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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2018年12月31日 (月)

バロック特集総集編⑥

11月12月の総集編をお送りする。

  1. 11月02日 ゲオルク教会アイゼナハ
  2. 11月04日 観光資源
  3. 11月17日 ニコライ廃墟
  4. 11月23日 聖ミヒャエリス教会
  5. 11月25日 地下墓地
  6. 11月29日 合同ムゼウム
  7. 12月02日 テレマン墓参
  8. 12月04日 シュニットガーオルガン
  9. 12月05日 2度あることは3度4度
  10. 12月07日 オルガン演奏会③
  11. 12月16日 ブクステフーデ墓参
  12. 12月17日 ブクステフーデシュタット
  13. 12月18日 ヤコビ教会リューベック
  14. 12月22日 ラインケン墓参
  15. 12月23日  オルガン演奏会④
  16. 12月24日 リューベックのクリスマス
  17. 12月31日 本日のこの記事

いやはや、旅行レポートのせいでバロック関連記事の濃度が激減中だ。

2018年12月30日 (日)

リューベック朝の散歩

8月17日(金)の朝の散歩の風景をいくつか。

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朝まだ暗いうちの市街を運河ごしに。

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朝焼けの運河と、ペトリ、マリエンの両教会。

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こちらは大聖堂。本来こちらが格上だが、ここリューベックでは、商人たちの信仰篤きマリエンの方が扱いが手厚い。

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明るくなってきた。

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お気に入りの一枚。もはや慣れ親しんだホルステン門。

2018年12月29日 (土)

ホテルイェンゼン

ホテルにもどって8月16日の夕食だ。

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メニューには樽ナマが2種。まずはとてもポピュラーなビットブルガーピルス⑱だ。日本で飲む瓶入りとは別物と心得ねばならない。苦味が利いていてのどの渇きに最適だ。料理の出る前に飲み干して次を注文した。

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デュックシュタインのデュンケル⑲だ。筋金入りの褐色系。カラメルチックな後味に、少しだけ甘み。今はこちらが好みだ。

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昼のヒラメが消化しきれておらずスモークサーモンで十分だった。クリームチーズベースのソースがサーモンとよくあう。ハッシュポテトもおいしかった。

2018年12月28日 (金)

小笠原引退

鹿島アントラーズのミッドフィルダ―小笠原満男選手が今季限りで引退する。最も好きなサッカー選手だ。

昨日ニュースを聞いて呆然とした。バロック特集を中断して記事を一本奉ることに何ら躊躇はなかった。これを記事にせんで何がブログかと。

お疲れ様。今はただ寂しい。ただただありがとう。泣泣泣・・・・・。

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セバスチャン「予言が2つ。40番永久欠番、岩手県民栄誉賞」

2018年12月27日 (木)

辻ヴァイオリニスト

8時でもまだ明るい。

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市庁舎裏手の道で、ヴァイオリン演奏を披露する人がいた。そりゃ欧州だから、街々で実演を披露する人はいたけれど、落下した鐘で丸みを帯びた心に素直に響いてきたこの人の実直な演奏を旅行中最高の大道芸と認定する。

前回旅行中、プラハ・カレル橋で聴いた「カヴァレリアルスティカーナ」に匹敵する体験。

2018年12月26日 (水)

落下した鐘

リューベック市内の雰囲気、マリエン教会の威容、演奏会の感激などたくさんの見どころ聴きどころがあったけれど、他に絶対に触れておきたいことがある。

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第二次大戦中の爆撃で、塔の上にあった鐘が落下した。地面にめりこんだまま今日まで保存され平和への祈りの場になっている。ニュルンベルクのフェルゼンケラー以来たびたび目にしてきた戦争の痕跡のうち最たるもの。心を揺さぶられるという意味では最高の経験だ。

この光景に立ち尽くさぬ人はいるだろうか。

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神妙なセバスチャンと祈らずにはいられなかった。

2018年12月25日 (火)

