ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »

2021年2月28日 (日)

ノッテボーム

某CDショップをうろついていて売り場の隅のワゴンに詰め込まれていたセール品を何気なく手に取ったCDのジャケットに「Die vier Jares Zeiten」と書かれていた。ドイツ語で「四季」のことだ。

手に取ってみたらなんとヴィヴァルディの「四季」のピアノ連弾版のCDだった。価格価格が690円と手ごろなこともあってひとまず買い求めた。

帰宅して再生した。昼下がりのカフェででも鳴っていたらすんなり入ってきそう。「四季」はヴァイオリンに限ると思っていた潜入感はやはりお邪魔だった。

ところがだ。連弾版「四季」の余白にサプライズが埋まっていた。「バッハの主題による変奏曲」の作曲者「Gustav Nottebohm」とある。「1817-1882」という生没年と作品の出版年「1865Vien」を見て腰が抜けそうに驚いた。音楽学者ノッテボームだ。19世紀最高のベートーヴェン研究家だ。

何を隠そうそのノッテボームはブラームスの親友だ。当時勃興した音楽学の泰斗たちと親しく交友したブラームスの大親友にして当代最高のベートーヴェン研究家である。1882年10月26日にノッテボーム重体の報に接しグラーツに駆け付けたブラームスは同31日の臨終に立ち合い、葬儀費用を負担した。CDにある「没年1882」で矛盾がない。ノッテボームが所蔵していた膨大な数の古い楽譜はブラームスに相続されて現代にいたっている。

現代ではノッテボームは音楽学者として記憶されているから作品を収録したCDはレアだ。バッハの主題と言いながらCDの作品解説は原曲について沈黙している。「Sarabande Andantino」とだけ書かれている。もしかすると実は実はノッテボーム自作の主題ではあるまいななどと妄想も膨らむ。

濃い偶然だ。ノッテボームに反応する自分の脳みそをうれしく思う。ヴィヴァルディとブラームスのお導きに違いない。

 

 

 

 

2021年2月27日 (土)

冬の祭典

昨日ヴィヴァルディの四季の中では「冬」が好きだと書いた。とりわけ第二楽章がお気に入りだと信仰告白もしている。今日は勢いでその冬の第二楽章の花束をお届けする。我が家所有のCDから録音年、演奏時間、ヴァイオリニストの順で記載する。

  1. 1955 2:26 アーヨ/イムジチ
  2. 1959 2:38 アーヨ/イムジチ
  3. 1968 2:29 アッカルド
  4. 1969 2:43 ミケルッチ/イムジチ
  5. 1977 1:17 A.アーノンクール
  6. 1982 2:33 カルミレッリ/イムジチ
  7. 1982 2:30 トーソ
  8. 1986 2:28 G.ググリエルモ
  9. 1986 2:06 ケネディ
  10. 1986 2:26 アッカルド
  11. 1988 2:09 アゴスティーニ/イムジチ
  12. 1991 2:19 ビオンディ
  13. 1992 1:48 カルミニョーラ
  14. 1992 1:46 オノフリ
  15. 1995 2:12 シルプ/イムジチ
  16. 2001 1:56 ビオンディ
  17. 2002 2:24 アツァーロ
  18. 2002 1:39 ケネディ
  19. 2004 1:33 ヤンセン
  20. 2014 2:15 ラカトシュ
  21. 2014 1:42 F.ググリエルモ

話題盤があると買わずにはいられなかった名残りとはいえ、こうして羅列すると古い録音が多いと愕然とする。「四季」はイムジチのドル箱だけあって、コンマスが交代するたびに必ず録音されていたとわかる。1番のアーヨはモノラルながら「四季」の録音としては史上初と目される。大ベストセラーだっただけあって長くスタンダードの地位にあった。ラルゴ全18小節の同楽章、リピート記号は現れないから、繰り返しの有無が演奏者に委ねられていないので、トラックの収録時間はパラレルにテンポに連動している。するどうだろう5番1977年のアーノンクール版を例外として、時代が新しくなるにつれてテンポが速くなっているような気がする。トラックの時間は厳密な演奏時間ではないものの目安としては機能する。

雨脚が強まっているということか。これも温暖化かと納得。

 

 

2021年2月26日 (金)

四季のお好み

ヴィヴァルディの「四季」がクラシック界の大ベストセラーであることに疑いはない。それは4つの協奏曲の集合体であり、春夏秋冬のタイトルが奉られているけれど、みんなはこのうちどれが好きなのだろうか?

