御首塚
これで「みしるしづか」と読む。源実朝は健保7年1月27日、右大臣拝賀のために参拝した鶴ケ丘八幡で公暁に暗殺された。公暁は実朝の首を取り、三浦義村の邸宅にたどりついたところを誅殺された。鎌倉幕府の正史「吾妻鏡」では実朝の首の所在は言及されていないが、神奈川県の秦野市に実朝の首を祀ったという五輪塔があると聞いて出かけた。それが「御首塚」だ。
セバスチャンまで神妙に見える。
特別に飾ったお花を手向け、これまたスペシャルなお線香を焚いて、心鎮めてお参りした。合わせて「令和百人一首」へのご加護をお願いした。周辺は公園状に整備されており、金槐和歌集に因んだ植物が植えられている。
あたりはゆったりとした田園風景。鎌倉時代の遺構が出土するなど、当時の有力御家人の本拠地だった可能性が高いと言われている。
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