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2021年5月31日 (月)

シュトックハウゼン

ユリウス・シュトックハウゼン(1826-1906)はアルザス生まれのバリトン歌手。ブラームスの親友で、クララとも親交があった。ピアニストのクララやヴァイオリニストのヨアヒムに声楽で匹敵する大歌手だ。シューベルトの「美しき水車小屋の娘」を初めて公開の席で歌うという栄誉に浴した。これは歌曲集をチクルスという形で演奏する先駆けとなった。加えて1861年にはハンブルクでも同曲集を歌っているのだが、伴奏はなんとなんブラームスであった。かくかくしかじか欧州中で同曲集を演奏して回るのだが、ペテルブルクではアントン・ルービンシュタインが伴奏している。シューベルト歌曲のいくつかの管弦楽編曲をブラームスに依頼し、後に初演している。

リートの分野では19世紀最高のバリトン歌手と申してよい。その証拠にシューマンの演奏でも事情は似ている。いくつかの歌曲で初演の栄誉を担い、1861年にはブラームスを伴奏者に従えて「詩人の恋」を歌った。翌年には同じく「詩人の恋」を、クララのピアノで歌った。

ブラームス唯一の連作歌曲集「ティークのマゲローネのロマンス」op33はシュトックハウゼンに献呈されている他、出世作「ドイツレクイエム」の初演でバリトンを務めたのもこの人だ。

シューベルト、シューマンそしてブラームスの歌曲いずれについても深く濃く関与している。歌曲ネタを連ねる以上、外せない人である。

2021年5月30日 (日)

ブログ創立16周年

本日5月30日はブログ「ブラームスの辞書」の創立記念日。2005年創立なので満16年になる。人間なら高校一年生だ。開設の日から今日まで5845日連続記事更新で、積み上げた記事は5892本。

ブラームス生誕200年のゴールまで12年を切った。来年以降、以下の通りメモリアルイヤーが続く。

  • 2022年 源実朝生誕830年
  • 2027年 ベートーヴェン没後200年
  • 2028年 シューベルト没後200年
  • 2031年 ヨアヒム生誕200年

そろそろ、あと12年の流れを意識して行きたい。

2021年5月29日 (土)

第二次歌曲特集

12年前の誤り の発見と修正を機に、かれこれ3週間も歌曲ネタが続いた。この勢いで今後しばらく歌曲ネタを続けることにしている。いわば「第二次歌曲特集」である。前回はこちらから→第一次歌曲特集

個別の作品についての言及は前回特集をご覧いただくとして、書き洩らしや新たな視点について粛々と記事を連ねることとする。前回は会期6ヶ月で81本の記事がたまっていたので驚いている。

2021年5月28日 (金)

余韻深々

以下の通り完成した「平均律歌曲集在宅版」を再生して楽しんでいる。

  1. ハ長調 恋歌op71-5 HP ヘルマン・プライ
  2. ハ短調 領主フォンファルケンシュタインの歌op43-4 AS アンドレアス・シュミット
  3. 変ニ長調 我等はそぞろ歩いたop96-2 HP
  4. 嬰ハ短調 まどろみはいよいよ浅くop105-2 MS 白井光子
  5. ニ長調 サッフォーの頌歌op94-4 MS
  6. ニ短調 人間の成り行きはop121-1 DFD フィッシャーディースカウ
  7. 変ホ長調 五月の夜op43-2 HP
  8. 変ホ短調 愛の誠op3-1 JN ジェシーノーマン
  9. ホ長調 すみれによせてop49-2 DFD
  10. ホ短調 あの娘のもとにop48-1 DFD
  11. ヘ長調 野のさびしさop86-2 MS
  12. ヘ短調 小夜鳥op97-1 MS
  13. 嬰へ長調 我が恋は緑op63-5 HP
  14. 嬰ヘ短調 雨の歌op59-3 DFD 
  15. ト長調 セレナーデop106-1 DFD
  16. ト短調 私は顔をむけてみたop121-2 DFD
  17. 変イ長調 おお涼しき森よop72-3 DFD
  18. 変イ短調 エーオルスのハープによせてop19-5 MS
  19. イ長調 調べのようにop105-1 HP
  20. イ短調 夕立op70-4 DFD
  21. 変ロ長調 夏の宵op85-1 DFD
  22. 変ロ短調 ことづてop47-1 DFD
  23. ロ長調 森のしじまにop85-6 HP
  24. ロ短調 永遠の愛についてop43-1 HP

聴き込んでみると、好みの曲を調性順に羅列しただけなのに味わいがある。9番のホ長調「すみれによせて」から11番ヘ長調「野に一人いて」までの3曲の連なりは絶妙だ。13番と14番の嬰へ組ではシューマンの遺児フェリクスに思いをはせてしみじみする。17番から21番への流れも馥郁たる香気が感じられて淀みがない感じ。ラストのロ短調「永遠の愛について」のイントロが始まるとしみじみする。この曲が大トリになる偶然を味わうべきだ。

2021年5月27日 (木)

平均律歌曲集在宅版

記事数を稼ぐための小出しもそろそろ限界という訳で、平均律歌曲集改訂版24曲にお気に入りの演奏を充てたプライヴェートCD作成を報告する。在宅のつれづれに、ドライブのお供に流しっぱなしにしてストレス最小を意図した。先に演奏家の紹介から。

