピエタだとブラームスさんがため息をつく。このレベルがずっと維持されているとは驚きだとも付け加える。

全てお見通し、毎度のことながら目端の利くブラームスさんだ。

2018年7月13日 (金)

お盆のファンタジー32

六重奏の話は、自作だということもあって、それはそれは控えめな喜び方だった。話の一段落を待って、「ところで」と話を変える。「DUK77ってなんだ?」

は?

という私の顔つきをうかがって、さらにたたみかける。「羽田空港で写真撮影のときに見かけた」と言っている。

先般のドイツ公演の際に、裏方でがんばったOGチームの名前だと説明した。現役の生徒たちだけでは、公演の運営に手が回らず、国内での演奏会のようなクオリティにならないから、有志を募って現地裏方を募集したんだ。「フットボールのチームかと思った」と切り返すブラームスさんだが、総勢11名だったということもお見通しのようだ。「何人か青いネクタイの生徒がいただろ?」一部は演奏の手助けもしたと説明した。

「それにしても天国から直行の我々とちがってお金もかかるんだろ?」と心配顔のブラームスさん。「後輩の演奏会を助けたいというピュアでまっすぐな気持ちの現れです」と答えておいた。ついでにノイシュヴァンシュタイン城にも立ち寄る強行軍だったと付け加えたら、「ああ知っているよ」と言っている。なんでも「神様お天気センター」にお願いして現地に雪を降らせたとどや顔だ。

もはや「子供たち」「生徒」といういい方は似合わない立派なレディーたちだなと、意見が一致した。

2018年7月12日 (木)

お盆のファンタジー31

「それにしても」と、ブラームスさんは話を切りだした。

「ニュルンベルクでの六重奏は素晴らしかったな」

次女の後輩たちのドイツ公演に先立って、ニュルンベルク市庁舎を表敬訪問した際に、弦楽器のトップ奏者6人がブラームスさんの変ロ長調六重奏曲の第一楽章を披露したことを言っているのだ。

「お聴きいただけたのですね?」と言い終わる前に「ブッルルァーーヴォ」と、巻き舌をやけに強調して言い放った。あんたの娘さんたちの五重奏を思い出したよと言って乾杯のしぐさ。

出発前に私も聴かせてもらったと言うと、どうだった?と聞き返してきた。「あれは私があなたの大ファンだと知っての贈り物代わりの演奏だったんですよ」と私。

折り目正しいテンポ、制御されたフォルテ、端正なフレージング、乙女らしいみずみずしさ、どれをとっても極上じゃなとブラームスさんは満足気だ。コンミスの腕前はRコルサコフで実証済みだが、取り囲む5人の温かみのある音が印象的だった。立ち上がり、チェロとヴィオラの音色で引きこまれた。とくに第一チェロは、只者ではあるまい。6度連鎖の小結尾主題を余裕しゃくしゃくで弾かれて、はっとした。ヴィオラ2本で効かせる急ブレーキからヴァイオリンデュエットに至る流れは、心憎いばかりじゃ。再現部で、伴奏に回るコンミスの難儀なオクターブは、さすがじゃな。コーダのピチカートによるレントラーには「終わらないでくれ」と思ったなどと、もうとどまることを知らない。

時間をかけたらもっとよくなりますねと私が水を向けると、いずれは全曲が聴きたいと真顔で乗り出してきた。

「その時は一度練習を見てもらえませんか?」と頼んでみた。「何度でもオーケーだ」と言って勢いよくジョッキを空ける上機嫌のブラームスさんだった。

2018年7月11日 (水)

お盆のファンタジー30

やけに早い到着のブラームスさんだ。今年は連れがいないそうだ。

「そんなことより、今年の日本は地震やら水害やらで大変らしいな」と心配顔だ。「こっちはサッカーが決壊しているがね」と自虐ネタも忘れない。ドイツ代表の惨状と、ハンブルガーSVの初降格を肴に飲もうと思ってきたらしいが、水害が気の毒でと気乗りしない様子である。神妙な顔をしている。

以前にイタリアでひどい目にあったから他人ごとではないと言いながら、仲間から預かってきたという義援金を懐から取り出した。

こういうところは律儀である。

2018年7月10日 (火)

照る山もみじ

「愛するイエスよ、我らここに集いて」(Liebster Jesu, wir sind hier)は大好きなコラールだ。本当に本当に美しいのだが、冒頭赤枠内が「もみじ」の中の一節に似ているので、私的通称としては「照る山もみじ」になっている。