現実の世界では春が一番好きな私ではあるものの、ここでは熟考の果てに「冬」と答える。第二楽章の雨を、切れ味鋭い冬の描写がはさむ。第三楽章の末尾では、春の気配もほのめかされる。楽章単体となると、ヴィオラが犬になる春の二楽章も捨てがたいが3つの楽章トータルとなると冬と結論する。

バッハはしばしばヴィヴァルディ作品の編曲を試みたが、「四季」にはかすりもしていないのが残念だ。「四季」のバッハによるクラヴィーア編曲があったらさぞかし盛り上がるだろう。日本人は四季の移ろいをことのほか愛するが、バッハはそこまでではないということだろうか。

 

 

2021年2月25日 (木)

雨の描写

ブラームス作品における雨の描写といえば下記であると、申したことがある。

  1. ヴァイオリンソナタ第1番ト長調op78「雨の歌」
  2. 歌曲「夕立」op70-4
  3. ドイツレクイエム第4曲中間部いわゆる「干天の慈雨」だ。

ブラームス愛好家のチョイスとしては自然だと思うが、世の中のクラシック愛好家のチョイスとなるとヴィヴァルディの「四季」から冬の第二楽章が高い確率で選ばれそうだ。

私とて大好きな曲である。思うに「ヴィヴァルディって天才」だ。雨の描写自体はピチカートなのだと思う。独奏ヴァイオリンは、暖炉の前のくつろぎの描写だろう。冬の雨なのに雪にならないのはイタリアならではである。梅雨時の雨ではないところに欧州らしさも感じる。

 

 

2021年2月24日 (水)

言い忘れ

そうそう昨日はヘンデルさんのお誕生日だった。2月19日からヘンデルネタを5本続けたのはささやかなお祝いのつもりだった。バッハさんと同い年なので今年は生誕336年である。

2021年2月23日 (火)

クリュザンダーへの疑問

ブラームスがクリュザンダー出版のヘンデル全集の予約購入者だったことは知られている。手元に届いた際の無残な反応について、昨日疑問を提起しておいた。

このうちの27巻はヴァイオリンソナタになっている。全部で15曲が収められているのだが、古来真贋論争にさらされている。ヴィヴァルディ作品の出版でも知られているアムステルダムのロジェ社からの出版をはじめ、何種類かバージョンがあるのだが、ヘンデルの真作だというお墨付きはニ長調だけともなりかねない。

この15曲にヘンデルの真作ではない作品が混入していることをブラームスが知っていたということはないだろうか?この全集に同様なケースが少なからずまぎれていることが、ブラームスのそっけない反応の理由とは考えられまいか。それはけしてヘンデル本人への疑問ではなく、クリュザンダーの編集方針への疑問だという可能性はないか。もちろんブラームスはクリュザンダーの親友だ。そこは割り引いても指摘を忘れぬブラームスだと思いたい。ニ長調のソナタだけでも尊敬に値する。おそらくヘンデルのヴァイオリンソナタは1曲しかないとなると困るのは現代のCDメーカーだろう。ヘンデルのヴァイオリンソナタ集という体裁にならないからだ。

ありがたいことにグルミョー、シェリング、スーク、マンツェなどみな固いことを言わずに収録してくれている。「伝ヘンデル作」でよいではないか。

 

 

2021年2月22日 (月)

共同校訂者

ブラームスはフランソワ・クープランの出版にも関与していた。校訂者という位置づけなのだが、クリュザンダーとの共同作業ということになっている。クリュザンダーは、ブラームスのお友達だ。ヘンデル研究の泰斗として知られている。

ブラームスはバッハ伝の著者で友人のフィリップ・シュピッタへの書簡において、クリュザンダーのことを話題にしている。1870年2月のことだ。どちらかといえばネガティブな話題で、グチに近い。一か月後シュピッタからの返信はこれに同調する内容だ。