  • ディートリッヒ・フィッシャー-ディースカウ(Br)10曲。DFDと略記。
  • ヘルマン・プライ(Br)7曲。HPと略記。
  • 白井光子(MS)5曲。MSと略記。
  • ジェシー・ノーマン(Sop)1曲。JNと略記
  • アンドレアス・シュミット(Br)1曲。ASと略記

12年前 には22曲に22人の女性歌手を充てていたが、パズルとしての面白さとは裏腹に、好みの演奏の羅列にならないというストレスにさらされていた。この度の改定で全24曲に拡充した代わりに、歌手の重複を許可した結果、歌手は上記5人に絞られることとなった。世の中女子の時代だというのに女性歌手は人数で40%、曲数で25%にとどまった。昔からの刷り込みの効果か、フィッシャーーディースカウとヘルマン・プライでおよそ3分の2を占めることとなった。そうした後ろめたさは、完成したCDを再生して吹き飛んだ。名付けて「平均律歌曲集在宅版」と洒落込む。以下に明細を紹介する。

  1. ハ長調 恋歌op71-5 HP
  2. ハ短調 領主フォンファルケンシュタインの歌op43-4 AS
  3. 変ニ長調 我等はそぞろ歩いたop96-2 HP
  4. 嬰ハ短調 まどろみはいよいよ浅くop105-2 MS
  5. ニ長調 サッフォーの頌歌op94-4 MS
  6. ニ短調 人間の成り行きはop121-1 DFD
  7. 変ホ長調 五月の夜op43-2 HP
  8. 変ホ短調 愛の誠op3-1 JN
  9. ホ長調 すみれによせてop49-2 DFD
  10. ホ短調 あの娘のもとにop48-1 DFD
  11. ヘ長調 野のさびしさop86-2 MS
  12. ヘ短調 小夜鳥op97-1 MS
  13. 嬰へ長調 我が恋は緑op63-5 HP
  14. 嬰ヘ短調 雨の歌op59-3 DFD 
  15. ト長調 セレナーデop106-1 DFD
  16. ト短調 私は顔をむけてみたop121-2 DFD
  17. 変イ長調 おお涼しき森よop72-3 DFD
  18. 変イ短調 エーオルスのハープによせてop19-5 MS
  19. イ長調 調べのようにop105-1 HP
  20. イ短調 夕立op70-4 DFD
  21. 変ロ長調 夏の宵op85-1 DFD
  22. 変ロ短調 ことづてop47-1 DFD
  23. ロ長調 森のしじまにop85-6 HP
  24. ロ短調 永遠の愛についてop43-1 HP

以上。総演奏時間は78分50秒。CD1枚にピタリと収まる。

ハ短調に「領主フォンファルケンシュタインの歌」を起用するのは私ならではかと。フィッシャーディースカウにもプライにも録音が無いマイナー気味の作品ながら、キリリキビキビで心地よいと採用。歌唱はフィッシャーディースカウの弟子アンドレアス・シュミットが師匠の居ぬ間の洗濯。フィッシャー・ディースカウの居ぬ間というなら、変ホ短調「愛の誠」も同じでジェシーノーマンさんに1票。居ぬ間系と申すなら嬰ハ短調の「まどろみはいよいよ浅く」ニ長調「サッフォーの頌歌」にもフィッシャー・ディースカウの録音がない。日本人メゾソプラノ白井光子先生の登場。イニシャルがメゾソプラノとピタリの「MS」というのがおされ。彼女は鬼の居ぬ間専任でもなくて、全5曲のうち、他の3曲はフィッシャー・ディースカウに競り勝っての採用。ウイーンのブラームスザールで生を聴いて以来ファンになったプライくらいがフィッシャー・ディースカウに対抗する存在。曲数では劣るが、ラスト2曲を受け持って面目躍如だ。

むっちゃ楽しい。

 

 

2021年5月26日 (水)

アメリング

昨日の記事「ソプラノ苦手 」で私自身のキャラについて言い訳したばかりだというのに、舌の根も乾かぬ本日いきなり例外の告白だ。オランダ生まれのソプラノ歌手エリー・アメリングさんだ。

ソプラノにあってこの人は別格だ。

バッハのカンタータで聴かせてくれる「透明感」は何物にも代えがたい。活躍の場はバッハを別にすれば圧倒的にリートであり、オペラには背を向けた状態である。「少女の歌」「少女は語りかける」などキヤピキャピ系ブラームスを歌っても引っかからない。惜しむらくはブラームスの収録曲が多くないことだ。

2021年5月25日 (火)

ソプラノ苦手

昨日の記事「歌手パズルを諦める 」で宣言した通り、調性別ベスト歌曲を選定し、選ばれた24曲について最も好きな演奏をチョイスするという具合にルール変更を行う。これに至った理由は「調性別ベスト」が必ずしも「好きな演奏の集積にならない」というストレスに対抗するものだ。

昨今の巣ごもりで、在宅中やドライブ中に聴きまくる際の心地よさを求めることとしたと昨日申し上げたのだが、実はそこには「ソプラノ苦手」という私のキャラ上の問題があった。

