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2021年1月31日 (日)

バッハ特集333本

カテゴリー「301 バッハ」に所属する記事が282本となってドヴォルザークに追いついたことは既に話しておいた。「282本」というのはブログ開設以来の通算本数のことだ。

今度は、バロック特集開幕以来の記事の本数のお話だ。

昨日の記事で、バロック特集開幕以来発信した同カテゴリー所属の記事の本数が「333」に達した。今まで慎重に言及を避けてきたが、これは予定の行動だ。「バロック特集」そのものが、バッハの生誕333年を祝しての企画だった。だから、じっとひそかに狙っていた。

2018年元日のバロック特集の開幕の時点では、まだ333本のバッハ記事を確保できていなかった。3月15日の生誕333年メモリアルデーには備蓄を終えていた。けれどもずっとこれを秘密にしていたということだ。

特集に入ってから333本、通算では464本となるのだが、ブラームスにはすでに4千本以上の記事が堆積していることを考えれば、申し訳ないくらいだ。

バッハ関連記事333本をもってブログ「ブラームスの辞書」からバッハへのお祝いとする。

 

 

2021年1月30日 (土)

Jean Claude Zehnder

記事「デザイン込み」で、話題にしたバッハのオルガン作品全集の楽譜の話だ。ブライトコップフの最新の原典版だということで身が引き締まる。その校訂者を見て、「はて、どこかで」となった。

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Jean Claude Zehnderさんだ。それってなもんで、我が家のCDコレクションを探すとCDが一つ出てきた。

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「バッハ最初期の手稿譜」とでも題されたCDである。2006年に発見された「ワイマールオルゲルタブラチュア」の世界初録音、しかもハンブルクのシュニットガーオルガンで弾いている。ブライトコップフの最新全集の校訂者となれば、昨日今日のぱっと出の若造のはずはない。

いやはやすごい。

2021年1月29日 (金)

デザイン込み

BWV598の楽譜なら、ネット上に画像があふれている。譜面づらを拝むだけならそれで事足りるのだが、「紙がないと落ち着かない性分」で、どうしても楽譜を手許に置きたくなった。

楽譜屋さんに出向いて店頭で係の人に事情を話すと「BWV598」単品の販売はなく、全集の中に入っているのを探すしかないと、いくつか候補を紹介してくれた。

結果、ブライトコップフの新版を買い求めた。

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手持ちの楽譜との重なりが多いし、およそ5500円の価格にはためらいもあったが、表紙のデザインにころりと参って購入した。BWV598だけのための出費としては破格の痛みだが、後悔はない。買い求めたのはオルガン作品全集の4巻。巻によって黄色の部分の色が変わる。全巻そろえたくなる。

2021年1月28日 (木)

ペダルエクセサイズ

原題は「Pedal Exercitium」BWV598だ。調性はト短調、楽譜を見るとヘ音記号で一段書き。オルガン奏者の足用の練習曲だ。

オルガン作品全集に収載されていないことも多いけれど、数多いバッハの教育目的作品と同じく、芸術としての香気が充満している。我が家にはウエルナー・ヤコブさんの全集にのみ収録があった。5巻の10曲目だ。

同巻の11曲目には「小フーガト短調BWV578」が入っていて、何度も何度も聞いたのに心に響いていなかった。

 

 

2021年1月27日 (水)

玄人筋

バッハの受容史を語るとき、「バッハの死後、一般聴衆からは忘れられていた」とされている。当時は息子たちこそが「バッハ」とされていたのだと。「一般聴衆からは」というところが強調されておらず、「忘れられていた」が強調されているニュアンスである。

だから、つまり忘れていない人々もいたということだ。誰が忘れていなかったのかというと、音楽の専門家たちの間では評価されていたということだ。一定の見識をもった音楽家・玄人筋はその価値を認めていたという。プロの音楽家はもちろん見識あるアマチュアも含まれている。その層が律儀に写譜をしたおかげで伝承されている作品も少なくない。

ウィーンの貴族ヴァンズヴィーデン男爵がその好例だ。彼はバッハの価値を認めていたばかりか、その作品を演奏する室内オーケストラまで組織していたという。モーツアルトは父に連れられれ8歳で訪問したロンドンで、バッハの息子ヨハンクリスチャンの音楽に接したことは確実だが、父ヨハンセバスチャンを知ったのはおそらくヴァンズヴィーデン男爵の屋敷が最初だったと目される。モーツアルトは男爵家の室内オーケストラために「平均律クラヴィーア曲集」の中からフーガいくつかを選んで編曲している。

