ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 中学生レベル | トップページ | ニコラウス・ドゥンバ »

2021年7月 3日 (土)

充電期間

ハンブルク出身のブラームスが正式にウィーンに居を構えたのは1862年9月だ。29歳であった。ハンブルクフィルハーモニーの指揮者の地位を熱望していたが、種々の事情で実現しなかったこともあり、心機一転の気持ちもあったと思う。

この時点で、ウィーンでの職が決まっていた訳ではない。明くる1863年春にウィーンジンクアカデミーの音楽監督就任を打診され、実際に就任するのは秋のシーズンからだ。この間演奏会への出演はあったが定職とは言えない。ウィーン進出から職につくまでのおよそ1年間がいわば「充電期間」だったと位置づけられよう。

この充電期間にブラームスがしたことは何かが本日の話題だ。もちろん作曲は続けていたが、その他あちこちの演奏会に出演して人脈を広げたことも大きい。ウィーンならではの研究もあった。楽友協会あたりの図書館に通って古い楽譜を写譜したという。後年ブラームス自身が一部の友人に語ったところによれば、ウィーンに来て最初の仕事は「知られていないシューベルト作品の写譜」だったという。シューベルトの兄と親交があった出版社シュピーナが所有する自筆譜を夢中で写し取ったと回想する。シューベルトの歌曲の編曲や、ピアノ連弾用のワルツはその成果と位置づけ得る。

 

 

« 中学生レベル | トップページ | ニコラウス・ドゥンバ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 充電期間:

« 中学生レベル | トップページ | ニコラウス・ドゥンバ »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