ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 2018年10月 | トップページ | 2018年12月 »

2018年11月30日 (金)

ブラームスプラッツ

ブラームスムゼウムから少々歩くとブラームスプラッツがある。

20180815_115728
エルプフィルハーモニ完成まではハンブルクの音楽界の中心だったライスハレを頂く広場だ。

20180815_120323
ライスハレ壁面のプレート下側の記載を読むと、ハンブルク名誉市民1889と読める。見落としがちだがとてもうれしい。

ムゼウムよりはブラームスが生まれた家に近い。

2018年11月29日 (木)

合同ムゼウム

ブラームスムゼウムのすぐそばに、MQというムゼウムがある。

20180815_104652
これがその看板だ。ハンブルクゆかりの作曲家の合同ムゼウムという趣だ。マーラー、テレマン、CPEバッハ、メンデルスゾーン姉弟など華麗なメンバーである。ブラームスだけが独立したムゼウムを持っていたのは幸いだった。共通券で入場できるのも助かった。

テレマンの展示が薄いのが気になった。ショップの品ぞろえもテレマンは心細い。

20180815_114543
マーラーはウィーンに進出する前、ハンブルク市立歌劇場の音楽監督だったからハンブルクに深い関係がある。

20180815_114528
19歳のアルマだ。のちのマーラー夫人。こんなところで会えるとは。

テレマンやCPEバッハの業績に深く触れるには、ロマン派色が勝っている。特にショップにおけるテレマンのCDの品ぞろえにはがっかりした。「ターフェルムジーク」でお茶を濁す感がありありだ。

2018年11月28日 (水)

レクイエム合唱

献本を終えて二階に上がった。小規模だが丁寧な展示。

20180815_111259

二階には男性職員がいた。展示の自筆譜を見ながら旋律をハミングしていたら「あなたはプロフェッショナルな音楽家か?」と聞かれた。「とんでもない」と答えた。彼は合唱団員らしい。ドイツレクイエムは64回歌ったと言っている。おおってなもんだ。

私がドイツレクイエムの第3楽章の独唱バリトンのパートを歌いだすと一緒に歌ってくれた。勢いで全楽章の出だしを一緒に歌った。いやはや凄い人がいるもんだ。

土産物は目新しいものはないと諦めかけたがブラームスの名刺を見つけて購入した。

20180816_061541
住所がウィーンのカールスガッセ4番地になっているというこだわりがおしゃれである。1枚1ユーロとは結構なもんだが、思わず10枚買った。

2018年11月27日 (火)

本質的な献本

いよいよ8月15日最大の訪問先ブラームスハウスに行く。聖ミヒャエリス教会から徒歩でいける。

20180815_105333
20180815_105401
20180815_105341
ドアにはかぎがかかっていた。呼び鈴を押すと中からエレガントな老齢の女性が出てきて招き入れてくれた。

20180815_105933
20180815_110043
来訪の趣旨を伝え「ブラームスの辞書」を寄贈した。

20180816_060640

ブラームスの生家の絵葉書を取り出してお礼のメッセージを書いてくれた。
20180816_060946
これがどれだけうれしいかご理解いただけるだろうか。

2018年11月26日 (月)

姫路訪問

11月22日から2泊3日で母を旅行に連れ出した。4月に末っ子が就職したので、子育て終了記念旅行である。私自身は夏のドイツ旅行で一区切りとしたが、最大の功労者である母のケジメが後回しになっていた。

20181122_122704_2
念願の姫路城を筆頭に盛りだくさんの3日間であった。母の表情を公開するわけにもいかないので、ドイツ帰国以降退屈していたセバスチャンをお供に連れて行った。およそ3か月前にはワルトブルク城にいたセバスチャンがご案内する。

20181122_120921
姫路城天守閣の最上階まで自力で登れるか心配したが、まったく問題はなかった。手すりにはつかまったが、景色には目もくれず自力であっという間に登り切って最上階の刑部神社で無事の登閣に感謝した。