本日はモーツアルトさんのお誕生日。

 

 

2021年1月26日 (火)

楽器の法王

かつてピアノを楽器の王様と認定しながら、人の声の優秀さを話題にした。ところがメンデルスゾーンは、オルガンを「楽器の王様」と断言しているらしい。

このところバロック特集を展開する中で新たな考えが浮かんだ。オルガンには発音後の減衰を伴わぬというセールスポイントがあるし、歴史は控えめに見積もってもピアノの数倍はある。

かといって、「楽器の王様」の称号をピアノから剥奪するのも乱暴だと思い一計を案じて良いことを思いついた。オルガンを「楽器の法王」に認定する。単に「王」だと俗界のトップという感じがするが、「法王」だと聖界の長というニュアンスがこもる。「皇帝」となると「王」より上っぽくてややこしい。オルガンの来歴を考えると、信仰と密接不可分だ。「法王」という提案にはその含みもある。

「オルガンのイメージはどうみてもプロテスタントでしょ」という突っ込みを受ける覚悟だけは出来ている。「法王」というとローマに住んでいるイメージがあるけれど、「楽器の法王」は是非ともリューベックかハンブルクにお住まいいただきたい。

2021年1月25日 (月)

蘭学事始

オランダと言えば、サッカーくらいしか思い浮かばぬ脳みそだった。ブラームスが自作の演奏にと訪れたことがあるにはあるが、どう眺めてもメジャーな位置づけにはない。

ところが、ところが、バロック特集がマメにオルガン音楽に言及するせいもあって、オルガンが脳内シェアを増している。北ドイツのオルガン事情を調べ、代表的オルガニストや作曲家をたどっていくと、最後はオランダに引き寄せられる。いわゆるバロックオルガンの保存っぷりで言うならオランダは群を抜く。第二次大戦で連合国側に回ったために、都市部への爆撃を免れたことも多分に影響しているだろう。手許のいくつかのCDはオランダに現存する歴史的オルガンの演奏が収録されている。それらのブックレットを読む際にはオランダ語の知識が要る。オランダ語独特な「a」が連続するスペリングや、「j」の用法などだ。慣れぬうちは面食らう。「kerk」がオランダ語で「教会」の意味だと分かった時は、一瞬で靄が晴れた感じがした。

オランダ語も少しはかじってみようと思う。

 

 

2021年1月24日 (日)

残り時間の使い方

元MLB通算本塁打記録保持者ハンク・アーロンが亡くなった。755本だ。王選手の756本は私の高校時代だった。私の誕生日が命日にならなくてよかった。

還暦を過ぎて1年たった。いやでも老いと向き合わねばならない。残りの人生のうち、生演奏やCDを通じて音楽を鑑賞する時間はどれくらいあるだろう。毎日1時間として一年で365時間。所有するCDのうち、お気に入りを繰り返し聞くのか、未聴作品からお気に入りを掘り出すのか。若いころは考えもしなかった。

少々前までならブラームスかバッハをゆったり聴く老後で満足していたはずだが、バロック音楽への傾倒は、新たな地平を示してくれた。

そしてそして、感染拡大の余波としての在宅勤務から思わぬ可能性が広がった。従来片道70分をかけていた通勤が、消滅した。往復で2時間20分だ。それが毎日の生活に自由時間として降ってわいた。このうち1時間を運動不足解消の散歩にあてるとしても1時間20分の時間を享受できる。CD1枚分だ。年間で200枚は余分に聴ける。

 

 

 

 

 

2021年1月23日 (土)

磐井のトリオ

BWV525から始まる一連のオルガンのためのトリオの3番目BWV527ニ短調のこと。6曲の中で好きな方だ。

古代史に結びつけやすいオルガン作品の筆頭だ。西暦527年を筑紫の国造磐井の乱と記憶する。日本書紀、風土記、古事記の記載が微妙に違うことでいろいろ取り取り沙汰されている。4世紀中ごろに大和朝廷が国土を統一していた立場からすると厄介この上ないのだろう。大和朝廷に対する磐井の謀反ということにしないと辻褄が合わないからだ。大和vs九州の国同士の戦争で、味方の振りをして近づいた物部某が、九州領域内でいきなり襲い掛かった奇襲だったと解することですっきりする。つまり磐井は被害者。当時の城塞の遺構「朝鮮式山城」が瀬戸内海方向に向いている例があるのは東に敵がいた証拠だとか。

