編曲の範囲
「編曲」何気なく使われているが、奥深い。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004の第5曲「シャコンヌ」は、古来ヴァイオリニストたちを魅了してきた。魅了されたのはヴァイオリニストたちばかりではない証拠に、他の楽器で弾けるようにとさまざまな編曲が試みられている。
- ピアノ独奏への編曲。ブゾーニが名高い。ダイナミクス記号に加えて表情用語、アーティキュレーションも施されている。
- 他の楽器への編曲。リュート、ギター、チェンバロ、アコーディオン、ブラバン、フルオケ用など多彩である。しばしば移調も行われる。
- チェロ・ヴィオラ E線が無くて代わりにC線が存在する楽器たち。ト短調に移調されてしばしば演奏される。ニ短調からト短調への移調をはたして「編曲」と呼べるのか疑問だ。
- ピアノ独奏左手用 ブラームス編だ。移調さえ行われずオクターブ下げただけ。これも編曲と呼べるのか。
- バッハの自筆譜はシンプルなもので、ポンといきなり与えられてもおいそれを弾けるものではない。和音の形で記譜されていながら、実際にはアルペジオが指示されていたりするからだ。そこを実演奏の観点から必要な改訂が施された楽譜が広く流布しているが、一般にこれは「編曲」とされてはいない。
上記5は「編曲」とは思われていない。上記1、2くらいは「編曲」と呼ばれて違和感はないけれど、3番4番は怪しい。4番のブラームスは、それでもなお編曲と呼びたい。
ピアノの演奏から意図的に右手の参加を封じるというアイデアに免じて「編曲」と呼びたい。右ひじ脱臼したクララのために右腕を必要としない作品を書こうと欲する思いやり、その題材に「シャコンヌ」を選ぶセンス、ヴァイオリン一本が描く世界の奥行きを、左手一本で再現したいとの思いが、諸用語やアーティキュレーション、ダイナミクスの設定に全て反映していると考えると、「名編曲」と位置付けたい。
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