「StilleNacht」初演200年

1818年12月25日にオーストリア・オーベルンドルフの教会で初演されたドイツ語のクリスマスキャロル「Stille Nacht」だ。英語への転写で「Silent night」となり、日本では「きよしこの夜」と呼ばれている。もっともポピュラーなクリスマスソングと断言したところで、たいしたお叱りを受けるとも思えない。

日本ではにぎやかで楽しい側面が強調されがちだが、本来こういう静寂こそが似合うものなのだと思う。

今日は初演200年のメモリアルデー。

展開中のバロック特集を悠然と中断して言及するために、我が家所有のCDに収録された「きよしこの夜」ばかりを集めたCDを作った。ドイツ語で歌われたものに限るという自主規制付きのため、英語で歌われているBCJやキングズシンガーズは涙を飲んだ。

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これが手製のジャケット。

  • ミヒャエル・ハルトマンさんはミュンヘンの聖ボニファティウス教会のオルガン演奏でのエントリー。オットー・マリング(1848-1915)という作曲家の「Die Geburt Christi」op48から第3楽章「ベツレヘム」。エンディングで、まさにこの「きよしこの夜」が荘厳に響き渡る、曲集の冒頭にふさわしい。
  • 「RIAS Kammerchor」は、1948年創設の合唱団。第二次大戦後西ベルリンに進駐した米軍向けの放送局と関係があるらしい。新旧両盤があった。特筆すべきはアレンジだ。なんとオイゼビウス・マンディチェフスキーである。ブラームスの弟子だ。ウィーン楽友協会の司書を務めたほどの大物。
  • Calmus ensemble は、気鋭の声楽アンサンブル。ライプチヒトマス教会合唱団出身者4名にソプラノ1を加えた編成。
  • Wienersangerknaben は、ウイーン少年合唱団のこと。
  • RegensburgerDomspatzen は、レーゲンスブルク大聖堂の合唱団。「Spatzen」は「雀」の意味。実力はローマ法王のお墨付きである。
  • ThomanenchorLeipzigは、ライプチヒトマス教会の合唱団。バッハが合唱長を務めていたズバリその合唱団である。録音場所がトマス教会でないのが残念ではあるけれども、とても上手。
  • Singerpurもまた声楽五重唱で、レーゲンスブルク出身。アレンジが現代風。ミステリアス志向の和音遣い。
  • Lubeckerknabenkantorei 昨日紹介したCDのエンディングに入っている。合唱団のテクならライプチヒには負けているのだろう。けれどもこれはコンクールではない。ハープに横溢する透明感、「天井高い感」、私自身が現地で買い求めたこともあり総合的にはライプチヒを凌ぐ。
  • ラストトラック1分08秒の収録は「きよしこの夜」ではない。トマス合唱団CDのエンディングに入っていた「トマス教会の鐘の音」を据えた。

全長30分の手作りCDだが、どうしてどうして感動的。

メリークリスマス。

2018年12月24日 (月)

リューベックのクリスマス

演奏会のあと、教会ショップをうろつくのはもはや定番になった。その教会での演奏が収録されたCDに出会える確率が高いからだ。素晴らしいコンサートの余韻をCDでと思うのは自然なことだ。

マリエン教会の演奏を収録したクリスマスソング集を買い求めた。

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リューベッカークナーベンカントライの合唱、マリエンカントルの指揮に、マリエンオルガニストのオルガン伴奏だ。それだけで記念になると中身も聴かずに即買いだった。帰国して聴いたらこれがまた素晴らしい。選曲のセンスがいい。オルガンやハープの控えめな伴奏も好感が持てる。CDから伝わる響きだけで、「天井高いっす」感が充満してコンサートの余韻に浸ることができる。

ラスト、ハープの静謐な伴奏にのった「きよしこの夜」の最弱音が身に染みる。

2018年12月23日 (日)

オルガン演奏会④

リューベック、マリエン教会のコンサート。2018年8月16日19時。

結論から申すなら旅行中4度の中で最高のコンサートだったと断言する。

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まずもって見上げんばかりの位置にあるオルガン。人の大きさと位置から、スケールをご想像願いたい。

