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昨日の記事「奇跡の組分け」で作曲家の出生地をキーにキリスト教の信仰を以下の通り新旧に分類した。結果、私の好みの作曲家が極端にプロテスタント側に偏ると書いた。無理矢理「あの子が欲しい」とばかりに指名するならベートーヴェンには違いないが、見返りに誰が要求されるのか怖い。
<ウニオン>プロテスタント同盟
<リーガ>カトリック同盟
むしろチェコのドヴォルザークをカトリック側から域外枠として引き抜きたい。お遊びには違いないが妙にマジになってきた、
一昨日の記事「リーガとウニオン」で、ドイツ語圏の作曲家について出身地をキーにプロテスタントとカトリックに無理やり分類した。乱暴は承知の上のお遊びだと申しあげたとおりだ。
<ウニオン>プロテスタント同盟
<リーガ>カトリック同盟
お遊びと割り切ってやったのだが、結果を見て凍り付いた。お気づきの諸賢は多いと思われるが、このメンツなら私はウニオンのサポーターになる。圧倒的にウニオン支持だ。もちろん私はキリスト教を信仰しているわけではなく、宗教についての知識はなきに等しいが、この棲み分けは出来過ぎている。
私の作曲家の好みは極端にプロテスタント側に偏っている。
私の好みが、これほどきれいにシンクロするとなると単なる偶然とは思えない。三十年戦争で確定したキリスト教新旧の枠組みが、人々の精神の内面に入り込み、作曲家の脳内にまで侵入した結果としての作品が、そうなっているからとしか思えない。
いきなりなんのこっちゃ感満載のタイトル。話せば長いのでご辛抱いただくほかはない。本日のこの記事はブログ「ブラームスの辞書」開設以来5678本目の記事だ。本記事はそれを理由にしたささやかな冒険である。
ココログでは現在「お題の記事を書いてポイントゲット」キャンペーンが開催されている。10月のお題の一つに「私とニフティ」があるので、これに応募するためにこの記事を書いているという訳だ。書籍「ブラームスの辞書」の刊行を目前に控えた2005年5月30日に、初の自費出版本の販売窓口の機能を期待してブログ「ブラームスの辞書」を開設した。そのとき何の気なしに選んだのがニフティ社の運営するブログサービス・ココログだった。私にとって「私とニフティ」と言ったら「私とココログ」ということに等しい。2005年5月30日にこの記事 で始まったブログ「ブラームスの辞書」は今日まで5631日間に5678本の記事を積み上げた。その間一日も記事更新の抜けがない。二度あった大規模なシステム更新の際には、管理画面へのアクセスばかりか公開タイマーが機能しないこともあったのでそこはノーカウントとしてだ。
開設当時45歳だった私は還暦を迎えて定年退職した。がブログだけはストレスなく続いている。その間の歴史はカテゴリー「キリ番記事」 にまとめてある。何の気なしに選んだココログだが、満足している。カテゴリー設定の自由度が高いこと、優秀なアクセス解析、などあげればきりがないけれど、日常のブログ運営ではあまり意識していない。空気みたいなものだ。こういう機会でもないとあらたまって感謝することもない。
さてわがブログ、話題の中心は無論ブラームス。系統としてはクラシック音楽なのだが、もはや脱線逸脱はお家芸だ。家族ネタに始まりドイツ史、鉄道、ビスマルク、ビール、サッカー、コーヒーなどなど枚挙にいとまがない。百人一首自選 なんぞその最たるものだ。この勢いで、2033年5月7日「ブラームス生誕200年」まで何としても記事の連続更新をと目論む。ゴールインのとき私は73歳になっている。それまでこのままココログにお世話になるはずだ。そのときにこの記事をリンクしながら改めてお礼を言わせてもらうこととしたい。
1618年から1648年まで、主にドイツを舞台に繰り広げられたカトリックとプロテスタントの争いが三十年戦争だ。典型的な後世のネーミング。1618年にプラハで始まった時には、当事者たちも周囲も「三十年戦争が始まった」とは思っていない。1648年に終わってみて、思えば1618年に始まった戦争だと総括した結果「三十年戦争」と命名された。
東軍対西軍の図式ではない。プロテスタント側を「ウニオン」といいカトリック側を「リーガ」という。「リーガ」の正式名は「Katholische Liga」という。ドイツサッカー国内リーグは「Bundesliga」の「リーガ」だ。
