短調の言い回し
バッハの「平均律クラヴィーア曲集」に関する話題だ。ご存知の通り、クラヴィーアの鍵盤上の12種の音全てについて、それらを主音に長調短調を網羅した24曲の前奏曲とフーガからなっている。バッハが残した自筆の楽譜帳の1ページ目には、もちろん自筆の標題が鎮座している。その標題において長調・短調という部分が独特の言い回しをされている。長調という部分は「長3度つまりドレミ」と表現されているし、短調に相当する部分は「短3度つまりレミファ」と表現されているのだ。
黒鍵を全く使わないとすれば、連続する3音の両端が長3度になるのは「ドレミ」か「ソラシ」か「ファソラ」に限られる。我々は調性の話をする際には、判り易さに配慮してハ長調を例にとる場合が多いから、これを「ドレミ」に代表させるのは理解できる。
問題は短調だ。黒鍵を使わない前提で、連続する3つの音の両端が短3度になるのは以下の通り4種類ある。
- レミファ
- ラシド
- ミファソ
- シドレ
このうち「ミファソ」と「シドレ」は2音目がいきなり半音の「フリギア状態」なので脱落だが、「ラシド」と「レミファ」は甲乙つけがたい。長調で「ソラシ」を選ばずに「ドレミ」にした趣旨からすれば、「ラシド」でもおかしくないのに、短調代表に「レミファ」を選んでいるのが不思議に感じる。
ここまで考えてはたと思いついた。バッハにとっては「ラシド」も「レミファ」も調号なしの調なのではないかということだ。私はかつてこのことに記事「ドリアンリート」や「ドリアンブーレ」で言及してきた。フラット系の短調の曲に最後のフラットを省いた調号を用いるケースが頻発する傾向のことだ。調号なしからは旋律的短音階にも和声的短音階にも臨時記号一個でたどり着くのだ。長調を「ドレミ」、短調を「レミファ」とする言い回しと同根と感じる。
現在では一般に、調号なしの短調としてはイ短調を想起するのが自然だが、バッハの時代はニ短調もその候補だったのかもしれない。
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