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2020年6月30日 (火)

合わせ1%クラブ

本年1月10日に立ち上げたカテゴリー「令和百人一首」は昨日までに135本の記事を発信した。単に一日2首を発信するだけなら50本で事足りるはずだが、都合85本も与太話が加わったということだ。周辺のもろもろが実は面白い。

さて、ブログ「ブラームスの辞書」はブラームス生誕200年の2033年5月7日まで毎日更新を続けると宣言して久しい。これに必要なのは10252本だ。その1%を単独のカテゴリーが稼いだ時「1%クラブ」と呼んでいる。令和百人一首は歌人100名の共同作業ながら1%クラブ入りを果たしたということだ。

2020年6月29日 (月)

拾葉百首総集編

脳内第三百人一首たる「拾葉百首」をまとめておく。

いやはや快適だ。

 

2020年6月28日 (日)

行書縦書き

やはりというか案の定というか。書籍版「令和百人一首」はお歌が横書きになっている。この度の「拾葉百首」を選んだついでに試しに縦書きを試みた。フォントも行書にしてみた。

20200519_114851

小倉百人一首の読み札仕様とでも申せばいいのだが、いやはや何とも雰囲気が出る。やはり和歌は行書縦書きがいい。パソコンでこのありさまだから本当の毛筆ならもっと盛り上がるだろう。実際のところ漢字がもう少々大きい方がいいけれど十分美しい。

2020年6月27日 (土)

記事5555本

本日この記事が公開されたことで、ブログ「ブラームスの辞書」は、開設からの記事数が5555本に達した。その間1日も記事更新の抜けがない。

 

 

 

 

2020年6月26日 (金)

手の力

拾葉百首の05足利尊氏のお歌。

 軒の梅は手枕近く匂ふなり窓の隙漏る夜半の嵐に

あるいは小倉さんちの周防内侍

 春の夜の夢ばかりなる手枕に甲斐なく立たむ名こそ惜しけれ

手枕だ。このうちの「手」に注目している。「手~」という言葉も実は「脳内補正語」なのだが「令和百人一首」本体には現れなかった。なんとしてもこれを話題にしたくて、補足版の「拾葉百首」を急ぎ公開したというのが本音だ。

名詞に限ってもたくさんある。

手合い、手垢、手当て、手合わせ、手入れ、手植え、手遅れ、手弱女、手鏡、手書き、手加減、手数、手形、手刀、手柄、手切れ、手首、手暗がり、手際、手ぐすね、手癖、手管、手心、手駒、手籠め、手先、手さばき、手触り、手塩、手下、手品、手順、手隙、手すさび、手すり、手狭、手助け、手立て、手練れ、手づかみ、手付き、手付け、手伝い、手綱、手詰まり、手取り、手直し、手並み、手習い、手縫い、手ぬかり、手ぬぐい、手の内、手延べ、手の者、手始め、手筈、手放し、手番、手引き、手拭き、手札、手ぶら、手弁当、手ほどき、手本、手間、手前、手招き、手土産、手向け、手持ち、手元、手盛り、手分けetc

名詞以外でも以下の通り。

手荒い、手控える、手厳しい、手強い、手慣れた、手緩い、手走る、手早く、手短

手が先頭に来ないケースもある。

大手、勝手、搦手、後手、衣手、上手、先手、苦手、下手、不手際、担い手、得手、元手、番手

「しゅ」と発音するケース

手腕、手芸、手動、手術、手段、手工業

何より大和言葉の雰囲気が充満する。どこか優雅な感じ。これが「脳内補正語」になるのはそのせいだ。もう「hand」の意味は相当薄れてはいまいか。「手が1音の単語だからだ」というのは通じない。元々ひらがな一文字の名詞には身体に関する語彙が多くて「手」以外にも「胃」「尾」「毛」「背」「血」「歯」「目」などがあり、実は「気」や「名」も怪しい。なのにこうした機能は「手」が群を抜く。直立歩行を獲得した人類が、歩行に使わなくなった前足を「手」として発展させたからとまで申すには気も引けるが、「手は口ほどにものを言い」と言いたいくらいだ。諸外国の言語ではどうなっているのだろう。もし人類の直立歩行に原因があるならどんな言語でも同様の傾向があるはずだ。英語に「hand」を含む単語や慣用句がどれほどあるか興味深いが、受験英語の範囲ではあまり記憶がない。

手が語尾に来るケースでは英語でいう「~er」(~する者)の意味があるかもしれない。将棋でいう「turn」(手番)の意味も含んでいるように見える。「自ら」「反自動」などさまざま分類を試みている。

もはや微妙な意味を付加する「微調整語」あるいは「五七五七七の韻律合わせ語」として発展したのではないかとさえ思えてくる。

 

 

 

2020年6月25日 (木)