この人の辞世の句でもあればいいのだが、日本書記は沈黙する。奇襲で勝った側だからそうは書きにくい。

2021年1月22日 (金)

欠史八代

受験生必須の日本史用語だ。記紀において、初代神武のあと2代綏靖から9代開化まで8人の天皇には、系譜の記載だけで事績が書かれていないことを指す。記紀が編纂された奈良時代、皇室の起源をより古く見せるための操作だと指摘され、実在が疑わしいとする向きもある。てゆうかこれが学会の通説だとか。皇位継承が、古代の兄弟相続になっておらず、奈良時代の親子相続になっているなど「様式分析」からそう結論付けられたらしい。

バッハのオルガン自由曲の中、「聖アンのフーガ」で名高いBWV552変ホ長調の次に続く以下の8作を見てほしい。

  1. BWV553 ハ長調
  2. BWV554 ニ短調
  3. BWV555 ホ短調
  4. BWV556 ヘ長調
  5. BWV557 ト長調
  6. BWV558 ト短調
  7. BWV559 イ短調
  8. BWV560 変ロ長調

両親の死後、バッハを引き取った長兄ヨハン・クリストフの息子、つまりバッハの甥っ子の筆写譜によって伝えられるこれら8作は、BWV番号こそ背負っているものの、現代ではバッハの作品にあらずと位置付けられているせいで、CD集や楽譜の収載から漏れていることが多い。だからバッハのオルガン自由曲をBWV番号順に鑑賞してくると、大抵ここで途切れる。つまり「欠史八作」であるという手の込んオチだ。

幸い我が家所有のオルガン作品全集のうちウェルナー・ヤコブさんが、録音してくれているから、聴くことが出来る。そりゃ直前の「聖アン」や「ドリアントッカータ」に比べれば、すかすかな感じもするけれど、手際よくまとまった小前奏曲集として鑑賞に耐える。

興味深いのは調性の配列だ。「C」から順に登っていくのは、インヴェンションや平均律クラヴィーア曲集と同じ教育的配慮を感じる。平均律はもちろんインヴェンションよりも調性選択の幅が狭い。ハ短調、変ホ長調、ニ長調、ロ短調の脱落が目立つ。「G」にのみ長短がそろうことを不審に思ってはなるまい。「シャープなら1個以内」「フラットなら2個以内」という条件で生き残る全ての調を「C」から順に並べるというクリアな基準が浮かび上がる上に、長短きれいに4ずつとなる。

この整合性だけで価値がある。

2021年1月21日 (木)

大化の改新

今では実在に疑問符がついているとも聞くが、私の頃は日本史を学ぶ学生には必須のイベントだった。西暦645年の出来事だとされている。「大化」という元号が定められたとされているが、ここから「令和」まで途切れずに続くわけではない。元号が途切れるという現象は、とても座りが悪いせいか、歴史の授業ではスルーされがちだ。

バッハは、自作カンタータの中からお気に入りの単一楽章を6つ選んでオルガン独奏用に編曲して出版した。1746年以降のことと推定されている。出版社の名前に因んで「シュプラーコラール」と呼ばれている。

このうち最も名高いのが「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」BWV140の第4曲のテノールのアリアだ。三位一体節第27主日のためのカンタータだった。イースターが3月26日以前の年にしか出現しないレア祝日。1723年5月22日にトマスカントルに就任したのだが、1731年にやっと実現した。だから愛着もひとしおなどと勘ぐっている。

オリジナルの冒頭、弦のユニゾンが深々と立ち上がるアウフタクトの美しさは格別なのだが、どうしてどうしてこのオルガン編曲も心にしみる。当時の慣習に従って6曲一組の曲集の冒頭に置かれためBWV645となった。

 

 

 

 

2021年1月20日 (水)

日本史枠

元号は確かに日本の文化である。がしかし、受験勉強の日本史では、西暦も併用される。応仁の乱、文永の役など元号由来の事件名も暗記となるとそれぞれ、1467年、1274年などと紐づけされる。

今日本史ネタに走っている。バッハの作品番号BWVは、年号との紐付け遊びが出来て楽しい。ブラームスの作品番号は最大122なので、弥生時代で終わってしまう。

ドリアントッカータは仏教伝来で、聖アンもまた仏教伝来。「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」は大化の改新だ。

2021年1月19日 (火)

判官びいき

いやはやおそらく歳のせいだろう。大げさに申せば歴史観が変わってきている。父の影響を色濃く受け継いでいる私の歴史観は強者大好きだった。いわゆる「巨人大鵬卵焼き」である。おそらくここにはベートーヴェンも入る資格がある。