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そして以下が小オルガン。

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これだけで演奏会前にテンションが上がってしまう。以下がプログラムだ。ブクステフーデ創設の「Abend Musik」という表記が誇らしげでさえある。

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バッハとブクステフーデの因縁に十分配慮しつつ、バロック前期からMプレトリウスを加えるという史的意図は明らかながら、実際に音が鳴りだすとそんなことは枝葉末節だとわかる。空間込み、歴史込み、思い入れ込みの演奏会であり、仮に同じプログラムを東京で聴いても同じ感想にはなるまい。

最後の演目レーガーのコラールファンタジーが「神は堅き砦」であるのは奇遇だ。今回の旅行ではアイゼナハのムゼウムでの体験が強烈だったから、最後に聴くのが同じコラールで感慨もひとしおだ。

2018年12月22日 (土)

ラインケン墓参

ブラームス研究所を辞して市内に引き返す。

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トラヴェ川を渡ると旧市街だ。

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ブルク門という北側の城門。

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カタリーネン教会だ。

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オルガンが見つからないことはさておき、ここはヨハン・アダム・ラインケンのお墓があるはずだ。彼はハンブルクのカタリーネン教会のオルガニストなのだが、没後はリューベックのカタリーネン教会に埋葬されたはず。若きバッハがハンブルク・ヤコビ教会のオルガニストに応募した際の試験演奏を聴いたラインケンが絶賛したほか、バッハ自身もラインケンの作品オルガン用に編曲している。

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ここに間違いない。

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隣にかけてあったこれが伝ラインケン寄進の絵画と目される。

2018年12月21日 (金)

ブラームス研究所

ステファンくんの飼い主に教えられてたどり着いたのはブラームスインスティテュートだ。ブラームス研究所とでも解しておけばいい。リューベック音楽大学の付属施設。リューベック訪問の大きなモチベーションになった場所だ。ここに「ブラームスの辞書」を献本するのが目的だ。

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ところが、開いていない。どうも夏休みらしい。これは諦めきれん。

呼び鈴を押したら中から男性が出てきた。オーキド博士みたいに優しい感じの人だ。事情を話してみると中にいれてくれた。「せっかく遠くから来たんだから」という感じである。

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エントランスのブラームス像だ。「ブラームスの辞書」を名刺とともに手渡した。辞書の趣旨を英語で伝えた。パラパラとめくっていたが「大学には日本人の学生もいるので聞いてみる」とおっしゃった。執筆の趣旨は分かってくれたようだ。「ブラームス専用音楽辞典」というのはシンプルに伝わった。

展示を見て行けという。

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室内楽を演奏するホール。

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ウィーンのブラームスの部屋に飾ってあった写真や絵画。

「ブラームスの辞書」は晴れてブラームス研究所の蔵書になった。それも3冊だ。ずっと墓参の写真に供えてきたリースをお礼に差し上げた。

記事は冷静に書いているが、その瞬間は本当にうれしかった。

2018年12月20日 (木)

Villa Eschenburg

船員組合の食事を終えて、リューベック北の街外れグスタフ広場にバスで向かった。目的はVilla Eschenburgという。バス停からは徒歩。

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こんな道を歩く。

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この人に道を訊いた。ステファン君のご主人だ。

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ここいら一帯がVilla Eschenburgらしい。

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あった。突き当りが目的地だ。

実は、本日のこの記事がブログ「ブラームスの辞書」5000本目の記事だ。5000ですよ5000。過去最大の企画「バロック特集」はその記念とも位置づけうる。

感慨もひとしおだ。2005年5月30日にブログを立ち上げたとき、まさか5000本の記事が堆積しようとは思っていなかった。記事が5000本堆積したブログは世の中にどれほどあるのだろう。それが、かれこれ13年毎日更新を維持していることとの両立となるとさらに希少に決まっている。オフィシャルな統計があるとは思えないが、更新の励みになっている。

誰もが通読をためらう厚みになってきた。

2018年12月19日 (水)

船員組合

リューベック最初のランチは「Schiffergeselschaft」と決めていた。船員組合とでも訳せばいいのだが、やはりドイツ語でないと感じが出ない。ハンザ都市リューベックの威信を感じるにはなおさらだ。