タイミングから見て、おそらく共同校訂の相棒に対するグチだと推測される。

 

 

 

 

 

 

2021年2月21日 (日)

印象操作

シュヴァイツァーのバッハ伝に、ブラームスのエピソードがあるらしい。

それによれば、ブラームスはバッハ協会によるバッハ全集の出版を心待ちにしていた。当然予約購入者に名前を連ねており、じりじりと到着を待っていたという。いざ到着となったとき、やりかけの仕事を放り出して読み込み、「バッハにはいつも驚きがあり、私はいつもバッハに学んでいる」とつぶやいたとされている。これこそが、私がブラームスに直接関係のないバッハネタを取り上げることをためらわない理由だ。
しかし、このエピソードの現れ方はいささか意表をついている。シュバイツァーは、ヘンデルとバッハを比較する文脈の中で、このエピソードを引用しているのだ。シュバイツァーはヘンデルの楽譜が届いたときのブラームスの反応をも紹介している。ブラームスは当時ヘンデル研究の第一人者クリュサンダーとも交友関係にあったから、ヘンデルの楽譜の購入者であること自体は驚くにはあたらないが、問題はこのときの反応だ。
ブラームスは楽譜が届くと本棚にしまいこみ、「これらはきっと大いに興味深いものだと思うが、暇が出来たら目を通すことにしよう」と語ったという。
シュバイツアーには明らかにバッハをヘンデルと比較する意図がある。軍配はほぼバッハに上がっていると申してよい。意図的な引用により読者の印象を操作している疑いがある。ブラームスはヘンデルの主題を元に名高い変奏曲を書いているし、過去の巨匠への敬意を払うことこそあれ、人前であからさまに2者の比較をして片方に肩入れしたとは思いにくい。

 

2021年2月20日 (土)

ハープ協奏曲

大学オケ夏合宿の室内楽演奏会。その年入団の一年生の弦楽器奏者たちだけのアンサンブルを披露することが恒例になっている。4月に入部してヴィオラを始めた私の最初の難関だ。

曲目は誰が決めたかヘンデルのハープ協奏曲の第一楽章だ。ハープ奏者がいるわけでもないのに謎の選曲である。今ならブーイングのひとつも奉るところだが、先輩のチョイスとあって当時は絶対服従だった。

気合を入れて練習したが本番の出来は全く記憶にない。

 

 

2021年2月19日 (金)

ヘンデルヴァリエーション管弦楽版

あらゆるCDには収録のメインがある。CDを出した狙いだ。その狙いとなった作品の演奏時間が短いとき、別の曲が並録されることがある。このときなぜか「余白に入れられた」と言う場合がある。お宝CDの探索においてはこの余白が妙に興味深い。

大昔の話で恐縮ながら妻とのハネムーンの土産にウィーンで買い求めたCDはその典型だ。ロンドン交響楽団で指揮はネーメヤルヴィ。

  1. ブラームス ピアノ四重奏曲第1番ト短調op25管弦楽版 シェーンベルク編
  2. ブラームス ヘンデルの主題による変奏曲op24管弦楽版エドムンド・ルブラ編

当時は上記の1番狙いの購入だった。最近日本でも生演奏を耳にすることも多くなったが、当時はレアだった。ところが上記2番もなかなかのできばえだ。ラベル編曲の「展覧会の絵」さながら冒頭のヘンデルのアリアの主題提示がトランペットのソロになっている。

CDのブックレットでは先に2番が解説されていてどっちが余白かわからなくっている。

 

 

2021年2月18日 (木)

ルター没後475年

1546年2月18日ドイツ・アイスレーベンにてマルチン・ルターが没した。今日は没後475年のメモリアルデーだ。

ルターの功績なんぞ私ごときが取り上げなくてもそこいら中で語られている。

ドイツバロックに深く親しむ中から興味を持った。宗教改革やらプロテスタントやらの知識が少しでもあると、より味わいが深まる。

2021年2月17日 (水)

ぬんこむ

オルガン曲アルバムのタイトルだ。これだけでわくわくする。クリスマス用コラールとして名高い「Nun komm der Heiden Heiland」(来たれ異邦人の救い主よ)をベースにした古今の作曲家たちのオルガンコラール集である。