拾葉百首覚書

「令和百人一首」の選に漏れた歌人を100名集めて、百人一首をもう1セット作った。今回は日本史和歌史への配慮は一切なし。概ね時代順だった「令和百人一首」とは異なる趣向を取り入れた。勅撰和歌集に習って「春夏秋冬」に「雑」という部立て、春と秋をそれぞれ上中下に分けたので全部で9部になる。このうち季節四部では最初から順に読むことで、一年間の季節の移ろいをトレース出来るように歌を配置した。「恋」は独立の部立てとせずに「雑」に含んだ。

予想外の大収穫があった。

なんたって面白いのだ。「令和百人一首」側に和歌界のスター重鎮をもれなく収載してしまっていたにも関わらず、こちらは本当に面白い。季節順の配置というパズル感も寄与している。和歌史日本史への配慮という制約を解いただけで、純粋に歌の好みで選べたことが最大の理由だろう。出典別ではもう圧倒的に新古今。玉葉と風雅がこれに続く。万葉集はただ1首にとどまるという極端な現象が起きた。

実朝はもちろん後鳥羽院も良経もいないけれど、歌集として本当に楽しい。

 

2020年6月24日 (水)

拾葉百首ー雑

<087 醍醐天皇>

 紫の色に心はあらねども深くぞ人を思ひ染めつつ

088 大中臣能宣>

 結ひ初むる初元結の濃紫衣の色に移れとぞ思ふ

089 小野小町

 色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける

090 清少納言

 便りある風もや吹くと松島に寄せて久しき海人の端舟

091 小野篁>

 思ひきや鄙の別れに音衰えて海人の縄たき漁りせむとは

<092 建礼門院徳子

 思ひきや深山の奥に住いして雲居の月をよそに見むとは

<093 平時子

 今ぞ知る御裳裾河の流れには波の下にも都ありとは

<094 平宗盛>

 都をば今日を限りの関水にまた逢坂の影や映さむ

<095 源義経>

 思ふより友を失う源の家には主あるべくもなく

<096 平維盛>

 生まれてはつひに死ぬてふことのみじ定めなき世に定めありける

097 藤原顕輔>

 家の風吹き伝へずば木の許にあたら紅葉の朽ちや果てまし

<098 平経盛>

 家の風吹くとも見えぬ木の許に書き置く言の葉を散らすかな

<099 大友宗麟>

 思ひきや筑紫の海の果てまでも和歌の浦波かかるべしとは

<100 後村上天皇>

 あはれはや波収まりて和歌の浦に磨ける玉を拾ふ世もがな

「雑」の部14首。恋から哀傷そして和歌に至る。エンデョングに御製を据えるのはもはやお約束だ。

 

 

 

2020年6月23日 (火)

拾葉百首ー冬

<075 永福門院少将

 時雨つる夜は雪げになり果てて激しくかはる四方の木枯らし

<076 二条教良女

 夕暮のあはれは秋に尽きにしをまた時雨して木の葉散る頃

077 二条院讃岐

 難波潟汀の葦は枯れ果てて灘の捨て舟あらはれにけり

078 源重之>

 葦の葉に隠れて住みし津の国の小屋も露はに冬は来にけり

<079 光明院>

 霜氷る竹の葉分けに月冴へて庭静かなる冬の小夜中

<080 朔平門院

 草は皆霜に朽ちにし冬枯れに一人秋なる庭の白菊

081 西園寺公経>

 山の端の雪の光に暮れやらで冬の日長き岡の辺の里

<082 藤原貞綱>

 重ねても埋ずみな果てそ稀に訪ふ人の情けの跡の白雪

<083 隆源>

 降る雪に行方も見えず箸鷹の尾房の鈴の音ばかりして

<084 上杉謙信>

 野臥しする鎧の袖も盾の端も皆白妙の今朝の白雪

<085 明智光秀>

 我ならで誰かは植へむ一つ松心して吹け志賀の浦風

<086 北条早雲>

 枯るる木にまた花の木を植え添へて元の都になしてこそみめ

「冬」の部12首。謙信や光秀も粛々と収まる。早雲の歌は春につながる気配があるから「冬」の部巻軸に据えた。

 

 

2020年6月22日 (月)