降りながら景色を楽しんだ。むしろ下りの方が慎重で、時々手を貸した。

20181122_122012_2

セバスチャンはどうもこういうアングルが好きだ。

20180813_093428
ワルトブルク城に比べ木々の色付きが鮮やかだ。

20181122_135737
姫路城に隣接する好古園の紅葉が鮮やか。

20181122_162837
姫路城見学を終えてから、レンタカーを借り出して、長駆淡路島を目指す。夕暮れ時の明石海峡大橋だ。

20181123_095834
二日目は、これまた念願の和三盆。四国讃岐の三谷製糖。もう来れないからと言い訳しつつまとめ買い。

20181123_122051
鳴門海峡の渦潮を見入るセバスチャンと母。12時10分の干潮時刻にピタリと合わせた神業のスケジュールだ。加えて本日は大潮とあって海上の激流に目がくらんだ。

20181123_141837
淡路島に引き返して、淳仁天皇淡路三原陵を参拝。ここは私の趣味。奈良時代の政争の末こちらに配流されて亡くなった悲劇の天皇である。

20181123_144430
続いておのころ島神社。

20181123_152444
淡路島名物のお香を買い求める。

20181123_154332
こちらは伊弉諾神社。私の父方の祖父は淡路島出身だ。母にとっては義父。淡路島のどこなのか知らないけれど、こちら淡路国一の宮に詣でて、祖先参りとした。

20181124_100116
3日目はまたまた讃岐経由で、岡山を目指す。瀬戸大橋与島SAから、北備讃瀬戸大橋。

20181124_122902
岡山後楽園。

20181124_133748
岡山城。

長い間、渾身の子育て、ありがとう。これからもずっとありがとう。

2018年11月25日 (日)

地下墓地

聖ミヒャエリス教会訪問の目的は墓参。地下室にバッハの次男CPEバッハの墓がある。大抵の客は、地下室に降りたところの料金表を見て立ち去る。私は悠然と4ユーロを支払って、受付の女性に「CPEバッハのお墓は?」と尋ねた。

20180815_102340
20180815_102343
こんな感じ。

20180815_102117
これがバッハの次男カールフィリップエマニュエルの墓だ。テレマンの後任としてハンブルク市の音楽監督を務めたから、同墓地への埋葬もうなずけるのだが、テレマンはここには埋葬されていない。

20180815_102226
こちらはヨハンマッテゾンの墓だ。

日本ではなかなか体験できない敬虔な雰囲気だ。パッヘルベル、バッハ、テレマン、ブクステフーデの4人の墓参がメインとは言え、バッハ次男の墓参も狙っていた。

2018年11月24日 (土)

ミヒェル展望台

ここの教会はエレヴェーターで塔に登れる。

20180815_100112
これがエレヴェーターだ。

20180815_100132
見てきたばかりのビスマルク像。

20180815_100144
エルベ川方面。20180815_100259
のけぞり気味のセバスチャン。




2018年11月23日 (金)

聖ミヒャエリス教会

ハンブルク主要5教会の一つというより、ブラームスが洗礼を受けた教会だ。今回の旅の目的地筆頭。地元民は「ミヒェル」と呼ぶらしい。

20180815_081114
20180815_075843

ルター像がある。
20180815_080339
重厚な扉。

2018年11月22日 (木)

柴犬のハーベイ君

ビスマルク像から聖ミヒャエリス教会に行く途中で驚くべき出会いがあった。

地元の人が犬を散歩させていた。きっと朝の散歩だろう。

20180815_094749
見事な柴犬だ。飼い主は「ヤパーニッシュフンド」だと自慢げだ。私が日本人だとわかるととても喜んでくれて名前は「ハーベイ」だと教えてくれた。写真ではいい子に座っているのだが、実は私にじゃれついてきてなかなか写真が撮れなかった。

2018年11月21日 (水)

エルベのほとり

さて、ビートルズプラッツ訪問を終えて、地下鉄に乗る予定を変えて、徒歩でエルベ川に向かうこととした。

20180815_074150
20180815_074207
昨日訪問したエルプフィルハーモニーが見渡せる。ここはハンブルク旧市街を囲む城壁がエルベ川と接するところだ。そこにお目当てのものがある。

20180815_074556
ドイツ最大と言われるビスマルク像である。

20180815_074843


20180815_074927
落書きが無残で悲しいとセバスチャン閣下はお怒りだ。

20180815_094407
これくらいの距離がいい。

2018年11月20日 (火)