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ヤコビ教会のショップのおじさんが「おいしいぞ」と勧めてくれた。

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まずはこの内装に圧倒される。重厚な造りというだけではなく、帆船の甲板をまねている。

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これはビスマルクの肖像だ。私の席を見下ろすような感じ。ウエイトレスさんは「フュルスト・ビスマルク」と呼んでいた。「侯爵ビスマルク」の意味で、彼の最高爵位ときれいに一致する。若い女性だったがきちんと腹に入っている感じがした。

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で、このビールはAktienPils⑰である。バイロイト近郊の産なので、ピルスにしてはオレンジ気味で濁りもある。味わいも苦味控えめどころかほんのり甘みさえ感じる。

なんといっても驚いたのは料理だ。元々リューベックでは魚料理と決めていたのでヒラメのムニエルを所望したが24€もする。およそ3000円だ。ランチとしては破格。パラシュートをつけてマリエン教会の屋根から飛び降りる覚悟だった。

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お皿のマークが船員の帽子をイメージしていておしゃれなどと余裕をかましていたが、食べてみて驚いた。相当なサイズのヒラメがほぼ1匹丸ごと。ヒラメを高級魚とする意識があるんだかないんだか。これが3000円なら仕方ない、一言で申すと「美味」。見た目より数段あっさりの絵にかいたような白身。大きさにビビっていたが難なく食べられた。ソースなしで、カリカリの揚げ物に適度な塩味がついていてほぼそれだけでいける。今回旅行中最高の料理と断言する。

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でこちらがデザート。ヒラメがこんなに大きいと思っていなかったから、ヴァニラとレモンのアイスクリームに生クリーム添えで注文した。でもこれまた別腹であっという間だった。

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この子が気になって仕方がなかった。「グフォー君」だ。

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ほんとにいい子だ。

外観、内装、雰囲気、従業員、料理、デザート、ビール全て満足。これをグフォーくんが台無しにしかったことも付け加えておく。

2018年12月18日 (火)

ヤコビ教会リューベック

マリエン教会の興奮が鎮まらない中、歩いてすぐのヤコビ教会にいった。

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偶然にしては出来過ぎの飛行機雲。

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第二次大戦の被害を免れているおかげで3台のオルガンが古いまま残っていることだ。大被害を受けたマリエン教会に近いのに奇跡的と言える。

まずは大オルガンから。

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角度を変えるとより実感がわく。

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こちらはStellwagenOrgelだ。

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チョコレートで出来ているみたい。ここでリハーサルに遭遇しなかったのは残念だが、ショップでCDを入手できた。

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ブクステフーデ、トゥンダーというリューベックゆかりのオルガニストの作品に加えバッハ、ズヴェーリンクも加わる鉄壁の収録。響きが優しい。

2018年12月17日 (月)

ブクステフーデシュタット

ブクステフーデはマリエン教会のオルガニストだったが、前任者で義父のトゥンダーが創始した演奏会を発展させて「アーベントムジーク」とした。CDもDVDもなく、今ほど演奏会もない時代、教会行事とは別建ての演奏会は貴重だったと見えて評判を呼んだ。年5回三位一体節直後と、侍降節直後だ。バッハはアルンシュタットから400km以上踏破して1705年の待降節直後12月9日に聴いた。これだけで済むわけもなく、翌週16日と翌々週23日も聴いた。気が付けはもうクリスマスは目前だ。クリスマス周辺の諸行事を見届けて、任地アルンシュタットに戻ったのは2月。

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マリエン教会内にこのことを記したプレートがあった。

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バッハが1705年にブクステフーデを聴きにやってきたという内容だ。ブクステフーデが没する1年半前の出来事だ。

2018年12月16日 (日)

ブクステフーデ墓参

マリエン教会のショップの女性にブクステフーデのお墓の位置を尋ねた。「この教会に埋葬されたことは事実ですが、第二次大戦中の爆撃で被害を受け、今ではその正確な位置がわかりません」と言って、代わりのプレートを案内してくれた。若い女子職員のその説明はシンプルながら、ブクステフーデへの敬愛に満ちたものだった。よかった。大切にされている。