拾葉百首ー秋下

<059 堀河院>

 敷島や高円山の雲間より光さし添ふ弓張の月

<060 宇都宮景綱>

 君守る鶴の岡辺の神垣に万代かけよ月の白木綿

<061 法然>

 月影の至らぬ里は無けれども眺むる人の心にぞ住む

062 藤原公任>

 澄むとても幾夜も澄まじ世の中に曇りがちなる秋の夜の月

<063 菅原道真母

 久方の月の桂も折るばかり家の風をも吹かせてしがな

<064 美福門院加賀

 三笠山道踏み初めし月影に今ぞ心の闇は晴れぬる

<065 鴨長明>

 宵の間の月の桂の薄紅葉照るとしも無き初秋の空

066 壬生忠岑>

 久方の月の桂も秋はなほ紅葉すればや照り勝るらむ

067 光孝天皇>

 月の内の桂の枝を思ふとや涙の時雨降る心地する

<068 伏見院宰相

 秋深き寝覚めの時雨ききわびて起き出でてみれば村雲の月

<069 八条院高倉

 神南備の三室の梢いかならむなべて野山も時雨する頃

<070 源頼実>

 木の葉散る宿は聞き分くことぞ無き時雨する夜も時雨せぬ夜も

<071 二条為子

 物思ふ雲のはたてに鳴き初めて折しも辛き秋の雁がね

072 藤原義孝>

 秋はなほ夕間暮れこそただならぬ荻の上風萩の下露

<073 西園寺実氏>

 眺むればすずろに落つる涙かないかなる時ぞ秋の夕暮

074 道因>

 晴れ曇り時雨は定め無きものを降り果てぬるは我が身なりけり

「秋ー下」16首。主役は月から萩をかすめて時雨に至る。063と064は母親どうし。美福門院加賀は定家さまのご母堂である。どちらも息子を思う親心が月に託されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年6月21日 (日)

拾葉百首ー秋中

049 藤原清輔>

 薄雲の籬の花の朝じめり夕べは秋と誰か言ひけむ

050 凡河内躬恒>

 風吹けば落つるもみぢ葉水清み散らぬ影さへ底に見えつつ

<051 土御門院>

 春の花秋の紅葉の情けだに憂き世に留まる色ぞ稀なる

052 曽根好忠>

 春雨の綾織りかけし水の面に秋は紅葉の錦をぞ敷く

053 能因>

 瑞垣に梔子染の衣着て紅葉に紛ふ人や祝り子

054 源経信>

 山守よ斧の音高響くなり峰のもみぢ葉よきて切らせよ

<055 石田三成>

 散り残る紅葉はことにいとほしき秋の名残はこればかりとぞ

<056 藤原顕宗>

 いかなれば同じ時雨に紅葉するははその森の薄く濃からむ

<057 花園院>

 霧晴るる田の面の末に山見えて稲葉に続く峰のもみぢ葉

<058 阿仏尼

 いろいろに穂向けの風を吹きかへて遥かに続く秋の小山田

「秋ー中」の部10首。主役は紅葉である。石田三成もすっかり溶け込んでいる。049は秋の歌ではないかもしれないが苦し紛れでここに。

 

 

 

2020年6月20日 (土)

拾葉百首ー秋上

<039 北畠親子

 秋にこそまだなりぬれと思ふより心に早く添ふあはれかな

<040 藤原俊成女

 色かはる露をば袖に置き迷ふうら枯れてゆく野辺の秋風

<041 高倉院>

 白露の玉もて結へるませの内に光さへ添ふとこなつの花

<042 藤原彰子

 見るままに露ぞこぼるる後れにし心も知らぬ撫子の花

<043 後土御門天皇>

 鳴る神の音は高雄の山ながら愛宕の峰にかかる夕立

044 俊恵>

 夕立のまだ晴れやらぬ雲間より同じ空とも見えぬ月かな

045 良選>

 逢坂の杉の群立ち引くほどにをぶちに見ゆる望月の駒

046 平兼盛>

 望月の駒引き渡す音すなり瀬田の長道橋もとどろに

047 遍照>

 名に愛でて折るるばかりぞ女郎花我落ちにきと人に語るな

<048 北畠親房>

 露に濡れ霧にしをれし足引きの山分け衣干すひまも無し

「秋ー上」10首。露、なでしこ、夕立、女郎花まだまだ序盤だ。041高倉院は、後鳥羽院の父である。御製にある「とこなつの花」は「なでしこ」のことだ。045と046は「お馬渡し」の歌。東国産の馬を朝廷に献上する際の引き渡しの儀式である。「望月の駒」は信濃特産の馬を指す。

2020年6月19日 (金)

創業5500日

本日のこの記事を公開したことにより、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来5500日連続記事更新となった。5500日という期間よりも、その間記事更新が途絶えたことがないという点が売りである。

「令和百人一首」の拾遺としての「拾葉百首」のハーフタイム。1月から続く和歌への脱線が止まらない。

2020年6月18日 (木)

拾葉百首ー夏

031 素性>

 惜しめども止まらぬ春もあるものを言はずに来たる夏衣かな

032 大江匡房>

 夏衣花の袂を脱ぎかへて春の形見も止まらざりけり

<033 藤原頼通>

 有明の月だにあれやほととぎすただ一声の行く方も見む

<034 源頼朝>

 夏の夜はただ一声にほととぎす明石の浦にほのめきぬらむ

<035 二条道良女

 ほととぎす声さやかにて過ぐる跡に折しも晴るる村雲の月

<036 藤原有家>

 橘の匂ひを風に誘ひきて昔にかへす夜半の狭衣

037 相模

 五月雨の空懐かしく匂ふかな花橘に風や吹くらむ

<038 一条兼良>

 古をみきの司の袖の香や奈良の都に匂ふ橘

「夏」の部8首は、衣替え、ほととぎす、橘、五月雨と続く。夏の手薄感は勅撰和歌集と同じである。平等院鳳凰堂の藤原頼通と源頼朝のペアリングなど、歴史上の大物がさりげなく配置されているがよくなじむ。