この度、本企画のために所有する歌曲CDを片っ端から聴きなおしたのだが、相対的にソプラノ歌手の演奏には心ときめかなくなっていた。おそらくこの12年でその傾向が強まったのだと思われる。「ソプラノ・テノール」に薄いというコレクションであるけれど、改めて聴きなおして一層痛感するに至った次第である。

ブラームス作品そのものがソプラノやテノールによる歌唱を求めないせいもあるのだと思う。私自身のチョイスが以下のような数少ないソプラノ向けの作品を避けていることも無視できない。

  • 少女の罵りop69-9
  • 乙女の歌op85-3
  • 乙女は語るop107-3
  • 乙女の歌op107-5

歌手パズルの結果、そこには少なからずソプラノ歌手がヒットするけれども、「在宅最適」の見地からストレスの元ともなりかねず、無念の方針転換となった。世の中なべて「女子の時代」だというのに申し訳ないことだ。その分メゾソプラノやアルト、コントラルトには相応の敬意を払うこととする。

2021年5月24日 (月)

歌手パズルを諦める

2009年4月19日の記事「平均律歌曲集」に発覚した誤りの修正をキッカケに12年後の今の感覚でチョイスを更新 した。全22曲に加え欠けていた調を無理やり補って24曲とした。

そこではたと考えた。

12年前同様に、これら24曲を女性歌手1人1曲のパズルにするのかどうかだ。我が家所有のCDをパソコンで取り込んで、プライヴェートCDを組み立てるというパズルとしての楽しみに疑問を感じた。

その理由は、「調性別ベスト歌曲集」ではあるのだが、必ずしも「ベスト演奏の集積」にならないということだ。加えて昨今のコロナ禍で、在宅勤務なり外出自粛なりから来る巣ごもりの供として見た場合、自室やマイカーで「流しっぱ」にする際、大好きな曲がお気に入りの演奏にならないという状況は切実なものだ。「ベスト演奏の定義はなんぞ」と突っ込まれればたちまち返答に窮する素人でもあるので、そこは「大好き演奏」と挿げ替えてもいい。

女性歌手一人1曲の選定は「あちら立てればこちらが立たず感」に溢れたやりがいではあったが、この際その楽しみは放棄して、「在宅最適」を目指すこととする。

2021年5月23日 (日)

賛美歌ガウデアムス

第一交響曲のフィナーレ歓喜の主題が賛美歌集に収載されていたと驚いた ついでにもう一つ。賛美歌142番が気になる。

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これは名高い学生歌「ガウデアムス」だ。大学祝典序曲のエンディングに現れる。若人を鼓舞するという点で学生歌の痕跡が残る。ブラームスの大学祝典序曲のエンディングにおいてはハ長調であったが、こちらは変ロ長調となっている。これもまた移調されている。

2021年5月22日 (土)

ブラームス作の賛美歌

賛美歌集の索引を見ていて驚くべき発見があった。賛美歌第二編の59番「すべてのもの統らすかみよ」という賛美歌がブラームス第一交響曲フィナーレの主題だった。

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オリジナルのハ長調をト長調に移調しているけれど、紛れもなく「ブラームスの歓喜の歌」だ。1918年にErnestine Hoff Emrickという人が編曲していた。ブラームス本人の死後だから、厳密にはブラームス作曲の賛美歌とは言えない。ブラームスを代表する旋律を後世の人物が賛美歌に仕立てたということだ。

器楽由来の旋律を歌に移殖する場合、あるいはその逆において、移調はもはや一般的かと思われる。

 

 

2021年5月21日 (金)

キーコントロールの謎

移調して歌うことが歌曲にのみ許されたかという話からおバカな思い出話にそれる。

カラオケ伴奏のキーを自分のキーに合わせて調整出来る機能がある。今や当たり前で珍しくも何ともない。この機能が世の中に出始めた頃の話だ。昨今のマシンでは、リモコンで操作した結果が画面に表示されるのだが、昔はそうではなかった。

私もキーを変えたくなった。やってみたがイメージと違うのだ。1音くらい低く出来ればいいのに低過ぎてしまうのだ。その場は笑ってごまかしたが長くトラウマになって残った。謎が解けるのに5年以上かかった記憶がある。

キーコントロールをするリモコンにはボタンがついてる。高めるにしても低めるにしてもそのボタンを押すのだが、このボタンがいけない。高めるほうには「♯」低めるほうには「♭」が描かれている。1音低くしたいと思った私は「♭」を2回押してしまっていたのだ。実際の移調と同じノリをキーコントロールのボタン操作で再現したのだ。実際の楽譜では「♭」を2個付けることで1音低い調に移行するのだ。ハ長調が変ロ長調になるのと同じ理屈だ。半音下げたい時に「♯」を5回押していたのだ。訳が分からなくなるのは当たり前である。

ここでいう「♯」や「♭」は単に「高める」「低める」の意味だ。胸のわだかまりはなくなったが、カラオケが上手くなった訳ではない。

2021年5月20日 (木)