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これでミッションコンプリートだという感慨と、ここでもまた戦争の痕跡がという痛みがまじりあう感傷に浸った。

2018年12月15日 (土)

聖マリエン教会

ペトリ教会から歩いてすぐマルクト広場がある。

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街の模型。

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ハンザ都市リューベックの文字が誇らしげだ。

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これがマリエン教会だ。

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グーグルの地図からはわかりにくいが、川と運河にはさまれたリューベックは平坦ではない。マリエン教会一帯がもっとも高い。教会からどちらに向かっても微妙なくだりになる。

内部の威容は圧倒的。言葉も出ずに立ち尽くす。

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教会建設中に現れたとされる悪魔。

本当に本当にすごい。

2018年12月14日 (金)

聖ペトリ教会

橋を渡ってすぐのホテルにスーツケースを預けて、そそくさと街にでる。

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わくわくするようなガッセに分け入ってペトリ教会を目指す。

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ペトリ教会の塔にはエレヴェーターで登ることが出来る。

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内部は少し変わっている。椅子がない。祭壇も質素だ。作品の展示があるなど、教会本来の使い方をされているか心配だ。展望台の機能に徹しているのかもしれない。

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眺めは素晴らしい。たった今通ってきたホルステン門と滞在のホテルが見える。

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これが目指すマリエン教会だ。

2018年12月13日 (木)

ホルステン門

リューベック中央駅から市街地にに向かうと、いやでも眼に飛び込んでくるホルステン門だ。リューベックどころかドイツの象徴かもしれぬ。「地球の歩き方17~18版」の表紙にイラストが描かれている。ノイシュヴァンシュタイン城を差し置いてだ。

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朝日に向かって西から近づくことになるから、こうして逆光の美しいシルエットになる。お気に入りのショットだ。

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幸いホテルから近いのでリューベック滞在中は何度もそばを通る。時間帯により天候により違った姿を見せてくれる。1478年完成というからバッハもこれを見ている。アルンシュタットから来るなら市街へはこの門を通ることは確実だ。

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門を過ぎてこの橋を渡ると世界遺産の旧市街だ。

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息をのむばかりの清楚なたたずまいだ。

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2018年12月12日 (水)

君臣並び立つ

リューベック中央駅を降りて、まっすぐにホルステン門に向かうと右側に立派なビスマルク像がある。

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これだ。

道路を挟んだ向かい側に別の像がある。

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この人はドイツ帝国初代皇帝ウィルヘルム1世である。プロイセンがオーストリアに次いでフランスにも勝利してドイツ帝国が建国されたとき、プロイセン王だったウィルヘルム1世がそのままドイツ帝国皇帝に即位した。ビスマルクは臣下にあたる。この二人はリューベック市の表玄関にあって阿吽の狛犬のような位置でにらみを利かせている。

昨夜遅く、ブログ「ブラームスの辞書」は創設以来のアクセス数が100万に達した。

100万ですよ、100万。カンマが2個です。

創設から4944日目での100万アクセス到達となった。その間、記事更新の抜けた日がない。しみじみとうれしい。

2033年5月7日のゴールまでに200万に達すればもう一本記事が稼げる。

2018年12月11日 (火)

早朝移動の収穫

さてさていよいよ8月16日(金)の報告にはいる。8時04分ハンブルク発の普通列車だ。

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ガラガラの2階席に陣取る。

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セバスチャンと地図を見ながら本日の作戦会議である。

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リューベック中央駅着8時48分だ。

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街は動き出したばかり。リューベックの宿には9時15分についてスーツケースを預けた。1階のレストランは朝食中の客で混み合っている。つまり前日から宿泊した客たちとリューベックでの動き出しが変わらぬということだ。アイゼナハでも同じことをした。早朝移動のメリットだ。

2018年12月10日 (月)