 

2020年6月17日 (水)

拾葉百首ー春下

<017 宇多天皇>

 春風の吹かぬ日にだにあらませば心のどかに花は見てまし

<018 花山院>

 足引きの山に入り日の時しもぞ数多の花は照り勝りける

019 藤原忠通>

 咲きしより散り果つるまで見しほどに花の下にて二十日経にけり

<020 九条道家>

 分け来つる深き心の色を見よ春は吉野の花染めの袖

<021 徳川家康>

 待ちかぬる花も色香をあらはして咲くや吉野の春雨の音

<022 藤原忠良>

 み吉野の霞のうちに雪散りて行く末遠き花の奥かな

023 飛鳥井雅経>

 なれなれて見しは名残の花ぞともなど白河の花の下影

<024 毛利元就>

 友を得てなほぞ嬉しき桜花昨日に変わる今日の色香は

025 坂上是則>

 水底に鎮める花の影見れば春は深くもなりにけるかな

<026 後二条天皇>

 人来ずば誘ふ風だに音絶へて心と庭に散る桜かな

<027 高市皇子>

 山吹の咲き添よいたる山清水汲みに行かめど道の知らなく

<028 京極為子

 咲き出づる八重山吹の色濡れて桜なみ寄る春雨の庭

<029 西園寺実兼>

 咲きみてる花の香りの夕づく日霞みて沈む春の遠山

<030 後伏見院>

 春暮れし昨日も同じ浅緑今日や変はるる夏山の色

「春ー下」14首。さすがにメインは桜である。徳川さんや毛利さんの詠みぶりも見事で、違和感なく収まる。巻頭と巻軸に御製を配置して万全の体制だ。咲き始めから散り際まで順を追って収載した。そして山吹に代わりやがて暮れて行く春である。

 

2020年6月16日 (火)

拾葉百首ー春中

<011 源通光>

 三島江や霜もまだ干ぬ蘆の葉につのぐむ程の春風ぞ吹く

012 大江千里>

 照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき

<013 後崇光院>

 霞めただ朧月夜の別れだに押し明け方の春の名残に

<014 武田勝頼>

 朧なる月もほのかに雲霞み晴れて行方の西の山の端

<015 白河院>

 風吹けば柳の糸の偏りに靡くにつけて過ぐる春かな

016 殷富門院大夫

 春風の霞吹き解く絶え間より乱れて靡く青柳の糸

「春ー中」6首。蘆と朧月夜と柳。014武田勝頼は信玄の息子。この歌は辞世と伝わる。

2020年6月15日 (月)

拾葉百首ー春上

<001 後宇多院>

 如月やなほ風寒き袖の上に雪交ぜに降る梅の初花

002 菅原道真>

 東風吹かば匂ひ起こせよ梅の花主無しとて春を忘るな

003 紀友則>

 君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る

<004 信生>

 うれしさも匂ひも袖に余りけり我がため折れる梅の初花

<005 足利尊氏>

 軒の梅は手枕近く匂ふなり窓の隙もる夜半の嵐に

<006 建礼門院右京大夫

 物思へば心の春も知らぬ身に何鶯の告げに来つらむ

<007 後光厳院> 

 なほ冴ゆる雪けの空の浅緑分かでもやがて霞む春かな

<008 九条兼実>

 霞敷く春の潮路を見渡せば緑を分くる沖つ白波

<009 藤原教長>

 若菜摘む袖とぞ見ゆる春日野の飛ぶ火の野辺の雪のむら消え

010 藤原基俊>

 春山の佐紀野の煤黒かきわけ摘める若菜に沫雪ぞ降る

「春ー上」の部10首。この度の「拾葉百首」は春夏秋冬の部立てに雑を加えてある。雑を別にすれば季節の廻りを順にトレースできるという構成を採用している。だからまずは梅からだ。そしてやはり先頭には御製を置く。002の菅原さんは、やはりこれでないと落ち着かぬ。006までは梅である。007と008が霞、009と010が若菜だ。010の「煤黒」は「すぐろ」と読む。野焼きと関係する用語だ。

歌人名を赤文字にしたのは女性。番号を青くしたのは「小倉百人一首」収載歌人である。

 

 

 

2020年6月14日 (日)

落ち葉拾い

「令和百人一首」選定の過程で、かなりの数の歌人が落選の憂き目にあったと記事「落選供養」で述べた。このたびその供養を実行に移すための企画を立ち上げる。実際に一度は候補に入りながら最終的に落選した歌人は50人を超える。それらベースに、さらに古今の秀歌を集めて百人一首をもう1セット作成した。名付けて「拾葉百首」という。本体の「令和百人一首」では日本史と和歌史のバランスに心を砕いたが、今回は日本史への配慮は無し。時代の偏在もOKで、ただただ好きな歌を集めるということに腐心した。