移調の掟

ヘルムート・ドイチュ先生は著書「伴奏の芸術」の中で、歌手の声の都合からリサイタルで取り上げる作品を移調して演奏することがあると証言しておられる。これがけして少なくないというニュアンスで描写されている。ブラームスの友人で歌手で指揮者のジョージ・ヘンシェルの証言によれば、声の都合で作品の最高音を和音の範囲内の別の低い音に差し替える申し出をブラームスが許可したという。

これは声楽作品に特有の現象だろう。声楽でも合唱となると考えにくい。器楽ではもちろんご法度だ。ハイポイションで弾けないから勝手にオクターブ下げて弾いてしまうことなど言語道断だ。どうやら移調には暗黙を含めてある種のルールがあったらしい。

  1. 作品39の「16のワルツ」はオリジナルの四手用がブラームス本人によって独奏用に編曲されているが、その際ラスト4曲が全て半音低い調に移調されている。演奏の難易度に配慮したと解されているが、上記の例からすると異例の扱いである。
  2. ブラームス本人はニ長調で演奏されることを望んでいた「恋歌」作品71-3は、ウイーンの売れっ子テノール歌手の要望でハ長調として出版されたという。
  3. レーメニーとのツアーで立ち寄った演奏会の会場のピアノのピッチが半音高かった。ヴァイオリンを半音高く調弦することにレーメニーが難色を示したために、ピアノを弾くブラームスがその場で半音低く演奏して事なきを得たというエピソードがある。この話は、とっさに半音低く移調して弾いたという移調ネタなのだが、もっぱら、ブラームスのピアノの腕前を強調するトーンで語られる。
  4. ヴァイオリンソナタ第一番ト長調をチェロで演奏したCDがある。楽譜も売られているが、これはニ長調に移調されている5度高く移調したと見るか、4度低く移調したと見るか悩ましいものがある。
  5. ハンガリー舞曲第5番はピアノ連弾の原曲では嬰へ短調だが、一般に流布した管弦楽版や、ヨアヒム編曲のヴァイオリンとピアノ二重奏版では、ト短調に移調されている。ヴァイオリンの重音奏法をビシバシ決めるにはト短調の方が何かと好都合なのかもしれない。ところがピアッティ編曲のチェロ版ではへ短調に移調されている。
  6. 嬰ヘ短調とト短調間の移調という話なら、「雨の歌」である。オリジナルの歌曲は嬰ヘ短調で、ヴァイオリンソナタに移殖するに際して半音上のト短調とされた。

4番、そしてもしかすると5番もブラームス本人の関知しないところかもしれない。「独唱者の声の都合による場合だけ移調で逃げてもいい」というような掟を想定したい。いかがなものだろうか。

我が家所有の歌曲のCDにこの移調がまぎれこんでいると、聴いてわからぬ耳の持ち主としては、平均律歌曲集 にとって課題となる。

2021年5月19日 (水)

激戦区

少ない定数に、多くの立候補があれば激戦になる。だから1議席を16曲で争うイ長調が最大の激戦区だという思いはあるのだが、選ばれたのは「調べのように」op105-1で鉄板だ。有力候補1ですんなりなので開票早々に当確が出る感じである。

むしろ私が激戦と感じるのは「変ホ長調選挙区」だ、立候補は以下の通り。

  1. ユッヘー op6-1
  2. いかにおわすか我が女王 op32-1
  3. それを悔いたものはまだいない op33-1
  4. まことの愛は絶えることなく op33-15
  5. 五月の夜 op43-2
  6. 子守歌 op49-4
  7. 君がときおり微笑んでくれたら op57-1
  8. 君の青い瞳 op59-2
  9. 別れ op69-3
  10. いちご畑で op84-3
  11. ねこやなぎ op107-5
  12. たとえ私が人間の言葉で op121-4

ここから1曲選ぶのは本当に難儀だった。「五月の夜」op43-2に落ち着いたのだが、世界最高の子守歌(6番)、四つの厳粛な歌の大トリ(12番)が無念の落選を喫した上に、上記でいう1番、2番、4番、8番、11番も佳曲である。

有力候補が2曲あるだけで、選ぶのはかなり大変だから、激戦区の定義は必ずしも倍率ではないと感じる。

 

 

2021年5月18日 (火)

1票の格差

平均律歌曲集 は、事実上長短24全ての調におけるベスト歌曲の選定であった。対象となるのは作品番号にして下記の通り。独唱歌曲なのだが、op91の2曲はヴィオラが伴奏に加わる。全部で204曲ある。

  • op3 6曲
  • op6 6曲
  • op7 6曲
  • op14 8曲
  • op19 5曲
  • op32 9曲
  • op33 15曲
  • op43 4曲
  • op46 4曲
  • op47 5曲
  • op48 7曲
  • op49 5曲
  • op57 8曲
  • op58 8曲
  • op59 8曲
  • op63 9曲
  • op69 9曲
  • op70 4曲
  • op71 4曲
  • op72 4曲
  • op84 5曲
  • op85 6曲
  • op86 6曲
  • op91 2曲
  • op94 5曲
  • op95 7曲
  • op96 4曲
  • op97 6曲
  • op103 11曲
  • op105 5曲
  • op106 5曲
  • op107 5曲
  • op121 4曲

