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2021年6月 1日 (火)

アリーチェ・バルビ

1862年に生まれて1948年に没したオーストリアのメゾソプラノ歌手。1888年にデビュウすると、その容姿と芸風で瞬く間にウィーン楽壇を席巻した。既に60歳に近づいていたブラームスも彼女の虜になったと複数の証言がある。

イタリアの貴族と結婚して人気絶頂のまま引退した。1893年12月21日、ウィーンで送別コンサートが開かれた。シューベルトやシューマン、スカルラッティの歌曲に混じって以下の通りブラームスの歌曲を披露した。

  1. 小夜鳥に op46-4
  2. 死、それは冷たい夜 op96-1
  3. 愛と春Ⅱ op3-3
  4. 我が恋は緑 op63-5

いやはや渋い選曲だ。そしてサプライズが一つ。このリサイタルで伴奏を努めたのが何とブラームス本人だった。自作だけでなく全ての曲を伴奏したらしい。事前に告知されていなかったから、聴衆の驚きは並大抵ではなかったという。

そして彼女は引退したのだが、この演奏会から5年半後、1898年3月にもう一度ステージに立った。今度のプログラムはオール・ブラームスである。残念なことに今度はブラームスの伴奏ではない。無理もない、このとき既にブラームスはこの世に居なかった。ブラームス追悼の演奏会のために、引退を撤回したという訳だ。

この時の詳しいプログラムがなかなか判明しない。

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