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2019年10月24日 (木)

バーター取引

交換条件とでも申してよいのだろうか。加えて「金銭の授受」を介さぬ取引という意味も含んでいると思われる。

ブラームスがまだ駆け出しの作曲家だった頃、出版はされたもののなかなか演奏機会に恵まれない時期もあった。1860年代前半つまりドイツレクイエム初演以前だ。当時は楽壇での知名度影響力の面では、クララの方が圧倒的に上だった。夫ロベルトの作品普及に注いだのと同様の熱意で、ブラームス作品をアピールしたのがクララだった。

1860年、クララはウィーンでチャリティー演奏会への出演を依頼された。これに同意したクララは一つ条件を持ち出す。ブラームスの「管弦楽のためのセレナーデ第1番」ニ長調op11が演奏されることを求めたのだ。クララは、こうした条件提示がブラームス本人に漏れないよう、関係者に口止めすることも忘れていなかった。この手の援助をブラームスがあまり好まないことをよく知っていたからだ。一方で、どんなに仲間内で高く評価されても、それが大衆の面前で演奏されなければ意味が無いことも、肌で感じていたクララだった。

つまりこれがクララのバーター取引だ。

後年、1870年頃ハンブルクフィルハーモニー協会の監督が、またしてもブラームスを素通りした折、抗議の意味でハンブルクでのコンサートをキャンセルしたこともあったという。

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