何かにつけて母数を押さえておきたい性格だ。CDも楽譜も全部あるという至福。で、これら204曲を調性別に分類したのが下記。

  1. Cdur 6
  2. Cmoll 6
  3. Desdur 5
  4. Cismoll 2
  5. Ddur 12
  6. Dmoll 13
  7. Esdur 12
  8. Esmoll 4
  9. Edur 14
  10. Emoll 12
  11. Fdur 13
  12. Fmoll 8
  13. Fisdur 3
  14. Fismoll 9
  15. Gdur 7
  16. Gmoll 11
  17. Asdur 10
  18. Asmoll 0
  19. Adur 16
  20. Amoll 14
  21. Bdur 5
  22. Bmoll 1
  23. Hdur 10
  24. Hmoll 11

いやまあ、これだけで盛り上がる。最大はAdurの16に対し最小はBmollの1なのでBmollは「ことづて」で無投票当選。格差は16倍だ。選挙なら違憲に違いない。こうしてみるとDesdurは5曲もあるのに12年前に「無し」と断じていたとは、「どこを見てるのやら」という感じがする。我ながら迂闊であった。Asmoll(=Gismoll)は本当にゼロなので、苦し紛れに冒頭の鳴りだけを頼りに「エーオルスのハープに寄せて」を回したことはすでに説明しておいた。意外なことにCdurやGdurが薄い。

 

2021年5月17日 (月)

コックピット

巣ごもりのゴールデンウィーク中に、我が家のデスクワーク用のイスを交換した。

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近所のホームセンターで見つけてはいたのだが、20000円少々のお値段にたじろいでいた。定年を迎えたこと、今後の在宅ワークの定着を理由に自分を説得したすえ3ヶ月かかってようやく購入にこぎつけた。

リクライニングとは別に寄りかかると後ろにいくらか反るタイプの椅子を使っていたが、それはこの際諦めた。後ろにそのまま倒れてしまうリスクを恐れてのことだ。下手をすれば一日8時間以上は愛用することになる。腰や肩に感じていた負担を少しでも軽減できればと熟考を重ねた。これに少々のジェルクッションを組み合わせて使う。10日経過したが満足だ。

  1. 座面が変に柔らかくない。
  2. ヘッドレスト付きで圧倒的に首と肩が楽。
  3. 腰当て付きで腰が楽。
  4. 背面が若干U字形になっていることのホールド感。

音楽を聴くにもピッタリのコックピット感がたまらない。

 

2021年5月16日 (日)

現代のピエタ

記事「ピエタ慈善院 」を書いていて思い出したことがある。

ヴィヴァルディという優秀な指導者に巡り合ってその名声が欧州に鳴り響いたピエタ慈善院付属音楽院。孤児、私生児、捨て子という出自には目をつむり、乙女たちの優秀な合奏という点にだけ注目すると、まさに次女の高校オケを思い出す。

規律と意思。優秀な指導者。聴き手の熱狂。

承久の変 ほどではないが、今日、時代が変わる。心からの感謝をこめて。

 

 

2021年5月15日 (土)

ピエタ慈善院

1346年ヴェネツィアで創立。孤児、捨て子、私生児を養育した。男子はやがて退去するが、女子は結婚しない限りここにとどまったらしい。10歳までに音楽教育が始まる。才能のある子どもにより合奏団や合唱団が組織されたという。

1703年ヴィヴァルディが合奏長に就任することで絶頂期を迎える。全盛期のヴィヴァルディが曲を供給しただけでなく、子供たちの音楽的指導にも貢献した。演奏の水準から欧州中に名声が広まり、わざわざ子女を預ける貴族まで現れた。

厳格な規律の中で、優秀な教師と密接な関係を保ちつつ、到達したその演奏は、ヴィヴァルディのいくつかの作品が同院での演奏を前提にすることから相当なレヴェルだと推測されている。

 

 

2021年5月14日 (金)

承久の変800年

承久3年5月14日、後鳥羽上皇は流鏑馬を口実に兵を集めた。すでに北条義時討伐の院宣が発せられていたから、これは事実上の挙兵だ。承久3年は西暦に直すと1221年だから今年はちょうど800年にあたる。

結果は幕府方の勝利。その後650年におよぶ武士の支配を決定付けた戦いと評価されている。

後鳥羽院好きの私には切ない戦い。師匠・源実朝の暗殺が遠因とする学者もいる。一連の歌曲ネタをぶった切ってでも触れて起きたいネタである。

これに言及する音楽系ブログは多くはあるまい。

2021年5月13日 (木)

改訂の周辺

12年前の誤りに気付いて修正した勢いで、昨日の記事 で全24曲の顔ぶれを見直した。本日はその補足記事だ。この度変わったのは全24の調性のうち、下記の8種類であった。

  1. ハ長調 「夢に遊ぶ人」を「ミンネリート」に差し替え。
  2. ハ短調 「墓地にて」を「領主フォンファルケンシュタイン」に差し替え。
  3. 変ニ長調 「無し」としていたのを「我らはそぞろ歩いた」に訂正。
  4. ホ長調 「風もそよがね和やかな大地」を「すみれによせて」に差し替え。
  5. 嬰ヘ短調 「我が歌」を「雨の歌」に差し替え。
  6. ト短調 「野を渡って」を「私は顔をむけてみた」に差し替え。
  7. 変イ長調 「エーオルスのハープによせて」を「おお涼しき森よ」に差し替え。
  8. 変イ短調 「無し」としていたのを「エーオルスのハープによせて」に訂正。

