四季は唐突か
19世紀後半のドイツ音楽界を2分した論争における両陣営の旗印が「標題音楽」と「絶対音楽」だったことはよく知られている。ブラームスは「絶対音楽」の側の首領格という位置づけ。19世紀後半に台頭した「標題音楽」の反対概念だ。「標題音楽」が台頭して来ることによって、初めて成立したのが「絶対音楽」だったように思える。バッハやベートーヴェンが自らの音楽を「絶対音楽」だと考えていたとは思えない。
ベートーヴェンの「田園交響曲」あたりを淵源とする「標題音楽」の流れはやがて交響詩に到達するし、ワーグナーの楽劇にしてもその系統上にあると思われる。私とて「モルダウ」は大好きだ。音楽作品に詞書の付与が当たり前になっていくという図式だ。
日本では初等教育からそうした史観にたった授業になっていることもあって、大衆の側の思い込みは強烈だ。困るのはヴィヴァルディの「四季」だ。田園交響曲以降に台頭したという前提と決定的な矛盾を引き起こす。孤高のヴィヴァルディと解さざるを得なくなる。「標題音楽の先取り」であるかのような。
そうではないのだ。ヴィヴァルディを含むバロック時代には、世の中の事象を音楽で描写することは一般的であった。名高い「四季」は精巧な「ワンオブゼム」だと受け止めねばならない。確かにバッハにはその傾向が希薄だ。それは差し引いてもビーバーには巧妙な猫の描写があるし、シュメルツァーには「カッコー」もある。テレマンは人気の「ガリヴァー旅行記」をヴァイオリン二重奏に転写した。
それら両方に「標題音楽」という表札を掲げようとするところに無理がある。
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