ビートルズプラッツ

アルトナを後にして地下鉄で2つ目がレーパーバーンだ。

20180815_070528
レーパーは船の必需品ロープを作る業者が集中していたことに由来する地名だが、現代では欧州屈指の歓楽街として泣く子が黙る。夜間の一人歩き自己責任でと釘をさされる。かといってスルーも出来ず、やむなく早朝の訪問とした。

目的はビートルズゆかりの地を訪ねることだ。

20180815_071804
20180815_071849

人気のない道を歩いて簡単に見つけた。ここでブレーク前のビートルズが演奏したと書いてある。

20180815_071353

少し離れたとこにビートルズプラッツがあった。

20180815_071304
おお。

20180815_071333
左利きのこれがポールだなとセバスチャン閣下が申している。

20180815_071415

早朝のせいか身の危険めいたものは全く感じなかった。

2018年11月19日 (月)

アルトナ

7日目8月15日のレポートを始める。ホテルを6時30分に出る。お目当てはアルトナ駅。ハンブルク中央駅から地下鉄で10分くらい。昔は隣の国だったが、今はハンブルクの衛星都市みたいな位置づけ。ハンブルク中央駅は頭端式ではないけれど、アルトナは頭端式だ。各地からの長距離列車は頭端式のアルトナ発着も多い。

20180929_123808
図の右端「Hbf」とあるのがハンブルク中央駅だ。
20180815_063827
地下鉄アルトナ駅。

20180815_064243
DBはこちら。

20180815_065313
線路を覆う壮麗なアーチがあるわけでもない。ましてハウプトバーンホフでもないが、頭端式には抗しがたい魅力がある。

20180815_064736
20180815_064948
ここのベンチでピザを買い食いして朝食とした。

2018年11月18日 (日)

マイカー更新

昨日、マイカーを更新した。こんなことがあって更新してからもう6年2か月だ。とても愛着がある車で、昨日の朝、最後のお掃除をしたときはさびしかった。

  1. 消費増税
  2. 車検切れ
  3. 下取り査定
  4. 希望車種
  5. 希望装備
  6. 資金繰り
  7. 定年退職

これらの条件が複雑に絡み合う多変数関数だった。昨年9月の車検からずっ考えづけていたけれど、なんとか最適解にたどり着いた。納車日の昨日は父の祥月命日で、ディーラーさんから提示された納車候補日から迷わず選択した。現役サラリーマンとしては最後の更新となる。

父の墓前で報告し、新車の安全をお願いしてからディーラーに直行した。前の車の走行距離は60,180kmとなった。週末以外は最寄り駅までの送迎にしか使わないのに走ったほうだ。最後に新旧の車を並べて撮影して、バトンタッチの儀式をした。

今回の目玉装備は車載ハードディスクにお気に入りのCDを登録しておけるシステム。気に入っている。何を収録しようかと考えるのも楽しみだ。マイカーにカーナビを載せるのも初めてである。

画像はもちろん、メーカー、車種、色、登録ナンバーなど公開は、はばかれる。しかしながら展開中のバロック特集に割って入るだけの工夫をしたとだけ申しておく。8月14日のレポートが終わり、明日から8月15日の報告に移る切れ目に合わせるのに少しだけ苦労した。

購入後最初に再生した曲は、バロック特集中とはいえ、さすがにブラームスで、「Geistlischeslied op30」とした。

長く乗れるはずだ。

2018年11月17日 (土)

ニコライ廃墟

グレニンガーで自家製ビールを賞味してもまだ明るいので、近くのニコライ教会の廃墟に行ってみた。第二次世界大戦中の爆撃で破壊された教会がそのまま残されている。ハンブルクは第二次大戦中過酷な爆撃を受けた。1842年の大火と合わせれば市街には古い建物が残っていない。戦後、忠実に再建されてはいるのだが、散策中はずっと心にとめていた。バッハ当時の建物の現物ではないのだ。

20180814_200754
20180814_200821
20180814_200831

この教会にももちろんオルガンがあった。アルプ・シュニットガー制作のオルガンで、パイプ数4000という壮大な規模だったが、1842年の大火で焼失していた。シュニットガーの友人ヴィンツェント・リューベックという優れた作曲家がオルガニストを務めていたこともある。
20180814_200848
20180814_200905
人影まばらな夕暮れ時ということもあり、なんだか悲しくて立ち尽くした。

20180814_201046
セバスチャン閣下も出てこない。

2018年11月16日 (金)

