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2019年11月14日 (木)

クララの動員力

音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ」の「シューマン」には当然のことながらその妻クララのことが盛んに言及されてている。

夫妻はしばしば連れ立って演奏旅行を企てた。たとえば75ページ。1842年2月から一部デンマークを含む北ドイツに7週間の演奏旅行でクララは660ターラーつまり1980マルクの収益があったとされている。収入ではなく収益であることが大切だ。経費は差し引き済みの値だと解し得る。この1年に夫ロベルトが室内楽の作曲で得た金額の2倍を7週間で稼いだことになる。クララはまだ22歳である。

84ページではもっとすごいことになっている。1844年春サンクトペテルブルクとモスクワの計4回の演奏会で、クララは6000ターラーの収益を稼ぎ出す。なんと18000マルクだ。交響曲1曲15000マルクのブラームスもさすがだが、コンサート出演4回で18000マルクのクララも半端ではない。クララ24歳の春だ。

クララはこの動員力で夫亡き後一家を支えたのだ。おそらく30代40代と齢を重ねるにつれて動員力は増していったものと思われる。一晩5000マルクという数値も現実味がある。15000マルクを稼ぎ出すブラームスの交響曲が、作曲にほぼ一夏かかることを思うと、当時のクララの位置付けがわかる。

この2人すごい。

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