12年前の自分との比較が興味深い。12年前の企画は、24全ての調でベスト1曲を選ぶことに加えて、異なる別の女性歌手に歌わせるパズルであった。今回は誰に歌わせるかを棚上げして、純粋に「調別ベスト歌曲」のセレクトだったことも微妙に影響している。誤りの存在は残念だが、とても根絶はむずかしい。むしろこうして根気よく訂正することで記事が稼げるととらえたい。

それにしてもとても12年前の記事とは思えない。つまりあっと言う間だったということだ。

2021年5月12日 (水)

平均律歌曲集改訂

12年前の記事平均律歌曲集にやっかいな誤りがあったということで、変ニ長調と変イ短調について修正に乗り出してみると、他の調の選考についても見直したくなった。12年前の自分と今の自分の感性の不一致があるようだと気づいた。24全ての調について再選考を試みた。12年前今回を併記列挙する。

  1. ハ長調 夢に遊ぶ人op86-3 → ミンネリートop71-5
  2. ハ短調 墓地にてop105-4 → 領主フォンファルケンシュタインの歌op43-4
  3. 変ニ長調 無し→ 我等はそぞろ歩いたop96-2
  4. 嬰ハ短調 まどろみはいよいよ浅くop105-2
  5. ニ長調 サッフォーの頌歌op94-4
  6. ニ短調 人間の成り行きはop121-1
  7. 変ホ長調 五月の夜op43-2
  8. 変ホ短調 愛の誠op3-1
  9. ホ長調 風もそよがね和やかな大地op57-8 → すみれに寄せてop49-2
  10. ホ短調 あの娘のもとへop48-2
  11. ヘ長調 野のさびしさop86-2
  12. ヘ短調 小夜鳥op97-1 
  13. 嬰へ長調 我が恋は緑op63-5
  14. 嬰ヘ短調 我が歌op106-5 → 雨の歌op59-3
  15. ト長調 セレナーデop106-1
  16. ト短調 野を渡ってop86-3 → 私は顔を向けてみたop121-2
  17. 変イ長調 エーオルスのハープによせてop19-5 → おお涼しき森よ op72-5
  18. 変イ短調 無し → エーオルスのハープに寄せてop19-5
  19. イ長調 調べのようにop105-1
  20. イ短調 夕立op70-4 (op70-1と誤記していた)
  21. 変ロ長調 夏の宵op85-1
  22. 変ロ短調 ことづてop47-1
  23. ロ長調 森のしじまにop85-5
  24. ロ短調 永遠の愛についてop43-1

以上。12年前の自分との比較は大変興味深い。

 

 

 

2021年5月11日 (火)

調号と鳴りのズレ

楽譜各段左端のシャープやフラットによって規定される調がある。シャープもフラットも無ければハ長調かイ短調だし、シャープ1個ならト長調かホ短調という具合だ。これら調性は個体識別のためにしばしば作品名に付与される。「ハ短調交響曲」というだけでブラ1とわかる。

作品冒頭では調号によって規定された調が鳴るのが基本なのだが、例外もある。歌曲「エーオルスのハープに寄せて」op19-5は、フラット4個を背負う変イ長調の装いながら、冒頭いきなり第三音にフラットが寄り添うことで変イ短調が鳴る。冒頭いきなり通称として付与された調が鳴らないという現象だ。

他にも思い当たる。

  1. 弦楽六重奏曲第2番第4楽章 調号シャープ1個ながらイ短調っぽい。
  2. 交響曲第4番第4楽章 同上
  3. 弦楽五重奏曲第1番第2楽章 調号シャープ4個ながら嬰ハ長調っぽい。

さすがにバッハの「平均律クラヴィーア曲集」ではこうしたことは起きていない。調性の網羅が狙いなのでややこしいことは避けているのだろう。

ブラームスにおいてはむしろ醍醐味。

 

 

2021年5月10日 (月)

最果ての調

平均律歌曲集改訂を実は楽しんでいる。長短24の調毎にブラームス歌曲のベストを選定するパズルである。変ニ長調や変イ短調はフラットがそれぞれ5個と7個を必要とする。嬰ハ長調と嬰ト短調と読み替えたところで、シャープが7個と5個を要求される。ハ長調やイ短調から遠く隔たった調なのだ。

フラットもシャープもともに6個となる嬰へ長調(変ト長調)を加えたこのあたりは、この手のパズルの鬼門となる場合が多い。

むしろやりがい。

2021年5月 9日 (日)

変イ短調をどうする

昨日の記事「12年前の誤り 」で、12年前の記事に誤りを発見したと書いた。長短24の調全てでブラームスの歌曲ベストを選定する試みの修正を余儀なくされた。嬰ハ長調(変ニ長調)を該当作品無しと断じていたことの訂正だ。変ニ長調に「我らはそぞろ歩いた」op96-2があるではないかと気づいて狼狽した。