見開き二首の歌合せテイストは引き続き温存する一方、歴代の勅撰和歌集の体裁に習って「春上」「春中」「春下」「夏」「秋上」「秋中」「秋下」「冬」「雑」の部立てを設定した。ブログ上での公開は「令和百人一首」のように「1記事あたり二首」ではなく「1部立て1記事」とする。新たにカテゴリー「056 拾葉百首」を立ち上げる。

この依存症もはや重症化している。PCR検査が必要なくらい。

2020年6月13日 (土)

令和百人一首総集編

還暦と令和改元記念企画「令和百人一首」総集編をお届けする。

01 中大兄皇子 崇徳院
02 額田王 足利義尚
03 大伯皇女 大津皇子
04 石川郎女 紫式部
05 有間皇子 柿本人麻呂
06 山部赤人 大伴旅人
07 大伴家持 藤原実定
08 志貴皇子 亀山院
09 在原行平 在原業平
10 藤原敏行 藤原顕季
11 紀貫之 源俊頼
12 伊勢 中務
13 和泉式部 赤染衛門
14 藤原道長 九条良経
15 源義家 源頼政
16 平忠盛 平忠度
17 平行盛 正岡子規
18 西行 頓阿
19 寂蓮 藤原家隆
20 式子内親王 宮内卿
21 慈円 親鸞
22 源実朝 アルトのパパ
23 後鳥羽院 後水尾院
24 順徳院 正徹
25 藤原俊成 藤原定家
26 藤原為家 後嵯峨院
27 伏見院 京極為兼
28 二条為世 冷泉為相
29 永福門院 進子内親王
30 宗尊親王 吉田兼好
31 後醍醐天皇 楠正行
32 光厳院 夢窓疎石
33 足利義満 足利義政
34 後花園院 東常縁
35 宗祇 肖柏
36 大内政弘 北条氏康
37 北条氏照 武田信勝
38 織田信長 織田信孝
39 豊臣秀吉 木下長嘯子
40 蒲生氏郷 細川幽斎
41 細川ガラシャ 西郷千重
42 徳川宗武 冷泉為景
43 荷田東満 本居宣長
44 伊能忠敬 佐久間象山
45 徳川光圀 徳川斉昭
46 井伊直弼 宗良親王
47 和宮親子内親王 上田秋成
48 西郷隆盛 勝海舟
49 森鴎外 与謝野晶子
50 飛鳥井雅親 明治天皇

2020年6月12日 (金)

手の込んだ告白

本年年明け早々の1月10日から始まったブログ内企画「令和百人一首」は、私自身の還暦と令和改元を記念すると位置付けてきた。実はもう一つある。大好きな源実朝の立ち位置確認作業だった。源実朝を愛するのだが、その足元を固めたくて和歌史を学び、古今の秀歌に触れ、自らの和歌の好みを掘り下げ、それでもなお実朝が好きかを自問した。欧州の古典作曲家でなら20人くらいは熱く語れるのに、歌人でそれが出来ぬとは情けないと思い詰めてもみた。

結果から言うなら、源実朝への思いは微動だにしなかった。熱く語れる歌人は10名に近づくし、普通に語れる歌人なら20名を超えた。それでも源実朝の位置づけは変わらぬ。大好きな実朝を和歌史という大きな背景の前にそっと置いてみてますます好きになった。40年前にブラームスを生涯の作曲家と決めたように、源実朝を生涯の歌人と決めた。実朝は素材。歴史はソース。和洋揃った。

本企画「令和百人一首」は源実朝への手の込んだ愛の告白であった。

2020年6月11日 (木)

落選供養

私撰百人一首の選定にあたり、採用の可否判断そのものが大きな楽しみだった。この際、無念の思いで選定を見送った歌人を整理し列挙しておく。まずは「小倉百人一首」収載の男性歌人の落選組から。

  1. 凡河内躬恒 「心あてに」
  2. 小野篁 「人には告げよ」
  3. 菅原道真 「神のまにまに」
  4. 素性 「今来むと」
  5. 遍照 「をとめの姿」
  6. 俊恵 「よもすがら」
  7. 紀友則 「しづ心無く」
  8. 飛鳥井雅経 「衣打つなり」
  9. 西園寺公経 「花誘ふ」
  10. 曽根好忠 「由良の戸」
  11. 藤原清輔 「ながらへば」
  12. 藤原顕輔 「漏れ出づる」

こうして眺めているだけで溜息が出る。残念だ。次はその他の男性歌人。

  1. 源頼朝
  2. 信生
  3. 足利尊氏
  4. 花山院
  5. 土御門院
  6. 上杉謙信
  7. 武田信玄
  8. 徳川家康
  9. 毛利元就
  10. 武田勝頼
  11. 明智光秀
  12. 石田三成
  13. 平経盛

武士たちは、心を鬼にして退席願った。有名人ばかりだ。

最後に女性。

  1. 小野小町
  2. 清少納言
  3. 相模
  4. 二条院讃岐
  5. 俊成女
  6. 建礼門院右京大夫
  7. 平時子
  8. 美福門院加賀
  9. 平徳子
  10. 平時子

