バッハ全集
ブラームスが晩年に至って人生を振り返る中つぶやいた言葉にバッハが出てくる。
「人生での二大事件は、ビスマルクによるドイツ帝国の創設と、バッハ協会によるバッハ全集の刊行だ」という言葉。
前者は普仏戦争勝利によりウィルヘルム1世がヴェルサイユ宮殿で戴冠したことに象徴される。ナポレオンによって蹂躙される屈辱を味わったドイツ人の悲願だ。列強に囲まれながらドイツは、あるいはドイツ語の話者は小領邦に分裂したままだった。欧州にとっても大事件であり、世界史の教科書にだって「鉄血宰相」の名と共に特筆される出来事だ。
あろうことか、バッハ全集の刊行がその大事件と、ブラームスの脳内で拮抗しているというのだから驚きだ。含蓄が深すぎて言葉が継げない。
ドイツ人の民族意識の高まりは、科学、産業、芸術などあらゆる分野に反映している。「列強には負けないぞ」「ドイツって凄いんだ」という具合に肩に力が入ってくるのだ。音楽面では、ベートーヴェンと並んで、バッハ本人の民族意識の有無とは関係なく、ドイツの象徴へと祭り上げられた。音楽家のブラームスにとって、バッハ全集はドイツ統一と表裏でさえあったはずだ。
そのバッハ全集とはもちろん、今では「旧バッハ全集」とされている。
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