となると「該当無し」と断じたもう一つの調、変イ短調(あるいは嬰ト短調)も疑ってかかるのが王道だ。

歌曲の作品一覧を再点検したがやはりなかった。がしかし。怪しい一手を思いつくに至った。現在変イ長調として選定されている「エーオルスのハープに寄せて」op19-5が怪しいのだ。本作は調号としてフラット4個で作品表では変イ長調とされているのだが、楽譜を見ると、冒頭からいきなり「C音」にフラットが寄り添って、実質変イ短調が鳴る。やがては変イ長調に収まるには収まるのだが、冒頭の聞こえは変イ短調である。

これを変イ短調として採用し、空いた変イ長調には大好きな「おお涼しき森よ」op72-3を採りたい。

2021年5月 8日 (土)

12年前の誤り

過去の記事を眺めていて唖然とすることがある。大抵は誤りの発見だ。

2009年4月17日の平均律歌曲集 に重大な誤りを発見した。同記事はバッハの平均律クラヴィーア曲集にならって、オクターブを構成する全12音長短24の調全てについてブラームスの歌曲で曲集を作成し、それらを我が家所有の女性歌手一人1曲で架空アルバムを作成するというものだ。ブラームスの独唱歌曲について調毎にベストを選定することに等しい。誰がどの曲を歌うかは棚に上げてひとまずその内容を再掲する。

  • ハ長調 夢に遊ぶ人 op86-3
  • ハ短調 墓地にて op105-4
  • 嬰ハ長調 無し
  • 嬰ハ短調 まどろみはいよいよ浅く op105-2
  • ニ長調 サッフォーの頌歌 op94-4
  • ニ短調 人間の成り行きは op121-1
  • 変ホ長調 五月の夜 op43-2
  • 変ホ短調 愛の誠 op3-1
  • ホ長調 風もそよがね和やかな大地 op57-8
  • ホ短調 あの娘のもとへ op48-1
  • ヘ長調 野の寂しさ op86-2
  • ヘ短調 ナイチンゲール op97-1
  • 嬰へ長調 我が恋は緑 op63-5
  • 嬰へ短調 我が歌 op106-5
  • ト長調 セレナーデ op106-1
  • ト短調 野を渡って op86-4 
  • 変イ長調 エーオルスのハープに寄せて op19-5
  • 変イ短調 無し
  • イ長調 調べのように op105-1
  • イ短調 夕立 op70-4
  • 変ロ長調 夏の宵 op85-1
  • 変ロ短調 ことづて op47-1
  • ロ長調 森のしじまに op85-6
  • ロ短調 永遠の愛について op43-1

各々の調について何を選ぶかの事実上のパズルで楽しめたのだが、嬰ハ長調(変ニ長調)を「無し」としているのが、大きな誤りで、「我らはそぞろあるいた」op96-2を選ぶべきであった。痛恨の一失と申すべきだ。

はるか12年後 のゴールを見据える一方、12年前の記事にもきっちり目を配っている。

 

 

2021年5月 7日 (金)

あと12年

ブログ「ブラームスの辞書」は、2033年5月7日のブラームス生誕200年をゴールと決めている。ちょうど12年後の今日がゴールとなる。一方今月末でブログ創設から満16年になる。

16年間毎日更新を途切れさせることなく続けて来ていることもあってか、あと12年は、なんだか短い気がする。このところ歳のせいか時間が経つのがとても早いので12年なんぞあっと言う間と感じている。楽観はしていないが、悲観もしていない。それでいてけして達観ではない。ましてや傍観のはずもない。

2021年5月 6日 (木)

踏みっぱ

「踏みっ放し」の短縮形。よく娘たちが使っていた言い回しだ。「置きっ放し」を意味する「置きっぱ」や、「出しっ放し」を意味する「出しっぱ」がその代表だ。

ドイツレクイエム第3曲の解説文が末尾のフーガに言及する際に「保続低音」が引き合いに出される。最低部でずっと維持される「D」音の引き延ばしのことだ。ドイツ語では「Orgelpunkt」と呼ばれると付記される。「オルガンポイント」だ。

ドイツレクイエムに親しんで長いからこのことはよく知っていたがオルガンとの関係を軽く考えていた。オルガンの3段楽譜による記譜に慣れてきて初めて実感が伴った感じがする。

オルガン楽譜の最下段、足鍵盤を踏みっ放しの意味だった。左右の手がさまざまな音を弾き続けている中、最低部で同じ音が委細構わずに持続することだ。上2声が協和しない音に触れる瞬間があろうとお構いなしだ。

ブラームスの音楽界での位置付けを決定づけた出世作ドイツレクイエムの核心に、ずっしりと鎮座する確信に満ちたオルゲルプンクトだ。同作品がオルガンの参加を任意にしているのはむしろ控えめだ。ここにオルガンの「踏みっぱ」がなくてどうするというのだ。

2021年5月 5日 (水)

任意でないオルガン

記事「オルガン任意 」でドイツレクイエムのオルガンが任意だと書いた。オルガンの設置が概ね教会に限定されることを考慮して、「オルガン必須」としなかったのかもと推定した。