20190209_160815
冒頭には賛美歌集収載の同コラールの4声体がオルガン演奏される。これに36種類が続く。「Nun komm der heiden Heiland」の主題による変奏曲を以下の作曲家たちが分担しているかのよう。

  1. Jan Pieterszoon Sweelinck(1562-1621)
  2. Dietrich Buxtehude(1637-1707)
  3. Andreas Kneller(1649-1724)
  4. Johan Pachelbel(1653-1706)
  5. Friedrich Wilhelm Zachow(1663-1712)
  6. Nicolaus Bruns(1665-1697)
  7. Johan Heinrich Buttstedt(1666-1727)
  8. Andereas Nocolaus Vetter(1666-1734)
  9. Georg Friedrich Kauffmann(1679-1735)
  10. Johan Gottfried Walther(1684-1748)
  11. Johan Sebastian Bach(1685-1750)
  12. Gotfried August Holmilius(1714-1785)
  13. Max Reger(1873-1916)
  14. Marcel Dupre(1886-1971)
  15. Hugo Distler(1908-1942)
  16. Anton Heiler(1923-1979)

この16名の作品36曲が並ぶ。収録は作曲家の生年順が決然と遵守される。バッハが11番目に過ぎない。オランダの歴史的名器2台による丁寧な演奏で聴ける。コラール研究という切り口にとどまらず、オルガン音楽の歴史まで意図されている。おそるべし。

2021年2月16日 (火)

ノーインジケーション

「No Indication」だ。バッハやヴィヴァルディに限らずバロック時代の作品を収めたCDのブックレットを眺めているとよく見かける。楽章ごとにトラックがあてがわれている中、楽章冒頭にテンポを指定する用語が配置されていないことがあるからだ。

ブラームスにおいては楽章冒頭に「Allegro」「Andante」など楽語が配置されるのが普通だ。むしろ必須でさえある。ベートーヴェンやモーツアルトにしても同様だ。

ところが、バロックになるとかなりな数の「無表示」が存在する。無表示とまでいかなくても、表示がテンポや表情の指定になっていないケースもある。「Allmande」「Corente」「Sarabando」など、舞曲名称だけでテンポ指定がない場合もある。各々の舞曲には慣習に由来する標準的なテンポがあり、その慣習から逸脱する場合に限って、テンポ用語が付与されるのかとも推測するが不可解。

思い当たることと言えば、バロック時代には作曲と演奏が未分化だったことだ。作曲家自身が演奏する場合、テンポ表示など書かなくてもわかるのだ。けれどもこの解釈は「それなら全部書かなければいい」という指摘に反論できない。

譜面をよくみれば非常識なテンポになるはずがないという類の確信の存在、いわば「音楽的な常識」が透けて見える。「コンチェルト」の体裁が「急緩急」の3楽章形式として確立して以降、テンポ表示はますます不要になった感がある。直感で申し訳ないが、コンチェルトの第一楽章に「無表示」が多い気がしている。

ブログ「ブラームスの辞書」としては無表示は困る。作曲家の意思表示としての音楽用語を分析することこそが、「ブラームスの辞書」という発想の根源だからだ。無表示はお手上げとも映るが、無表示の出現状況を作曲家別、曲種別に集計すると何かわかるかもしれないとは思うが未着手である。

 

 

2021年2月15日 (月)

生没同日

誕生日と命日が一致することだ。

ミヒャエル・プレトリウスは1571年2月15日生まれで1621年2月15日に没しているから、まさに「生没同日」だ。生まれの方には「?」マークもついている。著名な作曲家ではあまり見かけないから貴重である。

本日生誕450年にして没後400年のダブルメモリアル。

 

 

2021年2月14日 (日)

第一変奏

    最初の変奏と解して疑いはない。「主題と変奏」というというジャンルには古来数多くの作品が残されてきた。どれも例外なく真っ先に主題が提示される。これがないと始まらん。そこから先が作曲家の腕の見せ所だ。主題の提示が終わって、「さあ行くぞ」と走り出すのが「第一変奏」だ。作曲家の意気込みがとりわけ色濃く反映する。

ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」op24は、以下の通りだ。

20201025_055550_20201226172301

Piu vivo に意気込みが感じられる。がしかし、若きブラームスは半ば意図的にバッハを模倣しているかもしれない。

20201025_055637_20201226172501

 「ゴールドベルク変奏曲」の第一変奏だ。16分音符2個に8分音符という3つの音符が、移動ドで「ドシドー」と走り出す。

2021年2月13日 (土)

パーソナルカラー

オルガン頭出しCD集の作成を終えて、次なる楽しみは、ジャケットカヴァーとブックレットだ。全38枚組の手製CD集には様々な工夫を凝らした。

収載作品の明細をエクセルで作成した。見やすくするために作曲家ごとに特定の色を割り付けた。これが楽しい作業中だった。

 

20190212_155357
最上段「OrgelINdex」のゴールドと黒は「OrgelIndex」のテーマカラーだ。以下対象作曲家の生年順に並べた。ブクステフーデは深緑、パッヘルベルは臙脂、テレマンは紫、バッハは濃紺、ブラームスはこげ茶だ。試行錯誤の末の結論。ダークがかった色に白い文字。フォントは「TimesNewRoman」とした。パソコンのディスプレイの色とプリントアウトした色が微妙に違っていて悩ましかった。

 

 

 

 

 

 

2021年2月12日 (金)

イメージカラー

サッカーの世界にはチームを色で呼ぶ習慣がある。イタリア代表の愛称は「アズーリ」だが、これはズバリ「青」の意味だ。オランダ代表の愛称は「オランニュ」で、こちらは「オレンジ色」の意味。アルゼンチン代表は「セレステ・ブランコ」で「水色と白」の意味だ。フランス代表は「ルブルー」でこれも「青」だ。まだある。クラブチームでもユベントスは「ブランコ・ネロ」(白黒)だし、ACミランは「ロッソ・ネロ」(赤黒)だ。

愛称にまではなっていなくても伝統あるチームほど、古くからイメージカラーが存在するということなのだ。ブラジル代表の「カナリア色」はその代表だ。大抵はユニホームの色にも反映している。これはサッカーだけにとどまらない現象だ。阪神タイガースのイメージカラーは黒と黄だ。これはアメリカンフットボールNFLのピッツバーグスティーラーズと一緒だ。ユニホームはいろいろと規定があって、チームのイメージカラー基調のファーストジャージと、白基調のセカンドジャージがある。リーグによってはサードジャージがある場合もある。こうしたイメージカラーの存在は、チームグッズの売上にも貢献していると思われる。

私が選定したブラームスのイメージカラーは「茶」だ。正確には「こげ茶」だと思っている。ブログも著書もブラウン基調にしているのはこのためである。ちなみにセカンドカラーは濃紺だと決めている。根拠はない。ブラームスの音楽から受ける印象を色に置き換えたとしか言えない。何にしろブラームスは原色や明るい色を乱発しないイメージがある。ごく少量だけを、限定的効果的に使用している感じである。

2021年2月11日 (木)

復元ごっこ

ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲をバッハがチェンバロ独奏用に編曲していた話は既にしておいた。それらを「無伴奏チェンバロ協奏曲」と位置付けた。

その延長線上にあるのが「イタリア協奏曲」BWV971である。バッハのオリジナルなのだが、「協奏曲」なのにチェンバロ独奏曲である。つまり編曲ではないオリジナルの「無伴奏チェンバロ協奏曲」ということだ。

これを逆手にとった人がいる。ビオンディの相棒として知られたチェンバリスト兼指揮者のアレッサンドリーニだ。バッハの「イタリア協奏曲」をヴァイオリン協奏曲に編曲してしまったのだ。バッハがヴィヴァルディを題材に盛んに試みた「ヴァイオリン協奏曲→無伴奏チェンバロ協奏曲」という編曲の逆を行ったことに他ならない。

このほどCDを入手した。ヴィヴァルディの「四季」の売り場にあった。それもそのはずで2枚組のこのCDは、ディスク1が「四季」全曲が収まっている一方、ディスク2は編曲ものを多数含む様々な作品の寄せ集めになっていた。