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作曲者はヨハン・ルドルフ・アーレ(1625-1673)は、ミュールハウゼンのオルガニストとして活躍した。同職務は息子のヨハン・ゲオルクに引き継がれた後、その死去にともなって21歳のバッハが引き継ぐことになる由緒ある地位だ。

だからというわけでもなかろうが、バッハは合計6度編曲している。

  1. BWV373 4声のコラール集
  2. BWV633 オルゲルビュッヘライン 5声体
  3. BWV634 オルゲルビュッヘライン BWV633の異稿
  4. BWV706 キルンベルガーコラール
  5. BWV730
  6. BWV731

みんな微妙に違っていてとても楽しい。BWV373はオルガン版、合唱版ともに美しい。カンタータに採用がないのが残念だ。

2018年7月 9日 (月)

大出費

レーガーがブラームスに献じたオルガン作品「JSバッハの作法にて」のCDをとうとう入手した。全集の中に入っていた。

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これ欲しさに、全集をやむなく買い求めた。およそ8000円の大出血だ。

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気を取り直してブックレットを読むと、オルガンコラールが山ほどある。バッハと共通するものも多くてしばらく退屈しない。

2018年7月 8日 (日)

ハインリッヒ・ヘルツォーゲンベルク

Heinrich von Herzogenberg(1843-1900)グラーツで生まれたオーストリアの作曲家。

彼の愛妻リーズルは、ブラームスから贈られた作品の草稿をもとに、しばしば鋭い批評を展開しブラームスを喜ばせた。晩年のクララは、自分の優先順位が下がったと感じヘソを曲げたとも言われている程だ。

op69以降の諸作品について議論した2人の往復書簡は、研究家垂涎の第一級の資料になっている。ブラームスは彼女の批評を元に作品を改訂したことは滅多になかったが、批評を乞うことを止めようとはしなかった。彼女とのやりとりそのものが楽しかった感じである。

彼女との文通で厄介なことが一つだけあった。ブラームスが作品を送ると、ときどき亭主ハインリッヒの作品が送られて来ることだった。もちろんコメントを求められているのだ。出来る限りスルーを決め込んでいたブラームスだが、やむにやまれず不器用なコメントを返した。対位法の大家ブラームスといえどもこれは難儀だったと見えて、リーズルの機嫌を損ねないでやり過ごすのに汲々としてしていたらしい。

ブラームスは楽譜を見ただけで作品の価値をたちどころに見抜いていたし、その作者の才能の奥行きまでも読み切っていたことは疑い得ない。称賛ばかりがとどまらぬドヴォルザークとハインリッヒの差は歴然である。

そうはいっても、彼は記念碑委員会の発起人の一人であり、ライプチヒ・バッハ協会の芸術監督まで務めた大物だ。ブラームスがライプチヒ訪問の度に夫妻に会っていたくらいの関係である。

2018年7月 7日 (土)

五十音順の奇跡

欧米系の言語で辞書を作ろうと思ったら単語の配列はアルファベット順だ。日本語だと間違いなく五十音順になる。「あ」から始まる。

バッハ事典は、欧米系の言語で書かれる限り、アルファベット順で固く、日本語なら五十音順で自然だ。バッハ事典の先頭は「アイゼナハ」が来る。これを奇跡と呼ばずになんとする。1685年3月21日にバッハはアイゼナハで生まれた。アイゼナハは生まれ故郷だ。ドイツ語での綴りは「Eisenach」だからアルファベット順だと先頭に来るはずがない。バッハ事典が生まれ故郷の記述から始まる日本語版はなんだか感慨深い。

2018年7月 6日 (金)

ストップリスト

ストップとは、オルガンの重要な機構の名前。どのパイプに空気を送るかを制御し、結果としてオルガンの個性を決定づける。オルガニストの関心は、鍵盤数やパイプ数よりストップの数や構成に寄せられると申しても過言ではない。

一昨日紹介した「バッハの街」という本の末尾には。本文中で言及した街に存在するオルガンの所在地、所蔵する教会名に加えて、各々のオルガンのストップリストが一括して掲載されている。本文は紛れもなく「優秀な旅のガイド」なのだが、ここまで読み進めると、バッハゆかりの街のオルガン探訪のための書物であることが明らかになる。