奇跡のアトラス

コンサートの後、ホテルに戻る途中、ハンブルク中央駅での夕食のあと書店に立ち寄った。鉄道関連書物の棚の前であっと立ち尽くした。最下段に「アイゼンバーンアトラス」が陳列されている。すでに2012年版を持っているが、ドイツで最新版を買おうと思い、ミュンヘンに着いてからずっと探していたが見当たらなかった。

ドイツ版のほかオーストリア、スイス、EU版も並んでいる。

迷った挙句ドイツ版とEU版を買った。両方で68ユーロだが気にもならない。帰路のスーツケースが重くなるが致し方ない。

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左がEUで右がドイツだ。ドイツ版は、すでに何本かの記事で地図を紹介した通り緻密な仕上がりだ。最新版をいつも手許においておきたい。

EU版は大縮尺で細部を見るにはつまらんし、鉄道関連スポットの表示が緩くてお話にならんなと思っていたら巻末にシベリア鉄道詳細図があってほくそ笑んだ。

2018年12月 9日 (日)

四社参り

昨日、先般買い換えたばかりのマイカーの慣らし運転をかねて、母をドライブに連れ出した。行く先は信濃の国一之宮、諏訪大社。

同社は下記4社の集合体である。

  1. 下社春宮
  2. 下社秋宮
  3. 上社前宮
  4. 上社本宮

これを全て参詣することを「四社参り」という。何よりも家内安全を祈ってきた。

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下社春宮の威容。

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下社秋宮の手水は温泉になっている。

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上社前宮の手水は、せせらぎを引き込んだもの。

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四社参りコンプリートの記念に、品のよい巾着をいただいた。

日帰りで、一日の560kmくらい走った。帰りに少々の渋滞にはまったものの、快適だった。燃費が16.8km/Lとは心強い。

もちろんセバスチャンも同行した。

2018年12月 8日 (土)

ハンブルク散策の小ネタ

ミヒャエリス教会のオルガンコンサートが終わって、ホテルに引き返す途中、ハンブルク中央駅のフードコートに寄り道した。夕食だ。

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カリーブルストとカルトゥッフェルザラート(ポテトサラダ)にビール。樽ナマはおろか瓶や缶でも飲んだことのないDiebelsDunkel⑯にありついた。期待通り。深いコク。極端に冷やしすぎないことはこれまでのどのビールとも共通する。積極的に苦味を訴求しない感じもずっと続いている。カリーブルストとの相性もいい。

ハンブルクの出来事の中で特筆は下記。

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Uバーンの車内での光景。ご主人のひざにあごをのせてじっと見上げる目つきが素敵だ。柴犬のハーベイ君に匹敵する。ドイツでは列車内やレストランの犬は珍しくない。行儀がいいのはみな共通だ。

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犬より扱いが後で申し訳ないが、これがカール大帝の像。ハンブルク市の起源は、カール大帝によるハンマブルクの建設というのが定説だ。だからカール大帝の像があるのはとても自然なことだ。

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こちらはメンデルスゾーン生誕150周年の記念碑の裏側。名高いヴァイオリンコンチェルトの旋律が刻まれている。彼はハンブルク生まれだからこれまた自然。

昨シーズン史上初の二部降格となったHSV。1887年創設だからブラームス存命である。

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長男からタオマフ購入を頼まれていた。まあでも2部とは言え名門である。立派なショップで感心した。街の人々はクール。ここ数年ギリギリで一部残留という成績ばかりだったから覚悟する時間は十分だったという。

2018年12月 7日 (金)

オルガン演奏会③

2018年8月15日19時。ハンブルク聖ミヒャエリス教会。3つあるオルガンを全部弾いてくれるという豪華なコンサート。

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こちらはCPEバッハオルガン。

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こちらはグロッセオルガン。

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これはコンツェルトオルガン。

第二次大戦で教会が消失していることを思うと、ここまできれいに復旧していることに驚く。

プログラムは下記。オルガニストはブレーメンのフラウエンキルヒェから客演のサミュエル・クーマー氏。

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お目当てはヴィヴァルディの「調和の霊感」op3-10四つのヴァイオリンのための協奏曲をバッハ自らオルガン独奏用に編曲したものだ。こんなもん生で聴けるなんて私は幸せ者だ。あっと言う間に終わってしまった夢のような時間。