芸が細かい。

実際に聴いてみると、もうスルリと入って来すぎる感じ。第一楽章だけしか収録されていないのが恨めしい。

 

 

2021年2月10日 (水)

ストラヴァガンツァ

ヴィヴァルディの協奏曲をバッハが「無伴奏チェンバロ協奏曲」に編曲した中に、op4からの編曲がある。BWV975ト短調、BWV980ト長調だ。12の協奏曲にによって構成されるそのop4にはタイトルがついている。

「La Stravaganza」と綴られるイタリア語で「奇妙なもの」という意味。当時の協奏曲としては斬新な作風だったことが命名理由とされている。「調和の霊感」op3と違って全て独奏ヴァイオリンのための協奏曲だ。

知名度だけで申すなら四季を含むop8には遠く及ばないのだが、渋い。バッハの編曲版と合わせて聴くとより楽しめる。

 

 

 

 

 

 

2021年2月 9日 (火)

奇跡のニ長調

ヴィヴァルディの「調和の霊感」の中、ヴァイオリン協奏曲ニ長調op3-9に対する深い興味が大学1年のときの夏合宿に起因することについては既に述べている。理由は説明できない。ただただいとおしい。全3楽章聞いても10分もかからない小曲ながら、本当に癒される。

その作品をバッハが無伴奏チェンバロ協奏曲に編曲していた事実がただうれしい。BWV972がそれだ。番号で申すなら名高いイタリア協奏曲のすぐあとに置かれているということだ。その選択が領主の意向の反映だったとしてもだ。その領主がこの作品の編曲をバッハに依頼した奇跡を喜びたい。バッハのアラサー時代の小粋な手仕事だ。

イタリア協奏曲に比べると世に出ているCDは少ない。我が家には4種CDがある。

  1. 1986 Guy Penson
  2. 1994 Cyprien Katsaris
  3. 2006 Vital Julian Frey
  4. 2008 Elisbeth Farr

このうち2番カツァリスだけがピアノで、あとはチェンバロ。なんといっても4番目のナクソスは、BWV972からBWV987がコンプリートだ。ヴィヴァルディのオリジナルと聞き比べるのも一興だ。

 

 

 

 

 

 

2021年2月 8日 (月)

選抜の顔ぶれ

「無伴奏チェンバロ協奏曲」は、ワイマール公の委嘱に応えた代物だから、どの曲を編曲するかは、領主の意向が色濃く反映すると書いた。ヴィヴァルディは下記の6曲が編曲の対象とされている。

  1. op3-3
  2. op3-9
  3. op3-12
  4. op4-1
  5. op4-6
  6. op7-8

3曲選出のop3は「調和の霊感」、その「調和の霊感」ヒットの柳の下狙いとも目される「ラ・ストラヴァガンツァ」op4から2曲入選。そして「四季」を含むop8「創意とインヴェンションの試み」を華麗にスルーしてop7という渋いチョイス。

op3は1711年,op4は1713年、op7は1716年という具合に出版年が少しずつずれているが、出版社は全てアムステルダムのロジェ社だ。オランダ留学中の接触はとても自然だ。当時流行の最先端だったイタリアンコンチェルトの第一人者ヴィヴァルディが新機軸特盛で次々と出版した時期は、バッハのワイマール時代と驚くほど符合している。ワイマール時代の終焉を1719年に迎えたとき、ヴィヴァルディの作品は四季を含むop8まで終わっていた。

2021年2月 7日 (日)

領主の好み

ワイマール公の委嘱に応えて編曲した無伴奏チェンバロ協奏曲はBWV972からBWV987までの15曲ある。元の作曲家は下記の通りだ。

  1. ヴィヴァルディ 6曲
  2. マルチェッロ 2曲
  3. エルンスト公 3曲
  4. テレマン 1曲
  5. トレッリ 1曲
  6. 不明 3曲

我が家にはヴィヴァルディ、マルチェッロ、トレッリの3名については全てCDがある。イタリア人にまじってひっそりとテレマンというのが目立つ。不明が意外とバッハ本人というオチはないものか気になる。

一つ確実なことは、この顔触れは依頼人エルンスト公本人の意向の反映だということだ。自作がしれっと交じっていて微笑ましいのだが、エルンスト公はヴィヴァルディが好きなのだと思っていい。