さて、その三十年戦争が終結した時点で、ドイツ国内におけるカトリックとプロテスタントの勢力図がかたまった。日頃「ドイツの作曲家」とひとくくりにされている作曲家たちを、出生地をキーにカトリックとプロテスタントに分類してみた。
<ウニオン>プロテスタント同盟
<リーガ>カトリック同盟
出身地がカトリックの領域で、没地がプロテスタントの領域である場合、またはその逆のケースなど厳密さに欠けるがそこはお遊びだ。このメンバーでサッカーをしたらどちらが強そうかなど、話題には事欠かない。
チェンバロソナタで名高いドメニコ・スカルラッティは1685年10月26日の生まれ。生誕333年だとはしゃいだバッハやヘンデルとは学年違いの同い年だ。バッハとの扱いの差は歴然で申し訳ないが、本日は生誕335年のメモリアルデーだ。
もっぱら鍵盤楽器作品の作曲家と思われがちだがそこはイタリア人ということもあり、弦楽器作品も存在する。例によってビオンディさんがCDを出している。
バロック時代の音楽家の働き場所は、およそ2つに分類できる。毎度毎度のおおまかな話である。
このうち王侯貴族に雇われるについては、宮廷楽団の団員、宮廷付き作曲家、家庭教師などなど考えられる。どれほど小さくても宮廷は宮廷ということになるなら、中央集権で王様が1人よりも、各地に小国が分立している方が働き口は多くなるに決まっている。
ということはだ。
三十年戦争によって、神聖ローマ帝国を構成する小国に主権が認められたのは追い風だ。ドイツ中に小さいながらも宮廷があり、そこには音楽家にとっての就職口があったはずだ。楽団を抱えるほどの宮廷かどうかはともかく、作曲家や演奏家あるいは教師までも含む音楽家には、一定の需要が発生したはずである。
このことがドイツバロック音楽の発展にどう寄与したのか興味深い。
三十年戦争の講和条約、1648年10月24日に締結されたから、本日は372年メモリアルデーである。
三十年戦争は、ドイツの国土が荒廃したという意味では、第二次世界大戦と双璧をなす。1600年からおよそ150年間と定義されるバロック時代のうち、初期バロックと呼ばれる最初の50年間は三十年戦争と重なる。
神聖ローマ帝国の衰退が決定づけられたほか、19世紀にビスマルクが統一するまで続くドイツの小領邦体制が始まる。ドイツ内部のカトリックとプロテスタントの線引きもおよそ確定する。ナポレオンが踏みにじるまで欧州の秩序はこれにて固まることになる。
信仰が音楽に多大な影響を与えたことを考えると、作曲家の基盤がカトリックなのかプロテスタントなのかには一定の顧慮が必要になる。
「快速に、けれど少しだけ」とでも解するのだろうか。
ルクレールの「2つの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」に出現する。op3とop7各6曲ずつ、合計41楽章のうち、4つの楽章冒頭に鎮座する。
作曲者ルクレールはフランス人だ。ネイティヴのイタリア語ユーザーではないから何かの間違いかとも思うけれど、これだけあるのだからそれなりの意図の反映に違いない。プレーンの「Allegro」より遅いと思うがどうだろう。同じ曲集に「Allegro ma non troppo」「Allegro non presto」「Allegro moderato」も使われている。「Allegro+抑制語」が非常に多彩だ。
バロック時代フランスにおけるヴァイオリン音楽の大家。記事「英仏西日照り」で、バロック時代のフランスにおけるヴァイオリン作品の不毛を嘆いたが、このひとは例外だ。コンチェルトやソナタがある。何よりも「2つの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」全12曲がおすすめ。とにかく楽しい。おしゃれだ。無伴奏ヴァイオリン2本によるシンプルな編成ながら飽きさせない。
1864年10月22日パリのすまいで他殺体で発見された。
1524年南部のシュヴァーベン地方で始まった農民反乱。宗教改革に力を得てという側面もあるらしい。うーんと単純化するなら「聖職者の独身が聖書に根拠がないということで、聖職者が結婚できるなら、聖書に書いていない年貢はどうするねん?」という姿勢だ。