この場を借りて供養させていただくこととする。合掌。

 

 

 

 

 

 

2020年6月10日 (水)

歌人でトランプ

古今の歌人たちを絵札に収めてトランプを作りたい。

 
A 後鳥羽院 崇徳院 後嵯峨院 伏見院
K 藤原定家 藤原俊成 藤原家隆 京極為兼
Q 式子内親王 俊成女 宮内卿 永福門院
J 源実朝 菅原道真 大伴家持 九条良経
10 慈円 俊恵 寂蓮 西行

絵札とは申したものの、Aと10も設定した。Aは天皇枠で10は僧侶枠だ。Qは女子枠で、マーケティング優先なら和泉式部、紫式部、小野小町、清少納言の4名にせねばならぬところだが、私の「新古今脳」では断固このメンツ。Kには官位高めのメンバーで二位以上だ。ジョーカーには柿本人麻呂を据えたい。スペードは体制側だ。ハートは崇徳院、道真の怨霊枠を含む他、俊成父娘が目立つ。ダイヤは一部京極派枠。

これでナポレオンをやると盛り上がる。オールマイティは後鳥羽院だが、俊成女に出会うとよろめく。正ジャック源実朝で裏ジャック大伴家持とか、たまらん。ナポレオンやってるとKよりJの方が偉いから。

2020年6月 9日 (火)

旧国名で見る日本地図帳

いやはやなんともご機嫌な本。店頭で何気なく手に取って即購入した。

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日本全国が県ごとに収載されている地図帳なら珍しくもないが、旧国名ごとに収載となるとお宝だ。ときどき興味深いコラムもはさまる。現在の県境と微妙にずれていたり、目からウロコな情報満載である。たとえば相模の国は普通神奈川県を思い出すけれど、川崎市と横浜市は相模の国ではなく武蔵野国になっている。

鉄道や高速道路はもちろん記載されていない。街道と宿場、寺社と城が記載のメインだ。その他遺跡、名所がいくつかある。和歌に登場する地名「歌枕」のいくつかがこのうちの名所にヒットする。格別の楽しさだ。国ごとの人口も江戸時代のデータが乗っている。和歌の時代である平安時代とは微妙にずれるが大問題ではない。古代の行政区分についても細かな解説がある。奥州の入り口「白河の関」に京都から出かける場合、鉄道にしろ自動車にしろ首都圏を経由するのが現代では一般的だが、当時は違う。岐阜→長野→群馬→栃木というルートになる。いわゆる東山道だ。

千葉県は北から下総、上総、安房に分かれる。国名の先頭に来る「上」「下」は京都に近い方が「上」になるので、古代は下総より上総のが京都に近いことになる。京都から新幹線なら東京を経由するから京都により近いのは下総のはずだが、当時は浦賀水道「走水」を船で渡るのがメインだから上総の方が京都に近いのだ。

とにかく飽きない。

2020年6月 8日 (月)

定家とワーグナー

19世紀ドイツ楽壇を二分した有名な論争がある。うーんと簡略化すると「絶対音楽」vs「標題音楽」という図式だ。ブラームスは本人の意思とは関係なく絶対音楽側の首領と位置付けられていた。もう一方「標題音楽」陣営の首領はワーグナーだった。ブログ「ブラームスの辞書」はもちろんブラームス陣営だ。カバンさえ持たせてもらえぬ下っ端ではあるけれど、帰属意識だけは高い。

ブラームスの方が年下であるけれどもほぼ同時代だけに、ブラームス関連の著述にはワーグナーさんも出没する。ブラームス本人はワーグナーを軽視していないどころか相応の敬意を払っていたことは確実だ。

ワーグナーは時代革新の旗手。ブラームスと同じくベートーヴェンを範としながらも次々と新機軸を打ち立て未来の音楽を志向したのに対してブラームスはむしろバッハを筆頭とするバロックに傾斜する。「未来の音楽に興味はない」「未来に残る音楽を書きたいだけだ」というのが信条だ。どちらも19世紀が育んだ豊かな個性の発露なのだが、当時は大論争だった。

「令和百人一首」で歌人たちを次々と作曲家にあてはめた中、そのワーグナーには藤原定家を比定した。「ブラームスの辞書」の立場からするとあちら陣営のトップにあてたということだ。困ったことにこの位置づけは私の中の定家の位置づけにピタリとはまる。「好きではないが敬意は払う」という立ち位置としてピッタリ来る。モーツアルトにあてた紀貫之も同じテイストである。大好きな慈円や寂蓮をリストやブルックナーに比定しないデリカシーも同根である。

逆に大好きなバッハにあてた大伴家持や、ドヴォルザークにあてた後嵯峨院はよっぽどのことだ。

 

2020年6月 7日 (日)