アメリカ映画大好きの父の影響で「アメリカ>ドイツ」だったのが、ベートーヴェンをきっかけに逆転したことはすでに述べた。同様な例を以下に列挙する。

  1. 源氏と平家 もとは源氏大好きだったけど今や平家。
  2. 蘇我氏と物部氏 最近物部氏。
  3. 大海人皇子 のちの天武天皇だがいろいろ怪しい。
  4. 頼朝と実朝 いまや断然実朝
  5. 足利義政 応仁の乱の遠因とされたらしいがいろいろ尊敬すべき。
  6. 武士と貴族 どうして大河ドラマは武士ばかり取り上げるのだろう。
  7. 後鳥羽上皇 承久の変の敗者としてしか習わぬが…
  8. 磐井 筑紫の国造ではなく九州王朝の王なのでは? 
  9. 今川義元 桶狭間の
    敗者としてしか語られぬが…
  10. 朝倉義景 越前一乗谷はなかなかのもんだ。
  11. 関ヶ原の西軍 維新の原動力たちでもある。

きりがない。

 

2021年1月18日 (月)

境界としての奈良時代

西暦で申せば710年の平城京遷都から、794年の平安京遷都までを、便宜上「奈良時代」という。この奈良時代はなにかと興味深い。ひとまず聖武天皇による仏教鎮護国家ということになっている。受験歴史では必須だ。

古代、日本側の史書が日本書記と古事記に限られる時代に中国の史書に現れる日本の記述はとても貴重だが悩ましくもある。日本の史書の記述が中国側の記述と合わないことがときどきある。日本側の記述が万世一系の大和王権による日本列島の支配を前提に書かれているのに対し、中国側の記述は「んなこた知らん」とばかりに百花繚乱を示唆する。

日中両者の記述がピタリと合ってくるのが、奈良時代からなのだ。覚えておきたい。

2021年1月17日 (日)

正当性のアピール

大人の世界ではよくあることのなのだが、とかく正確性より整合性が重んじられる。大義名分が何より重視される。歴史もそうだ。正当性が何かと珍重される。歴史書は得てしてその正当性のアピールの道具になる。国の正史ともなるとまさにだ。とりわけ古代は、天子の交代後に、前の時代の歴史が書かれる。現役の天子が前任時代の歴史を著述するのだ。

とりわけ王朝の交代のあったときは眉唾ものだ。ある天子の悪業が列挙されている場合、それは後任による印象操作の可能性を考えておいた方がいい。同時代に複数の書物を参照可能な場合はともかく、時代が古くなるほど参照可能な書物は減るのが普通だ。

歴史はいつも勝者が書く。成功した侵略は「侵略」と書かれないものだ。得てして「悪辣な支配者の征伐」という大義が強調される。アピールせねばわかってもらえない程度の正当性だという可能性は心にとめておきたい。

2021年1月16日 (土)

地味に九州説

唐突で申し訳ないが私は「邪馬台国は九州」だと思っている。九州のどこかは一旦保留するとしてだ。「九州説」は文字通り「邪馬台国が九州にあった」という説なのだが、「大和説」という有力な陣営の対抗勢力としての位置づけが透けて見える。19世紀ドイツ音楽界を席巻した「標題音楽vs絶対音楽」の論争にも似ている。ブラームスは絶対音楽側の首領という位置づけだ。当時は大論争だったにしても21世紀も20%経過した今となっては「微笑ましい」という感覚だ。私は議論の余地なく絶対音楽派であるが、それと同じくらい九州説支持である。

魏志倭人伝の里程記事と少々の遺物くらいしか判断の根拠はない。意地悪く言えば、いいとこ取りでどこにでも持っていける。

邪馬台国の後継が、直系かどうかは別にして磐井のいた九州王朝。4世紀中ごろに大和朝廷による国土の統一があったというのは捏造で、うーんと譲歩して九州王朝と大和政権の並立。いわゆる「磐井の乱」は両者の衝突。4世紀中ごろに統一済みという建前だと「磐井くんの反乱」でなければ都合が悪かろう。両者が並立していたからその両者の中間の地域を「中国地方」と呼んだのではあるまいなと毎度のお叱り覚悟である。

2021年1月15日 (金)

五七調

日本語独特かとも思われる言葉の調子。五音七音で繰り返される言葉の調子。万葉集っぽい感じがすると言われているらしい。七五調とのちがいを論ずるとなると少々専門的になる。