ラストは演奏者自身のコラールファンタジー「神は堅き砦」だ。アイゼナハ以来ずっと頭になり続けているコラールで敬虔な気持ちになった。

演奏後、オルガニストが拍手に応える。その最後に彼は3つのオルガンに向かって計3度深々と頭を下げた。心温まる光景だった。最後に指揮者が楽員を讃えるかのようにオルガンにむかって手を差し伸べて聴衆の拍手をそちらに誘導した。客演者の彼はそういう気持ちでミヒェルのオルガンに接していたのかと心が熱くなった。

立ち去りがたい気持ちでCDを買い求めた。

20180820_1927132左は同教会のオルガンで演奏したブラームス作品集。といっても「オルガンのための11のコラール前奏曲」op122ではないところが気に入った。収録は下記。同教会にしっかりとブラームスが息づいていることが確認できたようでほっとした。

  1. ハイドンの主題による変奏曲
  2. 弦楽六重奏曲op18第二楽章
  3. ヘンデルの主題による変奏曲

右側はハンブルク市内に点在するオルガン聴き比べ。当地ミヒャエリスはもちろんリハを聴いてお気に入りのヤコビを含む。

2018年12月 6日 (木)

奇跡の再会

昨日、オルガン演奏のリハーサルを立て続けに計4度聴いた奇跡を喜んだばかりだというのにまたまた奇跡話だ。

8月15日19時からのオルガン演奏会のためにミヒャエリス教会に向かって歩いていた。横断歩道前で信号待ちをしていたら、道路のあちら側に見覚えのある柴犬。朝会ったばかりのハーベイくんだ。

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飼い主はもちろんだが、ハーベイ君も私を覚えていれくれたようだ。律儀な飼い主は朝夕にミヒャエリス教会一帯を散歩しているに違いない。飼い主もハーベイ君も再会を喜んでくれた。

今旅行最大の奇跡だ。

2018年12月 5日 (水)

2度あることは3度4度

思わぬリハーサルに呆然と歩いてすぐのペトリ教会。ヤコプ・プレトリウス2世がオルガニストを務めた。

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いやはやここでもリハーサルだった。こちらはヤコブよりずっと硬質な感じ。5分で終わってしまった。ニュルンベルクのゼバルドゥス、先のヤコビに続いて3度目のリハーサル。

やれやれとばかりに次はヨハン・アダム・ラインケンやハインリッヒ・シャイデマンがオルガニストを務めたカタリーネン教会だ。

3度あったことが4度目。またまたリハーサルだった。たっぷり45分オルガン演奏をただ聴きした。多分バッハばかりのような気がする。

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正式な演奏会ではないから、安易な比較は慎みたいが、この3つの中では最初のヤコビが気に入った。ペトリはもう少し長く聴ければ印象が変わるかもしれない。

リハーサルばかり4度も聴けるとは墓参のご利益かもしれない。

2018年12月 4日 (火)

シュニットガーオルガン

8月15日午後最大の楽しみはヤコビ教会だ。

ハンブルクにある主要5教会の一つ。1720年11月バッハは前任の死去にともなって空席となったハンブルクヤコビ教会のオルガニストに志願する。当時ケーテンの宮廷楽長であった。

この時の試験演奏を年老いたヨハンアダムラインケンが聴いていた。ラインケンはバッハの即興演奏を激賞したと伝えられている。ラインケンのオルガンコラール「バビロンの河のほとりで」に基づく即興演奏だった。ラインケンの「バビロンの河のほとりで」は、15歳で筆写したワイマール手稿譜にもあったから、バッハにとっては得意の演目だったものと思われる。がしかし、バッハは就任を辞退した。就任に際して発生する上納金を嫌ってと言われている。

このとき、バッハが就任していれば、ブラームスの故郷ハンブルクと太いつながりができていたかと思うと惜しい気もする。ヤコプ・プレトリウス1世、ヒエロニムス・プレトリウス、マティアス・ヴェックマンなど、歴代オルガニストには綺羅星のごとく著名人がいる。