当初農民に同情的だったルターは、反乱が過激化するにつれて鎮圧に同意するようになる。農民の落胆は大きく、これをきっかけにプロテスタントに見切りをつけた農民も多かった。今なお南部にカトリックが多い理由をここに求める研究者もいるくらいだという。
1648年ウェストファリア条約によるカトリックとプロテスタントの色分けは、単にこうした結果の追認に過ぎない。
神聖ローマ皇帝、というよりマリア・テレジアの父。即位前にスペイン継承戦争が起き、没後すぐにオーストリア継承戦争が起きた。1740年10月20日狩猟先で急死した。今日は命日だ。
ヴィヴァルディはカール6世に謁見したこともあるし、作品を献呈している。カール6世を頼ってウィーンに出たものの、その急死によりオペラ上演にも暗雲が立ち込める中同地にて没した。
三十年戦争以降、退潮傾向にあったとはいえ、神聖ローマ皇帝に謁見できたヴィヴァルディは大したものである。晩年にフリードリヒ大王にお目通りかなったバッハの事例と好一対だ。
在宅勤務で浮いた時間をCD鑑賞にあてている。その中からグールドがみるみる脳内シェアを増やした。何といってもグールドの本領はバッハにある。そのことを体感したくて他の演奏家によるバッハ演奏をあれこれ聞いている。比較参照可能なほど音源が揃っているのが下記の人々。
聞き比べの対象は平均律クラヴィーア曲集、インヴェンションとシンフォニア、ゴールドベルク変奏曲、イタリア協奏曲、イギリス組曲、フランス組曲、パルティータ、トッカータ、チェンバロ協奏曲あたり。いやはや、というかなんというかやはりグールドは私の好みに合っている。というより、私の好みがもはやグールドで培われたかと。
「えいふつとっぱる」と読む。グールドを聞くうちに楽譜が見たくなった。調べると我が家には既に以下の楽譜があった。
だからこの度以下を買い求めた。
これらの総称が「英仏突春」だ、グールドの演奏を楽譜を見ながら聴きたいという衝動によるものだ。加えて全てのハミングの場所に印でもつけてやろうかと思っている。
「ボヘミアのバッハ」ことゼレンカの代表的な室内楽が「6つのソナタ」だ。
調性のバランスが考慮されていない感じがかえって新鮮だ。たった6曲なのに同じ調が2組もある。フラット系の調ばかり6曲が並ぶ。
1955年に初めて出版されて脚光を浴びた。バロック時代の代表的曲種「トリオソナタ」は「ソプラノ音域」の旋律楽器2つに、通奏低音と決まっている。通奏低音は、奏者が1名と決まっているわけではなくて、チェンバロを中心に、チェロ、コントラバス、ファゴット、ガンバ、テオルボなどから1つまたは2つ以上が参加する。旋律楽器は、おおむねヴァイオリン、オーボエ、フルート、リコーダーの中から適宜だ。起用楽器は演奏者の判断である。
それでもまあ、オーボエ奏者ハインツ・ホリガー版のCDがスタンダードな位置にあった。
このほどうれしい発見があった。チェコの団体「プロアルテアンティクアプラハ」の演奏だ。先般の記事「Pro arte antiqua praha」で、彼らの演奏するパッヘルベルの室内楽の素晴らしさに言及したがゼレンカもまた魅力的だ。パッヘルベルで聴かせてくれた水もしたたるばかりのヴァイオリンの音色が、また再現される。こりゃあまぐれではない。特筆すべきは彼らが採用する編成だ。ヴァイオリン2本と、チェロとチェンバロだ。
旋律楽器2本にヴァイオリン2本をあてがうとは。ホリガー版に慣れた耳にはとても新鮮だ。でも本当にヴァイオリンが美しいから、ほどなくオーボエのことなんか忘れてしまう。
以前、ドヴォルザークを特集した時、ドヴォルザークが一部の出版社から「ボヘミアのブラームス」と紹介されたと書いた。だからというわけではないがボヘミアのバッハ」というキャッチフレーズもありだなと思う。
ヤン・ディスマス・ゼレンカこそがそういわれている。1679年10月16日の生まれだ。
チェコ・プラハ近郊の生まれだが、活躍の地はドレスデン。ザクセンの宮廷副楽長であった。ザクセン宮廷はドイツ語圏において最高峰であった。そこの副楽長となると相当なもんだと。
作品は宗教作品中心で器楽作品はわずか。