ブラームスの誕生日が5月7日というのもピタリだ。

何よりもこの記事はブログ「ブラームスの辞書」通算5757本目の記事である。

今年もおバカが止まらない。

2021年1月14日 (木)

さざれ石

「君が代」の歌詞の中に出てくる。「小石」だ。これがやがて「大岩」になると歌われる。石が時と共に成長するという考えが下敷きになっていると教わった記憶がある。さらに付け加えるとするなら、そこには「石は大きいほうが有り難味も大きい」という思考の方向性をも感じさせてくれる。「巨石信仰」の痕跡をかすかに感じる。

ザクセンの語源を調べていて興味深い話に出会った。現代ドイツ語では「Sachsen」と綴るが、それは古高ドイツ語の「Sahs」(剣)に連なっている。使用する武器が「短剣」だったことからローマ人がつけたあだ名だが、妙に辻褄が合っている一方で、書物によっては「ザクセン」の語源は「石」だという記述もあって混乱していた。

さらに調べる。

古高ドイツ語「Sahs」(剣)は、ラテン語の「Saxum」(石)からの派生語だということがわかった。何故「石」から「剣」が派生するのか不思議だったが、ラテン語「Saxum」は、「大岩」ではなくて「手で持てる程度の石」「小石」の意味だ。実は古くは「剣」が石でできていたことの投影だという。つまり石器だ。当時は「剣」といえば「石」だったのだ。

ザクセンさざれ石。

2021年1月13日 (水)

ケンペル

ウエストファーレン・レムゴ生まれの医師。鎖国真っ只中の元禄時代に日本を訪れて、オランダ商館医師として2度に亘って江戸に赴き、将軍綱吉と謁見した。彼の死後出版された「日本誌」は英語版、フランス語版、ドイツ語版ともに広く人々に読まれた。

帰国後1698年にデトモルト侯の侍医として召されて1716年に没した。彼の遺品は英国の収集家の手に渡ったが、一部の日常品はそのままデトモルトの宮殿に残されて現在に至っている。

ブラームスは1857年から1859年までの3年間毎年9月から3ヶ月間デトモルトの宮廷に勤務した。合唱団の指導や貴婦人たちへのピアノ教授がその職務だったが、比較的時間に余裕があったとされている。

だから、ブラームスがデトモルト宮所蔵のケンペルの遺品、日本の調度品や食器を見た可能性は排除できない。

2021年1月12日 (火)

ジャポニズム

19世紀後半の欧州で起こった文化的潮流くらいしか思い浮かばない。主に美術の分野だったとされているが、音楽も無縁ではなかったらしく「蝶々夫人」のような作品も現れている。19世紀後半といえばブラームスの生きた時代と重なる。

ウイーン楽友協会にまるまる引き継がれたブラームスの楽譜コレクションの中にもその痕跡を見ることが出来る。「Japanische Volksmusik」というピアノ曲集があった。6曲の小品集だが、その一部にブラームス自身の書き込みが残されているという。音楽之友社刊行、日本ブラームス協会編「ブラームスの実像」という本に、そのことが書かれている。ブラームスと日本音楽の関わりの一断面を明らかにする迫真のレポートだ。

条約改正をテコに列強の仲間入りを画策する日本のオーストリア公使夫人が山田流箏曲の名手で、彼女の演奏をブラームスが聴いたという仮説が展開される。薄皮を剥がすような周到なロジックの堆積が、感動的である。

民謡大好きのブラームスだから、初めて聴く箏であっても偏見無く親しんだとして、何の違和感もない。

 

 

2021年1月11日 (月)

馬小屋生まれ

イエスキリストも聖徳太子も馬小屋で生まれたとされている。聖徳太子が馬小屋で生まれたという話、キリスト教と無関係に成立したなら相当な偶然だ。

受験生鉄板の「以後よく広まるキリスト教」だから1549年。仏教は538年とも552年とも言われるから、およそ1000年遅れだ。その間日本人はキリスト教を知らなかったと断言していいのだろうか?

五賢帝時代のローマと後漢には国家としての交流があったとされている。中国人はすでに後漢時代にキリスト教を知っていたはずだ。様々な文物が海を越えて流れ込む中、キリスト教の存在を秘匿していたのだろうか?