ブラームスには伴奏にオルガンを指定した合唱作品がある。「GeistlischesLied」op30である。

20181027_081959
「宗教的歌曲」と訳されている。シューマンが没する時期の作品を後から出版したものだ。ほんっとに美しいけれど、実は実は二重カノンという複雑な形式で書かれている。対旋律と主旋律2つ一組が1小節遅れて2度低く模倣されるという精巧な造りだが、聴いた感じではそんな技巧面での工夫など微塵も感じさせない。編成の指定は「混声四部合唱とオルガンまたはピアノ」となっている。

20181027_082122
楽譜にはオルガンまたはピアノ3手または4手とある。オルガンの足鍵盤をピアノに転写することを考えるとピアノ奏者一人では足りずに、最低もう一人が左手1本を差し出せと読める。

我が家所有のCDにはピアノ版もオルガン版もある。私はやはりオルガン版の方がいい。一度音を発したら減衰が宿命づけらたピアノでは、ペダルを長く引き伸ばすのは酷だ。和音を空間に敷き詰めるならオルガンに限る。

特に終盤、53小節目以降、クライマックスへの準備が始まると同時に低い「Es音」がスラーで数珠繋ぎになる。いわゆるオルゲルプンクトだ。絶対にオルガンでなければならぬ瞬間だ。

 

 

2021年5月 4日 (火)

オルガン任意

ドイツレクイエムの編成のお話。ドイツレクイエムの演奏に参加する楽器で、オルガンは任意とされている。「おってもおらんでもよろしい」ということらしい。

周知の通り、同作品はレクイエムの文言こそタイトルに踊っているものの、ルターの独訳聖書からテキストを採用しており、典礼のための音楽とはせずに、あくまでも音楽会での演奏が前提とされている。だからオルガンの参加を必須としていないのかとも思う。op55の「勝利の歌」もまたオルガン任意だ。作品番号が近い合唱作品op53「アルトラプソディ」やop54「運命の歌」は、オルガン不参加である。

バロック特集や、旅行の影響で、私の脳内のオルガンの位置づけが変わった。オルガンへの深い共感は、バッハの聴き方の幅が広がったばかりか、プロテスタントの信仰、教会の知識を増加させた。ひいてはドイツバロック音楽を聴く上での姿勢に決定的な違いを生じさせた。そうした脳みそでドイツレクイエムを聴くことで思ってもみなかった視点が新たに加わった。

やけに「オルガン任意」が気になる。是非入れてほしい。我が家所有のCDの中でオルガンが参加しているのはジュリーニ指揮のウィーンフィルだけだ。ところが、このムジークフェラインのライヴ録音ではあまりオルガンが聞き取れない。オルガンが聞き取れないことがストレスにさえなる。

一方、ピアノ連弾版や2台のピアノ版のCDがあることを思うと、いっそ独奏オルガン版がほしくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年5月 3日 (月)

多分邪道

ブログ管理人の中には、毎日更新を目標に掲げて粛々と実行している人も少なくないと聞く。私もその一人なのだが、「毎日更新」の実態については少し注意も要る。

日々書き下ろした記事をキッチリと毎日更新に繋げている人と、事前に記事をストックしている人に分かれる。私は断然後者。もはやどっぷりと後者だ。ブログ「ブラームスの辞書」のゴールは生誕200年の2033年5月7日だから、全部で10252本の記事が必要になる。それをさっさと備蓄してしまいたいと考えている。脳味噌の働きもさることながら、自分の健康を信用していないということだ。毎日書き下ろして記事にするのが理想なのだが、その理想の追求よりは継続の安全性を採る。そのための方便が記事の備蓄だ。邪道はもとより承知の上。

さて、たとえば毎日更新が100日続いたとしよう。それをもって「この調子で行けば10000は何とかなるでしょう」と申し上げたら、おそらく失笑のタネだ。これが仮に1000本だとしても扱いは変わるまい。ところが5865本とでもなれば「ひょっとしてこいつなら10000本に届くかも」くらいの光明が見えてきそうだ。

 

 

2021年5月 2日 (日)

バッハの手も借りたい

一昨日、カテゴリー「301バッハ」に属する記事が513本に達して、ブログ「ブラームスの辞書」史上初めて5%クラブ入会となったバッハさんだが、2033年5月7日のゴールまでに果たして1000に届くのだろうか。既にバッハ関連記事には50本ほどの備蓄があるから、あとおよそ12年の間にバッハの記事を450本ひねり出せるかどうか。これが出来るようだとゴールまでの記事確保に希望が持てる。記事総数10252本のうちの10%がバッハ記事ってすごいと思う。まあしかし、そのころ主人公のブラームスは7000本になるものと思われる。

2021年5月 1日 (土)

5%クラブ

2033年5月7日のブラームス生誕200年まで毎日記事更新に必要な10252本の記事確保の励みとして、その1%にあたる103本の記事が堆積したカテゴリーを「1%クラブ」と命名した。会員は以下5名だ。

  1. バッハ
  2. ドボルザーク
  3. ビスマルク
  4. 次女
  5. クララ

このほか「鉄道」「ビール」も1%を超えている。

このほどバッハさんが513本に届いた。5%の達成だ。本日のこの記事は5863本目の記事だから現時点で構成比は10%弱だ。ゴールまであと12年で1000本に届くのだろうか。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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