クララを信じる
ブラームスが作品が出来るたびに、草稿をクララに送って意見を求めたことは有名だ。生涯一貫して破綻のないブラームス作品高打率は、この習慣によるところが大きい。最後の2つの作品だけが、クララの死というシンプルな理由で、この手続きを踏まれなかったという事実は重い。一方、これらの習慣のことをブラームス自身が言葉にして語ったことがある。毎度毎度の音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻102ページだ。友人のヴィトマンが証言しているから、その部分をそのまま引用する。
「何か書きたかったら、シューマン夫人のような女性が、喜んで読んでくれるかどうか考えるんだね。怪しいと思ったら抹消だよ」
おおお。
「シューマン夫人のような」という言い回しに何とも言えぬリスペクトを感じる。絶大な信頼関係だ。ブラームスはこう考えながら作曲していたのだ。彼の行動を考えると単なる喩え話として一笑に付せない重みがある。そしてその付託に一生、誠心誠意答えていたのがクララなのだ。
何だか切ない。
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