ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« リーターのお嬢さん | トップページ | 宮廷演奏家 »

2019年11月27日 (水)

名誉会員

ずっと不思議に思っていたことがある。ドイツ民謡の手稿譜について調べていると、マッコークルのあちこちにクララの名前が出てくる。クララの遺品からドイツ民謡の女声合唱版のスコアやパート譜が発見されているのだ。クララ自身の筆跡のものまである。

 

1850年代後半において既にクララは当代きってのピアニストと評価されており、リストと並ぶピアノ演奏の泰斗だった。そのクララに民謡編曲のパート譜やスコアを写譜させていたのだろうかと感じていた。クララとハンブルク女声合唱団の関係が今いち実感出来なかった。

 

ところがこのほどそれが判った。

 

クララは、ハンブルク女声合唱団の名誉会員だったのだ。

 

これは面白い。ブラームスが同合唱団のためにおびただしい数の作品を残したことは良く知られている。それらの作品は、メンバーが写譜したパート譜やスコアにより現代に伝えられたのだ。おびただしい手書き譜の中に無視し得ぬクララの筆跡が存在する理由がこれで説明出来る。クララは演奏旅行の合間、都合が付く場合には出来る限り合唱団の集まりに顔を出したという。

 

同合唱団の成り立ちを考えるとどう見てもアマチュアだ。そこに当代きっての大ピアニストが名誉会員に名前を連ねていることのインパクトは大きい。シューマン未亡人のお済み付きを貰ったようなものだ。もちろん指揮を引き受けていたブラームスの仲介に決まっている。たまにはクララが伴奏を引き受けることもあったかもしれない。

 

もっと楽しい想像がある。クララが皆に交じって歌うことはなかったのだろうか。

« リーターのお嬢さん | トップページ | 宮廷演奏家 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 名誉会員:

« リーターのお嬢さん | トップページ | 宮廷演奏家 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