 

 

 

 

2021年2月 6日 (土)

たいそうなコストダウン

本場イタリアでは、当初コンチェルトの演奏にかける人員は最少だった。独奏ヴァイオリン1本の場合、トゥッティ側はヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1、コントラバス1、チェンバロ1合計6.ソロを入れても7名だ。ヴィヴァルディは、トゥッティ側に増強の必要がある場合そう記しているから、逆に申せば何も書いていなければ最小のメンツで演奏されることを認めていたことになる。

それでも音楽好きの領主が、自前の楽団で演奏させようと欲すれば、7名の楽士が必要となる。お金に換算すれば7人分の人件費となる。

バッハの時代、現在のドイツの領域は、均分相続の伝統のせいもあり、国が兄弟の数だけ細分化されていくから小国ばかりになる。土地が狭いだけならともかく、たいていの場合お金もないのだ。日本で申す都道府県ほどの広さもない小国が、自前の宮廷楽団なんぞはなから無理な相談である。

1708年からバッハが奉職していたワイマール公国もそうした小国の一つだ。ここの王子様はオランダに留学していた。元々王子はイタリア音楽にぞっこんで、コンチェルトまで作曲するほどだ。加えてアムステルダムには当時有名な出版社があり、流行の最先端にあったイタリアの協奏曲集を手掛けていた。とくにヴィヴァルディの「調和の霊感」はベストセラー状態であった。

留学中の王子は、最先端のイタリアンコンチェルトにほれ込んだ。帰国してもその熱意は収まらず、何とか聞きたいと考えた。CDもDVDもない時代だ。楽譜だけでは飽き足らないとして不自然ではない。ましてや自作のコンチェルトも聞いてみたいのだ。ところが小国ワイマールには楽士を雇おうにも先立つものがない。思案の結果が、コンチェルトもろとも独奏チェンバロに転写することだ。

そこに若きバッハがいた幸運を後世の愛好家は噛み締めるべきだ。編曲ばかりか演奏までこなしてしまうバッハを雇用しているのだから、楽士7名の人件費は単純計算で7分の1で収まる。これを大コストダウンと言わずになんというか。

かくして王子はバッハにイタリアンコンチェルトの編曲を委嘱する。文字通り次から次だ。ヴィヴァルディ、トレッリ、マルチェルロらのヴァイオリン協奏曲が次々と「無伴奏チェンバロ協奏曲」に転写されたばかりか王子本人の作品まで含まれていた。誰からの転写でもないバッハオリジナルの「イタリア協奏曲」BWV971に続くBWV972から987までの一連の編曲作品はこうして生まれた。

バッハの旺盛な研究意欲の賜物などと位置付けると本質を見誤る。バッハはイタリアンコンチェルトのエッセンスをちゃっかり習得したのはむしろコストダウンプロジェクトの副産物に違いない。

2021年2月 5日 (金)

無伴奏チェンバロ協奏曲

断りなく「協奏曲」と言えば、華麗なソロとそれを取り囲む楽器群を思い出すよう刷り込まれている。ところがBWV971を背負う通称「イタリア協奏曲」は、芳醇な例外を形成する。これはチェンバロ独奏曲だからだ。CDショップでもコンチェルトの売り場ではない。

生涯プロテスタント地域を出ることがなかったバッハだが、周辺各国の音楽情報の収集にはやたら熱心だった。本人の好奇心だけでは説明がつきにくい。雇い主の好みに柔軟に対応するためという側面もあるに違いない。

各国の趣味様式に敬意を払い、まずは模倣しやがては自作に取り入れる。イタリア風フランス風など自在だ。パルティータを構成する各舞曲の起源ともなればさらにエリアが広がる。

イタリア協奏曲はフランス風序曲と双璧をなす。つまり「協奏曲のイタリア」「序曲のフランス」ということだ。

イタリア音楽の柱はオペラ、宗教曲それにコンチェルトだと断言しても大火事にはなるまい。バッハは自作協奏曲の準備としてイタリアの先人たちに学んだ。その結晶がイタリア協奏曲だと仮に位置付けておく。