グレニンガー

ということで8月14日の夕食はこちら。

20180814_194959
20180814_195017
20180814_195009
カタリーネン教会にほど近い自家醸造のレストラン。これまた地下に潜りこむお決まりの構造だ。

20180814_191837
20180814_191908
自家製のグレニンガーピルス⑭。濁りがあってどちらかというと褐色系。味わい独特。苦味はないと申していい。北方系としては拍子抜け。おししいから文句はない。

20180814_193837
この雰囲気だけで満足だ。

2018年11月15日 (木)

倉庫街

ミニチュアワンダーランド、エルプフィルハーモニーの周辺はいわゆる倉庫街で、世界遺産になっている。縦横に張り巡らされた運河と合わせ独特な味わいがある。

20180814_164623
20180814_164755
20180814_164710
20180814_172616
見てきたばかりのエルプフィルハーモニー。

20180814_195622
20180814_195709
20180814_195746
夕暮れもまた乙である。






2018年11月14日 (水)

エルプフィルハーモニー

ミニチュアワンダーランドを出て徒歩でエルプフィルハーモニーに向かった。エルベ川畔の倉庫群の一角にそびえ立つ最新鋭のコンサートホール。8月だけに演奏会は開かれていないが、展望台に登れる。

20180814_165647
20180814_165649
好天は何よりのおもてなし。

20180814_170453
エスカレーターで登る。

20180814_170626
こちらはホールの入り口だが本日はイベントなし。

20180814_170400
20180814_170922_2
20180814_171232_2
ドイツ最大の港町を一望にできる。

2018年11月13日 (火)

ミニチュアワンダーランド

駅前のホテルにチェックインして真っ先に向かったのがミニチュアワンダーランドだ。世界最大の鉄道模型ジオラマ。今回の旅行の目的地の一つ。

地下鉄Baumwall駅で下車。

20180814_144948
20180814_145641
あたりは名高い倉庫街。わくわくと歩く。

20180814_150017
20180814_150038
混雑を予想して15時にネット予約しておいて正解だった。すんなりと入場したそこは本当にワンダーランドだった。

20180814_150910
これが模型とはいきなりおどろく。地元ハンブルクのHSVの本拠地。圧倒的な細部へのこだわりとウィット。

20180814_151628_2
これまたハンブルク名所のエルプフィルハーモニー。

20180814_152617_2
火災現場の忠実な再現。

20180814_153129_3
20180814_153206_2
本当に時刻通りに飛行機が発着する空港。

20180814_153426_2
ご存知ノイシュヴァンシュタイン城。

20180814_154502
ローマのリミニ駅。

20180814_154539
20180814_154742
サンピエトロ寺院とトレヴィの泉。

20180814_155247
入場者が国籍別に集計されてリアルタイムに表示される、33789に私も含まれている。周辺の欧州諸国より日本のが多くて笑える。

いやはや圧倒されるばかりの二時間半だった。こういうこだわりは本当にすごい。今も新たなエリアを建設中らしい。

思わずTシャツを購入した。

20180822_191449

2018年11月12日 (月)

ハッセレーダー

最終日フランクフルト行きの時間を繰り上げて、まずは腹ごしらえだ。本来車内でランチを済ます予定だったが、食事が出せないということで駅構内のフードコートを利用した。

20180815_152045
教会と間違えかねないハンブルク中央駅の威容だ。

20180814_141425
活気溢れるフードコート。一回りするだけで相当な種類のビールが飲める。

20180814_141833
パンとポテトとハンバーグ。ハンブルクらしい。安くて美味なのだが、ここの注目はハッセレーダーピルス⑬だ。旧東独ハルツの山懐ヴェルニゲローデ産の樽ナマとは貴重だが、駅のフードコートで飲めるとは。

ほのかな酸味、飲み込み際にあらわれるかすかな甘みなど、特徴的。

2018年11月11日 (日)

小心者の対応

私のことだ。急に不安になった。

  1. 8月09日ミュンヘン発ニュルンベルク行き 40分遅れ
  2. 8月14日アイゼナハ発ハンブルク行き 60分遅れ

ドイツ入り後5日の間にこのような遅れに遭遇した。駅の表示のドイツ語はまだしも、アナウンスは不安だ。

実は今回の旅行では急な日程変更に備えてICEの座席指定はとっておらず、現地でその都度確保の方針だったのだが唯一、最終日ハンブルク発フランクフルト空港行きだけは座席を確保してあった。8月18日13時24分ハンブルク発で、フランクフルトが17時20分だった。搭乗便は20時45分発である。

