印象操作
シュヴァイツァーのバッハ伝に、ブラームスのエピソードがあるらしい。
それによれば、ブラームスはバッハ協会によるバッハ全集の出版を心待ちにしていた。当然予約購入者に名前を連ねており、じりじりと到着を待っていたという。いざ到着となったとき、やりかけの仕事を放り出して読み込み、「バッハにはいつも驚きがあり、私はいつもバッハに学んでいる」とつぶやいたとされている。これこそが、私がブラームスに直接関係のないバッハネタを取り上げることをためらわない理由だ。
しかし、このエピソードの現れ方はいささか意表をついている。シュバイツァーは、ヘンデルとバッハを比較する文脈の中で、このエピソードを引用しているのだ。シュバイツァーはヘンデルの楽譜が届いたときのブラームスの反応をも紹介している。ブラームスは当時ヘンデル研究の第一人者クリュサンダーとも交友関係にあったから、ヘンデルの楽譜の購入者であること自体は驚くにはあたらないが、問題はこのときの反応だ。
ブラームスは楽譜が届くと本棚にしまいこみ、「これらはきっと大いに興味深いものだと思うが、暇が出来たら目を通すことにしよう」と語ったという。
シュバイツアーには明らかにバッハをヘンデルと比較する意図がある。軍配はほぼバッハに上がっていると申してよい。意図的な引用により読者の印象を操作している疑いがある。ブラームスはヘンデルの主題を元に名高い変奏曲を書いているし、過去の巨匠への敬意を払うことこそあれ、人前であからさまに2者の比較をして片方に肩入れしたとは思いにくい。
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