史伝後鳥羽院

「令和百人一首」選定の参考にネット上のさまざまのサイトが大変役立ったとすでに述べている。今回は書物の話だ。書店で手に取って買い求めたのが「史伝後鳥羽院」である。

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著者は既に亡くなられている。まず特筆すべきはその美文だ。何より後鳥羽院に対する熱い思いがベースにあるのだが、ご本人は「贔屓の引き倒しにならぬよう」と自らをしきりに戒める。後鳥羽院を愛するあまりの筆の滑りを慎重に回避する。それでいて読後には後鳥羽院への熱い思いが残るという巧妙な筆致だ。

全体は「出生と生い立ち」「在位期間」「承久の変」「隠岐配流」の端正な四部構成。和歌が語られるのは2部と4部。とりわけ2部に現れる「新古今和歌集」は、迫真の描写だ。定家との蜜月と破局をベースにしていながら、その定家の「明月記」が第一資料であるという華麗な矛盾が全体を貫く。ここいらの後鳥羽院と定家の確執を見て、彼らをシューマンとワーグナーになぞらえる気になった。

そして131ページ「はこやの山の影」ではまるまる1章が源実朝の記述に割かれる。頼家薨去と偽られて実朝を征夷大将軍に任ずるあたり、北条政権への不審の芽生えと明記しながら、当の実朝とは好を通じていたと考証する。「ミニ実朝伝」という印象だ。後鳥羽院から見た実朝像はやけに客観的で説得力がある。後鳥羽院をシューマンで実朝ブラームスという割り付けにふさわしい。章末、実朝と大伴家持の共通点をいみじくも指摘する。正岡子規以来、実朝の万葉ぶりに脚光があたりがちなことも考慮してか、慎重に言葉を選びながらながら静かに断言する。大伴家持をバッハにあてはめる決心がついた。

 

2020年6月 6日 (土)

さても家持

大伴家持は、万葉集編纂者とも目される奈良時代の大歌人だ。もともと有力貴族なのだが、藤原氏の台頭で理不尽な目にも遭っている。結論から言うと大好きだ。以下の通り好きな歌が多い。

  1. 我が屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも
  2. 春の野に霞棚引きうら悲しこの夕影にうぐひす鳴くも
  3. うらうらと照れる春日にひばりあがり心悲しも一人し思へば
  4. ものふの八十乙女らが汲み紛ふ寺井のうえの堅香子の花
  5. 春の苑くれない匂ふ桃の花下照る道に出で立つをとめ
  6. 新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいやしけよごと
  7. ふりさけて若月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも
  8. 夏山の木末の繁にほととぎす鳴き響むなる声の遥けき
  9. 初春の初子の今日の玉箒手に取るからに揺らぐ玉の緒

特に上記冒頭の三首。万葉集19巻の4290から4292は、彼の集大成とも思える。8番の「響む」は「とよむ」と読む。根拠不明ながら新古今の先取りとも感じるのはなぜだろう。体言止めが散見されるのもこの時代としてはレアだ。

一度は人麻呂に奉りかけた「和歌界のバッハ」の称号を、熟考の末、大伴家持にささげた次第。万葉の統合の功績は、バロックの完成者に比肩し得る。

2020年6月 5日 (金)

人麻呂をどうする

昨日の記事「不要不急インデックス」で大歌人たちに作曲家をあてはめた。以下の通りだ。慈円と寂蓮が居ない理由を過激に言い訳しておいた。もう一人、本日は柿本人麻呂が居ない言い訳をする。

  1. 大伴家持   662 バッハ
  2. 紀貫之      718 モーツアルト
  3. 源俊頼     1055 ハイドン
  4. 藤原俊成  1114 ベートーヴェン
  5. 西行        1118 シューベルト
  6. 藤原家隆   1158 ショパン
  7. 藤原定家  1162 ワーグナー
  8. 九条良経  1169 メンデルスゾーン
  9. 後鳥羽院  1180 シューマン
  10. 源実朝     1192 ブラームス
  11. 藤原為家  1198 チャイコフスキー
  12. 後嵯峨院  1220 ドヴォルザーク
  13. 京極為兼  1254 ドビュッシー
  14. 伏見院     1265 マーラー
  15. 足利義政  1436 シェーンベルク

本構想はそもそも源実朝をブラームス、人麻呂をバッハになぞらえるところがスタートだった。これに加えて新古今期の綺羅星のごとき歌人を、ロマン派の巨人にあてたいと欲したが苦労した。「人麻呂=バッハ」「実朝=ブラームス」「新古今=ロマン派」が整合しない。諦めかけたそのとき、いっそ「家持をバッハに」とひらめいてすべてが丸く収まった。がしかし、人麻呂が浮く。

弾き飛ばされた人麻呂にあてる作曲家をバッハ以前の時代に求めねばならない。ブクステフーデ、パッヘルベルなどドイツバロックの先人にあてる手はすぐに思いつくのだが、どうもしっくりこない。

これまた蹴つまづいた拍子に思いついたのがルターだ。宗教改革のあのルターだ。後世のドイツ史、いや世界史への計り知れない影響、バッハやブラームスとの立ち切れぬ関係を思うと、まさにピタリだ。ルターはいくつかの賛美歌に曲を付けていたというエピソードに勇気づけられた。歌聖人麻呂にはルターで落ち着いた。