3時間25分ある。

しかし、60分の遅れがこれほど頻発しては不安で仕方がない。セバスチャン閣下も不安顔だったので、ハンブルク到着後すぐ駅の窓口に飛び込んで、最終日のフランクフルト空港行きを早めてもらった。1本早い便には空席が無く、やむなく2本早い便にした。これだとリューベック発が7時04分になる。

20180814_131948
20180814_132244

実はドイツ語不安の対策として、旅程表のドイツ語版を作ってあった。それを窓口の係員に示すと効果は絶大だった。彼らはプロなので、旅程表を見るだけで、私がどうしたいのか一瞬で察してくれて有意義なアドヴァイスをくれた。

20181014_113728
最終日午前のリューベック観光を諦めることとした。そのくせ順調ならフランクフルト空港でかなりな待ち時間になる。

いやいや最終日にギャンブルはできない。

2018年11月10日 (土)

生誕535年

今日11月10日はマルティン・ルターの誕生日。1483年だから生誕535年である。

ブログ「ブラームスの辞書」が展開する「バロック特集」準備の過程で、ルターと宗教改革は避けて通れぬ情報群となっていたが、浅学無信仰の私ごときが不用意に言及するのは、はばかられる存在だ。

しかし、今日は敢えて誕生日を祝福する。

ゆかりの街アイゼナハのブログ上報告を終えたばかりのタイミングでこの日がきたことを喜んでいる。ライプチヒを出た列車がベルリンに向かう途中でもうひとつルターゆかりの街を通る。

20180814_104458_2

1517年10月31日、同地の教会の扉にルターが95箇条の論題を貼りだしたことから宗教改革が始まった。つまり宗教改革発祥の地だ。だから「Lutherstadt」となっている。

2018年11月 9日 (金)

旧東独

第二次世界大戦の終結からおよそ40年続いた分断ドイツのうちの東側の方。統一から30年が過ぎようとしている今も、東西の格差が話題になる。

今回のドイツ旅行9泊のうち、4泊が旧東独だった。ライプチヒ3泊、アイゼナハ1泊だ。かれこれ5日過ごした。まったくの偶然なのだが、これはバッハの活動範囲がほとんど旧東独に収まってしまうことと関係がある。

20180814_084254
今回の行程でいうと8月10日ニュルンベルクからライプチヒに向かうとき、19時ころエアフルトの南コブルク付近で旧東独域内に入り、8月14日13時頃リューネブルクの北ビュッヘン付近で抜けるまで、90時間くらい旧東独域内にいた。

20180812_075615

旅行者目線で申せば何不自由なかったと、セバスチャンが申している。

2018年11月 8日 (木)

乗り鉄たるもの

鉄道マニアのうち、列車に乗りたい人々のことを俗に「乗り鉄」というらしい。私自身は鉄道好きではあるのだが「乗り鉄である」という自覚はなかった。ところが、今回の旅行のスケジュールを立てていて、乗り鉄の心がわかった気がした。

ドイツで鉄道に乗りまくるというコンセプトで時刻表と地図片手に日程を組むのだが、やっているうちに無意識に、同じ路線を二度走りたくない自分に気付いた。ミュンヘン空港に降り立ってから、フランクフルト空港から飛び立つまで、出来ればループにしたいのだ。市電や地下鉄は除外するとして2度走ったのは以下の通りとなった。

  1. ライプチヒ-アイゼナハ 176km
  2. リューベック-ハンブルク 63km
  3. キール-リューベック 80km

全行程2860kmのうち、上記319kmが重複乗車だ。仮にアイゼナハからハンブルクに向かう際、所要時間優先で、カッセル経由にしてしまうと、最終日にハンブルクからフランクフルト空港に向かうとき、ハンブルク-カッセル間が長大な重複乗車330kmとなってしまう。だから、アイゼナハとライプチヒ間の176km重複乗車を承知でライプチヒ経由とした。これだとベルリンを通ることが出来るというメリットも出て来る。ライプチヒで6分、ベルリンで9分の停車も楽しい。