2021年1月10日 (日)

日本史傾斜

思えば、父の影響だ。ずっと日本史が好きだった。受験の得点源であり続けたのだが、勉強ではなく趣味の域だった。細かい情報の突き詰めが好きだったから、難関大学の「重箱の隅」問題が得意でさえあった。

音楽系を自認するブログの管理人でいながら、その傾向は記事にも表れている。「カテゴリー日本史」にかなりな記事が堆積しているのがその証拠だ。

しばらくこの流れを続ける。

 

2021年1月 9日 (土)

音楽以外の趣味

音楽家だって趣味を持っていたに決まっている。ドヴォルザークの場合、ハトの飼育と鉄道だ。メンデルスゾーンは巧みに絵を描いた。ブラームスはなんだろう。すぐに思いつくのは読書。音楽関連書物以外にも相当な量を蔵書していた。古楽譜の収集になると音楽以外の趣味と呼ぶのは気が引けるが相当なモンだったらしい。グルメや飲酒あるいは散歩になると少々無理目だ。ブリキの兵隊並べというのも有力だ。

私はと申せば、サッカー、歴史、三国志、地名など。昔はプラモデルも好きだったし切手も集めていた。特に戦車のプラモデルはドイツ物がお気に入りだった。

 

 

2021年1月 8日 (金)

今のお気持ち

かるた特集にバッハを取り上げたところで、一連のバロック特集が一段落した。終わりという訳ではないが一区切りだ。

「今のお気持ちは?」と誰も訊いてくれそうもないので自分から切り出す。

中学高校と6年のめり込んだベートーヴェンは、大学2年の夏に台頭したブラームスに代わられてから、脳内マインドシェアを極端に落とした。同時にワーグナーやリスト、ブルックナーなどにも共感しにくい脳味噌になった。

今回は違う。バッハを筆頭とするバロック、とりわけドイツバロックの諸家についての情報に浸されようともブラームスの位置づけは微動だにしない。逆に、そうしたドイツ音楽の歴史に深く触れた後、ブラームスへの愛情が深まったと断言する。

バッハだけを聴いてバロックを知った気になっていたことが白日の下にさらされたようで恥ずかしい。

つまりは一歩ブラームスに寄り添えたということだ。

2021年1月 7日 (木)

バロック特集の収穫

バロック特集を企画したキッカケは、ブラームス自身が持つ古い音楽への細やかな愛情だ。古楽譜収集家あるいは校訂者としての深い知識は、まさにそれらの音楽への愛情に立脚している。

ブラームスとバッハの浅からぬ関連を元に、まずはバッハ特集をと思い立ったのだが、そのバッハの記事を備蓄する中から、少なからぬ量のヴィヴァルディネタが派生した。ヴィヴァルディの創作の基幹的な領域であるヴァイオリン作品を切り口にイタリアンバロックへの興味が広がるのにさしたる時間はかからなかった。

そこで見たのは、当時の音楽の中心地にして最先端のイタリアの威光だった。

ソナタ形式を頂点に据えて、欧州に君臨したかに見えるドイツ音楽を、イタリア側から眺める感じだ。イタリアから見ればドイツ音楽は国民楽派でしかないという確信めいた衝撃が走った。走りはしたのだが、ドイツ音楽の価値は減ずるはずもなく、単に視野が広がる結果となった。そして興味は同時代のドイツ音楽、いわゆる「ドイツバロック」に向かう。

ブラームスとバロックの最大の接点としてのオルガン音楽を起点に、コラール全体に間口が広がった。

一方でイタリアとの比較を容易にするため、ヴァイオリンも切り口に据えたことは、よい判断だった。ヴィヴァルディ、ヴェラチーニ、ジェミニアーニ、タルティーニらまばゆい巨星たちに対して何ら遜色なき多彩な個性に気づかされたのも大収穫と申してよい。その成果の一端は今後順次披露させていただくこととする。

ヴィヴァルディやタルティーニにとっての「四季」や「悪魔のトリル」と同様に、「カノン」にとどまらぬパッヘルベルの魅力にも気づかされた。ブクステフーデ、ワルター、エルレバッハ、ビーバー、シュメルツァーとヴァイオリン音楽をキーに次々と間口が広がった。一部チェンバロ作品にも興味が拡大した。

そして忘れてはならぬテレマン。当代随一の人気作曲家だったわけが理解できた。

こうしてバロック漬けとなった脳味噌で聴くブラームスには別の魅力が宿ることとなった。これは確信だ。より深いバロック音楽への興味と理解の上にブラームスを聴く喜びは格別である。

 

 

2021年1月 6日 (水)