バロック時代のヴァイオリン音楽の発展をイタリアとともにドイツが支えていたと書いた。ここでいうドイツの中で特筆すべき位置にあったのが、ザクセン選帝侯領の都ドレスデンだ。美術音楽両面でイタリアと密接につながってた。
フリードリヒ大王の即位は1740年のことであり、バッハの没するたった10年前のことである。だからバロック時代の発展に寄与とまではいいにくい。そこでドレスデンなのだ。後世ドイツ帝国はプロイセンを母体に生まれた。その際プロイセン、バイエルンに次ぐ3番目の勢力だったのが、ザクセン選帝侯領の後継ザクセン王国だった。
ドイツバロック関係の情報を収集しているとドレスデンはやけにひっかかる。
原題は「Ein feste Burg ist unser Gott」という。ルター自作のコラール。
古来宗教改革推進の旗印的位置づけにあった。「宗教改革のラ・マルセイエーズ」との異名もあるくらいだ。宗教改革を阻む悪魔に勝利することを歌い上げるようでいて実は、神の国の存続と、キリストと共に十字架を背負うもの勝利を讃美する。メンデルスゾーンの交響曲「宗教改革」のフィナーレ第4楽章にも引用されている。
第二次大戦中、ドイツ軍の兵士たちはこの賛美歌を歌って出征していったという。テキストを「ドイツ第三帝国の勝利の歌」と解釈した。
戦後、これらの反省から宗教改革記念日のコラールと再定義されて今日に至る。宗教改革は1517年10月31日に始まったとされているから、10月は何かと話題になる。
パガニーニの作品。全12曲なのだがビオンディが抜粋してCDを出している。パガニーニは超絶技巧のヴァイオリニスト兼作曲家だと思っていたらギターも弾けたらしい。ビオンディの演奏はいつも通り楽しい。超絶技巧を存分に楽しむのに持ってこいだ。
昨日のリストにははいりきれないので載っていない。これだけ別に持ち歩いている。
実はファビオビオンディにはまっている。センセーショナルな「四季」で人気者になったが、いやはやすごい人だ。バロックヴァイオリンの垣根を根っこから引き抜いてくれた。一昨年9月21日に演奏会で生を聴いたこともあってかなりのめりこんでいる。今年の3月には来日して「四季」を弾いてくれるはずだったが、コロナでお流れになったのがつくづく惜しい。
CDも下記の通り集まった。
いやはや楽しい。これらを48枚収納のCDケースに収めている。コンパクトで持ち運びに便利で、取り出しもストレスなし。ドライブ用にと作ったのだが、在宅勤務のつれづれにも役立っている。
バッハの無伴奏作品は発売されていないように思う。あるいはシューマンやシューベルトがあるので、ブラームスのソナタをねだってみたい。
断りなくヴァイオリンソナタと言えば、主役はヴァイオリンでピアノは伴奏と目される。バッハの時代にはピアノではなくチェンバロになるけれども、ヴァイオリン主役に変わりはない。
バッハのヴィオリンソナタト長調BWV1019は、異例である。第三楽章は主役のヴァイオリンがまるまる休みになる。
写真はヴァイオリンのパート譜。その中、赤く囲んだのが話題の第三楽章。すぐ上の16というのは第二楽章の16小節目であり、直下のAdagioはもう第4楽章の冒頭だ。アレグロの第三楽章はヴァイオリンが「tacet」されている。
交響曲など大規模管弦楽曲で、その中間楽章において打楽器や金管楽器がまるまる休みということは、ブラームスでも珍しくないが、二重奏の7つの室内楽で片方がまるごと休みという楽章は存在しない。
しかもだ。しかも主役抜きで奏でられるその第三楽章は美しいのだ。コンサートで取り上げられた際、ヴァイオリニストはこの間どうしていたらいいのだろう。
1976年生まれのイタリアのピアニスト。
フランツペーターツィメルマンと組んだ室内楽が評判になっている。バッハのヴァイオリンソナタ全曲録音のCDが手元にある。伴奏はチェンバロが好きなのだが、この人のピアノはグールドとともに例外を形成している。
お気に入りの演奏は昔のが多いのだが、この人の演奏には感心させられた。キレッキレなのに弾き散らかしていない。現時点で今世紀最高と思う。
2番の第二楽章は手持ちのCDでは最高のテンポ。でも細部まで考えられた音作り。
もっとも名高いカンタータと問われたらいったい何人の人が「147番」と答えるのだろう。「主よ人の望みの喜びよ」と和訳される傑作。古来さまざまな編成に編曲されてきた4分の3拍子ト長調の流れるような8分音符の連続が、あふれ出る喜びの表現と解されている。主役のコラールをもかすませる8分音符の羅列は事実上8分の9拍子になっている。
