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2020年4月21日 (火)

本歌取りの楽しみ

高校の古文の授業で初めて「本歌取り」を習ったとき、「盗用」との区別は曖昧だった。先生から「過去の作品を踏まえて詠む歌の技法」と説明されてもなじめなかった。

その「本歌取り」が技法として完成の域に達したのは新古今の時代かとも思える。定家は「本歌取り」について以下のごとく述べる。

  1. 初句から結句まで五句のうち二句程度の引用が望ましいバランスだ。
  2. 初心者は元歌のテーマから少しずらしたテーマを。元歌が「恋」なら、本歌取りは「季節」にするなど。
  3. 同時代の歌人の作品を元歌に取るな。

こうして和歌に深みと幅を付与する。和歌本体に加え、先行する詞書、掛詞、そしてこの本歌取りから生じるほのめかしもろともすべてが鑑賞の対象だ。

詠み手は「ボク本歌取りしたもん」とは言わない。「どうだ」とばかり詠じて受け手に託す。出す側、受け側双方に、和歌史の膨大な知識の堆積が共有されていることが前提だ。「本歌取り」にとどまらぬ歌の贈答もこうした知識の共有が根底にある。和歌にとどまらぬ「源氏物語」「伊勢物語」などの文芸作品も広大な裾野を形成する。掛詞や本歌取りに気づかないのは、致命的な失態だ。だから「本歌取り」は元歌がバレることが目的でさえある。「盗用」との最大の違いはそこにある。「論文」にしろ「デザイン」にしろ「盗作」は元がばれたら困るのだ。だから初心者は必死で、本歌取りを学ぶ。イコール和歌史を学ぶことだ。膨大な数の過去の作品をそらんじていることが避けて通れぬ前提となるからだ。源実朝の金槐和歌集は「本歌取り」だらけだ。私が感じ取れるかどうかは別ながら春夏秋冬と恋の歌には本歌取りが多い。本歌取りをしながら、個性をどう盛り込むのかが問われてさえいよう。

美しい「本歌取り」はしばしば元歌を凌駕する。

さて、その定家さまが選んだ「小倉百人一首」には、意外なことに「本歌取り」の痕跡が薄い。100首内に「本歌取り」とその元歌はない。収載の歌はみな有名だから、後世から元歌にされることは多いけれど。実は「本歌取りは無い」というこの断言は怖い。本当はあるのに私が気づかないだけだと、これは相当恥ずかしいからだ。

私の「令和百人一首」は逆に「本歌取り」がメインテーマになっている。見開き二首が「本歌取り」になっている例が7つある。さらに元歌が採用されてはいないが、有名なお歌の「本歌取り」になっている作品も多い。

さて結論。何故私が「本歌取り」に惹かれるのか。

音楽でいうところの「変奏」をそこに見るからだと断言する。ブラームスは変奏の大家として孤高の存在だ。

泣きたい。

ここテストに出るので。

 

 

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