こういうことを考えるのが乗り鉄なんだろうと思う。

20180814_075354
というわけでアイゼナハからライプチヒ、ベルリンを経てハンブルクに行く列車に乗る。アイゼナハ発8時03分でハンブルク着12時20分だ。昼食を車内で済ますことで、ハンブルク下車後すぐ観光に移れる予定だ。

ところが、セバスチャン危機一髪の陰に隠れているがここで、もう一つトラブルが発生した。乗車予定の列車が30分遅れているのだ。さらに悪いことにICE専用軌道で緊急工事のため、アイゼナハとライプチヒ間、正確にはエアフルトとライプチヒの間を在来線で走るとのことで所要時間が30分余計にかかるということだ。ライプチヒまでに遅れが60分に拡大するということに他ならない。

おまけに食堂車では食事の用意がなくて、飲み物だけとわかった。

20180814_092722
さっそくセバスチャンと作戦会議をした。しかし、しかし、これはけがの功名というものだ。

エアフルト-ライプチヒ間ICE専用線は今回旅行の懸案だった。下記の通り3度走るからだ。

  1. 8月10日 ニュルンベルクからライプチヒに向かうとき。
  2. 8月13日 ライプチヒからアイゼナハに向かうとき
  3. 8月14日 アイゼナハからハンブルクに向かうとき

今回の緊急工事のおかげで上記の3番目が在来線経由となり、同じところを三回という懸案を解消できた。

ハンブルク着は13時20分くらいになるものと覚悟して気を取り直した。

2018年11月 7日 (水)

思いがけずSL

セバスチャンを救出してアイゼナハ駅に着くと、列車が遅れているとわかった。ホームで30分くらい時間ができて、思いもよらぬ経験をした。

遠くの方で蒸気機関車が動いている。手元の鉄道地図にはSL運行路線一覧が載っているのだがアイゼナハ付近にそれらしき表示はない。マイニンゲン方面にローカル線が伸びているがまさか蒸気機関車が走っているとは思わなかった。乗車予定の特急が時刻通りに発車していたら見ることが出来なかったはずだ。

20180814_081016

2018年11月 6日 (火)

セバスチャン危機一髪

8月14日朝にそれは起きた。アイゼナハからハンブルクへの長距離移動の日。8時04分発の列車に乗るべくホテルを7時20分に出た。スーツケースを転がすので早めの行動のつもりだった。

旧市街入り口のニコライ門を出てすぐ、セバスチャンをホテルの部屋に忘れたことに気付いた。スーツケースと極端に相性が悪い石畳の歩道をホテルに引き返す。フロントで事情を話すと「まだ部屋は開いてるから、早く行け」と言ってくれた上に、荷物を見張ってくれるという。

セバスチャンはベッドサイドテーブルの上で泣いていた。

よかった。フロントに戻って礼を言った。忘れ物がセバスチャンだとわかって笑われた。気づくのが早くて助かった。

20180814_122435
セバスチャンとコーヒーを飲んだ。もし忘れていたら、先の旅程が台無しだった。気分が悪い。お金を落とすよりたちが悪い。

「ごめんなさいセバスチャン」

2018年11月 5日 (月)

Bundesmutter

直訳すれば「連邦の母」だ。先月末ドイツ・メルケル首相は政界引退を表明した。12月の党首選に不出馬の意向を示したということだ。首相の座には任期切れの2021年までとどまるものの、その後は政界引退だという。

呆然とした。

自国第一主義、民族差別、難民、テロなど極端な報道が後を絶たない中、毅然と鎮座する母のような存在。それがメルケル首相の印象だった。それを一言で「ブンデスムッター」と表現してみた次第。

私が彼女を贔屓にする理由は3つある。

一つは、彼女が大のサッカー好きだということ。彼女が生観戦したときの代表チームの勝率はとても高いらしい。

次は、彼女の経歴だ。2005年11月22日、ドイツ史上初の女性首相に就任したのは、ブログ「ブラームスの辞書」創設の5か月半後だ。そこから13年、ブログ「ブラームスの辞書」が歩んだ日々はそのままメルケル政権下だった。その間私は3度ドイツを訪れ、ますますドイツに傾倒した。

三つ目は、彼女がハンブルク出身であるということだ。ブラームスと同郷だ。

ブログ「ブラームスの辞書」は、ここに予言する。

彼女はハンブルク名誉市民に列せらるに違いない。1889年ブラームスはすでにハンブルク名誉市民になっている。おそらくは政界引退後になるだろうが、きっと彼女はハンブルク名誉市民になる。