大好きなバッハのヴァイオリンソナタ第4番ハ短調の第四楽章の話をする。
ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタは、バッハの真作とされいるのは以下の6曲だ。
この中で私のお気に入りは4番ハ短調だ。断然。
第一楽章 G音からEsにいきなりの6度跳躍で始まる。なんだか禁断の果実っぽい。ロマン的な感じがする。無理やり理屈をこねればシチリアーノなのだとは思うが、舞曲由来という説明に安住させない凄みがある。短調のソナタを、バッハ自身の家族の死と結びつける解釈があるけれど、感心しない。「死の悲しみ=短調」という連想はいかにも底が浅い。
第二楽章 特徴ある10度の跳躍が印象的。家族の死と対峙する悲しみという切り口では収まりきれぬ厳しさを感じる。
第三楽章 平行長調に転じる緩徐楽章。家族の死の悲しみの痕跡を認めるとするならこの楽章かとも思うが、チェンバロの右手に絶え間なく現れる8分音符の連続は、むしろカンタータ147番「主よ、人の望みの喜びよ」を思わせる。
第四楽章 前楽章が疑問形で終わってのフィナーレ。何と言うことか。2小節目の後半に第二楽章と同じ「C→Es」という10度の跳躍が現れる。さらに付け加えるなら、10度ジャンプの直前がオクターブ下降になっていることまで、第二楽章そっくりだ。やはりこの10度跳躍はバッハの意図と思わずにはいられない。
オランダの女流ヴァイオリニストにジャニーヌ・ヤンセンがいる。オランダというと何となくバロックヴァイオリンのイメージだが、この人は違う。2007年にバッハのクラヴィーア作品の「インヴェンション」を弦楽アンサンブルで録音したCDを出していた。2声はヴァイオリンとヴィオラで、3声ではこれにチェロが加わる。目から鱗で、一瞬で愛聴盤となった。
このCDには余白に無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータニ短調BWV1004が収録されていた。終曲がシャコンヌになっているあの作品だ。これを余白にさらりと入れているところがシャープだ。つまりこのCDは独奏、二重奏、三重奏で構成されている。
この人同じバッハのヴァイオリン協奏曲のCDも風変わりだ。イ短調とホ長調の定番2曲に続いて、「ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲」が続く。「2つのヴァイオリンのための協奏曲」が来ないので軽い驚きがあるけれど、まあ想定内だ。
その先にはヴァイオリンソナタ3番ホ長調と4番ハ短調が収録されている。コンチェルトの余白にソナタを2曲ということだ。大好きな4番が入っているのがうれしい。とりわけフィナーレはかなり早いテンポで爽快だ。難を申せば、全曲聴きたくなる。パルティータといい、ソナタといいじらしまくった余白の使い方が巧妙だ。
昨日ブログ開設以来の通算アクセス数が「1111111」に達した。誰かが「1が7個」のキリ番を踏んでいるはずだ。この先「7個」はしばらく無いのでおめでたい。2033年5月7日のゴールまでに「2222222」が踏めるかどうか微妙だ。だから今回喜んでおく。
CDショップ店頭で、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の売り場はたいそうにぎわっている。とりわけパルティータ2番BWV1004は、その終曲に名高い「シャコンヌ」を据えていることもあって、数十種類のCDが花盛りである。ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタは、日蔭とも感じるのだが、むしろ室内楽の喜びに満ちた佳品ばかりと感じる。
長さも手頃、表情もさまざま、シャコンヌのような近寄り難さは影を潜めている。我が家には以下の通りのCDがある。
いやいやこれがなかなか退屈しない。グリミョーとスークが2種類。シェリングは東京ライブがあって2種類だが、ライブは全曲録音ではない。
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