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ここにアルプ・シュニットガー制作のオルガンが現存する。バッハが生まれる前に亡くなっているが、彼の手によって140ともいわれる数のオルガンが製作された。活躍の中心はハンブルクだ。廃墟が保存されているだけのニコライ教会には、パイプ4000の当時世界最大のオルガンがあった。現存するのは30基と言われている。その内の一つがここヤコビ教会というわけだ。

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奇跡はおきた。

演奏会のリハーサルが行われていて、実際に音を聴くことができた。多分バッハだと思うけれど、そんなことはどうでもいい。演奏会はないものと諦めていた心に、じんわりとしみこんでくる。ヤコビのシュニットガーが聴けている。

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ライプチヒのトマスやニコライとはまた違う。かれこれ30分呆然と聴いた。ただただ、ただただありがたい。

2018年12月 3日 (月)

AIGNER

日本にいて留守を預かる家族への土産を甘く見てはいけない。私が子育て卒業旅行を勝手に標榜しているけれど、それは家族あってのものだ。サッカーグッズを買い込めばいい長男はシンプルだ。

母には何をと思い旅行中さがしていた。旅の前半に買うと荷物になるから土産探しの山場はハンブルクだ。

結局かさばらないサイフに決めた。ライプチヒでドイツのブランド「Aigner」のショップに立ち寄って目星をつけておいてハンブルクのショップで買い求めた。通販全盛の世の中、日本でも買えるには違いないが、やはりドイツ土産としてはドイツのブランドがいい。

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83歳の母にこの色である。手触りがとてもいいのでこれに決めた。前回のドイツ旅行の土産にと買い求めた財布がもうボロボロなのでまたサイフにしたが、今度は造りのしっかりしたものにして長く使ってもらおうということだ。店員さんに83歳の母へのプレゼントだというと「グッド」と言って念入りに包装してくれた。じつはこの店員さんがえらい美貌だった。「BOT」(Beuty Of Tour)を選ぶなら圧倒的にこの人だ。

でもって勢いで娘たちにもここのサイフを買うことにした。

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渋い色あいだが、気に入った。念のため申し添えると、サイフとともに写っているのは私の手である。

帰国して渡すとたいそう喜んでくれた。お土産は楽しい。

 

2018年12月 2日 (日)

テレマン墓参

ミヒャエリス教会の地下で案内の女性からテレマンの墓は市庁舎だと聞いていた。どこぞにと探してたどり着いた。

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いやいやどうして足がすくむ。テレマンはハンブルク市音楽監督という立場。教会までも傘下に収めるハンブルク音楽界の頂点ともいうべき立場だ。立ち位置としては教会勤務というより公務員という側面が強い。だからお墓がこちらにあるのかもしれない。

これで残るはブクステフーデだけだ。ポケモンのバッジが3つ集まった感じ。

2018年12月 1日 (土)

ハンブルク市庁舎

さて、市庁舎に戻る。

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自由ハンザ都市ハンブルクの象徴だ。

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有名ブランドのショップがならぶファサードは指呼の間。

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これが内アルスター湖。

ランチは市庁舎併設のラーツケラーにした。

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やはり酒場は潜るものだ。
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こんな感じ。歴史的ラーツケラーはどこも重厚だ。

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などとのんきなことを言っている場合ではなかった。よーく写真を見てほしい。ケストリッツァーと書いてある。黒ビールで名高いケストリッツのケラービア⑮だ。メニューに書いてあったときは目を疑った。地元ケストリッツのレストランには黒しかなかったというのに、遠く離れたハンブルク市庁舎でお目にかかるとは。味わいは期待以上。黒が超有名な影に隠れてケラービアがこの出来栄えとは。赤みがかったゴールドというかオレンジというか、微妙な色。極端に冷えていないこともあって味の奥行きが感じられる。

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ハンブルク市庁舎でハンバーガーを注文した。出て来るまでにビール一杯を空にしてお替りした。ビールもハンバーガーもおいしくて我を忘れた。

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