実現のあかつきに、本日のこの記事にドヤ顔でリンクを貼るために、展開中の旅行レポートをためらわずに中断する。

ただただ寂しい。

メルケルさんありがとう。

2018年11月 4日 (日)

観光資源

アイゼナハという街について考える。

観光都市としての素材に恵まれている。さして広くないが古びていて懐かしい街。この際、広くないことは利点である。隅々まで徒歩で観光できる。マルクト広場周辺に見せ場が集中する。何よりバッハ生誕の地であるという重みは大抵のテーマパークをかすませる。加えてワルトブルク城がバスで15分の至近。

プロテスタントの聖地とバッハ生誕地というだけで観光資源としては十分だ。料理もビールもうまい。

20180813_093428
20180814_054521
ルター像。

20180813_120121
気に入った。

2018年11月 3日 (土)

ビーフロール

8月13日夕食は宿泊中のホテルで済ませることにした。

20180813_171144
Leanderというレストラン。

まずはビール。

20180813_191011
ザクセン王室ご用達のラーデベルガーピルス⑫にありついた。本旅行はミュンヘンから徐々に北上するから、淡色系のビールは苦味を増していくと考えていい。それでもこのビールはまだ苦くない。冷えがゆるいせいか。

20180813_193811_2

20180813_193848
出来れば郷土料理をという所望に応えて薦めてくれたのが上記。英語表記では「ビーフロール」だった。牛バラ肉を丁寧に巻き込んである。ブラウンソースはスパイス抑え目でまろやか。郷土料理というがとてもエレガント。ポテトの団子もだがなんといっても赤キャベツの酢漬けが美味であった。

20180813_191139
20180813_191215
付け合わせのパンにと出てきたオリーブオイルがえらく上品でよかった。奥に見える塩といっしょにパンにつけた。セバスチャン閣下もお気に入りだ。

2018年11月 2日 (金)

ゲオルク教会アイゼナハ

8月13日午後のメインはゲオルク教会だ。生後間もないバッハが洗礼を受けた教会。我らの聖地である。ところがこの教会ではルターも説教をしていたことが記録されている。すごいところなのだ。

20180813_155912
20180814_055102
こちら翌朝の散歩の際に写したもの。

20180813_150548
テレマンもこの教会にいたことを示すプレート。つくづくすごいところだ。

20180813_150711
入り口すぐのバッハ像。

20180813_150853
20180813_151057
そしてオルガンもある。

20180813_151037

2018年11月 1日 (木)

ブルンネンケラー

8月13日アイゼナハのランチは懸案だった。地元のビールを何とか賞味したいと考えていた。マルクト広場をうろついていてお店を見つけた。

20180813_150443
20180813_150430
いい感じで地下に潜り込む。ケラー必携の穴倉感覚だ。

20180813_140740
とても感じがいい店なのに見ての通りガラガラだ。

20180813_141126
ほぼ自家醸造のEisenacher SchwarzEsel⑪を注文した。ドイツ最高のシュヴァルツとして名高いケストリッツァーと全く遜色の無い味わいだった。ケストリッツァーよりマイルドな感じ。冷やしすぎていないのにも慣れてきた。「地球の歩き方」にも載っていない店に山カンで飛び込んだ割には正解だ。風味といい、泡立ちといい、深いこくといい。ケチのつけようがない。500mlを料理が出て来る前にあっという間に飲み干して300mlお替り。

20180813_144845_2
なんということだ。こちらのグラスの方がかわいい。「Esel」とは「ロバ」の意味だ。ワルトブルク城登山に徴用されるロバにちなむネーミングである。

肝心の料理は、お勧めに従って地元特産のチューリンガーソーセージのグリルを注文した。

20180813_142701
絶妙だった。ソーセージ本体の味、食感にブラウンソースがフィットしている。付け合わせザウアークラウトとポテトとの王道組み合わせを再認識。地味ながらこのマスタードも濃厚なのに邪魔しない感じ。何よりも何よりも黒ビールとの相性が抜群だ。ろうそくの灯りも気が利いている。気が付けば黒ビールをもう300mlお替りしてた。

« 2018年10月 | トップページ | 2018年12月 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