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2020年5月10日 (日)

字余り

「脳内補正語」第12弾。初句から結句まで全五句は、五七五七七の音韻数総計三十一と決まっている。この決まりから音韻が増える方向への逸脱を「字余り」という。五十年前、初めて小倉百人一首を軽々と暗記した私は、この「字余りが」嫌いだった。流れが悪いからだと思う。サクサク流れず、つまづく感じがして嫌だった。そこから50年、以前ほどは嫌いでなくなった字余りに対する認識は以下の通りだ。

  1. 適切な字余りはよいスパイス。
  2. 全五句のうち字余りは1度だけ。
  3. 2文字以上の字余りは厳禁。
  4. 字余りの逆、「字足らず」はこれまた厳禁。

同一作中。「字余り」「字足らず」各一回で、でも合計31文字維持してますのようなのが今では嫌いになった。しかし、適度な「字余り」は以前ほどは気にならぬ。「適度」の定義は曖昧ながら、まずは声に出して読む。これで大抵解決する。日本語の豊富な「助詞」「助動詞」は、この字余り調節のために発達したのではないかとさえ思えるようになった。ましてや1文字の字余りが1回だけ許されるともなれば手練れの者にとって五七五七七の韻律維持は、さしたるハードルではないはずだ。どこで区切るかの「句切れ」の方が重要だろう。難解を極めるブラームスのスラーみたいなもんだ。

初句または三句の字余りは6音を生み出す。「令和百人一首」と「小倉百人一首」から以下のケース。

  1. 限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風
  2. 心あてに折らばや折らむ初霜の置き惑はせる白菊の花

私の耳には三連符に聞こえる。字余り発生の句の直後に一瞬の休符が挟まる気がする。50年前はこの「堰き止め感」を「つまづき」と感じたが、今は「間」と感じることが出来るようになった。

 

 

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