朝の空の妙なる星よ

原題は「Wie Schoen leuchtet der Morgenstren 」という。8大コラールの一つ。つまりバッハ、ブクステフーデ、パッヘルベル、テレマンが採用している。下記の通りだ。

  1. バッハ BWV739,763,764
  2. ブクステフーデ BuxWV233
  3. パッヘルベル P46,501,502
  4. テレマン TWV31:37

古来ドイツでは「賛美歌の女王」とたたえられてクリスマスに歌われてきた。4名全てからの支持を集めて堂々のフルマークだ。

作詞作曲はウンナという人口5000ほどの小さな街の牧師さんだったフィリップ・ニコライという人。カトリックとプロテスタントの勢力争いの真っただ中1596年に赴任し翌年に街はペストに襲われた。わずか半年の間に1500人が落命したという。埋葬にあけくれる中、住民を慰めようと賛美歌を2つ作曲した。このうちの一つが本日話題の「朝の空の妙なる星よ」だ。詩人でも音楽家でもないニコライさんがただただ人々を慰めたいと作ったと伝えられる。猛威を振るうコロナ禍の中でこそふさわしい。

バッハのBWV1を背負った受胎告知日用カンタータ第一番のフィナーレを皮切りに計6曲のカンタータ、4曲のオルガン作品に出現するモニュメンタルなコラールだ。

現代では1月6日公現祭で歌われている。

さらに記憶しておきたいことがある。2つ作った賛美歌のもう片方のことだ。シュプラーコラール第一番BWV645としても親しまれる「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」である。

たった2つの作品しか残していないのだが、どちらも歳月を超えて生き延びた。すごい歩留まりだ。

 

 

2021年1月 5日 (火)

クリスマスマニア

バロック特集のおかげで、すっかりクリスマスに関する認識が変わった。

こてこての日本人である私は、クリスマスは12月25日できっちり終わって、およそ一週間後には、初詣も解禁される。かと思うと、ほどなく、ヴァレンタインの喧騒に巻き込まれるという希薄な宗教意識の中に生きてきた。バロック特集の仕込みに着手した時点でさえ、大差なかった。

ところが、バッハを筆頭にドイツバロックに深く触れるうちに、やがてルターに興味が広がり始めた。信仰の対象としてではなく、知的興味の対象として「宗教改革」に親しんだ。

クリスマスプレゼントをもらう立場ではなくなって以来、興味が薄れてきていたクリスマスが、みるみる脳内シェアを上げた。ドイツバロックの作曲家たち、とりわけ教会オルガニストたちは、クリスマスを題材にさまざまな作品を残している。教会歴上のイベント毎にふさわいい音楽が規定されてきた。クリスマスはその代表格だ。

 

 

 

 

2021年1月 4日 (月)

GO TO Brahms

ご承知の通りの厳しい感染症の拡大のため、年末年始の帰省や旅行を控えた人々は少なくないと思う。例年ブログ「ブラームスの辞書」のアクセスは、年末年始には激減するのだが、どうも今年は勝手が違う。あまり減らない。外出を控えて家にこもり、退屈しのぎにネット上をうろついている人も多いのだろう。割引の恩典はないというのに、このアクセス増は嬉しい。

 

2021年1月 3日 (日)

5年ダイアリー

今年の手帳を、5年ダイアリーにした。2021年から2025年まで。

昨年1月に定年退職し、延長雇用は5年が限度だ。つまり2025年1月には延長雇用も終わる。その日までカバーする予定表兼日記ということだ。延長雇用満了の日を記入できる。

コロナ騒ぎのせいもあってか、この一年があっという間で愕然とした。これも5年ダイアリーを購入した一因である。

家族と自分の誕生日に5年先まで印を入れた。

しかしだ。我がブログ「ブラームスの辞書」のゴールはそこからまだ8年後である。

 

2021年1月 2日 (土)

やはり作れた

生誕333年のバッハを題材にかるたを作ると決めたのは2016年11月だった。ブログ「ブラームスの辞書」のゴール2033年までにバッハのメモリアルイヤーが無いことから、2018年の生誕333年を無理やりメモリアルイヤーに見たてることでモチベーションを上げた。

記事を積み重ねる中、バロック特集に昇華したが、話の中心にいたのはバッハだった。かるたをひねりだすのは楽しい。下記の通り、このたび公開した「バッハいろはがるた」は5作目だ。

  1. ブラームス
  2. ドヴォルザーク
  3. ビスマルク
  4. クララ
  5. バッハ ←New

ビスマルクが少々異例だが、まずは順当だ。「ベートーヴェン」「ワーグナー」などできそうで出来ない人々も多い中、バッハは王道。

 