詳細を極める念入りな記述だけで、著者のこだわりが感じられるのだが、このストップリストたるや、もはや狂気の域に片足を入れている。この本を片手に街々をめぐってバッハゆかりのオルガンを見聞きする旅というニーズの存在を感じさせる。

つくづくすごい本だ。

2018年7月 5日 (木)

記念碑委員会

記事「バッハの街」で紹介した本の話題。巻末に人名索引がある。そこにブラームスがたった一度だけ出てくる。228ページに駆け込むとそこはライプチヒの項目。バッハ臨終の地で、生涯を捧げたトマス教会の所在地。

ハッハ没後100年の1850年にバッハ記念碑造営の計画が持ち上がり、1869年になって記念碑設置委員会が組織されたという。発起人の一人がブラームスの友人のハインリッヒ・ヘルツォーゲンベルクというより、リーズルの夫だ。だからという訳でもなかろうがブラームスは組織委員会に関与し始めたという。
言及はここ一箇所だが、何だか嬉しい。モーツアルトもベートーヴェンも、ワーグナーも言及がない。メンデルスゾーンやシューマンに混じってブラームスはバッハ本の常連なのだ。

2018年7月 4日 (水)

バッハの街

ご機嫌な書物のタイトル。マルティン・ベッツォルト著「Bachstaetten」という本の和訳版。2005年に刊行されている。

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生地アイゼナハ、没地ライプチヒを筆頭とするバッハゆかりの街々をバッハの人生とともに書き記した好著。何と言っても都市が切り口になっている。バッハとのかかわりに軸足を置きながら、観光ガイドの目的も忘れていない。

著述の姿勢は圧倒的な細部へのこだわりと網羅性。原語スペリングへの配慮と和訳のバランス。作品や人生との接点を折り目正しく丁寧に辿る。持ってドイツに行きたい。出来れば地図もだ。
そしてそして読後におそってくるのは、ブラームスで同じことをした本はないのかという切迫した気持ち。鉄道の興隆によって拡大したブラームスの行動範囲をつまびらかにした本は現地ドイツでは出されていないのか。
都市とバッハというコンセプトが優れていればいるほど、無いものねだりが止まらない。同時にブログ上で「バッハ地名辞書」という企画を展開する意味が消滅させられている。

2018年7月 3日 (火)

心を弾ませ

ドイツ語では「Werde munter,meine Gemuete」という。1642年ヨハン・ショップの旋律だ。夕べの歌として知られている。

  1. バッハ BWV1118
  2. パッヘルベル P498

BWV1118という大きな番号はノイマイスター手稿譜での実在ということだ。パッヘルベルにもあってうれしいなどと言っている場合ではなかった。

「主よ人の望みの喜びよ」として有名なBWV147の第6曲と第10曲は、この「心弾ませ」が下敷きになっていた。4分の4拍子の原曲を8分の9に差し替えているからわかりにくい。感覚としては別旋律だ。

2018年7月 2日 (月)

マリア訪問の日

さっぱりわからんのが実態だ。就職活動の一環としての「会社訪問」の場合、学生が会社を訪問することだから「会社」は目的語だけれど、キリスト教の祝日「マリア訪問の日」の場合は「マリア」が目的語ではない。つまり誰かがマリア様を訪問した日ではなかった。正解は主語だ。マリア様が主語である。

天使ガブリエルから受胎を告げられたマリア様は、それが受け止めきれずに、当時身重だった親戚のエリザベートを尋ねてアドバイスを受けた日で、7月2日とされている。

バッハのトマスカントル就任のその年でもある1723年7月2日マリア訪問の日のために初演されたのが「心と口と行いと生活で」BWV147であった。このカンタ-タの第6曲こそが今や知らぬもののない「主よ人の望みの喜びよ」である。

2018年7月 1日 (日)

ブラームスの弾いたオルガン

ブラームスは、1862年にウィーンに進出する前、ハンブルクに住んでいたころ、自らの洗礼を受けた聖ミヒャエリス教会で、しばしばオルガンを弾いた。1770年ヨハン・ゴットフリート・ヒルデブランド製だったという。バッハと親交があったことでも知られているツァハリス・ヒルデブラントの息子である。

礼拝でオルガンを弾くほか、合唱の伴奏も務めていたらしい。

ウィーン進出後は、フォーティフ教会1878年製を弾いていたとされている。

こうしたオルガン演奏経験が、「オルガンのための11のコラール前奏曲op122」の作曲に繋がっている。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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