イタリア協奏曲で示して見せたジャンルとしての「無伴奏チェンバロ協奏曲」は、イタリア特産のコンチェルトを、ソロばかりか周辺の楽器群もろともチェンバロ独奏に転写するというコンセプトだ。コンチェルトの独奏楽器だけをピアノでという、よくある発想とは隔絶されている。コンチェルトの本家本元のイタリアにはついぞ生まれなかった。

また、のちにバッハは自作のコンチェルトをチェンバロ協奏曲に編曲しているのだが、無伴奏チェンバロ協奏曲という形態を選ばず、ソロとそれを囲む楽器群用になっている。

ピアノの台頭とパラレルに衰退していく。発想そのものがチェンバロの2段鍵盤に依存しているからだと言われている。

2021年2月 4日 (木)

備蓄緊急事態

このご時世「緊急事態」などというタイトリングはいささか物騒だが御辛抱いただく。

本日この記事を公開したことでブログ「ブラームスの辞書」の備蓄記事が600本を切った。一時は1500本を数えた備蓄記事だが、600本を切るのはおそらく10年ぶりだろう。

大量の記事の備蓄がもたらす心の安寧の上に運営が成り立っている。2020年のコロナウイルスの影響とは言え明らかに記事を思いつけていない。2020年が定年退職の年ではあるのだが、歳のせいだとは思いたくない。自らを鼓舞するために備蓄緊急事態を宣言する次第。

 

 

2021年2月 3日 (水)

定点観測としてのBWV565

バッハのオルガン作品の代表作として「トッカータとフーガニ短調」BWV565がある。もっとも有名なオルガン作品と断言したところで、大したお叱りは受けるまい。

バッハのオルガン作品のCDを集めていると、いつのまにか複数種類の演奏がそろってしまう。本日は我が家所有のCDについてリスト化を試みる、オルガンの聴き比べをする際には、同じ曲を違うオルガンで聴きたいというニーズに応えるためにはこの作品が最適と思う。録音年、演奏者、録音場所を記載する。

  1. 1947 ヘルムート・ヴァルヒャ リューベック聖ヤコビ教会
  2. 1956 ヘルムート・ヴァルヒャ アルクマール・ロレンツ教会
  3. 1969 ウィルヘルム・クルムバッハ ラーム シュロス教会
  4. 1970 ウェルナー・ヤコブ アールスハウム カテドラル
  5. 1973 グスタフ・レオンハルト アムステルダム ヴァールス教会
  6. 1979 ハンス・オットー フライブルク ドム
  7. 1983 トン・コープマン マーシリウス グローテ教会
  8. 1989 サイモン・プレストン ボン クロイツブルク教会
  9. 1991 鈴木雅明 アンガームンデ 聖マリエン教会
  10. 1993 マリー・クレール・アラン フライブルク ドム
  11. 1993 フランツ・レルンドルフェン オットーボイレン ドム
  12. 2004 ハラルド・フェラー メミンゲン 聖マルチン教会
  13. 2004 ユルゲン・ヴォルフ ライプチヒ 聖ニコライ教会
  14. 2018 パヴェル・ズヴォボダ レータ 聖ゲオルク教会

このリストにわくわくする脳味噌になってしまった。

 

2021年2月 2日 (火)

推定作曲年代

バッハのオルガン作品の代表作「トッカータとフーガニ短調」BWV565は、どんな解説を読んでも、作曲年代がはっきりしないと書かれている。某音楽系大手出版社の名曲解説には、異論も多いと慎重に念を押しながら、ひとまず1703年から1708年と書いてある。19世紀以降のバッハ研究の積み重ねをもってしてもなお、断言には至らぬことに驚きはするのだが、本日の着眼はそこにはない。バッハが1685年生まれだということを考えると1703年にはまだ18歳だ。そこから5年の幅を設定しているから、大学に通う年頃だ。

なんという。

聴けば聴くほど凄い作品だと思ってはいたが、その若さでと思う。才能だから持っている者には造作もないことなのだとは思うけれど、つくづくまぶしい。

2021年2月 1日 (月)

妻没後25年

亡き妻の命日。25年のメモリアルデーだ。

 

 

« 2021年1月 | トップページ | 2021年3月 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