 

 

 

 

2021年1月 1日 (金)

バッハいろはガルタ

バロック特集を象徴するおバカな正月企画をお届けする。いつもの通り下記のルールにのっとって作成した。

  • 原則として五七五の俳句調とする。
  • 「バッハ」という言葉を使ってはならない。
  • 清音に加えて、濁音、半濁音も対象にした。
  • 「を」「ん」「ぢ」「づ」「ゐ」「ゑ」を除いた。
  • 「ヴ」は何故か平仮名で打てないのであしからず。
  1. い イギリスの舞曲集めたわけじゃない
  2. ろ 6曲がいつも単位になっている
  3. は ハミングもカウントされてトリオかな
  4. ば バロックの時代を俺が終わらせる
  5. ぱ パロディをまるで悪いと思わない
  6. に 24すべての調が使えてる
  7. ほ ホ短調シャープ1個は十字架か
  8. ぼ 暴食に近いディナーのお献立
  9. ぽ ポロネーズ地味に初めてまぜてみた
  10. へ ヘンデルについには会えぬままだった
  11. ベ ベルリンのカールフィリップエマニュエル
  12. ペ ペニレーン2番を地味にパクってる
  13. と ト長調主役が抜ける3楽章
  14. ど ドッペルは実は2番が難しい
  15. ち 父親はパッヘルベルのお友達
  16. り リューベック働くならば嫁にとれ
  17. ぬ 抜け目ない就活用のコンチェルト
  18. る ルカ受難曲を偽作と見抜いてる
  19. わ 忘れられマタイでやっと思い出す
  20. か 棺桶に片足入れたアリオーソ
  21. が ガンバにも出番作ったコンチェルト
  22. よ 4か月休暇伸ばして叱られた
  23. た 大切な遺品の楽譜切り売りし
  24. だ 題材にちょっとレストロアルモニコ
  25. れ 例のない実はチェンバロコンチェルト
  26. そ 即興で弾けてなんぼのクラヴィーア
  27. ぞ ぞっこんの妻に音楽帖残し
  28. つ つれづれに我家持にこじつける
  29. ね 眠れない人を助けるアリアかな
  30. な 夏の夜にケストリッツァー飲んだかも
  31. ら ライプチヒ実は二番手以下だった
  32. む 無伴奏特に不自由していない
  33. う 歌えいざクォドリベット唱和せよ
  34. ヴ ヴィオラ好きじゃないかと思うBdur
  35. の 野放しの偽作はいつもされる側
  36. お 温泉に行ったら妻と死に別れ
  37. く クララにも左手だけじゃ難しい
  38. ぐ グールドの唸り声ならマネできる
  39. や やってみたバッハのカルタ出来上がり
  40. ま マタイ聴くそれほど長し在宅の午後
  41. け ケーテンの時代は器楽曲ばかり
  42. げ G線で弾けるはずだよこのアリア
  43. ふ フラットは涙シャープは十字架だ
  44. ぶ ブーレーをいつもジークの前に置き
  45. ぷ プレリュード置く置かないは脳の中
  46. こ コーヒーにはまる娘と止める親
  47. ご 五線紙の透かしまでもが監視され
  48. え エルンスト王子の曲も入れといた
  49. て テレマンのミドルネームを拝借し
  50. で 伝記書く大親友を誉めちぎる
  51. あ アイゼナハ五十音なら先頭に
  52. さ 三連符人が望んだ喜びだ
  53. ざ 在宅の午後粛々と無伴奏
  54. き 教会は井戸振り見てろと覚えよう
  55. ぎ ギリギリのところでフーガぶった切る
  56. ゆ ゆっくりの付点はフランス風序曲
  57. め 目覚めよと呼びだす声はEsdur
  58. み ミラノハレビュッケブルクにハンブルク
  59. し 祝日の暦で初演日がわかる
  60. じ 十二音すべて出てくるロ短調
  61. ひ 筆跡が似てくるほどの内助かな
  62. び ビオンディ無名時代にブランデン
  63. ぴ ぴったりと14になる文字使い
  64. も 漏れ聴いた噂にびびり相手逃げ
  65. せ 旋律をかぶせただけでアヴェマリア
  66. ぜ 贅沢な花の85年組
  67. す 数字見てさくさくバッソコンテヌオ
  68. ず ずっと聴くGOTOバッハ悪くない

お粗末。

 

 

 

 

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