2020年6月 4日 (木)

不要不急インデックス

ブログ「ブラームスの辞書」では、還暦企画「令和百人一首」の中で、15名の歌人について作曲家になぞらえた。音楽ネタからの長大な逸脱に対する後ろめたさを緩和する試みだった。以下の通りである。歌人名と生年の後に、あてはめる作曲家名を付した。

  1. 大伴家持   662 バッハ
  2. 紀貫之      718 モーツアルト
  3. 源俊頼     1055 ハイドン
  4. 藤原俊成  1114 ベートーヴェン
  5. 西行        1118 シューベルト
  6. 藤原家隆   1158 ショパン
  7. 藤原定家  1162 ワーグナー
  8. 九条良経  1169 メンデルスゾーン
  9. 後鳥羽院  1180 シューマン
  10. 源実朝     1192 ブラームス
  11. 藤原為家  1198 チャイコフスキー
  12. 後嵯峨院  1220 ドヴォルザーク
  13. 京極為兼  1254 ドビュッシー
  14. 伏見院     1265 マーラー
  15. 足利義政  1436 シェーンベルク

新古今期の大歌人4名、上記で言う6から9をロマン派にあてることがポイントだ。ロマン派を準備したベートーヴェンとシューベルトを俊成と西行にあててピタリとはまる。バッハの家持、モーツアルトの貫之はすんなりだ。作曲家を生年順に並べた場合に比べハイドンとモーツアルト以外は順序として自然だ。ロマン派の4名家隆、定家、良経、後鳥羽院を誰にあてるかにも注意を払った。雰囲気だけでもない。新古今にタッチの差で間に合わなかった実朝はブラームスにピタりだ。ほんのり万葉志向も趣を添えてやまない。難を言えば、慈円、寂蓮が漏れていることだ。僧籍だからといって、彼らにリストやブルックナーを充てるほど無神経ではない。慈円と寂蓮に失礼だ。

「どうでもいい不要不急のお遊びこそ真剣に」がモットーである。

 

2020年6月 3日 (水)

三人選ぶ

よくある無人島ネタ。「あなたは無人島に行かねばなりません」「このとき作曲家3名を同伴させるとしたら誰を選びますか」というご無体なお遊びだ。ご無体とは言うけれど私としては迷いはない

  1. ブラームス
  2. バッハ
  3. ドヴォルザーク

これで決まりだ。個々の作品であればこのほかの作曲家も愛聴しているが、作曲家という切り口ならこれで鉄板だ。ブクステフーデやテレマンやパッヘルベルが惜しまれるくらい。

さてさて、「令和百人一首」選定を通じて培った和歌への知見に照らして、同じことを歌人で試みる。これもまた実はすんなりだ。先般の記事「ベストフィフティーン」で15名を選んだが、それでは「密」なので3名に絞り込んだ。大規模な歌合せなんぞ当然自粛なので3名でちょうどいい。

  1. 源実朝
  2. 後鳥羽院
  3. 九条良経

この三人でOKである。記事「クイーン」で取り上げた式子内親王、永福門院、宮内卿に加え、西行、家持、俊成なども気にはなるが、この三名を取り崩すほどではない。

自粛生活の手すさびにと思いついたがすんなり決まりすぎて暇つぶしにならないというのが悩みだ。

2020年6月 2日 (火)

クイーン

記事「ベストフィフティーン」では女流歌人を除外した。もともと「令和百人一首」に女性は16名で、小倉さんちより5名も少ない。歴史なんぞに配慮すると女子の比率は悲惨だ。男子は84名から15名を選んだということを考えると比率的に女子は3名を選ぶこととする。結論から申すなら以下の通りだ。

  1. 式子内親王
  2. 永福門院
  3. 宮内卿

この3名の中では式子内親王だけが小倉百人一首に選ばれている。和泉式部、紫式部、赤染衛門、右近など平安期の女房歌人は全滅ということだ。女子は私の恋歌不感症の影響を受けやすい。この3名の真骨頂は叙景歌にある。写実の妙を追求した人たちだ。名前を列挙しただけで心安らぐ。

2020年6月 1日 (月)

プラス思考

未だ終息が見通せないパンデミックにあって、我ながらつくづく強運だと思うことがある。定年前の駆け込みと称して2018年から2年がかりで我が家を少々リフォームした。もしこれが今年にかかっていたらお手上げだった。資材部品も満足に揃わないだろう。2018年のドイツ旅行も、母を連れての姫路旅行も、無事に終わって何よりだ。世の中何かとオンラインに流れている。幸いなのはブログ管理はそもそもオンラインであるということだ。ネタの取材も人との接触を必ずしも必要としない。

もっとある。昨年の令和改元が一年ずれていたらと思うとぞっとする。一般参賀なんぞ密もいいところだ。

不自由は不自由だが、こうしてプラスに転換していかないと持たない。なんせ長丁場だ。小心者の小市民としての自己防衛だ。

 

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